第28話 見解
「さて、それでは始めますか」
古びたみかん箱にどっこいしょと腰掛けて、ヤマガミが言った。
古い白熱灯のぼんやりした光の元、死神4人と神主1人が膝を突き合わせての会議が始まった。それぞれ蔵にあった荷物や段ボールに腰掛けている。
「死神諸君、現場を視察して何か気付いたことは?」
3人の顔を見回しながらヤマガミは言った。諏訪は緊張の面持ちでひっくり返した木箱に座っている。ミカミが検査キットのようなものと薄型カメラを取り出し、パネルに画像を表示させて見せた。
「脳内ホルモンの異常を検知しました。セロトニン、ノルアドレナリン、ドーパミンの値がめちゃくちゃな下がり方をしています。病気だとしてもこれ程極端な数値はあり得ません。脳内をスキャンしたところ、脳幹に不自然なダメージがあることが分かりました。何者かがホルモン分泌量を操作し、青年をうつ状態にし意図的に自殺に導いたものと考えられます」
ミカミの淀みない説明に一同はじっと聞き入った。あんな道具があったのかとムラカミはこっそり自分の鞄をチェックしたが、同じものはなかった。ムラカミは落胆して鞄を腰掛けたバケツの後ろに戻した。
「やっぱりあれは自殺じゃない。他殺だな。他には?」
ヤマガミに促され、イケガミがポケットから小さなプラスチック製の機械のようなものを取り出した。膝の上で巴御前が丸くなってすやすやと眠っていた。
「左腕の傷口からは凶器に繋がるような成分や痕跡は発見できませんでした。おそらく力任せに引きちぎるなどされて欠損した模様です。傷口の付近に微かにですが、青年のものとは別の精神エネルギーの痕跡が残っていました。波動のデータは解析し端末に記録してあります」
「おお、すごい。確たる証拠が押さえられたかも。ムラカミは何か見つけたか?」
ヤマガミに話を振られ、この2人の後に何を喋ったらいいんだとムラカミは内心焦った。メモをめくり、まだ血痕については触れていなかったのでそれを話すことにした。
「血痕なんですが、青年の背後にある茂みを越えて、すぐ傍の木の上方まで続いていました。そこから先は分かりません。周囲の木々や地面も見ましたが、その他の血痕や体の一部などは見つかりませんでした」
我ながら有用性が乏しい発言だとムラカミは恥ずかしくなったが、ヤマガミは興味深そうにほほうと声を漏らした。
「ふーん。血痕はポタポタって感じ?それともベターッと地面を引きずってる感じ?」
「ポタポタって感じでした」
「なるほどねえ。引きちぎった左腕を抱えて木を登って、梢から飛んでったのかな?まあ人間のなせる業じゃなさそうだな」
何を想像したのか、ヤマガミは愉快そうに声を上げて笑った。が、すぐに真顔に戻り話を進めた。
「一旦状況を整理しよう。咲耶姫は生贄に人間を欲しがっていた。そうだよね、諏訪さん」
「はい」
「でも諏訪さんは断った。そうしたら今度は大御山で不審な死をとげる人間が相次ぐようになった。まだ確証はないが十中八九咲耶姫の仕業だろう。問題は何故そんなことをするか?だ。分かる人!」
ミカミとイケガミが挙手をした。ムラカミはさっぱり見当がつかず、信じられないものを見るように2人を見つめた。
「はい、ミカミくん」
「以前、別の任務で同じような事例を見たことがあります。おそらく咲耶姫は何らかの理由で衰弱し、力を失いかけているのでしょう。力を取り戻すために生贄を欲していると考えられます」
「私もそう思います」
イケガミも同調した。ムラカミは発言の意味がわからず、ヤマガミに尋ねた。
「力を失うって…。失ったらどうなるんですか」
「力を失った神は存在自体が消滅する。つまり死ぬってことだ」
ヤマガミの身も蓋もない説明に、諏訪は驚愕と絶望のを浮かべた。
「そんな…咲耶姫さまが…」
言葉が出ない様子の諏訪を横目に、ムラカミはヤマガミへさらに疑問をぶつけた。
「神様も死ぬとかあるんですか」
「うん。地上にいる神は地球の他の物体─まあ大体は御神体って呼ばれてるけど─からエネルギーを受け取って生きてるんだよ。で、そのエネルギー源がなくなったり壊れたりしたら死ぬわけ」
「咲耶姫の御神体って諏訪さんの言ってた大きな枝垂れ桜ですよね?それに何かあったってことなんですか?」
「多分そうだと思う。実際見てみないと何とも言えないけど。あと左腕だけ持っていった理由が分からないな。死体を破壊する割に自分じゃ手を下さないのも謎だし」
ここまで説明したところで、ヤマガミは左手首にはめた腕時計にチラリと目をやった。白熱灯の光を反射し、銀のベルトが銅色に鈍く光っている。
「でももうこんな時間だし、諏訪さんに悪いから一旦お開きにしますか。俺らもカンザキさんに中間報告しないと」
諏訪はぼんやりとしていたが、ヤマガミの言葉にはっとして慌てて頭を下げた。
「ご配慮ありがとうございます。御神体はいつ見にこられますか」
「早い方がいいな。明日とかでも大丈夫?」
「はい」
「じゃあ明日の朝10時ぐらいに諏訪神宮に行くんで、諏訪さん案内よろしくね」
「ええ、お待ちしてます」
会議は終了となり、諏訪はワンボックスカーで阿諏訪邸から去っていった。それを見送ったあと、4人は阿諏訪邸に戻った。ヤマガミが歩きつつ、首だけ振り返って他3人に言った。
「さっきも言ったけど一旦報告しに上に戻るぞ。あっちに電話ないかなー」
ヤマガミを先頭に、一同は連れ立ってメインで使っているという本邸の方へ向かった。本邸は明かりひとつ付いていない。阿諏訪家の人々はもう眠りについたらしい。ヤマガミは向かって右手側の、大きな窓がある部屋の方へ向かっていった。シャッターはついているが使っていないようだ。ヤマガミがガラス越しに真っ暗な部屋を覗き込みながら言った。
「たぶんここがリビングだよな。ここなら電話ありそうだ。お邪魔しまーすっと」
そういうと、窓の桟の隙間からするりと中に入った。死神の身体は実体がないので窓やドアの鍵は無意味に等しい。他3人も同様に中に入った。部屋は広々としており、死神達が侵入したすぐそばに革張りのソファセット、その奥に10人は使えそうな大きなダイニングテーブル、そのさらに奥にはセミオープンのU型キッチンがあった。調度品はどれも重厚な素材で細部まで手の込んだ造りの物ばかりだった。そんな贅沢な内装には目もくれず、死神達は電話を探してうろうろ歩き回った。
「あ、電話ありました。私がかけますね」
そう声を上げたのはイケガミだった。たくさんの写真や凝った絵柄の陶器の皿が並べられた長いサイドボードの一番端に固定電話が置かれていた。イケガミは素早くボタンをプッシュし電話をかけた。電話をかけている間、手持ち無沙汰な3人はサイドボードの上の写真を眺めて時間を潰した。数分もしないうちに、イケガミが受話器を置いて3人にこう言った。
「お待たせしました。この家の屋根裏にルート確保できたそうです」
「ありがとう。じゃあ早速行きますか」
死神達はぞろぞろとリビングを出ていった。部屋は夜の気配で満ちていた。草木も眠る時刻の中、物言わぬ調度品達を窓から月が静かに照らしていた。
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