第27話 移動
暗闇の中、死神たちを乗せたシルバーのワンボックスカーが田んぼと畑に囲まれた道を走っていた。運転は諏訪で助手席にはヤマガミ、他の3人は後部座席という配置だった。ムラカミは真ん中で、先輩二人に挟まれてだいぶ居心地の悪い思いをしていた。ヤマガミは暇を持て余し、窓の外を眺めながらとりとめのない話をしていた。
「すっかり暗くなっちゃったなあ。ていうかこの辺は街灯とかも全然ないよね。道真っ暗じゃん」
ヤマガミに言われ、諏訪は自嘲的な笑いを漏らしながら応えた。
「この辺りは夜遊ぶ所もないし、みんな出歩かないから必要ないんですよ」
諏訪の言う通り、ライトに照らされた道には人っ子一人いなかった。それを確認してヤマガミは「フーン」と適当な返事をした。ヤマガミのとりとめもない話はなおも続いた。
「親戚の倉庫って、親戚は何してる人なの?」
「私の従兄弟で、分家筋なんですがそちらは代々豪農で大きな蔵をいくつも持っているのです。私もその内の1つを荷物おきに使わせてもらっています。田舎だとよくある話です」
「へえー。土地を贅沢に使えるのは素晴らしいね」
「いやあ、管理が大変だし、売ったとしてもそれ程高値はつきませんからそんなに良くもないですよ」
諏訪とヤマガミの会話をぼんやり聞きながら、土地はたくさんあればいいってものではないんだな、とムラカミは不思議に思った。人間の世界のこういった複雑で、誰が作ったとも知れないルールを知るたび、その奇妙さやそれに従順な人々にムラカミは驚くのだった。ムラカミ自身も元は人間だったはずだが、その記憶は以前、トンネルを彷徨っていた際に失われていた。
やがて車は脇道へ逸れ、アスファルトから土の道になった。舗装されていないので車体はガタガタ揺れた。あぜ道のような所をひたすら走り、山の中を抜けると前方に純和風の塀が見えてきた。古風な門が現れ、車はその前で停車した。諏訪は後部座席を振り返って言った。
「着きました。この中に蔵がありますんで、皆さん行きましょう」
諏訪と死神たちは車から降り、門に歩み寄った。かすかな月明かりに照らされ、扉の横に『阿諏訪』と書かれた表札が見えた。諏訪が門扉に手をかけて静かに押すと、扉は音を立てて開いた。
「鍵かけてないんだ」
目を丸くするヤマガミに、諏訪は扉を支えながら微笑んだ。
「田舎なんで、どこも開けっ放しですよ。他所からの客なんて滅多に来ませんから」
敷地内はとても広く、大きな現代風の屋敷と蔵らしき和風の建築物が2つあった。それでもまだ余裕があるほどだった。中央は庭で芝生と池があり、周りを松の木や南天、つつじなど様々な植物が植えられ、そのどれも手入れが行き届いていた。門の付近に敷き詰められた玉砂利を踏みしめながらヤマガミは感嘆の声を漏らした。
「立派な家だねえ」
諏訪は指で奥の蔵を指し示しながら説明した。
「向こうに見えるのが親戚の家族が暮らすメインの家で、離れが1つと蔵が敷地内に2つあります。私が使っているのは奥の小さい方の蔵です」
諏訪と死神たちは月明かりを頼りに蔵の方へ移動した。ムラカミがメインに使っているという家の方をチラリと見ると、2階は真っ暗で、1階の右手側の方は明かりがついていた。窓には薄手のレースのカーテンがあり中の様子までは分からなかったが、ちょうど夕飯時なので阿諏訪家は今一家団欒のときなのだろうとムラカミは思った。
蔵の入り口は木製の引戸だった。古いものだったが、重厚な木目と鉄の装飾が未だ現役の頑丈さを物語っていた。諏訪がポケットから鍵を取り出し、扉の鍵を開けた。
「この扉、頑丈なのはいいんですけど重いんですよね。うーん、よっこいしょ」
諏訪が大儀そうに引戸を押すと、ゴロゴロと重い音を立てて引戸が開いた。中は当然真っ暗だったが、諏訪は慣れた様子で気にせず中に入っていった。しばらくゴソゴソ動き回る音がした後、カチリといって電気が着いた。
「どうぞ、皆さん入ってください。埃と物がいっぱいですみませんが」
埃を吸ったのか、諏訪は咳き込みながら死神たちを招いた。ヤマガミが笑顔で手を振って応えた。
「いや全然気にしなくていいよ。秘密基地みたいでいいじゃん」
ベテラン勢はさっさと中にはいり、諏訪と共に会議に必要な椅子などの準備を始めた。ムラカミは一歩出遅れた形になり、それに気づいて慌てて蔵の中に入っていった。
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