第26話 死人に口なし

 実況見分に追われる警察官達に混じり、4人の死神達も仕事に取りかかった。イケガミもミカミも、遺体を観察しながらそれぞれノートのようなものに何かを書き記していた。ヤマガミはムラカミのほうを振り返ってこう促した。


「ムラカミ、お前もなんか気付いたことあったらメモとるなり絵に書くなりしとけ。それを元にあとで今後の作戦考えるからな」


「はい…」


 変なところアナログだよな、と思いつつ、ムラカミもポケットからメモ帳を取り出し、何か手掛かりになるようなものがないか観察した。手を動かしながら、頭の中で現在の状況を整理した。


 咲耶姫は諏訪の夢に現れ、生贄に人間を欲しがっていたという。諏訪は断ったが、咲耶姫はそれでも人間を欲し、自ら人間を呼び寄せ殺めるようになってしまった、と思われる。


 そこまで考えたところで、ムラカミは小さく溜め息をついた。


 問題はどうして人間を生贄に欲しがるのかだよな。それが分からないことにはどうにもならないな。


 ムラカミは青年の失われた左腕の辺りに目をやった。そこに何か重大なヒントが隠されている気がした。それはミカミとイケガミも同じだったようで、いつの間にか全員が同じところを見ていた。


「なんで左腕ちぎったんですかね」


 誰に訪ねるでもなく、ムラカミは呟いた。ミカミはノートに何事かを書きながらそれに応えた。


「理由?何となく察しはつくよ」


「えっマジですか?」


 ムラカミは信じられないような気持ちでミカミの方を振り返った。ミカミも顔を上げてムラカミに訳ありげな笑みを浮かべて言った。


「うん。ここではちょっと言えないけど、こういうことする方結構いるよ。ねえイケガミさん」


 ミカミは左隣でスケッチをしているイケガミに向かって言った。イケガミも手を止め、顔を上げて頷いて見せた。


「ええ。私も何度か似た事例を見たことがあります」


「これって、よくあることなんですか」


 無惨な遺体の傷を見ながらムラカミは訊ねた。ミカミも顎に手を当て、何かを見透かすように目を細めながら青年の遺体を観察し、何でもない口調でさらりと言った。


「そんなに頻繁にはないけどたまーにあるよ。この方も過去の例と同じかどうかは、まだ調べないと分からないけどね」


 その横ではイケガミが地面を見つつ何かメモをとっていた。夥しい量の血痕が飛び散った地面はどす黒く染まっていた。ムラカミは思わず目を逸らしたが、イケガミは熱心にノートに文字を書き綴っていた。


 そこからしばらく、無言の情報収集が続いた。しばらく置いて、3人の手があまり動かなくなったのを見計らいヤマガミが背後から呼び掛けた。


「みんな情報収集は済んだか?遺体の観察はそこまでにして一旦引き揚げるぞ」


「はい」


 死神4人は現場を後にし、諏訪と合流した。諏訪は両手を前に組み、神妙な様子で死神達の帰りを待っていた。死神達が戻ってくるのに気付き、待ちわびた様子で声をかけてきた。


「どうでした?」


 ヤマガミはニッと笑って言った。


「ああ、諏訪さんの言ってたことはよく分かったよ。そのことについて皆で話し合いたいんだけど諏訪さんまだ時間大丈夫?」


「ええ、構いません」


「ありがとう。じゃあどこか話せる場所ないかな?ここから離れた場所がいいな。なるべく人目につかない場所で」


 そう言われ、諏訪はしばし考えていたが、何か思い付いた様子でこう提案した。


「では私の親戚が倉庫を持ってるのでそこはどうですか?私なら出入り自由だし滅多に人も来ません」


 諏訪の提案に、ヤマガミは顔を綻ばせた。


「いいね。どこにあるの?」


「ちょっと遠いですよ。ここから歩いて1時間近くかかります。なので車で行きましょう」


「いやー助かるよ。諏訪さんは頼りになるわ」


 ヤマガミに褒められ、諏訪は嬉しそうに笑った。とても死体を見た後とは思えない和やかな空気だった。


 ムラカミは御札が剥がれていないか、そっと手をやって確認した。大丈夫と言われても、敵のテリトリーにいると思うと落ち着かなかった。

 暗い藪の中から咲耶姫がじっと自分たちを見ているのを想像し、ムラカミはブルッと身体を震わせた。早くその親戚の倉庫とやらに連れてってくれとムラカミは心の中で呟いた。







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る