episode.4 ハトは鳩
あずきの手伝いをすると言った愛梨は、シドウとあずきを連れて、滞在するどうぶつ村に来た。
ここは初めてDOAに来た待ち人が訪れる村だ。
本来ならDOAに降り立つ前に、神様からDOAの簡単な説明を受けて、職業を決める。それから世界に降り立ち、どうぶつ村でさらに詳しく教えてもらう、いわばチュートリアルをするような村である。
だが愛梨は世界の説明も職業も、全てすっ飛ばしてこの世界に降り立った。
そして、どうぶつ村に滞在するだけでチュートリアルもせずに、一週間という時間を無駄に溶かしていた。
この一週間は何をしていたのか、と聞かれた愛梨は素直に「何もしていない」と答える。
自己紹介すらまとものできないのだから、シドウの話しを聞いていないこと、どうぶつ村について何も知らないなど、本当に何もしてこなかった事を赤裸々に告白する。
あずきには、少し強引だが真面目な印象をもっていた愛梨。全部聞いたら、呆れるか引くかと思っていたが、反応は予想外であずきは腹を抱えて笑っていた。
「そんなに笑わなくても……」
「ごめんなさい。予想以上だったわ」
「だって……どうでもいいし……」
「ふふふ。しっかし、懐かしいわー。ウサギさんは元気かしら?」
懐かしそうにきょろきょろしながら村を歩くあずき。
あずきのことを覚えている村人もいるようで、時々声を掛けられている。
どうぶつ村の住人は、村の名の通り動物だ。あずきのように、動物が言葉を話している。
村は草食動物と肉食動物がいるが、肉食動物が草食動物を襲うことはなく、和気あいあいと過ごし、住人が動物というだけで、他は人間の村と変わりはない。
一つ違うことといえば、居住地が草食エリアと肉食エリアに分かれていることくらいで、市場や広場など生活に必要な場所は共有している。
「ねえ……」
珍しく、いや、初めて愛梨がシドウのことを呼んだ。名前呼びではないが、それでもシドウは嬉しかったのか、目を輝かせて「なんだ!?」と元気よく返事をする。
「なんで……動物の言葉が分かるの?」
「ここがDOAだからだ」
「?」
「DOAは夢の世界。夢はなんでもあり。君が望めばその通りだ」
「ふーん……」
自分から聞いておいて深く突っ込んだりもせず、適当な返事をする愛梨。何が面白いのか、シドウは楽しそうに笑っている。
笑われてもどうでもいいのか、それとも興味がないのか、へらへらと笑うシドウの隣を愛梨は平然と歩く。
ほどなくして、愛梨は壁も屋根も太い丸太できたログハウスの前で足を止める。
愛梨がドアノブに手をかけると、家の中からバサバサと音が聞こえる。
音が近づいてくるのに合わせるように、丸太の扉をゆっくり開けると、愛梨の前髪をぶわっと掻き上げて、家の中から何かが勢いよく飛び出して来た。
その何かは空高く舞い、宙で方向転換して、愛梨目掛けて吹っ飛んでくる。
「愛梨さまぁぁぁ!!今日はどこに行ってらしたのですかぁぁぁ!!」
少し甲高く耳障りな声が叫ぶ。
急ブレーキをかけて愛梨の顔の前で止まる。怒りと焦りが混じった顔が、愛梨を睨みつける。
「……ハト」
「ハト、じゃありません!!どこに行ってたんですか!?さっき空が暗くなって変な光がどーんとして、風がぶわっさぁって吹いて、木がごおおおって揺れて……」
ハトと呼ばれたそれは、グレーの体の鳥。現実世界では平和の象徴と呼ばれている鳥、鳩だ。
息を切らしながら、愛梨が天槍を使った時の村の様子を「大変だった」「世界が終わるかと思った」など矢継ぎ早に話していく。
「ねえ……」
愛梨に言葉を止められたハト。言葉を止められたハトはぜえぜえと息を切らしている。ハトの息切れも言葉にも反応することなく、愛梨はちらりと隣を見る。
愛梨の目線を追うハトはその姿に驚き、力なく地面に落ちていくが、地面すれすれの所で、羽をバサバサと乱暴に羽ばたかせて、愛梨の肩にちょこんと止まる。
「か……神、さま……なぜ?」
「んー?」
やっと気付いたかとでも言いたそうに、シドウはにやにやと笑っている。
「いや、立ち話なんて失礼ですね!!何もない鳥かごですが、お入りください!!」
愛梨の肩から飛び立ち扉へ向かう。不思議と丸太の扉は勝手に開き、ハトはそのまま中へ。
ありがとう、と言ってシドウは楽しそうに家に入り、愛梨もそのまま続いた。
ハトに気付かれていなかったあずきは、戸惑いながらも愛梨に続く。
家の入ると大きなリビングがあり、部屋の中心には、鳩には大きすぎる木製のテーブルと四脚の椅子。壁際にはこれまた鳩には大きすぎるキッチンが備え付けてある。
この部屋にある家具は全て、愛梨が使える大きさになっているようだ。
「あら?大きなテーブルね。あたしの時はもっと小さくて、あたしの体の大きさに合っていたわ」
「ここがDOAで彼女のどうぶつ村だからだ」
不思議そうに家具を見て言うあずきに、シドウは当たり前のように言う。
あずきは聞き返そうとしたが、ハトに「座ってください」と促され、あずきはまあいいかと、テーブルにぴょんっと軽やかに飛び乗った。
テーブルの一番奥にシドウ、斜め向かいに愛梨、椅子が大きすぎるあずきはテーブルの上で愛梨の近くに座る。
全員が座ったのを確認したハトはシドウの前に下りると、シドウとあずきがここまでの経緯を話し始める――。
「――そうだったのですか。それは申し訳ありません。本来は小生が行うはずですのに、神様にやっていただくとは……」
話しを聞いたハトは、シドウに深々と小さな頭を下げる。
「あずき様も、愛梨様が旅立つご助力をしていただき、誠に感謝しております。ありがとうございます」
頭を上げたハトは、テーブルに座るあずきにも頭を下げる。
「いいのよ。あたしも仲間ができて嬉しいわ。ところで、ウサギさんは元気かしら?」
「ウサギはあずき様のお手伝いが終わり、役目を果たしたので、今はバカンス中です」
「バカンス?」
「はい。この村では待ち人様が、安全に旅をして、目的を達成するために必要な知識や準備を行います。それをお世話する者は、責任感とプレッシャーによって体力と精神が削られるので、待ち人様が出立された時に、世話をした者には休暇を与えられます」
「……なんだか申し訳ないわね」
「いえいえ。ウサギはあずき様のお世話はとても楽しかったと、おっしゃっていましたよ」
あずきがゴロゴロと喉を鳴らしている。人間だったら顔を赤くして「えへへ」と言いながら、嬉しそうに笑っているのだろう。
「小生も早く休暇がほしいものです」
ふうっとため息をついたハトは、ちらりと愛梨を見る。
何気ないハトの言葉に、愛梨は心がドクンと気持ち悪く跳ねる。
愛梨を見たハトは一瞬、目を泳がせる。すぐに長い長いため息をつき、がっくりと項垂れて、すぐに頭を上げる。
「で……でも!!それも、もうすぐなんですよね!!神様とあずき様のお陰で、愛梨様がやっと旅に立たれるのですから!!」
小さな瞳が不自然に揺れながらも、輝いている。
自分のせいだと分かってはいるが、なんだか居心地が悪く感じ、愛梨は誰とも目が合わない方向を見る。
「旅立つ前に依頼を受けていただきます!!大丈夫!!愛梨様のように怠惰な人間でも、さくっとこなせる簡単な依頼なのでご安心を!!」
そのままハトは部屋の奥へと飛んで行った。
後ろ姿からでも分かる、ハトの喜びようを見送った愛梨は、目を伏せ小さく息を吐く。
「早く、消えてほしいよね……」
「嬉しいのよ。ずっと見てきた人の心が変わったことが」
ふふっと笑うあずき。本来なら嬉しかったり、照れたりするような言葉なのだろう。しかし愛梨にはそれが良い言葉としては聞こえなかったのか、眉間に皺を寄せて何も答えない。
(分かってる……私はいらない人間なの……)
『業績不振なんだ。どういうことか……深山さんならわかるよね?』
『まあ、深山さんがいなくなっても正直……ねえ?』
『深山?そんな人いました?』
不協和音のような不快な音が愛梨の脳に流れる。静かな場所にいても、耳を塞いでも、どんなに音を遮ろうとしてもこびりついたかのように離れない音。
それがさらに愛梨の表情に影を落とす――。
「大丈夫?具合悪いの?」
「……え?」
気付くと、あずきが愛梨の正面に座り、顔を覗き込んでいる。
いつの間にか、額と手に冷たい汗がじんわりと浮かび、手が震えている。震えた手を止めるように両手を組み、ぎゅっと握る。
前を向くと、輝くエメラルドグリーンの瞳が心配そうに見ている。
その瞳を見ると、思わず「具合悪い」と言いたくなってしまいそうだ。
「……大丈夫。なんでもない」
言ってはいけない。愛梨の記憶が言葉を止める。心とは裏腹の言葉をあずきに言った。
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