episode.3 チートな魔法使い

「とりあえず、あなたの実力を見せてくれるかしら?」


 あずきは、愛梨の返事を待たずして言った。

 いきなり何を言うのかと、怪訝そうな顔をしながらも、戸惑う愛梨にあずきは続ける。


「無理って思ってる?でも、一度もやってないんでしょ?無理かどうかは、やってから決めましょ」


 当たり前のことを言うあずきに、愛梨はぐうの音もでない。

 あずきは立ち上がると空に向けて、ぴっと右の前足を伸ばす。


「あの空に向けて魔法を使ってみましょ」


 予想外の展開。淡々と話すあずきについていけず、愛梨は目を泳がせて、何か言いたいのか、口をぱくぱくしている。

 そんな愛梨に気付ているのか、いないのか、あずきは愛梨に立ち上がるよう促した。


「立って!!あの空に一発ぶちかましましょう!!」


 きっと何を言ってもこの猫は無駄だろうと、愛梨は半ば諦めたかのようにゆっくりと立ち上がる。

 ずっと体育座りをしていたせいか、止まった血が一気に全身を駆け巡り、じわっとした感じがすると同時に、足の先まで届かなかった血が頭から一気に下がっていったのか、立ち眩みがして目の前が暗くなりふらついた。


「大丈夫か?」


 ふらついた愛梨の体をシドウが支える。支えられた肩から、氷にような冷たさが伝わってくる。


(……)


「魔法を使うには、両手を合わせて本を開くように手を開けばいい」


 言われるがまま、愛梨は両手を合わせて手を開く。

 愛梨の手の平はきらきらと光り、そこには無かったはずの一冊の黒い本が現れた。

 厚さは某有名な魔法学校が舞台の小説くらいだろうか。しかしタイトルがない。


「これ……」

「魔導書だ。本来はどうぶつ村で教わることだが、今回は特別に神である僕が教えよう。本を開け」


 言われるがまま本を開くが、そこに文字は書かれておらず、ただの紙。ペラペラと捲るが、次も、その次も何も書かれていない。

 これはどういうことだと、不思議そうに愛梨はシドウを見る。


「何も書かれていないのは、これから君が魔法を書いていくんだ」

「魔法を……書く?」

「実際にやった方が早い。あの空にどんな魔法を打ちたいか想像して、それを言葉にするんだ」

「そんなこと、言われても……」


 愛梨は本を持っていた手を下ろそうとするが、それを突き上げるように、あずきが下から何度もジャンプする。


「まずは!!実戦!!よ!!あたしも!!最初!!は!!よく!!分から!!なかった!!から!!」


 嫌だと思ったが、あずきの真剣で楽しそうな目を見ているとそうも言えず、愛梨は本を持ち直す。

 その姿を見たあずきは、嬉しそうに足元をくるくると周る。

 

 本は真っ白。どんな魔法を打ちたいかと言われても、魔法なんて空想のものはアニメか本の世界のものだ。

 子どもの頃はかっこいーなとか、すごいなーくらいで、成長してからは作画が綺麗だな程度。真剣に魔法なんてものを考えたことがない。

 愛梨はじっと本を見る。


(どんな魔法……。一発で……あいつらを……急に上からどーんってできたら強そう……)


 「……空から、槍が……振る、感じ」


 曇天。

 爽やかな風は突然湿っぽくなり、肌に気持ち悪くまとわりつく。

 縦横無尽に暴れまわる愛梨の長い髪が、視界を悪くする。髪の間から見えるのは、灰色の空に現れた黒い雲の塊。


 雲の中心で、金色の光が何度も眩しく光っている。

 体中がびりびりと振動を感じるほどの重低音が鳴るたびに光は強くなり、目を開けるのもやっとだ。


「!?」


 何かが割れた音がした。思わず耳を塞ぎ、その場にしゃがむ。

 中心に集まった光が一本の光となり、世界を貫く勢いでDOAの大地を刺した。


 大地は爆破。刺された場所を中心にして半径3キロほどの木々は倒れ、土煙が舞い地面はむき出しとなった。


 鳥たちが、ぎゃあぎゃあと鳴いて一斉に飛び立っていく。

 木々が無くなり丸くなった地面。中心は焼け焦げたのか黒くなっている。

 離れていたので直接的な被害はないが、土の匂いと焦げ臭さが鼻をつく。


「……す、ごいじゃない!!魔法使いってこんなに強いの!?これなら討伐依頼も簡単にクリアできるわ!!」

「……」


 興奮してはしゃぐあずきとは対照的に、愛梨の手は震え、怯えた目でシドウを見る。

 シドウは何も言わずに、愛梨が持つ魔導書を指差した。

 さっきまで何も書かれていなかった魔導書の一ページに、天槍てんそうという文字が書かれている。


『天槍。悪を滅す世界の怒り。天からの迎撃』


「これは……」

「それが魔法を書くということだ。君が思ったことが魔法となる。火が欲しいと思えば火の魔法、水が欲しいと思えば水の魔法がな。思うがままに魔法を生み出すことができる、それがチートな魔法使いという職業だ」

「……思うまま」

「ただし回復魔法は生み出すことができない」

「?」

「回復は直接体に影響する魔法だ。思うままの魔法を使われて、回復過程で変に体をいじられては困るからな」


 思うままに魔法が使えるということは、使い方次第では相手に影響を与えてしまうこともあるということか。

 愛梨は再び魔導書に目を落とす。悪を滅す世界の怒りと書かれた文字を見て、愛梨は少し笑みが零れる。

 ぎゅっと魔導書を持つ手に力が入る。


(……思うまま……)


「ねえ……」


 何かに気付いた愛梨。


「……回復できないんじゃ……怪我したら、どうするの?」

 「あたしがいるわよ」


 足元から可愛い声がした。あずきが得意気な顔をして愛梨を見ている。


「あたしの職業は聖女。回復魔法が使えるの。何かあったらあたしが助けるから安心してね」


 誇らしげに言うあずき。


「どお?自分の実力も分かったし、あたしの手伝いをしてくれないかしら?あなたの魔法とあたしの回復魔法があればどんな依頼もこなせるわ!!」


 忘れていた。魔法を使ったのは手伝うかどうかを判断するためだ。

 もちろん、愛梨の答えは決まっている。そして、それを伝えた時のあずきの反応も分かっている。

 分かっているからこそ、伝えることが怖い。だが、伝えなければ、今までと何も変わらない。


 愛梨は小さく深呼吸をして、震える手をぎゅっと握る。


「無理」


 魔法を使えても、あずきが回復魔法を使えると分かっても愛梨はあずきを手伝おうという気持ちにはなれなかった。


「どうして?」


 きょとんとした顔で、愛梨の顔を覗き込むあずき。

 予想通りの反応だが、予想外の反応でもあったためか、愛梨は少し狼狽える。


「……え、と……私、あの……何も、できないから」

「このままだとあなたは現実に帰れないわよ?」

「帰る気なんてない。私は何もできなくて、邪魔で、嫌われ者だから。そもそも私は死んで――」




「娘に会いたいの」




 愛梨の鬱々とした言葉を真剣な声が遮った。


「あたし、娘に会いたいの。だから早く現実の世界に帰りたい……。でもあたしの職業じゃ限界はあるし……この一か月たくさんの依頼をこなしても……現実に帰れる心にのよ……」

「現実に帰れる……心?」

「生きたいと思う心だ」


 今まで黙っていたシドウが言う。いつもの飄々とした感じではなく、真面目で静か、無視をしてはいけない真っ直ぐな目で。


「待ち人は死を願い、死を待つ者。生きたいという心に気付かなければならない」


 そんなような事がDOAの歩き方に書かれていた気がする。だが、流すように読んでいたため愛梨の頭には全く入っていない。

 そして今もシドウの言葉を、愛梨の頭は拒否している。

 拒否した言葉を脳が処理できるはずもなく、愛梨は黙って足元を見る。


「……あ」


 吸い込まれそうなほどの綺麗なエメラルドグリーンの瞳が、真剣に愛梨を見ている。

 あずきは自分のことを待ち人だと言った。こんなに真剣で明るい猫がなぜ死を願い、死を待っているのかは分からない。

 

 何も分からないが、ただ一つ分かるのはあずきが真剣に、そして純粋に娘に会いたいという気持ちだ。それは瞳からも伝わってくる。

 

「……やっぱりだめかしら?」


 何も言わない愛梨に不安を覚えたのか、あずきは少し寂しそうに言う。

 あずきは真剣だ。真剣に現実世界に帰ろうとしている。対して愛梨はシドウの話もろくに聞かず、渡された内容も、今の言葉も頭に入れたくない。


 愛梨の答えは決まってはいる、しかし、それを言葉として出すことができない。あずきの真剣な瞳を見てしまったから――。


「わかった……」

「え?」


 愛梨の口からは、答えとは反対の言葉が出てきた。

 自分なんかと関わってはいけない。そう確信していても、愛梨は「嫌だ」という言葉を出すことができず、「嫌だ」以外の言葉が思いつくはずもなく、こう言ってしまった。


「……手伝うよ。暇だし」


 愛梨の言葉を聞いたあずきは、ぐっと足に力を入れて愛梨に胸に飛び込んだ。思わずあずきを抱きとめる。

 抱きとめられたあずきは愛梨の体をよじ登ると、ありがとう、ありがとうと何度も頬ずりをする。


(……ありがとう、か)


 久しぶりに言われた言葉、は愛梨の心の奥を温かくした。












 


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