間宮の場合②(一)

 ───視線が合うだけでどうにかなりそうだった。

 きれいな大きな瞳。小さな頭。さらさらな黒髪。

 細い四肢は抱き締めると壊れそうで、切なくなってくる。

 高橋真純はずっと焦がれるほど思い続けてきた相手だ。

 ずっと好きだった。

 話したことは一回だけだったが、その時見せた笑顔に全部感情を持っていかれた。それから人生は真純中心に回っている。すべてだった。

 ───その人が俺を好きだと言ってくれた。

 好きだと言って、身体も全部与えてくれた。そして受け入れてくれた。

 肌を合わせると、幸せの絶頂を知った。

 細い身体を組み敷いて、受け入れる時真純の耐えるように寄せた眉も、そのうち快楽にとろける顔も声も、少し焦らせば自分から脚を開くようなやらしいところも、白い肌が上気して朱が差す様も、すべてが堪らなかった。

 想像してきた妄想より、実物の破壊力は凄まじかった。

 もう手離せないと思った。

 全部俺のモノだと思った。

 他の誰かに真純がベッドの上の顔を見せたらと考えると、どうにかなりそうだった。何をするか自分でもわからないと思ってしまう。


「高橋、快楽に弱そうだから早く手ー出しちゃえば?」


 骨抜きにしちゃいなよ、と言ったのは、佐々木だ。

 当初意識もされていない俺に、そう助言した。真純の家に行くように言ったり、劇を提案したりして、既成事実を作ってしまえ、と言われたが(既成事実って……)、結局嫌われてしまった……。

 それでもその後、好きになってくれた───。

 やはりキスが良かった、と思う。

 骨抜きにされたのは自分の方だったが……。

 ───でも、と思う。

 もし、もしも。

 先に真純に好きと言って、先にキスしたのが俺じゃなかったら───、


 真純はそいつを好きになったんじゃないか───。


 * * *


 例によって休みの前日、真純の家に泊まりにきた。

 予想外に母親は嫌な顔をせず俺を送り出して、相変わらず何を考えているかわからなかったが、真純との時間を作れるのは、ほっとした。

 ちなみに、真純のお母さんとは電話でときどき話していて仲良しなのは、真純には秘密だ。

 ご飯もお風呂も済ませて、ベッドの上で真純と向き合っていた。

「──────」

 食べて、と言わんばかりに、瞳を閉じて真純は顔を上げた。

 ───きれいだった。

 そっと頬に手を伸ばした。

 すべすべの肌───。長い睫毛、誘っているかのような、薄い、でも柔らかいことを知っている唇───。

「……間宮?」

 薄く目を開けて、真純が名前を呼んだ。

 大きな瞳───。吸い込まれそうだった。めまいすら覚える。

 しばらく何もしない俺に不思議に思ったのか、

「どうかしたのか……?」

 と、聞いてくる。

「俺、なんかしたか?」

 不安そうに言う真純に俺は慌てた。

「ち、違う! 俺が駄目で!」

「駄目って、なんだよ?」

 わからないと言う顔で、真純が聞いた。

「またお前、から回ってないか?」

「……またって、言われても」

「何か言えないこと?」

「いや、その……」

 言い淀み、俺は意を決して言ってみた。

「……もし、もしも……。俺じゃない誰かが先に、真純にキスしてたら、そいつのこと好きになってた?」



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