佐々木の場合(三)

(なんなんだ! あいつは!)

 廊下を怒りにまかせて歩いていると、何人かの同級生が見ていったが、そんなのは構わなかった。

(なんだって平気で自分の価値が下がる真似ができるんだ!)

 どうかしている!

 ───そもそも。

 あれだけ周りが絶賛している容姿も本人は無頓着な気がした。

 吉川が高橋に「すげーきれいな顔してるよねー」と誉めたら、「いや、普通だけど」と返していたのを思い出す。

 歩みをゆるめて俺は思考を続けた。

 勉強も死ぬほど頑張ってる感じはしない。なのに成績はいい。運動もそつなく出来るくせに運動部には入っていない。

 周りは高橋に興味津々なのに、本人は一人でいることを好んで、つるんでいるのは堀ぐらいだ。

(……なんなんだ)

 大丈夫なのか、と変に心配になってくる。

 あまり自分に関心がないんじゃないか、と思ってしまう。と同時に他人にも関心がないんじゃないかとも───。

 あれだけ恵まれたモノを持っているのに。

 ───いつの間にか保健室の近くに来ているのに気付いた。

 放課後、生徒会室まで行く気だったのに、逆方向に来ていた。引き返そうとして───高橋を見かけた。

 一人ではない。上履きのラインの色から三年の先輩だと知れた。確か宮田さんだ。あまりいい噂は聞かない。そんな人が高橋に熱心に喋りかけ、保健室に一緒に入ろうとしている。

(……まずいんじゃないか)

 確か保健室の先生は今日いなかったはずだ。

 変なマネするんじゃないのか───?

 でも、とも思ってしまう。

 知ったことか、少しは痛い目に合えばいいんだ、とも思ってしまう。───だが、

「……………」

 俺は高橋らに近づいた。

「高橋」

 声をかけると宮田先輩があからさまにうろたえた。

「渡辺先生が呼んでたぞ」

 言うと、高橋はぱちくりと瞬きした。

「そう? ありがとう」

 俺に礼を言って、高橋が去って行く。

「……じゃあ俺も」

 逃げようとする宮田先輩に、

「あんまり仕出かさない方がいいんじゃないですか?」

 そっと釘をさす。

「な、なんだよ! 後輩のくせに生意気だぞ!」

「内申書にひびいても知りませんよ?」

 怒り出す宮田先輩は、俺の言葉に押し黙った。そのままカッとしたように、高橋とは逆方向に逃げて行った。

(……ったく)

 こういうの高橋多いのか?

 面倒だな、そういうのも。

 でも本人は警戒心ゼロだったな、と思いながら校舎を出て、別校舎の生徒会室に向かおうとしていると、

「佐々木」

 と呼ばれた。堀だった。

「高橋守ってくれてありがとう」

 と言われた。

「……別に守ったわけじゃ」

 見てたのか、と居心地が悪くなっていると、

「高橋こういうの多くて。俺もできるだけ対処してるけど、部活で手が回らない時があって。だから俺が駄目なとき佐々木が面倒見てくれないか?」

「……は? なんで俺なんだよ」

「変な気起こさないやつが必要なんだ。そういうのから避けたいんだ」

「本人に言えよ」

「いや、その本人無自覚で。自分が言い寄られてるのわかってないんだ」

「……は? なんじゃそりゃ?」

「とりあえず考えておいてくれないか」

「じゃあ誰かとくっつけちゃえばいいじゃないか? 変に人気あるし」

「そういうわけにもいかないだろ。って、ちょっと待ってて」

 こっちの意思も聞かず堀がその場を離れた。

(なんだよ……)

 呆然としていると、

「……おい」

 背後から声がかかった。高橋だった。

「渡辺先生、俺のこと呼んでないって言ってたぞ」

 怒っているようだった。

「なんで嘘いったんだよ」

「いや、嘘って……」

「今後止めてよね」

 そのまま言い残して荷物を持って校門を出ていく。帰るようだ───。

(……って、はあぁぁぁぁっ?!)

 なんだよ、助けたのに! やんなきゃ良かったっ。

 イラっとしていると堀がいつの間にか戻ってきていた。

「高橋なんだって?」

 状況がわかってない堀に今後一切助け船なぞ出さん! と言おうとしていると、

「───あの」

 小さく声をかけられた。

「高橋真純……さんと友達なんですか?」

 他校の生徒だった。ボサボサの髪。黒ぶちの眼鏡をかけている。

「はあぁっ?!」

 誰が友達だ?!



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