第4話(七)

「一人で藤井先輩と話しちゃダメだよ」


 翌日の朝、例によって迎えに来た間宮は登校途中に俺にしつこいぐらい言い聞かせていた。

「大丈夫だよ」

 少しうんざりしながら、何回目かの返事を繰り返す。迫られたなんて言うんじゃなかった、と後悔してしまう。めんどくさいなあ。

「なんかされたらどうするんだよ」

 さらに言ってくるのに、あーもう、と思いながらいい加減話を打ち切ろうとして、

「なんもされないって。じゃあ放課後な」

 ちゃっちゃっと手を振って、まだ教室まで距離があるが、間宮と学校の廊下で別れた。教室に入ろうとして、佐々木とばったり会う。

「あれ、B組に用あんのか?」

 はよーと続けると、佐々木は眉をしかめ無言で俺を見る。

「なんだよ」

「無駄な色気を振り撒くな」

 よくわからんことを言ってくる。

「んなもん撒いてない」

 何言ってんだ、とこっちも眉をしかめる。すると再び無言で絆創膏を差し出してきた。慌てて首筋を押さえる。

「逆だ」

「!」

 反対側を押さえる。顔が熱くなってると、佐々木はため息を付きながら「いい加減にしろよ」と言ってくる。

「なんで俺に言うんだよ。間宮に言えよ。それにさっさとさせてやれって言ってたのはお前だろうが」

「いろいろ想像するからそういう言い方はよせ」

「つーか何しに来たんだよ」

 絆創膏を奪いながら、仏頂面で呟くと、

「藤井先輩のこと」

 と、佐々木が返す。

「堀はたぶん言わないだろうけど───」

「わかってる。なんとなく思い出した」

 意外そうに佐々木が眉を上げた。

「珍しいな。お前が人のこと覚えてるなんて」

「……どういう意味だよ」

「とにかく気をつけろよ」

 言って佐々木は教室から出て行った。

 ふぅと息を吐いて、視線を上げるとクラス中がこっちを見ているのに気がついた。はたと動きを止める俺に気付き、一斉にみんな視線を外す。

(なんだ?)

 ───よくわからない。


 * * *


 日直で職員室に行くと言う間宮を置いて、同好会の部室に向かう途中、校舎の離れにある柔道部の部室に行こうとしているであろう藤井先輩を見つけた。距離があるのでどうかと思ったが、向こうがこっちに気がついた。ちょっと意味ありげに笑って、藤井先輩が俺に手招きする。───迷ったが、無視するのもなんなので、屋根付きの通路を通って藤井先輩に寄って行った。

「───なんすか?」

 少し警戒しながら、聞いた。間宮も佐々木もうるさく言うので、いらない警戒心だと思ったが……。

「間宮と───最後までしたの?」

 変な単刀直入の仕方をされた。

「そう言う話先輩としたくないんですけど」

 眉をひそめる俺に、藤井先輩は俺の首筋に手を伸ばした。

「ここ……絆創膏。昨日したの?」

「だから、そう言う話先輩としたくないです」

 手を払い除けながら、不愉快な感じが競り上がってきた。それに比例するように先輩が機嫌がよさそうに笑う。

「少しは俺も介入できるチャンスがあるかと思って」

 やんわりと言われたが、やはり間宮みたいな感じはしない。思わずイラっとしてきて、

「前も言いましたけど、本当は俺のこと嫌いなんじゃないですか? 中学のときのことこだわってるんですか?」

「───覚えてるの?」

 ぐいっと腕を取られた。そのまま校舎の影に引き込まれる。そのまま壁に押し付けられた。

「とりあえず一回ヤラせてくれる? それでチャラにしてあげる」

「何言ってるんですか? ふざけないで下さい」

 優等生ぶりはどうしたんだと睨み付けると、負けじと凄むように俺を見る。

「だいたい君が……体育関係の部活行かないで、落語同好会なんて入るのが悪いんじゃないか」

「…………は?」

 怒るとこそこ!?

 唖然としていると、誰かの走ってくる足音が聞こえてきた。

「真純!」

 校舎の角から間宮が走り込んできた。続いて藤井先輩の腕を俺から引き剥がして、つかみ上げる。

 いや、待て待てっ、お前の方がいろいろ負けるから! 怪我させられるから! ぎゃあっと冷や汗が吹き出した。───すると、

「こっちの方が、効果はてきめんかな」

 藤井先輩がチラリと俺を見た後、あろうことか、───間宮の唇に自分のを押し付けた。

「……………」

「……………」

 びっくりと目を大きくする間宮が目に入る。それはこちらも同じだ。

 時間が止まったように感じながら、スローモーションのように遠くから佐々木が来るのが視界の端で確認できた。どこか冷静にそれを見ながら、ふつ、と後頭部で何かが音を立てた。

「申し訳ありませんが」

 怒気が沸き上がる中、自分でも冷静過ぎる声音で呟きながら、間宮の襟元を奪い返して自分に引き寄せた。そのまま口付ける。驚く間宮の目を睨んで、藤井先輩と同じ長さ唇を押し当て離した。それから藤井先輩を見る。

「これ、俺のです」

 ぜんぜん堪えてない表情で、やれやれと藤井先輩が両手を振る。怒鳴り付けたい気分だったが、それを押し殺して間宮を見上げる。

「部室行くぞ」

「───あ、はい」

 ほんのり顔を赤くして間宮が答える。退散する視界に笑いを噛み殺す佐々木が見えたが───もう、無視無視。

「───真純さん?」

 後から付いてくる間宮が探るように呼び掛ける。ムカついた気分のまま振り向かないで言った。

「人の貞操の心配ばかりだったけど、結局は自分じゃないか」

「いや待って。その言い方にはツッコミたいんだけど」

 ピタリと足を止めて、自分でもよくわからない感情を持て余していると、間宮が肩を引き寄せて人影のないトイレに連れ込む。

「真純さん、あのね」

 優しい声音だったが、俺は顔を上げられない。

「はじめて真純からキスしてくれたの嬉しかったよ」

「──────」

 言われてそうだっけ? と思った。少し迷った後、再び間宮の襟元を引き寄せて、口付けた。───自分から。満足そうな間宮の目があって、さっきまでのイラつきが消えていく。舌が入ってくるのを素直に受け入れた。されるがままになって

 いたが、物足りなくなってくる。もっと───もっと、深いことがしたくなってくる。

「っ、んっ、間宮……今日、うち、来る?」

 熱に浮かされて呟くが、間宮がはたと動きを止める。

「……っ、て、今、期末試験、前だし」

「──────」

 ん?

 そこで冷静になった。

「期末試験?」

 いや、待て、お前。

「ひょっとして『約束』こだわってる?」

 疑わしげに聞くと、間宮がうろたえる。

 ……あーもう。バカだこいつ。

(なんでもさせてやるつもりだったのに───)

 しょうがないやつ……。

 だったら、なんだ。これはあれだろと思う。

(受けて立つしかないだろ、これ)

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