第2話(六)

 ───いろいろと熱がおさまってから(あのバカが)、俺は一のAの教室に向かった。

 普通あそこで逃げるか、あのバカっ。

 教室を覗いてみたが、間宮はいなかった。帰ったかと思い、踵を返した瞬間、誰かとぶつかりそうになった。慌てて避けて、顔を見ると……俺はげんなりする。佐々木だった。

「間宮なら帰ったよ」

 ニヤリとしながら、佐々木が言うが、俺は不機嫌に半眼になって、

「───まだ何も言ってない」

 そう告げたが、間宮が帰ったようなので、ここには用はない。

「じゃあ、またな」

 ひらひら手を振って、その場を離れようとしたが、佐々木が「ちょっと待てよ」と呼び止めると、教室に入っていった。すぐ戻ると何かを渡された。───絆創膏だった。

「? ケガなんかしてねえけど」

「ここ」

 そう言って、自分の首を指差した。ニイと口の端をつり上げる。過去イチいい笑顔だった。

「キスマーク。隠した方がいいぞ」


 * * *


「だからさっさとさせてやれば良かったのに」

 首を押さえながら、恥ずかしさで全身熱くなりながら逃げるように下駄箱に向かう俺に、後ろから佐々木が追いかけて言ってくる。

 絆創膏は受け取らず(貼ったら貼ったでどうよ)さっきされた事を揶揄されてるように感じて、どうにかなりそうだった。

「間宮のこと暴走させたのお前のせいでもあるんだからな。それとなんかまたこじらせてるみたいだけど、女の子扱いって何? どういう事?」

「っ! なんでお前に筒抜けなんだよ!」

 よりによってなんで間宮はこいつに全部報告してるんだっ!

 まだ人がまばらな下駄箱に着いて靴を履き替えながら、飄々と側で立ち止まった佐々木に文句を続ける。

「お前もなんだかんだ忙しいんだから、ついてくんな!」

「いやぁ、お前らくっ付けた責任あるし」

「くっ付けた言うなっ」

 なんなんだよ、もうっ。

「とにかくさあ」

 穏やかに佐々木が続ける。

「何が問題なんだよ。何気にしてんの?」

「─────」

 少し言いよどんで……俺は、つぶやいた。

「だから……あいつ俺のこと女の子扱いなんだよ」

「大事にしたいだけだろ?」

「だからっ。そうじゃなくて……そういう事、したら……がっかりすんだろ」

 ぽかんとした顔で、佐々木が俺を見た。

 ワケわかんないと思ってるんだろうけど、こっちは真剣だった。自分が女の子だったら、話は簡単なのだ。でも、ちがくて……。それがあからさまになった時点で、もう、好きだと言ってもらえなくなるんじゃないかと、どうしても思ってしまう。もうすでに間宮からのスキンシップは自分には心地好いモノで、なくてはならないものになっていた。あれがなくなると思うと、どうしても怖さが先に立った。

 押し黙る俺に、佐々木がバッサリ言い放つ。

「案外馬鹿だな、お前」

「……悪かったな」

 馬鹿で片付けんな、と睨む俺に、佐々木が予想外に優しく言った。

「そこまで間宮、馬鹿じゃないだろ。本当に女の子だと思ってるわけじゃないじゃないか。わかった上でずっとお前のこと好きだったんだよ」

「─────」

 ちょっと意外に思いながら佐々木を見た。

「なぁ……前から思ってたんだけど、佐々木はなんでそんなに間宮の味方なの?」

「味方っていうか……ただ単にお前への嫌がらせだから安心しろ」

 いつも通り人の悪い笑みを浮かべて佐々木が言う。

「? どういう事?」

 ワケがわからず?マークな俺に、佐々木は俺の背中を押した。

「さっき間宮帰ったばかりだから、急いで追いかけて、ちゃんと話したらどうだ」

「あ? あぁそうするけど……」

 気になったが、俺は一旦振り返って、佐々木に告げる。

「ありがとう、佐々木」

 佐々木はひらひらと手を振った。






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