第2話(四)
「だから。藤井先輩は彼女いたし、間違ってもお前に走るようなマネはしないよ」
珍しく熱く語る堀に、俺は少し意外に思いながら説明された事を吟味する。
放課後の教室内、部活に行く者、帰宅する者と、ざわめく背景をよそに、柔道部に行く予定の堀が俺に藤井先輩のことを説明する。藤井先輩は堀と同じ柔道部で有名な選手らしい。面倒見もよく、学問も秀でていて、性格も悪くないらしい。体育祭の借り物競争の俺を選んだのは、一番に目に付いただけだっただろうと、堀は言う。
「堀はすごくリスペクトしてるんだな。……ついでに俺のことは何気にケナしただろ?」
「気のせいだ。だから体育祭のことは深い意味はないよ」
「いや、俺もそう思ってるよ。ただA組のやつらが変な心配してるからさ」
───なんか監視されてる気もしてる。
A組は間宮の味方だ。大丈夫だって言ってんだけどな……。
「とにかく藤井先輩を巻き込むようなことはするなよ」
なんで俺に言うんだよ、と思ったが、素直に「わかった」と言っておいた。
* * *
「───じゃあ視聴覚室の鍵職員室に返してくるよ」
三遊亭園生のCDを間宮と聴いて、そのままお開きとなった活動だが、先日の───好きって言わなかったことに対しての抗議のつもりか、間宮が目も合わせてこない。
……っとに、面倒くさいな。まぁ俺が悪いんだけど。
でも鍵は返してきてくれるようで、俺は図書室横の準備室で待つことにした。
扉を開けると窓際に誰か立っていた。
「……藤井先輩?」
夕陽で影になって分からなかったが、見覚えのある姿に声をかけた。
「落語同好会ってここでやってるんじゃないの?」
間宮と変わらない上背から穏やかな声音で聞いてくる。
「今日は視聴覚室でCD聴いてたんですよ。先輩は? 柔道部やってますよね」
「俺は進路指導で先生に呼び出されてたんだ。これから部活は行くけど」
じゃあ行けばいいのに、なんでここにいるんだろうと首を傾げてると、
「……いつも何してるの?」
含みがあるように目を細めて藤井先輩がつぶやいた。
「? だから視聴覚室で映像見たり……」
「違うよ。間宮と何してるの?」
「………」
変にギクリとした。時々間宮とここでキス……とかしてるのを言われてる気がした。
「何って別に……」
ごまかすように言ったが、いつの間にか距離が詰まっていた。開いたままの扉が俺越しに閉められる。
ざわりと背中が緊張する。
なんか駄目な反応だった。顔がまずいな、と言うのが出てしまった。そんなこっちの戸惑いを感づいたのか、藤井先輩が俺の手首をつかんだ。強い力じゃない感じなのに外せない。
「間宮としたの……?」
「……先輩と、そう言う話したくないんですけど」
聞いてくる内容に、何言ってんだと思い、ごまかすのも遅い気がして正直に反論した。
なんとなく堀が言うような聖人君子じゃないぞ、この人……。
自分を見下ろしてくる目が、明らかに間宮のモノと違う。俺はなるべく無感情に聞いてみた。
「……俺、先輩に何かしました?」
「ん?」
「俺のこと嫌いでしょ?」
先輩は口元は笑みを浮かべながら、真っ直ぐ俺を間近で見てくる。
───ふと、思い付いた事を言ってみる。
「……ひょっとして間宮のこと好きなんですか?」
「……………………………は?」
ぽかんとした言葉が返ってくる。
「あ。じゃあ堀ですか? 堀は中学から同じクラスで気を使わない人間で普通に友達で……」
「……なんでそう言う話になるの?」
毒が抜けたように素朴に言ってくる先輩に、俺は申し訳なく思う。
「すいません……いろいろ毒されてて」
言い訳っぽく言ってみた。なんとなくA組のやつらが目に浮かぶ。
ぱちくりと先輩が瞬きしていると、背後の扉が唐突に開いた。
「……………」
肩越しに視線を上げると、間宮が立っていた。呆然と俺を挟んで藤井先輩を凝視している。そのあとつかまれてる俺の手首を見た。
───しばらくの沈黙のあと、先輩が笑顔になった。あとで考えれば、大変胡散臭い感じのものだった。
「間宮邪魔してごめんね。俺もう行くから」
じゃあ、と言葉が出ない俺と間宮をよそに、藤井先輩が準備室を出て行く。
「─────」
「─────」
しばらくその背中を見送って───。
どうしたものか、と戸惑っていると、間宮が中に入り、後ろ手に扉を閉めた。
その勢いのまま俺の腕を握り締める。
「っ……て痛っ」
その力が強くて泣き言が出る。
「何話してたの?」
冷たい物言いに、肝を冷やす。眉を寄せて俺は間宮を見上げた。
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