第3話 無防備な二人

 店内に響くあかねのクセのある甘ったるい声は可愛くて、周りの生徒たちの視線を集めるには十分。


 うっ……。目を瞑って大きく口を開ける女子に俺は固まった。可愛い娘が至近距離で無防備な姿を晒す姿に見惚れ、時間を忘れそうになる。女の子にキスをせがまれたらこんな感じなのだろうか?


 彼女は俺の反応の無さに瞼をゆっくりと開けて上目遣いで首をかしげた。


 銀髪がフワッと揺れ、彼女から良い香りが漂う。俺の真正面で端正な顔の美少女がこちらを不思議そうに見つめているとかあり得ないんだけど……。


 か、可愛い……。胸の奥がキュッと痛んだ。何だこの感じ、心音が加速して顔が熱くなる。


「あれって長月だよね? 彼女いたんだ……」

「なにあの娘、ガチで可愛いんだけど!」


 周りからの声に、俺は我に返った。


 あ……、終わったな。明日の朝、教室で茶化されるのは確実だろう。俺は囁き声をノイズに変換し、それ以上聞こえないように努めた。


「ねぇ? 早く~っ!」


 あかねの大きな口の中で舌が蠢き、俺は若干のエロさを感じてしまって咄嗟にクレープを彼女に咥えさせた。


「ん? こっひもおいひーね?」


 おいおい、食ってから話せ、食ってから! モグモグしている彼女は小動物みたいで、いちいち可愛い。


「ところでさ、その制服って情翔だよね?」


 あかねは直ぐに自分のクレープを食べながら聞いた。


「あ? そんなの見りゃ分かるだろ?」


 って、口にクリームついてるぞ? ガキかよ!


「もしかして二年生?」


 食ったり話したり、忙しい奴だな?


「ねぇ? どーなのさ?」


 あかねは俺の真横に身体を寄せ、腕に何か柔らかい物があたる……。


 うわっ! 胸っ!


 生温かい体温が薄い生地越しに腕に伝わって来る、しかも二つの丘に挟まれれてる感触さえも……。


 ふっくらした胸元はかなり大きくて、Tシャツが窮屈そうだ。彼女のシャツは首周りが広いデザインで鎖骨が綺麗な影を作っていた。だけど、上から覗き込む格好になった俺からは胸の谷間が丸見えでパステルブルーのブラもチラ見えしているのが目に入ってしまった。


 見ちゃダメだ! 初めて生で女子の胸元を見てしまった俺は咄嗟に視線を逸らした。だけど脳内に映像が残ってドキドキが止まらない。透き通るような白い胸の谷間には小さなほくろが二つ、何だかとてもイケナイ物を見てしまった気がする。だって、そんな所のほくろを見ていいのは恋人だけだろ?


「ねぇ凜くん! 二年かって聞いてるんだけど!」


「だったら何だよ?」


 平常心平常心。あかねは胸の谷間を見られたことに気付いていない。俺は顔が火照るのを抑えきれず、彼女から顔を背け、窓の外の景色を眺めるフリをしながらクレープをかじる。


 やば、さっきあかねのかじったとこ食っちゃった……。意識すんな、顔に出したら茶化されっぞ。


 彼女はニコッと笑うと急に立ち上がって俺を見下ろした。


 ん? 急にどうした?


「んじゃ、私帰るわ。したっけ!」


「は?」


 背中で手を振り、スタスタと店の外へ向かうあかねの姿に、俺は意味が分からなくなった。


 はぁ⁉ 散々俺を振り回しておいて、いきなり帰るって、どんな気分屋なんだよ?


 窓の外をブーンとエンジン音を響かせ、オレンジ色の原付が通り過ぎて行き、俺は脱力感に襲われた。


 ほぼ女子しかいない店内のボックス席に取り残された俺は、急に居心地が悪くなって食い掛けのクレープを片手に店を出た。


 ◇◇◇


「お帰り。凜、後で店手伝ってくれ!」


 親父が自宅一階のバイク屋で手を洗いながら背中で言った。


「別にいいけど、バイト代、いつになったらくれるんだよ?」


「あ? こないだ払わなかったか?」


 あ~やだやだ! 絶対親父は俺が何時間働いたか記録していない、なんぼ家族だからって最低賃金以下で働かせるなよ! 俺は店を素通りして二階の自室に直行する。


「暑っ!」


 最近札幌も温暖化の影響なのか初夏とは言えエアコン無しだとかなり暑い、俺は部屋の窓を全開にして見慣れた外の風景を眺めた。


 ん? 引っ越しか……?


 外には赤帽の軽トラが停まっていて、ドライバーらしきオジサンがせっせと荷物を荷台から運び出していて、汗が滲んだ背中は見ているだけで暑い。


 窓の外から入るぬるい風が気持ちいい。徐々に室温が下がってゆく部屋で制服を脱ぎ捨てて着替えていると、階段を駆け上がって来る騒々しい音が迫る。


 バンッ! といきなりドアが開き、幼馴染の三崎みさきもみじが顔を出した。


「凜っ! 自転車パンクしちゃったから直してよ!」


 ビクッとしてしまった俺は悔しくて、上半身裸でわざとらしく「キャ~ッ!」と騒いで見せる。


「そういうのはいいから、早く! 私、出掛けたいし」


 腰に手を当て、要求を一方的に突き付ける容赦ない幼馴染に、俺は最近ウンザリしているのを隠さない。


「あのな、何で俺がもみじの都合で今直ぐパンク修理しなきゃならないんだよ? だいたい男子の部屋にいきなり入って来て着替えを覗く奴があるか!」


「はぁ? どこに男子が居るっての?」


 もみじは額に手をかざし、キョロキョロ部屋を見渡す。


「だいたいお前、ピアノの稽古はいいのかよ?」


「い~の! 遊びでやってるだけだしっ!」


「遊びって、コンクール目指してたんじゃないのか?」


「中学まではね?」


 勝手に部屋に侵入したもみじはベッドにドカッと腰かけて、茶髪のショートヘアーがフワッと窓の風に揺れた。


 グレーの半そでシャツにほつれたデニムの短パンを履いた彼女はベッドの上でドバッと肌色だらけの長い脚を折り曲げ、あぐらをかいて着替え真っただ中の俺を眺める。


 デニムの短パンの股間からピンク色の下着がチラ見えしているのも気にしない幼馴染に俺は幻滅した。お前も年頃の女子なんだから気をつけろって! まぁ、もみじのパンツは幼いころから今まで飽きるほど見て来たから俺は不感症になっているが、普通の高校生男子ならガン見している事だろう。


「パンクは後で直すから、俺の自転車使ってろよ」


「え~っ? あの自転車可愛くないし、サドル高すぎるし……」


「サドルは今下げてやっから、我慢しろって!」


「ちぇ~っ!」


 もみじは口を尖らせてベッドにうつ伏せに寝転んだ。


 って、ケツ! 短パンが尻にめり込んでるって!


 俺は幼馴染の無防備コンボに意識を持っていかれ、短パンから覗くハミケツをチラチラ見てしまった。


「て、てか、パンク修理は親父に頼んでくれって」


「頼んだら凜に頼めって!」


 脚をパタパタさせながらスマホを眺めるもみじは、俺に容赦なく裾からパンツを見せ続ける。


「あのクソ親父! 文句言って来る!」


 俺はもみじの股間で蠢くピンクの生地を視界から振り払い、叫んで気を紛らす。


「無駄だよ、コンビニにビール買いに行っちゃったから」


 のそっとベッドから起き上がったもみじが笑う。


「だいたい凜は暇さえあればアニメばっか視てるか、スマホで育成ゲームしてるだけでしょ? まったく! 凜がこれ以上キモヲタにならないように私が協力してやるってのが分からないかなぁ?」


「余計なお世話だよ!」


 お前がツンデレ幼馴染ならまだしも、ツンしか持ち合わせてねーからやる気が起きねえって言ってんだよ! とは言えない。


 まぁ、もみじの言う通り、俺の興味はリアルより二次元に移行しつつある。


 ジッともみじに見つめられ、反論できない俺は言葉に詰まってしまった。


 思わすため息が出る。しょうがねえ、やるか……。


「もみじ、パンクは直しといてやるけどちょっと時間くれ! だから……」


 俺は壁のフックに掛けていた自転車の鍵を彼女に放り投げた。

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