第2話 お礼という名の脅迫
「分かった! 分かったって!」
俺の自転車は車道脇で、彼女の乗った原付に道を塞がれていた。
「ニシシっ、逮捕ーっ!」
彼女は歯を食いしばって笑い、原付に乗ったまま拳を天に突き上げて叫んだ。
いやいや、お前のやってる事が逮捕案件だって! 俺は大きくため息をついて彼女を苦々しく眺めた。
「何で逃げるワケ? 原チャ直してくれてサンキュ! お礼に何か奢らせて?」
原付から降りて俺に近付き、笑顔で間近に立つ彼女からレモンみたいないい香りが漂い、俺は彼女をヤンキーから女子へと認識を変えた。
「別に俺は大したことしてねーし、面倒くせーからいいわ……」
女子に誘われた事なんて今までなくて、ちょっとは興味が湧いたけど、照れくさいし……やめとこ。
「は……? はぁ⁉ 男子に私の誘い断られたのって何年ぶりだろ? あり得ないんだけど!」
「いや、マジで俺――」
「あ? 何?」
俺の断りを拒絶したかのように、彼女は低い声を上から被せて威圧する。
うぐっ……。くっそー! 女子に怯んじまうとは……。
「ま、まぁ、ちょっとは時間あるし、いいかな……?」
俺は彼女から目を逸らし、空を見ながら頬を掻く。
「ほんと⁉ やった! じゃ、どこ行こっか? ……って、ここっ!」
彼女は歩道側の建物を指さして可愛らしい笑顔を見せた。
「ここ?」
綺麗に反った細い指先が示した建物は最近出来たばかりのクレープ屋さんで、ウチの高校の女子生徒の間でも話題になっていたっけ……。建物はピンクと白で正にお菓子の家といった感じだ。
店舗前にずらっと並んだ自転車には《札幌情翔高校》の自転車通学許可ステッカーが貼られた車両だらけで、俺が他校の女子と一緒に入るのを知り合いに見られそうでちょっと躊躇う。
仕方ねえ、入るか……。明日誰かに茶化されたら、適当に誤魔化せばいいだろ。
俺と彼女は歩道を乗り越えて駐輪場に車両を停めた。
「はぁ~、メット暑っ!」
彼女はジェットヘルメットを外すと、頭をブンブン振って締め付けられていた髪をほぐした。
は? めっちゃ可愛いんだけど……。背中まで伸ばした銀髪は銀髪でも染疲れたパサパサヤンキーヘアーじゃなくてお洒落なゆるふわパーマ。初夏の日差しを浴びた彼女の透明感のある白い肌は眩しく、腰の位置は俺より高いくらいだ。俺は一瞬魂を奪われそうになってしまった。こんな整った体型と顔を持ち合わせたリアル女子は初めて見た……、芸能人でもここまでのクオリティーはなかなか見ないぞ…………って、ん?
御園エリスに似てね? 顔面だけだけど……。髪型も髪色も違うから雰囲気は派手か、まぁ、あの清楚系のエリスに性格は似ても似つかないが……。本人に会ったらもっと可愛いんだろうか?
俺が見惚れていると、彼女は「早くいこ?」と、笑いながら指先で前髪を整えて店の中に先に入って行く。
店の中に入ると甘い香りが充満していて、空席は僅かだった。俺たちの前には数人の見飽きた情翔高の制服女子が並んで天井付近に吊るされたメニューに見入っている。
「うわ、美味しそ! あ、これ、いいかな? いや、こっちも……」
原付の彼女は唇を人差し指で触りながら軽く20種類以上はあるであろうクレープの写真に見入って思案中だ。
俺は……、何食っていいのかさっぱり分からん! だいたい俺、今までクレープ食った事あったっけ?
「な、なあ……」
俺は原付女子に声を掛けて固まった。名前が分かんねーし、自然な聞き方も頭に浮かばなかったから。
「ん? なに?」
「俺、こういうの分かんねーから、適当に選んでくんね?」
チラッと俺を眺めた彼女は一瞬沈黙して、プッと笑った。
「何それ? 子供か? って、そしたら~これっ!」
彼女は暗号じみた商品名をさらりとレジの店員に告げ、お金を払うと横に避けてオープンキッチンに見入った。
「わぁ、やってみたい!」
小さく拍手する彼女の仕草が子供みたいだ、さっき俺を子供扱いしたくせに。
クレープ生地を棒でサッと伸ばして円を描く従業員の手際の良さに見惚れていると、あっという間にクレープがカラフルな紙に包まれて手渡された。
結構重量感あるんだな、クレープって……。ペラペラだから軽いかと思ってたぞ。
「あ、あそこ空いた! 行こ行こ?」
ボックス席に走った彼女は満面の笑みで俺を手招きする。
は? 可愛いじゃねーか! 何だよその恋人プレイは。俺は少し遅れてボックス席に座った。
「んじゃ、カンパ~イ!」
彼女は俺のクレープに自分のクレープを軽く当てた。
何だよ? 乾杯って、意味わからん。
「美味し~っ!」
一口かじっただけで、足をパタつかせて喜ぶ彼女の声が耳に痛い。
結構うるせーな、こいつ。
「そう言えばさ、アンタの名前、何ての?」
彼女はコの字型のベンチシートにお尻を滑らせて俺の隣に身体を寄せ、顔を覗き込んだ。
うわっ⁉ 近っ! 距離感おかしいって!
間近で見る彼女は見れば見るほどガチな美少女だった。肌はきめ細かくて綺麗で頬のふっくら感は思わず手を伸ばしたくなってしまうほどだ。
「ねぇ? 聞いてる?」
薄茶色の瞳が綺麗だ、星雲みたいな瞳の虹彩に吸い込まれそうで、俺は魂を奪われそうになった。
「えっ⁉ あ、あぁ……名前だっけ? 俺は凜、
「え~っ? 女子みたい、
自己紹介の度に言われるこの反応、もうリアクションする気にもならない聞き飽きたセリフだ。ほんと、ウチの母さんの名付けセンスを疑う。
「で、君は?」
「
「そっか? 可愛いぞ? あかねちゃん!」
「あ~っ、バカにした!」
あかねちゃんは俺の腕を結構強く叩いた。
「ねえねえ? 凜ってさ、彼女いないでしょ?」
「見て分かるのか?」
「そりゃ分かるよ、さっきから
あ? 苦手な女子を軽くあしらってたつもりでいたが、どうやらそれは俺の幻想だったみたいだ。
「じゃあさ、今日は私が恋人になってあげる! はい、あ~ん!」
あかねは俺の口元に、敢えてクレープのかじった所を近づけた。
か、間接キス⁉ 俺が若干戸惑うのを見越してか、彼女はニンマリと口角を上げる。
ア、アホらし。そんな策に俺は乗らねーからな!
俺は自分のクレープにかじり付いた。
「へぇ? そうくる? じゃぁ……」
俺に向き直り、挑戦的な笑みを浮かべた彼女がグッと顔を近づける。
「な、何だよ?」
身構えて若干のけ反った俺に、あかねは大きく口を開け、「あ~ん!」と大きな声を出して目を閉じた。
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