第4話 上から目線の幼馴染
翌日。
制服に着替え、朝食を終えた俺はバイク屋のシャッターを開けて、パンク修理が済んでいたもみじの自転車を店の外に押し出した。
「やっほー凜!」
タイミングよく現れた自転車の持ち主が、跳ねるように茶髪のショートヘアーを揺らし、俺に大きく手を振って駆け寄って来る。白いYシャツが朝日に照らされて眩しい、もみじは最近夏だからか制服のスカート丈がやけに短い。
「おはよう、もみじ」
「おはよ!」
大きな目を細め、もみじが可愛らしく笑う。
「パンク修理、千円だっけ?」
財布を取り出してお札を一枚出した彼女に、俺は言った。
「いいって別に、もみじは客じゃないから」
「そう? ありがと! じゃあさ、今日の放課後、久々に帰りにどっか寄り道してこうよ? 奢ってあげるからさ? そうだ! あそこのクレープ屋さん行こ?」
クルリと回転したもみじのスカートがフワッと広がり、良い香りが広がる。
「クレープか……。昨日食ったし、遠慮しとく……」
「は? 誰と行ったわけ? まさか女子⁉」
ヅカヅカと一気に距離を詰めたもみじの圧に、俺はのけ反って一歩後退する。
「うるせーな、関係ねーだろ?」
うっ! ちょっと声が上ずっちまった。
「何で隠すの? 怪しい……」
ジト目を浴びせる幼馴染にこれ以上詮索されないように、俺は自分の自転車を店から出して逃げるように自転車に跨った。
「低っ!」
昨日もみじに貸したからサドルの位置が思いっ切り下がっていて、俺はずっこけそうになってしまった。
それを見てもみじがプッと噴き出し、ケタケタと笑い出す。
「なに今の動き! ウケるし!」
「もみじの短足に合わせてたから、転ぶとこだったぞ!」
俺は悔し紛れに言い放つ。
「はぁ⁉ 私、女子の中じゃ足長い方なんだからね?」
「へぇ?」
俺はもみじの白い脚を横目で眺めた。もみじ自慢の細長い脚は彼女最大のアピールポイントだ、だって上が貧……いやいや、スレンダーと言っておこう。
「ちょ、エロい目で見んな!」
「誰がエロい目で見るかっ! ご自慢の長い脚が何処にあるのか探してただけだって!」
「ここにあるでしょ! ここにっ!」
スカートをたくし上げ、出来るだけ足を長く見せようとするもみじに、俺は本当の意味でエロい目を向けてしまった。幼馴染のくせに白い太ももが艶めかしく見えて俺は戸惑い、気分を紛らわせようと一気に自転車のペダルを踏み込んだ。
「あっ⁉ ちょっと待ちなさいよ凜っ!」
遠ざかるもみじに俺は立ち漕ぎで振り返って叫ぶ。
「その長い脚で追って来い! もみじ」
小さくなる彼女の姿を見つめ、俺は高校に向けて更に自転車を加速させた。
◇◇◇
汗だくで息が苦しい。もみじは俺を自転車で追い回し、俺は全力で逃げたから……。
幼いころを思い出し、年甲斐もなく自転車で追いかけっこをしてしまった。俺が泥棒でもみじが警察。そんな設定がフラッシュバックして高校生にもなって楽しんでしまったとは……。
肩で息をしているもみじが高校の駐輪上に自転車を滑りこませ、隣で先に自転車を停めていた俺の手首を掴むと嬉しそうに囁く。
「タイホ!」
上気したもみじの顔は満足そうで、手のひらは少し汗ばんでいた。
「ったく! もうヘトヘトだぞ!」
「ふっふ~ん! そりゃ凜はバイクばっか乘ってるから運動不足なんだよ」
「もみじだって息上がってんじゃねーかよ」
「私は健康優良児、これくらいへーきへーきっ!」
もみじは標高の低い胸を張り、俺に勝ち誇る。
優良児って……、まぁ、自分でガキって認めてんなら良しとするか。
「じゃ、後でな? もみじ」
俺はもみじを置き去りにして歩き出した。
「あ~ん、ちょっと! 待ってってばぁ」
もみじは自転車を降りて跳ねるように俺に駆け寄り、腕を両手で掴んだ。
「暑苦しいから触んなよ!」
「え~? いいじゃん! ちょっと疲れて掴まっただけだし」
俺が嫌がるからか、もみじはワザと背中に抱き着いた。
朝の校舎はひんやりとしていた。初夏とはいえ、札幌の夜は半袖だとまだ肌寒いから鉄筋コンクリートは夜の間に冷やされ、天然冷房が効いているみたいで中は涼しい。
校舎の3階に上がり、もみじと教室に入ると、俺は朝の挨拶もそこそこに女子に話しかけられた。
「昨日クレープ屋さんで見たよ長月! すっごい可愛い娘連れてたじゃん! 誰よ誰よ?」
げっ! 忘れてた。よりにもよってもみじの耳に入るとは、俺もツイてねえ……。
何でか知らんがもみじは俺に女の影を感じると、あれやこれやと詮索して来るのだ。まるでモテない弟に恋愛を指南する姉みたいに面白がって兎に角ウザい。
「美春、その話、詳しく聞かせてくれない?」
もみじは俺に最大限のジト目を浴びせつつ、三枝の話に興味津々の模様。
「知りたい? もみじ」
「うん、知りたい! 凜がどんな娘連れてたの?」
「それがさぁ、めっちゃ美人なの! びっくりするくらい! 何かさ、アイドル? モデル? そんな感じの人でさ、しかも……」
三枝はもみじの耳に手を添えて、こそっと何かを囁いた。
おいおい! 何で隠す? 三枝……、お前ちゃんと真実だけ告げてるんだろうな?
何かを耳打ちされたもみじはハッとして自分の小さな胸に両手を当てた。って、何で俺を睨む?
「ねえ凜、その娘とどういう関係?」
グッと近づき、もみじが俺の顔を下から覗き込む。
「その娘って?」
いちいちうるさい奴だな。構うものも面倒くさいから一応、とぼけてみる。
「誰かって、聞いてんのっ!」
なんで足を踏むんだよ? もみじ!
「もしかして銀髪の人? 客だよ客、ウチの店の」
「…………、だよね~? 凜がそんな美人とお近づきになれる訳ないし!」
イシシと笑うもみじの顔は、良く分からんが滅茶苦茶嬉しそうだ。まあいい、俺の咄嗟のでまかせで納得したのなら。
だいたい、一から説明したら面倒くさいし、根掘り葉掘り聞かれたら答え辛いこともしたしな……。
「始めるぞ、席に着け」
野太い声が響いた。担任の横山先生が教室に現れ、クラスメイトがワラワラと席へ着く。
「おはよう! 先ず、今日のホームルームで宿泊研修の班決めと体験学習の課題を選んでもらうのでタブレットに送った資料に目を通しておくように」
教室がざわついた。班分けはメンバー構成が重要だ。仕切る奴、仕切られる奴、何もしない奴、率先して動く奴等、バランス良く人が配置されないと地獄を見る。しかも友達と一緒にいたいと願っても友人関係のパワーバランスや定員で班から追い出されることもしばしば、それを嫌って安直にくじ引きってこともよくある話だ。
「静かに! それと、いい話がある」
勿体ぶった様子で横山先生が廊下の方に目をやった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます