第8話  別れの蒼いノクターン

 私はバイクに乗って、高松文化センターに向かった。

 ここは私がまだ保育所から浅からぬ因縁を持っており、今日がこの文化会館が閉鎖になる最後の日なるためそこに向かった。

 建物の中は薄暗く東側には、中国の友好の証として送られた金色の城が私を出迎える。

「ええっと、プラネタリウムはこの階段を登るのだったな」

 今日が最後の営業となるという事でいつもは閑散としている内部は列を作るとまではいかなくても、大勢やってきていた。

 科学コーナーや祖父の友人の弟である中西太の記念館などは七十年代の陳腐な内容で私はいつも「これは、すぐに飽きられるぞ」と毒ついたのを今でも思い出してしまう。

 時間が午前十時を回り、チケットの販売が行われ、五百円と引き換えに色紙でつくられたチケットを年を取ったおじいさんに渡された。

「皆さん、最後の来てくださって本当にありがとうございます」

 学芸員の人たちが名残惜しそうな目と、それを押し殺して作る笑顔で、最後の投影準備を始める。

 そんな悲しい心の中で私の中に去来したのはここでの思い出であった。

 保育所の時のナウマンゾウと七夕の話、小学校のときのペルセウスの伝説、中学校のウルトラマンの番組、そして高校の時のトランポリンと併設された松島図書館で読んだ平井和正の「月光魔術團」その全てが懐かしい思い出となってよみがえる。

「良ければ、こちらに今まで投影された番組のチラシがありますので、好きな物をお持ち帰りください」

 学芸員の手の向く方向に視線を向けて見ると、そこには引っ越しか然もなくば閉鎖のための片付けかと思うほどの番組のチラシが野積みにされて置かれていた

「じゃあ、私が昔ここで見ていた番組をもらいます」

 学芸員のスサプライズに甘えて、私はその山積みの中から棚場とペルセウス、そしてウルトラマンを一枚ずつ記憶を頼りに、探し出してもらった。

「それでは、入場してください」

 学芸員の案内で列が進んでいき、次々と中心に置かれたプラネタリウムの周囲にある椅子に腰掛けた。

 最後の番組はイラストレーターKAGAYA氏が作った宮沢賢治原作の「銀河鉄道の夜」でこの番組が後年のエッセイとプラネタリウム鑑賞に繋がった。

 まず、学芸員があらかたの説明をしたのちに、高松の町並みを見せて、太陽を沈めて満天の星空を見せて,星座の解説を始める。

 その中で学芸員が二〇一一年三月十一日に起きた、東日本大震災とウルトラマンによって励まされたエピソードを全員に話す。

 その時の私の頭の中は「早くそんなエピソードを終わらせて、番組を始めろよ」という気持ちだった。

 ようやく星空解説が終わり、本来のプラネタリウム番組が始まった。

 私がまだ小さかった頃は機械式とスライド式のプラネタリウムだったと記憶している。

「あら、いつからデジタル式に更新したんだろう」

 私の番組を見たときの最初の感想がそれだった。

 しかし、そんな疑問は、CGでの幻想的に走る列車と白鳥の飛ぶシーンで一気に吹き飛んでしまう。

 映像美と忠実に作られた世界は、ますむらひろしのアニメ版がかすんでしまうほどに圧倒的だった

 その投影が「星めぐりの歌」と共に終えて、再び星空に変わったのちに、学芸員が一人のお客を紹介した。

 その人は子供だった頃、星空を撮影してその写真が展示されていたという。

 最後にポール・モーリアの「蒼いノクターン」と共に星空が動き高松の空に朝日がのぼり最後の投影を終えた。

 建物を出た私は名残惜しい気持ちを背に一九七二年生まれの建物に別れを告げ愛車のゼファーカイに跨がった。

 これが私のプラネタリウム鑑賞の初まりとなった。

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