11 三島楓

(どうするどうするどうするどうするどうする……!!)


 今、頭を抱え金髪の女性がリビングで一人、千思万考をしていた。

 彼女の名は三島瑠奈。

 彼女が考えを巡らせている理由、それは今日が飛鳥と凛へ楓の力やスクラップ置き場跡で起きた事について瑠奈が説明をする約束の日のためであったからである。


(イルフの暴走について聞かれたらツヴァイの事を伏せつつどう説明する? 一ノ瀬さんのときみたいにイルフの暴走は極稀な事柄で偶々運が悪かった、とでも言うか?

 ……アホか!? 楓が言うには数えられない程のイルフがあそこで暴走したって話だぞ!

 あの日が仏滅であの場所が鬼門であの場にいた全員が大凶で天中殺で大殺界だったとでも言うつもりか!?

 楓の力の事についてもどう説明する!? 二人のあの様子だと一ノ瀬さんのときと違って雑談をしている暇はなく今回は即、説明を求められる!

 二人が楓の事をどう思っているか探って、どこまで話を誤魔化せるかの打算をすることも出来ないぞ!

 どうするどうするどうするどうするどうする……!!)


 頭から熱を放ちそうなくらい知恵を絞り思考する瑠奈。

 ――だが無情にもタイムリミットが訪れる。

 ガチャ


「ッ!?」


 リビングに届いたドアの開く音で瑠奈は弾かれるように玄関の方を向く。

 すると、


「ただいま帰りました」

『お邪魔しまーす』


 姿は見えなくとも瑠奈には声の主が分かった。

 楓と飛鳥と凛の三人であることが。


(ええい! こうなったら苦しい説明でも予め用意してたのでやるしかない!)


 瑠奈は腹を決めると玄関へ向かい三人をリビングへと招き入れた。


 +++++


「は?」

「だから、瑠奈さんに聞きたい事は今のでもう大丈夫です」


 間の抜けた声を出す瑠奈に飛鳥がにこやかな笑顔で応える。


「え、いや、イルフの暴走については――」

「今回起きた事はとっても珍しいケースが偶々起きたんですよね?」

「あ、ああ……まぁ……」


 これまたにこやかな笑顔で尋ねる凛に戸惑う瑠奈。


「楓がイルフだってことは――」

「そういう今までに無い新しいイルフってことなんですよね、瑠奈さん?」

「えっと……その通りなんだが……」

「そして、三島さんはイルフで何故あんな凄い力を持っているかは詳しくは言えないけど軍事用のイルフの研究が最近世界中で盛んになって来ている。

 それから、三島さんを学校に編入させた理由は三島さんに幸せになってもらいたいって瑠奈さんが思ってるから、でいいんですよね?」

「確かに私はそう言ったが……」


 瑠奈が先程説明したことを笑顔を浮かべながら繰り返した飛鳥に、瑠奈はなんとも言えない不安を覚えていた。

 瑠奈は飛鳥と凛へスクラップ置き場跡で起きた事と、そこで彼女等二人が目の当たりにした楓の力について苦しい説明をしなければならず、それに対して二人から激しい指摘を受ける腹積もりでいた。

 だが、飛鳥と凛はあっさり瑠奈の話に納得し、説明はもう十分といった素振りを見せていた。


(どういう事だ……? 苦し紛れのボロボロな言い訳にしか聞こえない私の説明をすんなり受け入れている……

 なんなんだこの違和感しかない状況は?)


 瑠奈が頭の中を疑問符で溢れ返らせていると、彼女へと凛が話しかけた。


「瑠奈さん、わざわざ説明ありがとうです! また、何か知りたい事があったら聞きに来ていいですか?」

「あ、ああ……もうこれで終わりでいいのかな?」

「はい! じゃあそういうことであたし等ちょっと行きたいとこあるんで三島ちゃんお借りしてもいいですか?」


 凛の言う行きたいとこ、というのが気になり瑠奈は楓へ質問をした。


「何処へ行くんだ、楓?」

「ボ、ボウリングです。 それでは行ってきます、瑠奈」


 片言気味に楓がそう告げると楓、飛鳥、凛の三人はソファから立ち上がり玄関から外へと去って行った。

 瑠奈は三人を呆然とした様子で玄関から見送った。


(なんだあの三人の不自然な様子は……?)


 再びリビングへと戻りソファに腰を掛ける瑠奈。


(私が説明しようとした事をまるで事前に詳しく知っていた様な……

 ――私が説明しようとした事!?)


 その途端、瑠奈の頭の中にここ数日の事がフラッシュバックする。

 飛鳥と凛への説明のことで切羽詰まっていた瑠奈に楓が何度も気を遣う言葉をかけてくれたこの数日間。

 だが、冷静に思い返すとその度、楓は瑠奈へそれとなく飛鳥と凛の二人へどんな事を説明するかを聞き出していたのだった。


(そうか、あいつの仕業か……)


 瑠奈は頭を抱える右手を下ろしゆっくりと玄関の方へと向く。


「かぁぁえぇぇでぇぇ……!」


 +++++

 

 「ッ!?」


 楓の背筋に冷たい悪寒が走ったのはボウリング場内のレーンの前に備えてある椅子に座った瞬間であった。


 町の中にある小さなボウリング場。

 そこは放課後のこの時間でもまだ利用者は少なかった。

 楓と飛鳥と凛は後から来た真依と合流し、受付で申し込みを済ませて四人で端にあるレーンへとやって来ていた。


「どうしたの、三島ちゃん?」

「いえ、何でもありません」


 凜からの問い掛けに尋常を装う楓。

 彼女は一瞬走った正体不明の悪寒を一先ず忘れる事にした。

 ――などとしていると飛鳥が楓へと声を掛けた。


「で、あれで良かったの、三島さん?」

「はい、楠さん、長谷川さん、ありがとうございました」


 先程行われた瑠奈との不自然なやり取り、あれはやはり楓の差し金であった。


「三島ちゃんと一ノ瀬ちゃんから話があったときは驚いたけど、正直二人から説明されたほうが信じられる内容だったよ」

「だね。 どう見ても同い年の女の子がイルフで学校に入学してきた理由が幸せになってもらいたいから?

 瑠奈さんから聞いていたら何言ってんだこの人って思ってたわ」


 そう言うと凛と飛鳥が二人してけらけらと笑った。


「ありがとうございました、真依。 突然のこんなお願いを聞いてくれて」

「どういたしまして、楓」


 しかし楓の感謝に応えた真依の心中は申し訳なさでいっぱいだった。


(楓が自分から直接話す事は危ういから一度、事情を知るわたしを通して楠さんと長谷川さんに説明をするという手段を取ったけど、これで良かったのかなぁ……?

 頭を悩ませていた瑠奈さんを助けてあげたいという理由の楓の行動に付き合ったけど正直これだって瑠奈さんとの約束を破る形だよね……

 瑠奈さん、約束を破る様な真似をしてごめんなさい)


 楓がここ数日で行ったこと。

 それは瑠奈からそれとなく飛鳥と凛にどんな事を説明するかを聞き出し、その中から二人に話しても問題なさそうなことをさらに吟味してそれを一度真依へと伝えた後、瑠奈との約束の日の前に飛鳥と凛に真依を通して二人に事情の説明を行ったのだった。

 完全に納得するまでには行かなかったものの楓に深い事情がある事を察してくれた飛鳥と凛は楓の要望を聞き入れ瑠奈が行った説明に深く追求することをしなかったのである。


 真依が眉を曇らせていると、その事に気付かないでか凜が再びけらけらと笑う。


「それにしてもあのスクラップ置き場マジヤバかったなぁ。

 イルフは暴走する事があるっていうけど何なのあの数は? 祭りか何かかよ」

「それについては――」

「あー、何か三島ちゃん関係の事情があるんでしょ?」


 楓の言葉を途中で凜が遮り更に話を続ける。


「約束した通りその辺と三島ちゃんのすげぇ力の事については突っ込まないよ。

 正直、気にはなるけど」

「ありがとうございます」


 楓は凜へ深く頭を下げ感謝を告げた。


(私の力のこととツヴァイとイルフの暴走事件が結びつくようなこと……こればかりは話す訳にはいかないのです。

 一番問いただしたくて仕方のない事でしょう……それなのに私の一方的な要望を聞き入れてくれているのはどうしてなのでしょうか?)

 

 胸の内で思い悩む楓。

 すると凜が、


「まぁ、他人に言いたくない事なんて誰でもあるっしょ?

 あたしなんて見ての通り不良だからポロポロあるしね」

「万引きとかカツアゲとか?」

「するか!」


 飛鳥の問い掛けに即座にツッコミを入れる凜。

 しかし彼女はにわかに冷静になる。


「……あ、いや、まぁ、不良ならそう見られるか。

 でもあたし、欲しい物はちゃんと自分で稼いで手に入れるって決めてるからバイトしてコツコツお金貯めてるし」

「へー、立派」


 自慢げな凜へ素直な感心の言葉を飛鳥は口にする。

 そこへ真依がぼそりと言葉を挟む。


「あの……うちの学校、特別な事情があって先生に許可を取らないと基本バイト禁止ですよね?

 長谷川さん、許可取ってるんですか?」

「ぅえっ!?」

「……おい不良」


 素っ頓狂な声を上げる凜へ飛鳥の重く低いトーンの言葉と鋭いジト目が突き刺さる。


「……すみません許して下さいどうか内緒でお願いします……店長に学校へ黙ってバイトしてるのバレたらキレられそうなんで……

 バイト先の店長、真面目でめっちゃ厳しい人で怒るとマジ怖いんで……」


 自らの言葉で自分の首を絞めた凜は気まずそうな表情の楓と真依と呆れ顔の飛鳥へ一心不乱に平謝りするのだった。


 +++++


 カコーン!


「よしっ!」

「ナイス!」


 ストライクを取った飛鳥を凛がハイタッチで迎える。

 10フレーム目を投げ終えた真依と飛鳥に続いて楓の順番がやって来る。 が、

 ガコッ!


「あらら三島さん、またガーターか」

「まぁ、初めてですからね、楓」


 飛鳥と真依が苦笑していると投げ終えた楓が戻って来た。


「ドンマイ、三島ちゃん」

「アハハ……」


 凛の言葉に照れ笑いを浮かべる楓。

 ゲームが終わり四人はモニターのスコアへ目を向けた。


「よしっ! ワタシがトップ!」

「ああっ! あとちょっとだったのに!」


 トップを取れたことに喜ぶ飛鳥と僅差で二位になったことを悔しがる凛。

 凛は悔しさの余り次のゲームを飛鳥へ求めた。


「もう一回! もう一回しよっ!」

「次やってもトップは譲らないけどね。

 ――長谷川が泣いて再試合を頼んでるけど一ノ瀬さんと三島さん、時間ある?」

「泣いてねーし!」


 抗議の声を上げる凛に飛鳥が悪戯っぽい笑顔を向ける。

 じゃれ合いに夢中になっている二人の横から真依が躊躇いがちに声を挟む。


「ええと、わたしは大丈夫ですよ。 楓は?」

「そうですね。 遅くなるかもしれないので瑠奈に電話をして許可を貰ってきます。

 それではちょっと席を外しますね。」

「いってらっしゃーい」


 楓の背中に言葉を掛ける飛鳥。

 飛鳥は楓の姿を目で見送り、楓が見えなくなった後も彼女が向かって行った先を見つめ続けていた。

 そんな飛鳥の様子を変に思った真依が言葉を掛けた。


「どうしましたか、楠さん?」

「ん? いや、三島さんって本当にイルフなのかなって。 だってさ――」


 話を途中で止め、飛鳥は何やらスマートフォンを操作し出す。

 そして、スマートフォンの画面を真依と凛へ向けると、


「これと同じだなんて思わないじゃん?」


 そこには画像検索でヒットした無骨な重機のイルフが映っていた。


「確かに!」

「これが高校に入学してきて、うち等とボウリングするとか言う奴がいたらジョークのレベル高過ぎて天才まであるよそいつ」


 声を出して笑う真依と凛につられて飛鳥も笑い出す。


「アハハッ! 本当だよ!」


 三人がひとしきり笑った後、凛が真依へと質問をした。


「ハァー…… 一ノ瀬ちゃんは何で三島ちゃんの事を知ってたの?」

「わたしも瑠奈さんに楓の事を質問して答えてもらったんです。

 そうなった切っ掛けは楓がわたしの命を二度、救ってくれたからなんです」

「命を?」


 予想もしていなかった答えに眉をひそめる凛。

 真依は話を続ける。


「はい、居眠り運転のトラックに轢かれそうになったところを助けてくれたのが一度目。

 暴走したイルフから助けてくれたのが二度目です」

「そんな事が……」

「楓が自分でも言っている通り、楓は人を傷つけ戦うためのイルフなのでしょう。

 ですが、それをわたしに知られるのも、自分の身が危険に晒されるのも厭わず楓はわたしの命を救ってくれたんです。

 楓がただ誰かを傷つけるだけのイルフだったらそんな事をしてくれるなんて絶対にない筈です」


 言葉の端々から自信のようなものを溢れさせる真依の話を聞いて飛鳥と凛は真依の楓に対する厚い信頼を感じ取っていた。

 と、飛鳥が、


「……ワタシも三島さんに命を救ってもらったな」

「楠さんもですか!?」


 飛鳥の言葉に目を丸くして驚く真依。

 飛鳥は頷くと、


「うん、多分だけど。

 前に翔馬がどっか行ったときに一ノ瀬さんと三島さんが一緒に探してくれたじゃん。

 あの時、翔馬が線路の中に入り込んで電車に轢かれそうになったんだ。 ワタシも線路の中に入って翔馬を突き飛ばして線路の真ん中から逃したんだけど、今度はワタシが線路の真ん中に取り残されて電車に轢かれそうになってね。

 そしたら、何かに急に引っ張られて気付いたら線路の端にいて無事だったんだ。

 その後、線路の中でワタシの後ろから三島さんが現れてさ、気になって本人にワタシを助けてくれたの三島さん?って聞いたら、ええって認めちゃったんだ。 すぐに誤魔化そうとしたけどね、三島さん」


 あの時の飛鳥の質問に慌てふためいた楓の可笑しな様子を思い出して飛鳥はフフッと笑う。

 と、凛が、


「……あたしも三島ちゃんに助けてもらったな」

「長谷川も!?」


 凛が口にした事が意外だったのか飛鳥も目を丸くして驚いた。 


「うん、二人みたいに命をってわけじゃないけどね。

 この前、うちの学校に他校の不良達がやってきたじゃん? あれの前にあたしがアイツ等に喧嘩を吹っ掛けられてさ、その時、三島ちゃんがあたしを助けてくれたんだ。

 普通の奴なら絶対に見てないフリをして通り過ぎるところを三島ちゃんは不良達に囲まれてたあたしの手を取って一緒に逃げようとしてくれたんだ。

 それに三島ちゃんは人を傷つける戦うためのイルフなのかもしれないけど、会って間もないあたしがボコボコにされてるのを見て本気でブチ切れて、そのブチ切れた相手達が暴走したイルフに襲われると今度はその場で全員助けるだなんて、本当に戦うためのイルフなのかよって疑いたくなるくらいお人好しが過ぎるよ」

「全くです」


 クスリと笑う凛に真依も笑顔で賛同する。


「で、あたしと一緒に不良達から逃げるために入ったカラオケ店で三島ちゃん、不良のあたしを怖がらないどころか夢中で歌うのに付き合ってくれてさ、そんな三島ちゃんと仲良くなれたらなって思ったんだ。

 だから三島ちゃんの聞かれたくない事は聞かないようにしようってあたしは決めたんだ。 何ていうかそうしたくなっちゃうんだよね。 三島ちゃん、マジでいい子っぽいからさ……」

「本当ね……」

「ですね……」


 凛の話に飛鳥と真依がぽつりと同意の言葉を呟く。

 ショッピングモールへ一緒に遊びに行って楽しい一時を過ごし、本気で自分と友達になってくれたあの日の事。

 思い悩んでいた姉としての立場を共感してくれて、一緒に弟の誕生日の祝ってくれたばかりか自分にプレゼントまでしてくれたあの日の事。

 恥ずかしい思いをしても尚、自分とのカラオケに付き合ってくれて時間を忘れる程、夢中で一緒に歌ってくれたあの日の事。

 三人はそれぞれ、自分達に対してしてくれた楓の思いやりが籠められた優しい接し方や気遣いの数々を思い返していた。

 と、話が一段落したところで凛が楓の向かって行った方へ目を向ける。


「それにしても、三島ちゃん遅いな?」


 +++++


 三島楓こと新型戦闘用イルフ一号機アインス。

 彼女は今、かつて無い程の苦境に追い込まれていた。

 その理由は、


『で、何か私に秘密にしていることがあるよなぁ……かぁえぇでぇ?』

「エッ、イヤ、ソノ、エエト……」


 楓が耳に当てているスマートフォンの受話口から聞こえてくる身の毛がよだつ程のプレッシャーを放つ冷淡な声。

 その声だけで楓は顔面蒼白になる程、怯えて竦み震える。

 楓が頭の中で地獄の鬼を重ね合わせている恐怖の声の主は楓の管理者、三島瑠奈であった。


『声が震えているな。 スマホ越しでもお前が今、動揺しているのが手に取るようにわかるぞ。

 それで私に何も隠し事をしていないと、お前は言うつもりか?

 で、今、白状するのと帰ってから死ぬほど追求されるのと、どちらがいい?』

「ええと、その……実は――」


 楓はここ数日の事を洗いざらい瑠奈へと白状した。


『――はぁあああああ、お前なぁ……一歩間違えれば機密漏洩で廃棄処分どころじゃないぞ、マジで』

「本当にすみません……楠さんと長谷川さんにどう説明をしようかとても辛そうに悩む瑠奈を助けてあげたくて……なんて独断専行の言い訳にしかなりませんよね、申し訳ありません……」

『……………………』


 心の底からの謝罪を述べる楓。

 暫くの沈黙の後、受話口から瑠奈の声が発せられた。


『まぁいいや。

 帰ってきたらお前に改めて相手の事を想った親切の仕方って奴を死ぬほど説教してやるよ。

 今は勘弁してやるから友達とのボウリングを楽しんでこい』


(それを聞いてボウリングを楽しむのは此の上なく難しいのですが……)


 楓は瑠奈の言う死ぬほどの説教という言葉に自分の顔が独りでに引きつるのを感じていた。

 と、瑠奈が、


『あとそれからな』

「はい」

『……いつもありがとうな、楓』


 +++++


 ボウリング場内のレーンの前に備えてある椅子に座り談笑する三人の少女。

 その三人の下に彼女達が待ちかねていた少女、楓がやって来る。

 

「お待たせしました」

「随分長いこと電話してましたね?

 …………何かいいことでもあったんですか、楓?」

「えっ!?」


 何気ない真依の質問に驚く楓。


「いえ! 別に何も無いですよ!」

「そうですか? 何かそんな気がしたんですけど」


 真依が楓の上擦った声による否定の言葉を受け入れるのを見て、楓は胸の内で深い安堵のため息をついた。


(本当、顔に出やすいみたいですね、私)


 楓が瑠奈から指摘されていた自分のガードが甘い部分の隠せなさっぷりを改めて思い知っていると凛が楓へと話し掛けてきた。


「ところで三島ちゃん」

「はい」

「三島ちゃんがいない間に三人で話してたんだけど、やっぱり秘密の約束をし合うのにお願いが一方的なのは違うだろって事になったんだ。

 だからあたし等側から条件を出させてもらうよ」

「えっ!?」


 唐突な話に再び驚きの声を楓は上げる。


「ええと、その条件とは何でしょうか……?」

 

 まるで予想がつかない凛達の条件に楓は不安からの緊張で唾をゴクリと飲み込んだ。


「その条件ってのはね――」


 一つ間を置いて再び開いた凛の口が発した言葉は、


「夏休み、うち等四人で一緒に遠くへ遊びに出かける事!」

「……は?」


 微塵も予想出来なかった突拍子もない条件に楓の眼はナカグロの様な点になる。


「じゃあ、三島ちゃんも来たことだし何処行くか決めよ!」

「やっぱ夏といったら海っしょ!」

「いいね、楠!」

「あの、長谷川さん、楠さん……」


 遊びに行く場所の候補で盛り上がる凛と飛鳥に置いてけぼりにされた楓の声は誰にも届かず虚空へ溶けて消える。

 と、その時真依が、


「夏に海、確かに王道の選択肢です。

 ですが、敢えてわたしは別の選択肢を提案します。

 遊園地とプール等のウォーターアトラクションが一つになった巨大レジャーランド、シャイニーワールドをっ!」


 眼鏡を煌めかせながら真依は興奮気味にまくし立て続ける。


「わたし達の住む県から一番近い海水浴場に比べて遥かに近い! 公共交通機関を利用したアクセスも良好!

 屋内施設も充実! ウォータースライダーや温泉だってあります! 雨天であっても問題無し!」

「ええと、真依……」


 再び口を挟もうとする楓。

 だが結果は同じ、彼女の呼び掛けは暖簾に腕押しに終わる。


「ええ? あたし海がいい」

「じゃあさ、ボウリングで勝負して決めるってのはどう?」

「分かりました!」


 話をどんどん進め盛り上がる三人。

 と、彼女等はふと楓の存在を思い出す。


「その皆さん……」

「ごめんなさい、楓。 ちょっと話が盛り上がり過ぎて……」


 ようやく何か言いたげな楓に気付き、彼女を置いてけぼりにしていた事を謝る真依。


「いえ……それで私への条件ですけど、本当にそんなものでいいのですか?」

「あったり前じゃん!」


 おずおずと尋ねる楓に一点の曇りも無いような明るい声で凛が即答する。


「楓はそんなものって言いますけど、夏休みならではの遊びを楽しむ事はとても重要な事なんです。

 だから一緒に行きましょうよ、楓」


 満面の笑みを楓に向ける真依。

 そして、


「三島さんの言えない事情っていうのがとても大切な事情っていうのは何となく分かるよ。

 で、きっとそれに吊り合うくらいこの条件はとても大切な事なの。

 だから三島さん、この条件オッケーしてくれるよね?」


 そう言って悪戯っぽい笑顔を浮かべる飛鳥。

 だがその笑顔からは本気の気持ちが楓には伝わって来ていた。


「皆さん……」


 楓のこの胸の内に湧く感情は一体何なのだろう?

 喜び? 戸惑い? 高揚?

 一言では言い表せない複雑で過去に味わったことのない未知の感情が楓の胸の内をひしめいていた。

 だが、はっきりと分る事。

 それは今、私は――


「よしっ! じゃ、やるよ長谷川!」

「オッケー! 絶対、海!」


 息もぴったりに不敵な笑みを浮かべる飛鳥と凛。


「行きますよ、楓! シャイニーワールドです!」

「ええっ!?」


 一方ちぐはぐな連携の真依と楓。

 そんな明暗が分かれる2チームによる夏休みの一日を懸けた勝負が始まった。


 一人目となった楓は椅子から立ち上がる。

 楓の投球を前に凛と飛鳥は早くも勝利の笑みを零していた。


(三島ちゃんはさっきのゲームでガーターばかりだった……)

(この勝負、もらった!)


 楓が自分のボールを手にしようと歩み出す瞬間、楓を真依が呼び止めた。


「楓、わたしどうしても皆で遊びに行く行き先をシャイニーワールドにしたいんです。

 だから無理を承知でお願いします……どうか本気を出してくれませんか?」

「真依……」


 余りにも真剣な表情だった。

 先程までのこの場の軽い雰囲気が嘘であるかのように。

 楓は強く頷き真依のお願いに応える事を約束した。

 自分を頼る友達からの本気のお願いに。


 レーンの前でポジションに就きボールを構える楓。


(レーンのコンディションチェック……完了。

 ボールへ加える力と回転の計算……完了。

 投球フォームのシミュレーション……完了。

 Ready……)


 楓は一つ深呼吸をするとゆっくりと助走を始めボールを振りかぶる。

 渾身の力をボールに込めると第一投を投げ放った。


「シィッ!」

 

 +++++


 楓達4人がボウリングに行った日から一週間程が経った一学期終業式当日の放課後。


「はぁー、なんで教師の話はいつもあんな長いかなぁ」

「それな」


 並んで歩くもううんざりといった様子の飛鳥と凛。

 凜は突き抜けるような夏の青空を見上げる。


「それにしても皆で行きたかったな、海」

「夏休みの間の別の日に皆で行けたら行こう。

 でも、まずはシャイニーワールド。 勝負して決めた事なんだからね」

「三島ちゃんが一人でスコア200台を出すんだもんなぁ、完敗」


 飛鳥が凛の肩をポンと叩き凛がその肩をすくめる。

 二人が後ろを振り返るとそこには同じく並んで歩く楓と真依の姿があった。


「それじゃあ、楓。 楠さんの部活が終わった後、ショッピングモールに集合ですよ。」

「え? 何かするんですか、真依?」


 ショッピングモールに集まって何をするのか皆目見当のつかない楓は真依に理由を尋ねる。

 二人の会話を聞いていた飛鳥が楓の疑問の答えを述べた。


「水着。 一緒に買いに行くでしょ、三島さん?」

「まさか学校指定ので行くつもりだったの、三島ちゃん?」


 冗談交じりに苦笑しながら凜が尋ねる。

 自分を快く買い物に誘ってくれた三人。

 だが楓の心は戸惑っていた。


「いいんですか? 本当に私もシャイニーワールドへ行っていいんですか?」


 あの日のボウリング場で三人が楓に言った条件。

 楓はそれを嘘や冗談だとは思ってはいなかったが、あの日から経った時間が楓の心の中に疑いを生み、信じ切る事が出来なくなっていた。

 ――何故?

 何故なら自分は人間ではなくイルフなのだから――

 すると、


「言ったでしょ? あったり前じゃん! って」

「わたしも言いましたよね。

 夏休みならではの遊びを楽しむ事はとても重要な事なんです。

 だから一緒に行きましょうよ、楓って」

「ワタシも言ったよ? この条件はとても大切だって。

 今更、あの条件は無しなんてダメなんだからね! 皆でシャイニーワールドに行くのは決定事項だよ、三島さん!」


 四人の少女達の頭上で梅雨の終わりと本格的な夏の始まりを報せる様な眩しい太陽が青空の中、ひと際強く光り輝いていた。


「じゃあ、言った通りショッピングモールに集合ね、長谷川、一ノ瀬さん、三島さん」


 快活な声でそう伝える飛鳥。


「オッケー楠。 三島ちゃんと一ノ瀬ちゃんも後でね」


 透き通るような明るい声で呼び掛ける凛。


「分かりました長谷川さん、楠さん。 途中まで一緒なのでわたしは楓と帰ります」


 穏やかで優しい微笑みを浮かべる真依。


「また後で楠さん! 長谷川さん! では行きましょう、真依!」


 そして、楓は晴れ晴れとした笑顔で歩きだす。


(瑠奈、どうやら私に、もっと大切な友達、親友が出来ちゃったみたいです!)


つづく

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