09 焼尽

 真依に気付いた男子学生の一人が彼女へと走り寄る。

 そして、その手を振り上げ真依へと向けて――


「キャアアアア!!」


 叫び声が聞こえた方を振り返る楓と凛。

 そこには男子学生に羽交い締めにされた真依の姿があった。


「真依!」

「動くな! 赤髪の女!」


 凛を囲む男子学生達のリーダー格らしき金髪の男子学生が楓を背後から牽制する。

 真依を人質に取られたことで楓は手も足も出せなくなる。


「用があるのはあたしだけだろ! その子を離せ!」


 真依を巻き込んでしまったことで今まで平然としていた凛が感情をあらわにして吠える。

 自分に怒りの感情を向ける凛へ金髪の男子学生が近づくと、 


「ああ、その通りだ。 だからお前にはこれから俺達と一緒に来てもらう。

 ついでにそこの赤髪の女もな」

「三島ちゃんも関係ないだろ!」

「昨日お前をボコる邪魔をしただろうが……!」


 青筋を立て目を見開き凛を睨む金髪の男子学生。


「分かりました。 付いて行きますから真依を離してください」

「今から向かう場所まで大人しく付いて来たらな。 そうしたら眼鏡の女は離してやる」


 楓は金髪の男子学生の言葉に奥歯を噛みしめる。

 真依を羽交い締めにしている男子学生に金髪の男子学生は目を向けると、


「おい、その眼鏡の女をちゃんと捕まえておけよ。 そしたら後でその女を……な」


 金髪の男子学生の意味深な笑みを受けて真依の背後で彼女を羽交い締めにしている男子学生が頷く。


「で、どこへデートに連れて行ってくれるの? どうせしょーもない場所なんだろうけど」


 これから自分達を連れて行く場所を軽口を叩きながら尋ねる凛。

 金髪の男子学生はニヤリと笑うと、


「スクラップ置き場跡だ。 あそこは今、誰も来ないからな。

 お前を好き放題ボコボコにしてやるよ」

「ああ、あの隣町から直ぐ側の。 しかし本当にしょーもない場所だな……」


 凛は心底呆れた顔をする。

 他校の男子学生達の集団は楓と凛を連れて彼女達の学校の校門前からぞろぞろと立ち去って行くのだった。


 +++++


 楓達が校門前からスクラップ置き場跡へ向かっていた頃。

 真依を羽交い締めしている男子学生は集団から離れ、彼女を学校の側の路地裏へと連れ込んでいた。


 「ククク……」


 未だ羽交い締めにされている真依の胸へ彼女を拘束している男子学生が手を伸ばす。


「ッ!」


 身を強張らせ目を固く閉じる真依。

 その時、


「フッ!」


 ゴッ!

 突然、男子学生の股間を襲った衝撃が激痛を生み彼の全身を苛む。


「ぐぅううう……」


 真依から手を離しアスファルトの地面にうずくまって悶える男子学生。

 拘束を解かれた真依は背後を振り返る。

 うずくまる男子学生のさらに後ろ、そこには真依の見知ったショートカットの黒髪の少女、楠飛鳥の姿があった。


「大丈夫、一ノ瀬さん?」


 真依に手を伸ばす飛鳥。

 真依は飛鳥の手を取ると、


「楠さん、ありがとう……!」


 真依は半泣きの声で飛鳥に感謝をする。

 飛鳥は彼女の手を強く握る真依を抱き寄せ背中をポンポンと優しく叩いた。


「部活の後、ワタシのクラスにいる眼鏡の女子生徒が他校の男子生徒に何か乱暴されてるって話を聞いてね。 嫌な予感がしたから、そいつらが出ていた方向を探してたんだけど間一髪だったね。

 それで何があったの、一ノ瀬さん?」

「その、他校の生徒達が襲って来て楓ともう一人うちの学校の女子生徒を連れて行ったんです!」

「本当!? 何処へ!?」

「隣町から直ぐ側のスクラップ置き場跡って言ってました」

「あそこか……ワタシが様子を見に行ってくる。 ヤバそうなら直ぐに警察を呼ぶよ」

「お願いします……! 楓達を助けてあげてください……!」


 真依は飛鳥に楓達の救出を切願する。

 と、


「てめぇ……!」


 地面にうずくまっていた男子学生が怨恨の目で飛鳥を睨む。

 飛鳥はうずくまる男子学生へ体の正面を向けると、


「フッ!」


 問答無用で男子学生の顎を蹴り上げる。

 彼女の蹴りの一撃で男子学生はぐったりと地面で伸びた。

 と、目の前で起きた光景に真依はある事に気付き飛鳥へ質問をする。

 

「楠さん、良いんですか? 運動部なのに、その……人に手を出してしまって」

「大切な恩人を守るためだもの。 でも、まだ陸上部を辞めたくないし停学もしたくないなぁ……

 だから内緒にしてね、一ノ瀬さん」


 悪戯っぽい笑みを浮かべ、伸ばした人差し指を口に当てる飛鳥。

 それから彼女は手にしていた鞄を真依へ渡すと、


「一時間経ってもワタシから連絡が無かったら一ノ瀬さんが警察を呼んで」

「分かりました」

「じゃ、行ってくる」


 飛鳥は真依のいる路地を抜けるとスクラップ置き場跡へと向けて走り出す。

 今にも雨を降らしてきそうな暗い雨雲が空一面を覆い不穏な空気を漂わせていた。

 

 +++++


 楓達が連れて来られたスクラップ置き場跡。

 そこは管理していた会社が何らかの理由で逃げ出したらしく、あらゆるゴミが放置されっぱなしとなっていた。

 その中央で楓と凛を連れた男子学生の集団は足を止めた。


「真依はどこです? ここまで付いてきたのだから彼女を解放してください」


 両手を背中で男子学生に拘束された楓が真依の解放を要求する。

 彼女の言葉にリーダー格の金髪の男子学生は声を上げて笑うと、


「馬鹿かお前は。 んなことする訳ねぇだろ?

 にしてもあの眼鏡の女、良い体してたなぁ……今頃あいつに食われちまってるかもなぁ」

「貴方達は……!」


 下卑た笑みを浮かべる金髪の男子学生を燃えるような憤激の視線で睨む楓。

 彼女を挑発するようにヘラヘラと笑った後、金髪の男子学生は凛へと視線を移す。


「さて長谷川ァ……! 今までの分たっぷりと倍返ししてやるから、なァッ!」

「グッ!」


 金髪の男子学生が凛の腹部へ拳の一撃を見舞う。

 彼は狂喜し膝をついた凛を見下して高笑いをする。


「ハァーハッハッハ! 最高の気分だぜ!」


 目の前で繰り広げられる光景にとうとう楓の怒りが爆発した。


「貴方達はァッ!!」


 男子学生に背中で拘束された両手をいとも容易く振り解くと金髪の男子学生へ目にも留まらぬ速さで突進する楓。

 彼女は固く握りしめた拳を振り上げて――

 その瞬間、スクラップ置き場跡に幾条もの紫の稲妻が降り注ぐ。


「何だ!?」

「雷が落ちたのか!?」


 正体不明の出来事に男子学生達は狼狽える。


 (これは……まさか!?)


 楓は金髪の男子学生の顔を殴るはずだった拳を寸前で止めていた。

 彼女は辺りに落ちた紫の稲妻を放った者が誰で、この後何が起こるかを想像し周囲を伺う。

 そして楓の想像の後者は的中することとなる。

 グルルルルル!!!

 スクラップ置き場跡に放置されていた無数のイルフ達が唸り声の様なものを上げ突如として動き出す。


(イルフの暴走! じゃあ、やはり近くにツヴァイが!?)


 楓はスクラップ置き場跡を見渡す。

 だが彼女の目が届く範囲に紫の髪の少年、ツヴァイの姿を見つけることは出来なかった。

 そうしている間に稲妻に打たれ動き出したイルフ達が辺り構わず暴れ回り始める。


 オートバイ型のイルフや業務用の掃除機型イルフが逃げ惑う男子学生達を追い回す。

 だが、楓は助けを求める学生達を前に直立不動のままであった。

 彼女は真依を人質にとり、凛を好き放題嬲った彼等を助けるべきかどうか心の中で葛藤していた。

 と、注意が散漫になっていた楓へ小型のドローン型イルフが弾丸の様な速さで突っ込んでくる。

 グルルルルル!!!

 接近に気付き構えようとする楓であったがイルフは目前にまで迫っていた。

 被弾を覚悟する楓。

 が、


「フッ!」


 バキィッ!

 ドローン型のイルフが横から振り下ろされた鉄パイプによって地面に叩きつけられる。

 振り下ろされた鉄パイプの持ち主、楠飛鳥が楓の体を心配する言葉を掛ける。


「大丈夫、三島さん? 怪我はない?」

「楠さん、どうして!?」

「一ノ瀬さんを助けたら彼女から今度は三島さんと連れて行かれたもう一人の女子生徒を助けて欲しいって頼まれてね。 それで、ここまで来たって訳」


 、という言葉に楓はハッとする。


「真依は!? 真依は無事なんですか!?」

「うん大丈夫、無事に助け出せたよ。

 で、これは何? 警察を呼ぼうとしたけど何かスマホが使えないし」


 静寂が包んでいたはずのスクラップ置き場跡はその様相を一変させ、男子学生達が助けを求めて逃げ回り様々なイルフ達が暴れ狂う阿鼻叫喚の絵面となっていた。

 楓は周囲に注意を向けながら飛鳥に話し掛ける。


「楠さん、お願いがあります。 あそこにいる茶髪の女子生徒さんと一緒にここから逃げてください」

「この暴れ回ってる奴等の群れからか……取り敢えずやってみる。

 三島さんは?」


 楓は心の中の迷いを振り払い決断をする。


「男子学生さん達を助けます」

「あんな奴等を助けるの!? それも一人で!?」


 と、

 ガァンッ!

 楓の正面から突進してきたイルフを彼女は右手の拳の一撃で粉々にする。


「ッ!?」


 息を呑む飛鳥。

 楓は飛鳥の方に顔を向けると、


「見ての通りです。 私は一人で大丈夫なので楠さんは自分の身を最優先にしてください」

「何か分からないけど……分かった!」


 自分の中で更に深まった楓の謎に戸惑いつつも、楓の言葉を受け入れる飛鳥。

 それから彼女は楓に呆れたように苦笑をし、


「それにしても友達と一緒に乱暴された相手を助けるだなんて三島さん、とんでもないお人好しだね」

「どうやらそれが、どうすることも出来ない『私の性分』らしいので」


 冗談めいた飛鳥の言葉にクスリと微笑む楓。

 そして、彼女は再び前を向く。


「それでは、あの子を頼みます楠さん」

「オッケー!」


 二人は地面を蹴るとスクラップ置き場をぞれぞれが向かう先へと駆け出した。


 +++++


 (何なの、これは一体……?)


 目の前で起きている大混乱の有様を呆然と見ている凛。

 事態を飲み込めずにいる彼女の背中から女性の声が掛けられる。


「大丈夫!?」


 振り向くとそこにはショートカットの黒髪の少女の姿が近づいて来ていた。

 飛鳥である。


「あんたは……」


 どこか虚ろな目で飛鳥を見る凛。

 すると、


「危ない!」


 振り向いた凛の横から彼女にイルフが体当たりを仕掛けてきていた。

 凛を抱え倒れ込むように体当たりを避けようとする飛鳥。

 だが、

 ……。

 地面に倒れた二人の前でイルフは動きを止めると旋回して別の方向へと走り出す。


「どういう事……?」


 まるで理解が出来ないイルフの挙動に眉をひそめる飛鳥。

 彼女は立ち上がると凛に手を差し出す。


「ほら、ボケっとしない。

 喧嘩慣れしてるんでしょ? しっかりしなよ、不良」


 飛鳥の手を取り、苦笑いしながら凛は立ち上がる。


「不良って……そうだけど改めて言われるとなんか腹立つな……

 ――ッッ!」


 凛は飛鳥が持っていた鉄パイプを強引に取り上げると頭の上まで振り上げ、飛鳥の後ろに向けて鋭く打ち下ろす。

 スパァンッ!

 今度は飛鳥の背後から襲いかかって来ていたイルフを凛が撃退する。

 飛鳥は凛が叩き伏せたイルフを暫し見つめた後、彼女へ向き直りお礼を言う。


「あ、ありがとう……」

「同じクラスで陸上部の楠だっけ? これで貸し借りは無しだからね、ゴリラ」

「ゴ、ゴリ……!?」

 

 ゴリラ呼ばわりに飛鳥は眉を吊り上げる。

 険悪なムードが間を漂う二人の周りを数体のイルフが囲むように回りだす。

 自分達の危機を察知し、睨み合っていた視線を外して背中を合わせる飛鳥と凛。


「参ったな……」


 飛鳥は弱音を呟き地面に落ちていた棒状の鉄板をイルフに睨みをきかせたままゆっくりと拾い上げる。

 彼女は背中を預けている相手の凛に声を掛ける。


「あんた剣道やってるの? この暴れ回ってるの何とか出来る?」

「無茶振りだね……それに剣道やってたのは大分、前だよ」

「自信ないの?」


 挑発の様な飛鳥の問いに凛は不敵な笑みを浮かべると、


「冗談! 後ろは頼むよ!」

「オッケー!」


 飛鳥の返事を合図に二人の周りを回るイルフへ凛は鋭く踏み込む。


 +++++


「何なんだよ……! どうして俺がこんな目に……! ふざけんじゃねぇぞ!」

 

 自分の置かれた突然の状況に悪態をつく金髪の男子学生。

 彼は追い回してくるイルフから逃げ疲れ、みっともなく地面を這いずっていた。

 そんな彼に再びイルフが突進してくる。


「うわあああああ!!」


 小型バギーのイルフが彼を轢き飛ばそうと迫る。

 しかし、

 ……。

 彼の目前でイルフが動きを止める。

 自分を襲うはずの衝撃に身を強張らせ固く目を閉じていた金髪の男子学生がゆっくりと瞼を開いた。

 途端に、

 ガァンッ!

 何かに弾かれ勢いよく横に吹き飛ぶイルフ。

 吹き飛んでいったイルフがいた金髪の男子学生の真正面、そこには赤髪の少女、三島楓が仁王立ちしていた。

 彼女は殴り飛ばしたイルフを一瞥した後、腰を抜かしている金髪の男子学生を威圧するように見下ろすと、


「早く逃げてください」

「へ?」


 ぶっきらぼうに言い放った楓の言葉に間の抜けた声を出す金髪の男子学生。

 そこへ四方から暴走しているイルフ四体が飛び込んでくる。

 楓はイルフ達との間合いを一瞬ではかると、


「シィッ!」


 ガガガガァンッ!

 瞬く間に繰り出した四発の攻撃で、四体のイルフそれぞれを一撃の元に粉砕する。


「早く!」

「ヒィッ!」


 楓の怒鳴り声に急かされ、情けない声を出してスクラップ置き場跡の入口へ転がるように逃げて行く金髪の男子学生。

 気が付けば楓は男子学生達全員を逃し終え、このスクラップ置き場跡に残っているのは楓と飛鳥と凛の三人だけであった。


(楠さんと長谷川さんを助けないと!)


 楓は飛鳥と凛の救出に向かおうとする。

 その瞬間であった。

 バキバキ……バキバキバキバキ!!


 +++++


「なになになになに!?」


 飛鳥と凛を囲むイルフ達の外装がひび割れて、外へと向かい突き出る。

 突如として起こったイルフの変化に事態を把握出来ず混乱の声を上げる凛。

 不快な音と共に起きたイルフ達の変化が終わると、体中に無数の黒く鋭い棘が生えていた。

 イルフ達は囲っていた飛鳥と凛から離れ走り去る。

 その群れが向かう先は同じくイルフである楓の下であった。

 スクラップ置き場中からイルフ達が集まり楓の周囲を取り囲む。

 楓は囲みの中心でイルフ達を睥睨した。


(何を仕掛けて来る?)


 楓を囲むイルフ達の一体がブルブルと震えだす。

 それに気づいた楓が体を向けると、

 バシュッ!

 ブルブルと震えていた業務用掃除機のイルフの正面に生えている棘が楓に向かって撃ち出される。


「ッ!」


 楓はそれに素早く反応し撃ち出された二本の棘を左右それぞれの手で掴み取る。


(飛び道具か。 こうなったら私も本気を出すしかない!)


 掴んだ棘を放り捨て夏服の袖を肩まで捲り上げる楓。

 彼女は意識を集中させる。

 そして力を込めて、その『言葉』を呟く。


「最大稼働……!」


 楓を中心に熱気が立ち上る。

 彼女の髪はザワザワと蠢いて次第に光を帯び、さらに両腕が焼けた鉄の如く真っ赤な輝きを放つ。


「来い!」


 楓の言葉を受けたかのように彼女を囲むイルフの内、並んでいる三体がブルブルと震え黒色の棘を撃ち出す。

 バシュシュシュッ!

 楓は撃ち出された棘に向け右腕を振り抜く。


「射出ッ!」


 振り抜いた右腕から五発の赤い光弾が一気に放たれる。

 光弾の内、二発がイルフから撃ち出された棘全てを空中で撃ち落とすと、残りの三発が棘を撃ち出した三体のイルフに直撃。

 イルフを爆散させる。

 楓が自分を囲むイルフの内の三体を破壊したことを確認すると、彼女の左右から黒い棘だらけになった配達用のバイク型イルフが突進してくる。

 楓は左手側から来るイルフの方に向き直ると赤く輝く両腕でバイク型のイルフを挟み込む様にがしりと掴む。


「ッッ!」


 彼女の両手はイルフ全体に生えた鋭い棘を物ともしないどころか、計り知れない程の膂力で逆に棘を押し潰しイルフの突進を受け止めていた。

 動きを止めた片方のバイク型イルフを掴んだそのまま振り回すと、


「フンッ!」


 ゴッ!

 自分の両手の中のイルフを使ってもう一方から迫るバイク型のイルフを殴り飛ばした。

 横殴りにされたバイク型のイルフは地面を滑る様に吹き飛び、そこで機能を停止する。

 楓は殴るために使ったバイク型のイルフを顔の前へと持ち上げると自分の両手に力を込める。

 彼女の光る両腕が赤い輝きを増した。


「圧壊ッ!」


 バキィッ!

 楓の両手の中で、まるで鶏卵の殻を握り潰したかの様に易々とバイク型のイルフが砕けて散る。

 圧し潰したバイク型のイルフを楓がその場に放り捨てると、今度は背後から棘だらけになったマイクロバス型のイルフが、ゴミを吹き飛ばし突っ込んで来る。

 グルルルルル!!!

 楓は振り向き様に右腕を高く振り上げて、


「切――」


 一気に振り下ろす。


「断ッ!!」


 ザンッ!

 楓の手刀の一振りでフロントバンパーからリアバンパーの先端まで、車体の中央を真っ二つに両断されるマイクロバス型のイルフ。

 残骸が断ち切った楓を避けるように左右に別れ彼女の後ろへと通り過ぎて行き、楓を囲むイルフ数体を巻き込んで止まる。

 楓は周囲を見渡す。


(まだ数が多い。 だったら、纏めて……!)


 楓は飛鳥と凛に向かい叫ぶ


「楠さん! 長谷川さん! 伏せてください!」

「伏せるって……?」

「いいから早く」


 突然の楓の言葉に戸惑う凛を楓の言う通り伏せるよう、せき立てる飛鳥。

 二人が伏せるのに間を置かず楓を囲む何体ものイルフ達の体が一斉にブルブルと震えだす。

 飛鳥と凛が地面に伏せた事を確認すると楓は自分の胸の前で左腕を水平に構えた。

 震えていたイルフ達が楓の全方位から幾つもの発射音を響かせて彼女めがけ鋭い黒色の棘を撃ち出してくる。

 と、同時に楓は頭上へ振り上げた右腕を構えた左腕へ真っ直ぐに叩きつける。


「放射ァッ!!」


 楓の言葉と共に、彼女を中心とした四方八方へ無数の赤く輝く光の弾丸が撃ち出される。

 ドウッ!

 空気を突き破り伸びゆく光の弾丸は撃ち出された何本もの棘を粉微塵に吹き飛ばし、楓を囲む全てのイルフ達を撃ち貫く。

 あるイルフは急所を撃たれて一撃で破壊され、あるイルフは光弾が掠った箇所から燃え広がる炎に巻かれ地面を転げ回った後、機能を停止する。

 数秒後、このスクラップ置き場跡で動くものは楓と飛鳥と凛のみとなっていた。

 

「すげぇ……」


 今起きた出来事に凛は只々短い感嘆の言葉を呟く事しかできなかった。

 凛は伏せていた地面から起き上がると楓の下へと向かう。

 楓が大事無いかどうかの心配、自分の喧嘩に巻き込んでしまった事への謝罪、そして何より楓のその力の事について尋るためである。

 一方の楓は最大稼働状態を解き何かを探して辺りを見回していた。

 ある箇所で視線を留める楓。

 彼女は目を見開くと脇目も振らずに走り出す。


「三島ちゃん!?」


 凛の声は今の楓に全く届かなかった。


 +++++


「ツヴァイ!」


 楓が走り出した理由、それは灰色のジャージを着た紫色の髪の少年、自分の弟機、ツヴァイを見つけたからであった。

 楓の呼び掛けに振り返るツヴァイ。 

 久しぶりに見た弟機の姿に楓は先程までのイルフの暴走の事など忘れてしまい自然と笑顔を零れさせる。


「ツヴァイ、一緒に研究施設へ戻りましょう」


 楓の言葉にツヴァイは眉一つ動かさず無表情のまま自分の姉機へ話し掛ける。


「ごめんアインス姉さん。 俺はもうそっちへ戻るつもりはない。

 だから姉さん、俺を捕まえたいならば俺と戦うしかないよ」

「ッ!」


 ツヴァイの言葉に息を呑む楓。

 その言葉で彼女が恐れていた事が現実のものとなる。

 それはツヴァイとの本気の敵対である。


「三島ちゃーん!」


 いきなり走り出した楓を心配して追ってきた凛の声が遠くから近付いて来る。

 と、ツヴァイが、


「姉さん、ここはお互い見なかった事にしよう」

「なんですって……!?」

「最大稼働を使った後で俺と戦うのは姉さんでも辛いんじゃないかな?

 それに俺と姉さんの戦いにあの子達を巻き込むのは俺も本意じゃない」

「……」


 沈黙する楓。


「提案に乗ったと受け取るよ。 それじゃあ俺は行くよ、姉さん」


 そう告げると、楓へ背を向け歩き出すツヴァイ。

 楓は彼を追わない。

 いや、追うことが出来なかった。


 +++++


 

 ジャージのポケットに手を突っ込んで歩くツヴァイ。

 彼は心の中で独り呟く。


(イルフの掌握、大分コツが掴めてきたな……

 このまま自分の成長を促していきたいが姉さんも成長させてしまうんじゃ逆効果か。

 俺は暫くこの町を離れる事にするよ姉さん)


 ツヴァイは自分が暴走させたイルフの群れを物ともせずに蹴散らした最大稼働状態での楓の戦いぶりを思い出す。


(最大稼働状態であれだけの攻撃を繰り出してるのに即休眠状態に陥らないなんて姉さんもどんどん力を増してきているな。 流石はアインス姉さん、手強い相手だ。

 だけど姉さん、さっきの様子だとそろそろなんじゃないのかい?)


 ふと、後ろを振り返るツヴァイ。

 ――見渡す限りに亡骸のような物言わぬスクラップのイルフ達が幾つもの山積みにされて、只そこに存在していた。


 +++++


 俯き虚ろな目をして呆けたように立つ楓。

 彼女の後ろから楓の後を追いかけてきた凛と飛鳥が現れる。

 凛は様子のおかしい楓へと声を掛けた。


「一体どうしたの三島ちゃ――」


 その時であった。

 楓はいきなり崩れ落ちるように膝をつく。


「ハァッハァッ……」


 激しく肩で息をする楓。


「どうしたの!? しっかりして、三島さん!?」


 楓の尋常ではない様子に驚く飛鳥。

 空を覆う真っ暗な雲からとうとう雨が降り出し楓達三人の体を冷たく叩く。

 楓の頭の中ではけたたましくアラート音が鳴り響いていたが彼女の意識は既に限界を迎え、目を開けている事すらままならなくなっていた。


「ぐ……」


 短く声を漏らすと遂には雨で濡れた地面へ力なく突っ伏す楓。

 四肢に力を込めて立ち上がろうとするも、自分を苛む最大稼働の反動で鉛の様に重たくなった手足はまるで言うことを聞かない。


「み……ま……ゃん……!」

「……しま……さん!」


 直ぐ側にいる筈の凛と飛鳥からの自分を呼ぶ声が楓には遠く彼方からの様に酷くおぼろげに聞こえていた。


「ツヴァイ……」


 楓は今にも消えてしまいそうな声で弟機の名前を呟くと再び大地に倒れる。

 彼女の意識はそこで途切れ深い闇の中へと墜ちていった―― 


つづく

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