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「ではまた明日の」
そう言ってわらわは、笑顔で手を振るマキと一緒に帰っていった。
時刻は既に五時を過ぎ、傾きかけた日によって伸びる薄っすらとした影が、やがて訪れる夜の到来を感じさせた。
教室には、都と七尾の二人だけが残っていた。互いに言葉を発することはなく、このまま自分たちも帰ろうかと動き出す様子もなかった。
わらわが姿を現した後、二人は内心に動揺を感じつつも、目の前の現実を理解するべく、わらわとの会話を試みた。しかし、結果として分かったことは、何ひとつ無かった。
どこから来たのか、どうやってここに来たのか、ここに来る前は何をしていたのか。そういった質問をしても、わらわは「よう知らん」とか「覚えとらん」と言ったように、どこか曖昧な返事を繰り返した。
わらわというのは一人称だから他に名前があるはずでは、と聞いても、
「そう言うても、わらわはわらわじゃしのう」
と、どこか煙に巻くような答えが返ってくるばかりで、質問を繰り返す都は終始、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
そんな風に何度かの質疑応答を経て、結局わらわの事は、『わらわちゃん』というおまじないによってマキの下にやってきたお稲荷様、ということ以外は分からずじまいという結論に落ち着いた。
とは言えその結論も、事実かどうか怪しいところだが。
「どう思いますか、七尾さん」
都は、机に腰掛けて口を結んでいる七尾に声をかける。
「どうって?」
「あれですよ、私はまだ信用していません」
「うーん、正直よくわかんないな。今のところは大丈夫そうに見えるけど」
その言葉に、都は思わず眉を顰めた。
「大丈夫そう? 七尾さんも感じたでしょう、あれが現れる直前の異様な気配を」
「まあ……それはそうなんだけどさ……」
七尾は困ったようにボリボリと頭を掻いて、またミヤの悪い癖が出始めたと唇を尖らせた。
都は基本的に論理的な思考をするタイプだが、時たま驚くほど直感的な判断を下すことがある。その判断は概ね正しいことが多いのだが、過程をすっ飛ばして結論を口にするせいで、他人の理解を得られないこともままあった。過去にはそれで無くしものを見つけた都が、泥棒扱いされるというひと悶着があったのだが、都の性格と難のあるコミュニケーション能力も相まって、誤解を解くのには非常に苦労した。
それ以降、都が妙なことを言い出したら上手く言動をセーブさせるのが、七尾の役目になっていた。
今回も七尾は、都が突飛な行動をしないように牽制の言葉を投げかける。
「まあでも、もう少し様子は見た方がいいだろ」
「遅いんですよ、何かあってからでは」
「だからって出来ることあるのかよ」
「……………………」
都が口に手を当てて押し黙る。不満気な表情を見るに図星らしい。
実際のところ、七尾も完全にわらわを信じたわけではない。とは言え今すぐどうこう出来ることでもない。ひとまずは〈見〉に回るのが無難だろう。都もそれは分かっているはずだ。不満はあるだろうが納得するしかないだろう。
都は苛立たしげに爪を噛みながら、眉間に皺を寄せた。
「…………あれについて少し調べてみます。もしなにか分かれば共有します」
「ん」
これですぐに何かが起こることはないだろう。あくまでも、こちらからに限った話ではあるが。
七尾が教室の窓から、桜の舞い散る校庭を見下ろすと、ランドセルを背負って走るマキの背中と、その後ろをゆらゆらと追従するわらわが見えた。
二人の姿は徐々に遠のき、校門を抜けるとそのまま塀に隠れて見えなくなった。
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