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その感覚は、一日中付きまとった。
ふとした時に感じる視線、耳元で囁くような声、移動中に聞こえる衣擦れの音。まるで見えない誰かが、自分の傍にいるような気配が常にあった。
遂には、手に持っていたはずの鉛筆がいつの間にか無くなったり、開いていたはずの教科書が視線を外した隙に別のページになっていたりと、明らかな違和感として現れるようになる始末。
決定的だったのは給食の時間。マキが配膳を終えて手を合わせた直後、たった今まで自分の前にあったはずのご飯が綺麗に無くなっていたのだ。目を白黒させて混乱するマキだったが、この異常な事態をどう処理すればいいのか分からず、結局誰にも言い出せないまま給食の時間が終わった。
その後は体調がよくないからと、適当に誤魔化して早退することにしたのだった。
「ただいま……」
ため息を漏らして玄関を開けると、奥からおばあちゃんが顔を出した。
「マキちゃん大丈夫? 学校から連絡があったのよ」
おばあちゃんは、ぱたぱたとスリッパの音を鳴らしながら、心配そうな顔をする。
「大丈夫、ちょっと疲れてるだけだと思う」
「そう?」
慣れない嘘をついた事に小さな罪悪感を感じたが、お昼を食べ損ねたことによる空腹感がそれをかき消した。
「ごめん、ちょっとお腹空いたんだけど、なにかある?」
「あらあら。すぐに準備するから、マキちゃんはお部屋で休んでおいで」
「ありがとう」
カリカリした態度を取ってしまって申し訳ないと思ったが、おばあちゃんの好意にありがたく甘えることにした。
自室に戻ったマキは、制服から部屋着に着替えると、力尽きたようにベッドに倒れ込んだ。
「なんなのよ、もう」
深いため息を吐きながら、今日の出来事を思い返す。
あの不可解な出来事はなんだったんだろうか。どう考えてもなにかおかしな事が起こっているとしか思えない。それとも、
「私、どうかしちゃったのかな……」
そう、ひとりごちた。
「いやいやまったく正常じゃよ」
「!」
ひとりのはずの部屋で突然声をかけられて、マキは思わずベッドから跳ね起きた。
「な、何⁉」
慌てて左右に視線を向けて部屋の中を見回す。
「何とは失礼な、せめて『誰』と言わんか」
声のした方を振り向くと、そこには和服姿の見知らぬ女性が立っていた。
いや、マキはこの女性を知っていた。
腰まで届く真っ白な髪、それと同じくらい白い着物。それはまさしく昨夜、鏡越しに見た幽霊の姿そのものだった。そして昨夜は気が付かなかったが、その頭には狐の耳がついており、お尻の方にも体の半分ほどの大きさのふわふわとした尻尾が垂れていた。
「あ……あ…………」
マキは目の前の現実を受け止めきれず、ただ立ち尽くす。
「なんじゃあ、自分で呼んどいて」
人と狐を合わせたような姿をしたその女性は、むっと頬を膨らませる。
「わらわが誰か分からんのか」
動転した心をなんとか理性で抑えつけたマキは、塊のような唾を飲み込むと、震える声で言った。
「わ、『わらわちゃん』…………」
わらわは満足したように目を細め、にこりと笑った。
「いかにも」
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