第13話

シーン2 side シアン。


玄関のドアを開けて中に入る。

目に入ってくるのは特段何もない殺風景なフローリングの廊下だがその見慣れた光景を見た途端、何故だかほっとした気持ちになった。

あの報道がネットから流れて来た時にもしかしたら誰かに部屋を特定され荒らされるのではないかと頭を過ったがどうやらそんな事は無かったみたいだった。

別にここに貴重品や荒らされて困るモノは置いてなどいないのだが実際に荒らされている場面を想像したらやはりいい気はしなかった。

なのでこうやって戻って来て何もない事が確認出来たことは素直に良かったと思った。

そんな風に先に入って部屋の状態に安堵していると後ろの方で「お邪魔します」と軽く声が聞こえて現実に引き戻された。

「そのまま上がってください」

後ろを見て玄関で立ち止まっていた客人にそう声をかける。

「君は土足派なのか」

客人はどうやら段差があるのを見て靴を脱ぎかけていたようだがシアンがそう声をかけたので靴を履き直すと段差になっている玄関を上がった。

それを見てからシアンは廊下を抜けてリビングに入る。

「部屋を区切ったりもしないんだね」

続いて後ろから入ってきた客人は廊下とリビングの境のかつてドアがあった場所の名残に手で触れてそう呟いた。

その仕切りである廊下とリビングを区切るドアはここに来た時から取り払わていて初めから無かったのでおそらく先人が外したのだろうと思う。

それで何か困る事は特に無いと判断したのでドアを付け直す事はしなかった。

廊下を抜けてリビングに入ると中には数脚の椅子と四人程度が囲えるテーブルとその奥に小さめの備え付けキッチンがあり冷蔵庫もあるが中には何も入れていない。

これも住む前から残されていたものでシアンが持って来たモノではなかった。

ちなみにそのテーブルを見た時に部屋は土足で使おうと決めたのだが初めから床の汚れが気になっていたので内見時から土足で部屋には上がっていた。

それから他の部屋にも荷物が無いのを確認してシアンはこの部屋に住む事を決めたのだった。

なのでシアンが住んでからこの部屋に持ち込んだモノは実はほとんどない。

ゲームや食事はほとんどあの施設で済ませていたのでここに本当に気が向いた時にしか帰ってこない。

実は今回に限らず帰宅時は大体、何時も若干緊張したりしていた。

それはシアンが部屋に鍵を付けていない都合上、帰らない間に知らない誰かが部屋を荒らしているかもしれない可能性だけでなく無人と思われて新たに人が住み着いていてもおかしくないからだった。

ただ、そうは思っていても実際は施設自体常時営業でサービスも充実している事から個人の部屋は持たずに施設だけで過ごしている人の方が圧倒的に多い事も知っている。

それ故にこういった共栄住宅の部屋は放置されている事が多い事も。

それでいてシアンのようなモノ好きもいるという事も・・。

「モノにこだわりが無いんだね」

リビングを見てほとんど何も無いのを理解したのか客人からの遠慮ない感想が耳に届いた。

既に部屋の前に居たことからシアンが来る前に部屋には入ったのかもしれないと思っていたが今の感想を聞くにそれはしなかったのかもしれない。

感想についてもほぼその通りでシアンにこだわりは無かった。

ただ今時わざわざこだわって部屋をレイアウトする奴が居るとしてもそっちの方が少数な気がしたがそれにつては思っただけで特に言い返す事はしなかった。

「どうせ余り帰って来ないから」

なので怒るでも肯定とも違う答えを返しつつそこまで帰らない部屋に拘る奴はどのくらい居るのだろうかと改めて考えてみようとして直ぐに止めた。

「まあ、公共設備の方が充実しているからね」

そう言いながら客人はベランダに出れる人と大体同じくらいの大きさの開閉式の窓の前に立って外を見ていた。

その方向に前はあの施設が見えていたのをシアンは思い出す。

普段から使っている一脚を覗いて他は壁際にまとめて置いていたのを一つ取ってテーブルに置いてある椅子とは対面になる位置に置く。

「さて、そろそろちゃんと話をしようか」

客人が実際どの辺りを見ていたのかは分からないがそう言って窓から視線をシアンの方に向けた。


「君はゾンビ化についてどこまで知っているかな」

テーブルをはさんでそれぞれが向かい合う形で席に着いて客人は背負っていた荷物を床に置いて着ていたジャンパーを脱ぐと椅子の背もたれに軽く畳んでかけてから座った。

「・・・女性だったのか」

シアンは聞かれた内容よりも今頃気づいた相手の性別に驚いていた。

「あれ、気づいてなかかったのか」

シアンの反応をみても相手は特に気にした様子はなく「それよりゾンビについてだよ」とテーブルを軽く叩いて話を戻すように訴えてきた。

しかしゾンビについてと改めて聞かれた所でやはりそんな詳しい事は答えられる気はしなかった。

「そうはやし立てらても・・」

相手は体を前のめりにこちらを真っ直ぐ視線で捕らえていたが反対にシアンは体を後ろに引いていて顔を逸らしていた。

それでも改めて聞かれた事であの場所での出来事を考え直す。


一、あれは、何かしらの攻撃を受けた?

二、それまで何もなかったのに急にゾンビ化したのは何故?

三、何故、自分は同じ条件のはずが何も無かったのか

四、施設が迅速に封鎖され廃棄された理由

五、つくもがあの場所を特定していたのは・・


幾つか考えた中でも五についてはこの場で口にするべきでは無いと思った。

では一について「あれは、誰かからの攻撃だったとか」改めて口にするとそれが何のために何故、行われたのかは全く見当がつかない。

「ほぉ・・攻撃か」

シアンがそう表現したのが面白かったのか彼女は興味深そうに相槌を打った。

言ったてみただけでほとんど思いつきでしかなかったシアンにはそれ以上は何も思い浮かばない事もあり言葉は後に続かずに黙り込むしかない。

「それについては私も同意見だ」

しばしの沈黙の後でシアンからはこれ以上、待っても何も出てこないと察したのか彼女が静かにそう賛同した。

「え・・」

賛同されるとは思っていなかったのでシアンが驚いていると床に置いたカバンから一枚の薄い長方形の板を取り出した。

「これはある記録だ君に見て欲しい」

そう言ってテーブルの上にスタンドを傾けて置くと画面をシアンの方に向けた。

それは先ほど玄関先で見せられた小さい端末と大きさと薄さが違う同じモノだった。

暫くして画面に映し出されたのはどこかの施設なのか人が多く映る映像の様だった。


・・映像記録より・・

その映像ではそれまで普通に歩いていた前の集団が急に足を止めて立ち止まっていた。

それだけでは辺りはまだその異常に気が付く者はいない。

じっと見る限りどうやらそこはモノが置いていある商業型複合施設での映像だと気が付く。

不自然に立ち止まった集団に暫くして他から歩いてきた誰かがぶつかりその人は立ち止まっていた人に容赦なく襲われた。

それからカメラが少し動いて他の場所も映るとそこでは転々と同じように動きが止まっている集団がある様子が見て取れた。

そこでも同じように止まっている集団の一人に誰か動いている人がぶつかる事で襲われてそれを回避したりよろけた際に他にぶつかる事で事態はより悪い方向に向かっていく。

ただ立ち止まっていた人が一人、二人と動き出して増えるに従い辺りは徐々にパニック状態になりそれを始まりとして他でも同じような状況が再現され始めるといよいよ収集がつかなくなっていく。


それを見てシアンは直ぐにあの時の状況と大体同じだと感じた。

一つ状況が違うとすればこの映像では一部の人間にだけその異常がみられる事だろうかあの時は確かにシアン以外の人の動きが止まっていたはずだ。

そこにもしかするとシアンだけが無事だったヒントがありそうではあったがそれがなんなのかまでは何の予想もつかない。

「何か気が付くことはあるかい」

映像を見る事に集中していていて不意に近くで声が聞こえて視線をあげると何でか彼女も身を乗り出すようにこちらに顔を近づけていた。

それに驚いて体が後ろに下がり思わず椅子から落ちそうになった。

「ははは、すまない。そんなに驚かなくても」

シアンが慌ててたのを見ても悪びれる様子もなく寧ろ軽く笑われた。

態勢を整えて椅子に座り直してまだ続いている映像を見る。


そこはすでにパニックになり人が襲われたりその施設から逃げようとする人々の争いでぶつかったのかゾンビ化した人が無差別に動き出していたりと明らかな負の連鎖が見て取れた。

その中で武装した集団がその状況の制圧に向けて動き出している様子も映っている。


そこまで見てやはり状況一部違えどかなり似ていると感じた。

「この先は余りお勧めしなけれど見るかい」

そう言って動画の再生がストップされた。

その言葉を聞いてこの後の出来事の様子がなんとなく想像できた。

「・・・」

それがどこまでシアンがみた光景と同じなのかは見なければ分からないが映像ではまだ普通の人間もいる事からあの時と同じように無差別に銃火器による制圧はないと思いたかった。

「その様子だとなんとなくこの後も何が続くのか分かってそうだね」

どうやらこちらの様子を観察していたらしく確信めいてそう言われる。

「まあ、どうするのかは一旦置いてここまで見た感想を聞きたいのだけれど」

シアンが何も答えないからか或いは元々そのつもりだったのかデバイスのスタンドを倒して平らにしてテーブルに置くと両手を組んでそこに顎を置き上目遣いにこちらを伺ってくる。

シアンは背もたれまで体を後ろに下げて言葉を探していた。

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