第11話

シーン1 side シアン


シアンが目を覚ますとそれを感知したのかドアが合わせたように自動で開いた。

どうやらシアンが寝ている間に目的の場所についていて停車していたようだった。

当然そのまま乗っている分けにもいかないので促されるままゆっくりと外に出る。

シアンが外に出て暫くするとドアが閉まり球体はその場から再び転がりだして何処かに去って行った。

それを見送ってから改めて見上げたのは見慣れた住居区のマンション群。

区画はここ以外にもあるが何故ここがそうだと分かったのかは再び振り返った所で答えは分かるはずもない。

思えばついさっきまでの出来事と脳で理解していても現実味が薄くまるで夢の様だったと感じてしまう。


人が突然、意識を失ってゾンビ化(?)したとか。

それを躊躇なく切り裂いたフルフェイスのセーラ服。

体が溶けかけたりして安定しない存在。

本来、禁止されている個人的クローンの研究。

一人でなら行く予定も無かった外の世界。

あのまま、つくもについて行ったとしても何も出来なかったのは事実だと思う。

そもそも流れで一緒に行動してみたもののあの時点で捜索対象では無くなっていたのでそのまま帰ってもよかったはずなのに何故、行ってみたいと思ったのだろうか。

それはあの時は正常な判断がやはり取れてなかったという他ないだろう。

そんな事を考えながら自室に戻るために階段を上がっていく。


ここは住む場所を自分で自由に選べるタイプのマンションでシアンも開いていた部屋を勝手に使っている。

自由に選べる弊害の一つとして住むのを止める時もそのまま部屋を放棄していく事が当たり前になっているので新しく住み始める場合は部屋のチェックから始める。

それは先ず鍵が開かのかどうかに始まり次に最近の使用形跡が既に無いのかどうか等。

鍵のかかっている部屋についてはそこは使えないのかと言えばそうではなく決められた手順をこなせば鍵の開錠は可能であり鍵も新しいものに変えてくれる。

同じように開いている部屋を使う際に既についている鍵を変えたい場合も対応してもらえる。

しかしほとんどの場合そんな事をするなら隣の鍵の開いている部屋を使うので実際は鍵のかかった部屋は実質的に開かずの間になっている場合が殆ど。

ただし空いている部屋でも場合によっては別の部屋から持ち込まれたゴミが詰まって中に入れない事も多いので実質的に使える部屋は少ない。

なのでシアンも選ぶ際は比較的モノが少なくすんなり開いた部屋を選んで鍵は掛けていない。

その都合、部屋に貴重品は置いてない。

そんな部屋のドアの前に見知らぬ誰かが立っているのが目に入った。

その人物はシアンよりも背が低くキャップ帽を目深に被っていて髪の長さは短かく長袖のスカジャンに短パン靴はスニーカーを履いていた。

「あの、そこは自分が使っているんで」

その人物に声をかけつつ避ける様にドアの前に割って入る。

たまに新しい部屋を探している奴もいるので今回はたまたまその場面に出くわしたのかと思ったからだ。

「いや、そうじゃなくてね君を待ってた」

相手を牽制したつもりで声は出したがそれに対して言葉が返ってくるととは思ってなかったのでドアノブに伸ばして少しだけドアを開いた所で手を止めると改めてその人物を振り返った。

シアンがこちらに向くのを見て相手は地面を意味ありげに指さした。

視線の先は一晩過ごしたのか食事の残骸と荷物らしいリュックが地面に転がっていた。

「いやー待った待った」

シアンがそれを見たのを確認した上でやや大げさにそう言いながらゴミを手早く持っていた袋に入れる。

まとめたそれを隣の部屋のドアノブに掛け「隣人はいないよね」とまるで悪びれる様子もなくこちらに確認しながら軽く埃を払う様に地面を蹴った。

「どうだったかな」

放置されたゴミがドアノブに残っているのは珍しくは無いがまさかそれを目の前で見る事になるとは思わなかった。

とは言えシアンも恐らく現在は無人だと思っているのでそれ以上は何も言う事も無い。

ただ、実際は会っていないだけで現状も利用者は居るのかもしれない。

・・・というか思わず言葉を返していたが結局こいつは一体誰なのか。

見たところで見覚えはないがもしかしたら何処かですれ違った時にぶつかってこちらが覚えておらず向こうが一方的に・・とかかだろうか。

勿論、そんな事は思い返す範囲で無かった訳だが。

「君、クロスクロスのEX(エクス)だろ」

じっと相手を見ていたせいかそれとも怪しまれているのを感じ取ったのかそいつが不意にリアルでは使っていない名前を口にした。

「なんで・・それを」

そう言われて咄嗟にそう反射してしまった。

それは丁度、あの時最後にログインしていたゲームの名前であった。

ネットなので注意していれば個人が特定される事は本来無いが・・・。

一度してしまった反応を今更、誤魔化せるとは思ってないが直ぐに別の可能性を思い出す。

「あの時・・・」

もしかしなくともあの一時的な情報解禁時にそれも開示されていたのかもしれないと思い当たる。

「僕はその管理者だよ」

しかし予想とは違い地面に置いていたリュックを背負ったそいつがサラリとそう言った。

「は・・・」

相手が発言した言葉の意味が分からなかったが思わず部屋に入ろうと開きかけたドアノブから手が離れて再びバタンと音を立てて閉じた。

しかしもしも本当なら確かに管理者としてプレーヤーの個人特定は権限として閲覧可能だったはず。

だとしてもこれまで何も無かったのに何故今になってそんな事をして会いに来たのか。

理由は全く思い浮かばない。

「そして製作者でもある」

此方の理解を無視して自己紹介的に続けるがあのゲームが一人+AIで作成されたものなのは知っている。

ただその上で今言っている事が事実なのかどうかは確かめる術はない。

「君は・・いや君もコレを体験したんだろ」

思考と行動が固まっているシアンの目の前が不意に黒くなった。

それはよく見ると小型のデバイスの様で何時の間にかそれを手にして画面をこちらに向けて見せて来たらしい。

暫くするとそこに何かの映像が映し出される。

少しだけノイズの入る映像は今から数十年前にあったらしい大型複合施設での集団ゾンビ化現象の映像だった。

その映像自体はシアンも情報を調べた時に見ていたが何故それをゲームの開発者であると言うこの人が見せてくるのか理由が分からなかった。

「ふむ。まだ良く分からないと言った所かな」

その様子が見て取れたのか画面を引っ込めるとデバイスはジャケットのポケットに仕舞った。

「本当に・・・」

何が目的で何を言いたいのか全くシアンには見当がつかない。

「だから、君も現場に居たんだろ」

何かを確信しているように言われてようやく気が付く。

「もしかしてゾンビ化の現場に居たからここまで来たって事・・・」

それでもあそこに居ただけで特に何もしていない。

なので聞かれた所で答えられる事などたかが知れている。

しかしそれはこちらの話で相手からしたら関係ないし分かる事ではない。

だからこそそれを確かめに来たのだろう。

わざわざ、個人特定の情報管理に手を付けてまで。

「そこで何があったのか是非、聞かせてほしくてね」

やはりそうか。

ようやく相手の目的が分かり納得した。

とは言えまだ、怪しさはあるしそれを知ってどうするのかも分からない。

それに人気は無いが玄関前で話している。

「・・・・・・」

暫く沈黙してドアノブに手を当てる。

今度こそちゃんとドアを引いて開いて一旦息を飲むと「どうぞ」と言って中に入れることにした。

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