第10話

シーン1 side つくも


一人になって薄暗い通路を歩いて行く。

事前にヘイハチからこの通路の情報を聞いていたが本当にこの通路まで来れるのかどうかは分かっていたわけでは無かった。

ただ、こうやって今、進んでいるという事は確実に私は誰かに呼ばれているのだろう。

これが罠だと思わなくもないが道を引き返すという選択は無い。

どの道、戻った所であそこがまた都合よく開くとも思えなかった。

結局、今は導かれるまま進む他ない訳だ。


通路を暫く進んだ先で突き当り、ドアの前に立った。

通路はそれ程長くなく道も他へと続く分かれ道や隠しも無かった・・と思われる。

静かに息を整えてそっと手をドアにかざす。

ドアは音もなく横にスライドして開いた。

そこから直ぐには進まず中を見るが部屋は暗く沈んでいて良く見えない。

見えないからと言ってその場に留まる事も出来ないので一旦、落ち着くために息を吸い込んでから吐き出すとようやく部屋の中へと足を踏み入れる。

少し歩いて中を進むと後ろの方でドアが静かに閉じてそれと同時に部屋に明かりが灯った。

「まだ、私に何か用かね。出来損ない」

部屋が明るくなると同時に聞き覚えがある声がした。

その言葉はこちらに対して何の遠慮も無い無粋なものだった。

ただ、出来損ないと改めて言われた所で今更それに腹が立つ事はない。

その辺は自分でも自覚しているからだ。

それよりも早く相手の場所を確認したかったが急に点いた明かりで目が少し霞んだので少ししてから明るさに慣れるとようやく顔を上げて声が聞こえた方へ向ける。

「・・・」

そこに立っていたのは白い白衣を纏った細いシルエット。

間違いなく追っている人物がそこに立っていた。

ただ追いかけている時はいろいろと文句でも言ってやろうと思っていたはずなのにいざ目の前にしたら何も言葉が出てこない。

それよりも直ぐに他から感じた視線の方に目を向けるとアイツを警備するために配置されているのか武装したクローンが少し距離をとって左右に何体か立っているのが確認できた。

その手には銃が握られていてその銃口をこちらに向け固定している。

その指が引き金に触れているのかまでは分からないがこちらが何か不審な動きをすれば間違いなく打たれる事は容易に想像できる。

「あいたかったですよ」

相手の位置とこちらの角度を意識しつつ再び視線を白衣の男に戻す。

出来る限りの皮肉を込めて言葉でそう返したが声は震えてなかっただろうか。

「まるで過去の亡霊だなお前は」

かつて自分でやった事のはずなのにそんな事はとうの昔に棚に上げてしまって忘れたとでも言いたげな言葉が返ってくる。

やはり、その程度の意識しかないのかと思うと奥歯を強く噛みしめそうになる。

「そうだよ、だからそろそろ終わりにしようや」

言葉でなんとかそう軽く返してみたが状況を考えると飛び道具は持って来ていない以上こちらの方が不利である事に変わりない。

「終わりね、そんな事に妄執しなくともこの世界はもうすぐ終わる」

こちらの覚悟など全く気に留める事無く呆れたようにそう言ってはいるがその声は何かを既に諦めてしまったような疲れた感じに聞こえた。

「何が、終わるんだ」

言っている意味が分からずそのまま聞き返す。

「この世界が、だよ」

意外にも説明する気があるのか少し後ろに下がり何かを手にして戻って来るとそれを無造作にこちらに投げてよこす。

それはつくもの足元近くに落ちた。

つくもはそれを警備クローンの銃口を気にしつつ投げられた紙の束に近づいて持ち上げる。

それはどうやら何かの資料のようでそこには計算したような数式やグラフが描かれそれにつての言葉も書かれていたがあまりに専門的用語ばかりでつくもにはよくわからなかった。

もしこの場にエイトが居ればつくもにも分かるように説明してくれたのだろうが今は一人だ。

「まあ、見ても分からんか」

恐らく読んでいる感じがしなかったためか呆れた様子でそう言いながらこちらを見ている。

「悪かったな。それでコレが何だってんだ」

見た所で理解できていないのは事実だった。あまり気は進まないが答えは目の前に居るこいつから聞くほかない。

「それはこの星の寿命を計算した資料だ」

そう言われて改めて資料を見ると意味は無いがグラフに目がとまった。

そのグラフは初めは周期的に中央で上下を繰り返していたがそれがある所からまるで心臓が止まったかのように水平になって動かなくなっているようだった。

つまりそれがこの星の寿命とでも言いたいのだろうか。

「この情報が本当かどうかなんてどうやって判断したんだ」

仮にここに書かれている事が事実であれそれは誰がどうやって保証して確定したと言うのだろうか。

「お前に分からなくともそこに書かれいる事は紛れもない事実だ」

こちらの理解力に関係なく相変わらず淡々と語っているがその声にはどこか苦々しい感情が乗っていてまるで言っている本人も何処かでそれが嘘であることを望んでいるのではないのかとなんとなくつくもは感じた。

ただそうだとしても確認しておかなければならない事はある。

「じゃあ、お前はなんで意味も無く人で遊んでいる」

実際、こいつが何を思って行動しているのかつくもは余りよくは理解していない。

なのでつくもにはそれが他人で遊んでいるように映っていた。

何故ならそれは人もクローンも等しく同じモノのような扱いをしているように見えたから。

「あれは・・・・救済だよ」

そんな事も分からないのかと呆れたようにつくもに言う。

「無自覚のまま死ねるのだ感謝して欲しいね」

どうやら偽善的な活動のつもりみたいだがつくもにはやはり良く分からない。

「アイツは啓示のつもりみたいだいだったがもはやそれも無意味」

やはり何を言っているのか、言いたいのかつくもには分からない。

「さっきから何が言いたい」

こうなってくると本当に説明するつもりがあるのかどうかも怪しい。

「滅んでいく世界に救いは不要。そこに慈悲もない」

その言葉に相手が感じている重く苦しい感情が乗っている気がしたがやはりそれが行動原理なのだろうか。

「何が・・・望みなんだ」

つくも自身、何故その時そんな事が聞きたくなったのか分かっていなかった。

「望みはとうに尽きた」

それはもしかしたら絶望なのかもしれない。

ただつくもには何に対して絶望したのかまでは分からなかった。

「つまらぬ過去の因果の妄執もこれで終わりだ」

何かを断ち切るようにそう告げた次の瞬間、辺りが激しく揺れ始める。

「な・・・」

突然のことに気を取られている隙にもうこちらに興味を失くしたのかくるりと後ろを向くと何処かに向けて歩き出した。

それに気が付いても揺れているせいでその場に留まるのがやっとで何もできない。

「ま・・・」

目線だけでなんとか追いたかったがそれも叶わず背中は闇に紛れて消えて行った。

残されたクローンも直ぐに後を追ってその場にはつくもだけが残された。

後を追うために数歩前に歩こうとしたがそれだけでバランスを崩してその場に倒れ込んだ。

この揺れがアイツが仕込んだ意図的な揺れなのかどうかも分からないが空間の倒壊が始まってあちこちで上から瓦礫が降り注ぎ始めていた。

とにかく手にした資料を先ずは荷物の中にねじ込むと起き上がるのは諦めて体を低くして何とか前に進む。

遠くの方では何か爆発音のような音も聞こえているのでもしかするとこの辺り全体に爆薬が仕掛けれられているのかもしれなかった。

ただそれはつまり機会さえ逃さなければまだつくもが助かる道が残っているという事でもあった。

荷物を担ぎ直す前に括り付けていたサーベルを外してしっかり握る。

次の瞬間、足元から崩れ落ちてつくもは下へと落ちて行った。



何処かで水の音が聞こえた。

体を動かそうとするとあちこちで痛みを感じる。

それから薄く目を開くとどうやらまだ生きているのが分かった。

「よかった目を覚ましたね」

その澄んだ声はかなり近くから聞こえて来た。

「・・・・?」

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