第9話
笑っていたのではないか。
そう思っただけで実際は顔なんてフルフェイスで隠れていたのでどんな表情なのかはシアンに分かるはずも無かった。
なのでそれは多分、勝手な妄想だと頭から思考を追い出している間につくもは少しづつ力を弱めてやがてゆっくりとシアンから離れるとまた先を照らして歩き出す。
シアンは暫くその場に立っていたが置いていかれるわけにもいかないので直ぐに後に続いた。
「元気でた」
シアンは忘れようとしていたのに先を歩くつくもが前を向いたまそんな風に聞いてくる。
「あ・・えっと・・多分・・・」
ここで何も言わないのもおかしいと思ったのでそう答えたが実の所どうなのかシアンにも分かってはいない。
「そっか。効果ないのか」
つくもはそんなシアンの反応をみても相変わらずさっぱりとした感想を述べるともう気にする様子も見せずに辺りを照らして周辺を見回している様だった。
その様子は確かに前方の安全を確認しているだけに見えもしたが何かを探しているようにも見えた。仮に何かを探していたとしてもシアンにそれが分かるとは到底思えないがなんとなくシアンも前方だけをただ照らすのを止めて周辺にもライトを当ててみる。
思った通り相変わらずひび割れた壁や崩れて足場の悪い道が続いているのが改めて分かっただけだった。
幸いと言ったらいいのか見た限りしばらくは先の方までこのまま進めそうである事ぐらいしか分からない。
他に分かる事と言えば耳を澄ませても二人の足音はそれなりに辺りに響いていたが近くで他の足音も聞こえない様なのでここで誰かと会う事も無さそうであることぐらいだろうか。
仮に誰かがこちらに迫って来たとしたらそれは果たして敵なのかあるいはその他か。
そう考えてみて改めて街でもないこんな所に来る人物とは果たしてそしてその相手は同じように此方をどう判断するのだろうか。
そこまで考えてつくもはどうやって出会った誰かを敵かその他かを判断するつもりなのか気になった。
「仮に誰かが向こうから来たとして見た目で判断できなかったらどうするつもりですか」
相手からしてみてフルフェイスにセーラ服を着た奴とその隣を歩いている自分をどう見るのか改めて考えてみると不信感しか思い浮かばない。
もしそんな現場に居合わせたら絶対に関わらないように行動しそうだ。
「そうだね。相手が何かをする前に制圧する」
そんな思いを巡らせているとつくもが実に完結的にそう答えた。
「敵意が無かったとしてもですか」
多分、止めてもそうするのだろうと思ったが一応確認しておきたかった。
「そうだね。嘘をつかれない保証がないからね」
相手が嘘をつく。
その状況は分からないが確かに素直に事実だけ話すとは限らないとは思う。
それにこちらが正しく判断できるだけの情報があるのかも問題か。
どちらにせよつくもが確実に相手を問答無用に制圧する姿が想像出来るのを不思議に感じた。
その時はそれが余り手荒な事でない事を祈るばかりだ。
そんな話をしていると不意につくもが足を止めた。
「ここかな」
何か核心を持ってつくもが壁を照らしながらそう呟く。
そこはシアンが見ても何の変哲もないただの壁にしか見えなかったがよくよく見ると他よりもヒビが入っておらず綺麗なようにも見えた。
「その壁に何かあるんで・・」
聞こうとした瞬間にはつくもは壁の中に消えていた。
「え・・」
驚いて慌てて駆け寄ってもそれはただの壁だった。
叩いても押しても何も起こらない。
つくもが何か操作した様子も無かったように思うが・・。
そうやって慌てていると聞きなれない電子音がポケットから聞こえてきた。
取り出してみるとそれはエイトから受け取っていた端末から響いていた。
事前にエイトから聞いていた説明をなんとか思い出しながら通話を押す。
「いやーまいったね。まさか直ぐに閉じるとは思わなかったよ」
その声は間違いなくつくもからだった。
言葉の割には全く焦った様子が見えないのが気になったが今はそれどころではない。
「どうしたらいいんですか」
壁にすがるように空いた手でいろいろな所を触ってみるが何の手ごたえも無い。
「そうだねぇ。君は一旦、家に帰ると良いよ」
つくもがあっさりとそんな風に告げた。
「え・・」
返す言葉も思いつかないまま言われたことに固まる。
「多分、簡単には開かないと思うし」
「でも・・」
「迎えはその端末を操作すればエイトが用意してくれると思うからさ」
ただ一方的に告げられる業務報告のようなつくもの言葉を聞きながらも結局シアンは何も言えない。
「こっちは大丈夫だからさ」
何が大丈夫なのか・・・そう言いたいと思ったが直ぐに多分そうなのだろうと思ってしまう。
「ここまで付き合ってくれてありがとね。気を付けて帰って」
シアンが結局何も言えないまま通話は終わった。
通話が切れると同時に画面に何かが映し出される。
「・・・?」
それはマップのように見えて矢印が先に進むように促している様に見えた。
迷っていても悩んでいても最早ここに居る理由はない。
端末を少しだけ強く握るとシアンは指示に従い歩き出した。
「ふーむ」
壁に飲まれたつくもがシアンと同じようにただの壁になったそこに手を当てるがそこからはただひんやりとした冷たい感触が戻ってくる。
試しに叩いてみたが音が響く感じもしない。
確か向こうで壁に触れた瞬間にここに通されていたので仕組みは分からないが一方通行的な何かなのかもしれない。
そう思ってシアンが来るかを待ってみたが一向に入ってこない。
「これはもしかすると・・」
理由はやはり分からないがシアンはもしかしたら中に“入れない”のかもしれない。
そう思ったので直ぐにエイトに言われていたアドレスに連絡を入れる事にする。
・・・・・・・・・
「これでよし」
通話を終えてもしこうなった場合に言われていたエイトから指示を伝えたので向こうはどうにかすると後は信じるだけだ。
寄りかかっていた壁から体を離してようやく前を向く。
道は先ほどまでと打って変わって瓦礫がなくなり平坦になりこの場所はまだ誰かが使っている感じがする。
それに通路にはうっすらと明かりがともっていて明るい。
手にしていたライトを消して肩に掛けていた荷物を下ろして中に仕舞う。
果たして求めるモノがこの先にあるかあるいは何かしらの罠に誘われているのか。
思わずグッと手に力が入る。
荷物を肩に掛け直してつくもはいざなわれるまま道の先に歩き出す。
端末に表示された指示に従い歩いて行く。
何時の間にマップを手に入れていたのか分からないがそんなものがあるのなら何故エイトは初めから言わなかなったのだろうか。
それともつくもにだけ何か伝えていたのだろうか。
一人になってそんな事を考えながら瓦礫に足を取られつつも歩いて行くがこの先は何処に繋がっているのかはまだ分かりそうにない。
それにもしその情報が古くて今は通れない道とかだった場合はどうなるのだろうか。
指示には従わず通路を戻る事も考えなくも無かったが結局そこから街にどうやって戻れるのかが何も思い浮かばなかったので今こうやって歩いているがこれが本当に正解なのかも分からない。
道が暗いせいもあるのか思考は自然と嫌な方に流れてしまう気がするがこんな状況ではそれも仕方ないのかもしれない。
そもそも今更なんでこんな所まで来てしまったのか。
選択をそもそも初めから何か間違えていたのではないのか。
そして改めて思ってしまう。
あのまま仮につくもについて行ったとしても何が出来たのだろうかと。
暗い思考のまま照らされる指示に従い進んで行くといつの間にか水の音が大きく聞こえてきているのに気が付く。
もしかしたら水源の近くに案内されているのかもしれない。
その場合、水中を泳いで外に出ろなんて指示がこの端末に表示されるのだろうか。
いや、深さが分からない。
息が水面まで続く保証もない。
とそんな事を考えていたら水が漏れ出ていた壁が突然破壊された。
瓦礫と一緒になって水と飛び出してきたのは来た時に乗っていた乗り物の球体だった。
水は思っていたよりも少なかったのか穴が開いたところから大量に水が入って来ることは無かった。
球体も活動が止まって今はその場に留まっている。
シアンが近づいていくと乗った時と同じように静かにドアが開かれる。
中に乗り込むと直ぐにドアは閉まり勢いよく球体は走り出した。
来た時と変わらず中央にある画面には遠ざかっていく外の景色が映しだされている。
遠ざかっていく景色のあの何処かにまだつくもが居るのだろうが球体はこちらの意思とは関係なく足早にその場から離れていく。
気が付けばもう入っていったビルもどの辺りかシアンには分からなくなっていつしか画面を見るのもやめてしまった。
静かで快適な車内でいつしかシアンは瞼を閉じていた。
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