第5話 ナナミ


 俺の目の前には、妹とはかけ離れた容姿をした美少女(ナナミ)がいた。

 もしかしてゲームのエンディングなのだろうか?



「お兄ちゃん、色々勉強になったでしょ?」

「あ? 何がだよ?」

「絶望的な状況でも突破口はあるのよ」

「⋯⋯まぁ、そうだけど」

「役割とか責任とかあっても、逃げていいのよ」

「あんな状況なら、誰でも逃げるだろ!」


 

 目の前のゲームキャラとして登場した妹ナナミは、大きなため息をついた。

 そして何故か、その目は少しだけ潤んでいた。



「⋯⋯お兄ちゃんは、逃げようとしないじゃん」

「はぁ?」

「酷い会社なら辞めていいんだよ!?」

「お前、何言って⋯⋯」

「ナナミだって、バイト増やせるし!」

「⋯⋯⋯⋯」

 


 俺の家は親が離婚して、母子家庭だった。

 俺は家計を助ける為に、高校卒業してすぐに地元の小さな会社に就職をした。


 今は大分ブラックな会社は減って、パワハラなども聞かなくなって来たけど、俺の勤める会社には全く当てはまらなかった。


 田舎の一族経営の零細企業だからなのか、毎日胃が痛くなるパワハラがあり、サービス残業も当たり前だったのだ。


 俺の体重は10キロ近く減り、流石のナナミも俺の異変に気が付いたのだろう。



 目の前のナナミは泣いていた。



「ナナミ、心配かけて悪かったな」

「⋯⋯⋯⋯」

「分かったよ。俺、会社辞めるわ」

「⋯⋯ほんとに?」

「ああ、高卒で雇ってくれる所あるか分かんないけど、バイト掛け持ちでもいいしな」

「そうだよ!人生何とかなるんだから!」



 俺は少し照れくさかったけど、ゲームの世界のナナミを優しく抱きしめた。

 ま、この世界だから出来る事だよな。







────と、そこで俺は目を覚ました。



 俺はいつもの寝室のベッドに横になっていた。



「うわ、変な夢みたわ」



 寝室のカーテンの隙間からは、陽の光が入って来ている。

 やがて、枕元近くの目覚まし時計がピピピと鳴り出したので、俺はいつもの仕草でそれを止めた。



「⋯⋯でも悪くない夢だった」



 俺は2階の寝室を出て、1階のダイニングキッチンに向かった。

 そこには、朝からカップラーメンをすする妹ナナミがいた。



「あ、お兄ちゃんおはよ」

「おう。⋯⋯お前朝からカップラーメンかよ」

「食べたい物は食べたい時に食べるのよ」



 俺は、唇にカップラーメンのかやくが付いたナナミを見て、思わず笑った。



「あ、お兄ちゃんが笑うの久しぶりに見たよ!」

「……そうか?」

「そうだよ」

「そうか。⋯⋯あ、そうだナナミ、俺会社辞めるわ」

「────!?」

「俺もお前みたいに、自由に生きるわ」

「え、いいじゃん!そうしなよ!!」



 ナナミは笑顔になり、リビングの方へ走っていった。



「お兄ちゃん、会社辞めたら時間取れるでしょ?」

「ああ、まぁ少しくらいは休むかな」

「じゃあさ、私がゲーム作ったからやってみなよ!」

「ゲーム!?」

「お兄ちゃん陰キャで人生詰んでるから、私がゲーム作ってあげたんだよ!忘れたの?」



 俺は笑いながら、ナナミの頭をわしわしと少々乱暴に撫でてやった。



「ちょっと痛いよ〜」

「ナナミ、唇にカップラーメンのかやく付いてるぞ」

「あはは、そういうお兄ちゃんこそ、ほっぺたにペヤングの麺付いてるよ」

「────!?」





 人生はゲームみたいな物。

 何の障害も無く、楽に進むだけだったら面白くも何ともない。


 戦って、時には逃げて、泣いて笑って、少しづつでも面白くしていこうと俺は思った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

「そなたが来るのを200年待っていた。今こそこの伝説の剣を授けよう」って言うだけのモブじいさんに転生してしまった。 コマりんたろう @komarintaro

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ