第2話 ひとまず協力!! しましょう!!
オデュッセウス居住区の平和な夜に似つかわしくない悲鳴が響き渡る。もちろんその悲鳴を二人が聞き逃す訳は無かった。
「え、悲鳴!? 何事ですか!?」
「……すぐそこの路地裏からっぽいね。私たちが行くのが一番早そうだけど」
「ええ…………んぇ。『私たち』ですか??」
エルは目を真ん丸にして大きく驚く。何せ彼女の中だとまだ目の前の上級冒険者が『シロ』だと決まった訳では無いのだし、解放したくなかったのだ。
「…………まだアタシの事を疑ってるならアタシが悪さしないようにずっと一緒に居れば良いじゃん。そうすればアタシが、少なくとも悪人じゃない事は伝わると思うし」
非常に合理的。マリナが悪だとしてもずっと監視して行動を抑制出来る。まぁ、何か行動を起こされた時に止めれる確証は今のエルには無かったのだが。
……本人はずっと訴えているが、仮に善だったとしたら共に悲鳴の問題解決をしてくれるかもしれない。新米騎士で少しおバカなエルからしても、断れるような話じゃなかった。
「むむむ……契約魔法の類は持ち合わせていないので口約束になっちゃいますけど、悲鳴も騎士として見過ごせないので、その話を飲みましょう!! 悲鳴の方角はこっちですよね!?」
「うん。その路地の方向からだと思う」
「遅くなっちゃいけません!! 早く行きましょう!! ほら!!」
そう言うとエルはマリナの腕を掴み、野生の獣の突進のような勢いの良さで悲鳴の方へ走っていった。
「ちょちょちょ!?!? 待って待って、待って!!!!」
――――――マリナはやや引きずられながらだったが。
◇◇◇
「こ、れは…………」
悲鳴の方へ悲鳴の方へと暗い路地裏を進んでいくとランタンの灯が見えたので近づいてみると、地面に落ちたランタンにその持ち主と思わしき女性、あと――――――
「ダメだ。亡くなってるよ」
「そんな…………」
うつ伏せになって腹から血を流しながら亡くなっている――――身だしなみがしっかりした男がいた。マリナが男の首を触るが、もう既に冷たくなって……いや、なり始めてしまった。そう、その冷たさの奥にはほんのりとした命の気配……の欠片のような何かを感じ取れたのだ。
ほんの少しだけ遅かった。マリナは、その感覚に悔しさを覚える…………。
何か、運命の巡り合わせがもう少し違っていたらこの人は助かっていたのか。
「あの、話聞いても良いかな?」
「ぁ、はい…………」
マリナはおそらく悲鳴の主でかつ死体の目撃者だと思われる女性に話しかけた。へたりと座り込んでしまった女性の目線に合わせるようにしゃがみながら、安心させるように優しい声色で。
動揺していた様子の女性も次第に落ち着き、やがて口を開いた。
「私、その、酒場から家に帰ろうとしていたんです。そしたら近くから何か揉めているような、争いの音が聞こえてきて…………えぇその、酔っていたので好奇心で見に行ったんです。
そしたら、この男の人が倒れていて…………白いローブを着こんでフードで顔を隠した人が悲鳴をあげた私を押しのけて何処かに逃げてしまって…………その…………」
「…………その人はアタシたちが来た方向と真逆に逃げたって事だよね?」
「え。は、はい」
「エル!! そのランタンこっちに!!」
「分かりました!!」
返答を聞きエルからランタンを受け取ったマリナは、地面をよく観察する。すると、被害者のモノと思わしき血痕が路地の先へと続いている。それは等間隔で、女性の供述通りにエルたちの来た方角と反対方向の道へと続いている。
血だまりを踏んだのか、その跡が残っているのだ。
「エル、急ごう。まだ間に合うかも」
「はい!! 分かり…………え、一緒に来るつもりですか?」
エルはまたも目を丸くして驚く。
「え、まだ疑ってたの」
「い、いやぁ? そうじゃなくてですね。なんでそこまでやる気なんだろうって、思いまして…………騎士団じゃないのに……」
マリナは「なんだそんな事か」と言わんばかりにため息をつき、エルの頭を突然撫でた。
「ふぇ!? 何してるんですか!?!?」
「いや、アハハ……なんだか可愛くってさ。人ってね、気分で動くもんなんだよ。
アタシは特に、人に助けられて命を繋いでもらったからさ。何でも良いから、出来れば『人の為になること』をしたいんだよね」
頭を撫でてくるマリナのその表情には何処か哀愁を漂わせており、エルを撫でる手はとても慣れている様子で、エルにとっても心地良かった。
…………この人は嘘をついていない。エルは、そう確信した。
「……行きましょうマリナさん!! ひとまず協力!! しましょう!!」
「うん。血痕を追った後の道案内とかは任せたよ」
「フフン!!!! 任せて下さい!!!!」
エルは自信満々に胸を張り、拳でドンと胸を叩いた。
◇◇◇
血痕を辿っていくと、石畳に巧妙に紛れるようデザインされたマンホールに繋がっていた。
「これは…………『マンホール』ってやつだっけ。どっかに繋がっているんだろうけど、エルは知ってる?」
「はい!! マンホールの先にはこの街の排水とかが流れていたりする地下水路に繋がっています!!」
「で、エルが道案内してくれるんだよね」
「ギクッ」
エルの視線が明後日の方向へと向きだす。騎士として地上の街の構造を把握はしているが、新米騎士エルはそんな薄気味悪い地下水路の構造なんて…………知りようがない――――――
「…………フフッ。良いんだよ。どの道アタシたちは進むしかないし」
「むぅ……」
顔を真っ赤にするエルだが、次第に落ち着いていった。地下水路の案内が出来ようが出来まいが、マリナの言う通り犯人を追うなら進む他無いのだ。
それに水路内にも血の足跡が残っている可能性がある。構造が分からなくともそれを追ってしまえば良い。
「……行きましょう! 治安維持組織所属の騎士であるエルがいれば、マンホールを開けて水路に入っても後でお偉い方たちに説明出来ます!」
「了解。それなら安心だね。まぁた変な勘違いされたら、次こそはガチでキレそうだし」
「ア、ソウデスネ…………」
◇◇◇
「前言撤回。全然、全く、あまりにも安心じゃないよコレ!! くっっっっさ!!!!」
蓋を開け、梯子を下りて行った二人が辿り着いた地下水路はかなりの悪臭が漂っていた。排泄物の匂いを少し強めたくらいのなんか嫌な感じの匂いだ。
「我慢するしかありません!! 幸い、水路内の道にしっかりと血の足跡が残ってますしこのまま追いましょう!!!!」
「げ、元気だねぇ…………若いなぁ」
「若い……って確かにエルは16歳で若者ですが、マリナさんもそんなに年取ってないですよね!?」
「8歳上だね。24歳。呑んでも吸ってもだいじょーぶ。吸う方はしないけどね」
「思ってたよりもおとなでした…………」
血の足跡はポツポツと続いている。足裏に付いた(と思われる)血にしてはなんだか露骨に残っているような…………違和感をマリナは感じていたが、とにかく今は追うのを最優先とする。
マリナから見てもエルは弱くは無いし、自分もそこらの連中よりかは遥かに強い自信を持っている。何かあっても切り抜けられるだろうとマリナは考えたのだ。
時々息を止めながら二人は走る。走る。すぐ横は汚い水のたまり場になっているような道を走っていく。しばらくすると何か不愉快なカサカサ…………といった足音が前方から聞こえてきた。
「げぇ、アレって『ラッドセンティ』ってやつ!? 虫の魔物が街の地下に居るってどうなってんのさ!!」
「おっかしいなぁ、そんな話は団長さんからも聞いて無いんですけど…………」
『ラッドセンティ』…………エルたちが対峙しているのは、いわゆるデカいムカデである。マナの影響で巨大化し、より多彩な食物を摂取出来るよう進化した虫の魔物の一種だ。彼らのような魔物は数多く存在し、現存判明しているの虫の種類の4割ほどはそういった魔物と化している個体もいると言っても過言ではない。
そして、虫や動物の魔物は正式名称では無く通称で呼ばれることも多い。例としては、今回のラッドセンティは単純に『デカムカデ』とも呼ばれたりする。
地下水路であれば、ラッドセンティのようなデカいムカデも満足するほどの水を確保出来る。いること自体は不思議ではないが虫の魔物は非常に攻撃性が高く危険であり、オデュッセウスのような大きな都市がこういった危険因子を処理していないのが外部の人間であるマリナにとっては少々不思議に思った。
「…………とにかく倒すしかないね。デカくて邪魔だし近づいたらどうせ攻撃してくるからね。エル、魔物との交戦経験は?」
「あまり……無いです。本当は魔物なんて滅多にこの街に現れないので…………」
「じゃあ、アタシに任せといて」
本来ムカデは触覚に頼った生き方をするが、この魔物の場合はマナの影響で視覚も微妙に獲得しているので近づいてしまった彼女たちの存在に魔物は気づいた。
ラッドセンティが奇妙な音を立てながら、エルたちに蛇行しながら急接近してくる。その様子を見るだけでも鳥肌が立つような光景だがマリナはひるまず、ラッドセンティ――――もとい、デカムカデのスピード感に負けない素早さで剣を構える。
カサカサカサカサ……と距離を詰めると、ラッドセンティは身体を起こして牙で噛みつこうとする。その一瞬、ラッドセンティの比較的軟弱なお腹を見せてくれるその瞬間をマリナは見逃さなかった。
まず牙には左腕に装着されていた盾をするりと左手で手にし、『盾で』殴り返す。鉄と生物の牙では魔物といえど流石に鉄の方に軍配が上がる。
毒を孕んだ危険な牙はあっけなく砕け散り、そしてマリナの右手の剣は見事にラッドセンティの腹を突き刺し貫通させた。しかしこれでは終わらずマリナは一度貫通した剣を捻り、横一文字にラッドセンティの胴体を切り離す。
魔物は一刀両断され、あっという間に緑色をした体液を巻き散らす死骸と化し先へと進めるようになった。
「おぉ…………!! 凄い……です!!」
エルはこの短い間、一度たりとも瞬きをしなかった。いや、あまりにも自分と比べて戦い方がスムーズでカッコ良いので『瞬きが出来なかった』と表現する方が正しいか。
「盾って、攻撃にも使えるんですね」
「いや? 普通は使わないんじゃないかな。師匠のお気に入りの戦い方を面白半分で仕込まれちゃったせいで思わずあんな使い方が出ちゃうだけだよ。先に進もう。少し時間を取られすぎてる」
マリナは血の痕跡を追い、駆け出した。エルも頑張って追い付こうとする――――――
◇◇◇
その後は特に魔物の類と出会う事無く進み、とうとう『大きな穴が開いている壁』の前へとやってきた。血の跡は、その穴の方へと続いている。
「…………エル。準備は大丈夫そう?」
「……はい」
すぐ近くに犯人がいるかもしれない事は分かっているのか、エルも普段よりも小さい声で応答した。
マリナは剣を、エルはレイピアを構え、穴の方へ一気に走り…………穴の中に足を踏み入れる。
「ッ!? 下がってッ!!!!」
「う!?」
エルはそのマリナの声になんとか反応し後ろに下がると、マリナは自らの方に飛んできた短剣を剣で弾き飛ばす。短剣の飛んできた方向……穴の中の方へとよく目を向けてみると、そこには白いローブを身に着け、フードを深く被った仮面の男が立っていた。
――――――左手には『何かの本』を手にして。
「……やっぱり、あえて待ってたって事だね。誰かが後をつけてきたら今の一撃で先手を取って殺すつもりだった。でもアタシ達は二人だったし、第一あんな短剣の投擲程度弾き返せる。もう終わりだよ、観念しな」
彼の右手には傷があり、その傷から血が残っていたようだ。
要は最初こそ被害者の男の血が偶然靴裏に残っていたが、この地下水路に入ってからは『彼自身の血』を靴の裏に付けたり地面に垂らしていたりした訳だ。
「……え、そういう事だったんですね…………」
少し置いていかれそうになっているエルと剣を向けるマリナ、そして一度たりとも言葉を発さずただ立っているだけの白ローブの男。
緊迫した空気が彼女たちの周りを満たしていった――――――
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