第一章『出会う二人』

第1話 あなた!! 不法入島者ですね!!

 オデュッセウスは広く、そして様々な人々が行き来する。リベルティという世界においても重要な貿易拠点となっている。なので治安維持組織は欠かせないのだが、このオデュッセウスには『自警騎士団』なる組織が存在する。

 彼らは『騎士団』と呼ばれ、日々街の人々や商人などから頼られている心強い存在だ。自警と名に付いているが元になった自警団の名残であり、今はオデュッセウスが管理している公的な組織となっている。

 そんな騎士団の新米騎士が今日の夜、業務の一つである夜間パトロールに出ようとしていた。


「団長さん! エルは夜間パトロールが初めてなのですが、日中と手順は変わりないでしょうか?」

 大きく元気な声でガタイの良い甲冑の男――――団長と話しているのは『エル・ラーテル』という少女。レイピアを扱う事に長けている期待のルーキーだ。彼女の性格はとても素直で優しく、明るくて正義感に長けていて、とても人材とも言える。


「ああ、基本は変わらない。だが、夜間の居住区は宿屋や酒場というような夜に営業が盛んになる店があるとはいえ、日中よりも警戒する必要がある。不法入島者や悪人は夜を好む。自らの罪を隠してくれる影がこの街を覆いつくすからだ」

「ほ、ほぉ…………!!」

 少女……エルの金色の目はキラキラと輝きながら騎士団長を見つめる。憧れのまなざしだ。…………業務の確認をしているだけなのだが、エルにとっては胸に刻みこまれる言葉だったのだろう。


「そして、夜間は人員を多く割り振れない。余程の緊急事態でもない限り団員には家庭などを優先してもらうからだ。だからこそ、夜間の仕事を担当する僕らの責任は重いんだ。何かミスが起こってしまったら、休んでいる他の団員に迷惑をかけてしまうからね」

「なるほどなるほど!!」

「……そして日中は二人か三人でグループを組んで、複数のグループが街を徘徊する形だったが……夜間は一人で回ってもらう」

「ふむふむ! 事前に資料で確認した通りです!」

「ふふ、よく準備してきたようだね。じゃあ結論を導き出せるんじゃないか?

どうして、僕たちは今二人で夜間巡回をしようとするのか。」

「フッフッフ……ズバリ!! 一旦エルと団長さんで二手に分かれて、ある地点でまた合流するって事ですね!!!! 」


 騎士団長は少し驚いた様子を見せる。次の瞬間には、彼女の頭を撫でていた。


「え、え!? なんですかぁ!?」

「い、いやいや……ハハハ。まさか当てるとは思わなかったってだけだよ」


 えへへ、なんて声を漏らしながらエルの表情が次第に溶けていく。ほんわかとした空間が形成されつつあったが、団長は手を止め話の続きに入った。


「今居る騎士団宿舎前から、右に行くのと左に行くので別れて……ルートは問わずに居住区入り口付近にある噴水で合流だ。何か、気になる所があれば寄り道しても良い。

ただ、私か君が噴水に到着して世界標準時間単位での10分……時計が無くて分からないのであれば、心臓が800回くらい鼓動しても相手が来なかった場合は他の団員を集めて会議もしくは捜索を要請する事…………大丈夫そうかな?」


「はい!!!! 時計は、お父様からちゃんと受け取ってますので!!!!」

 そう言うとエルは軽装鎧の収納からひょいっと懐中時計を取り出す。

 その懐中時計は金色に包まれていてとても精巧な作りなのが見ただけで伝わる。とても彼女ほどの年齢の少女が持って良い代物ではないのは明白だが、エルはなので騎士団長はすっかり慣れてしまった。


「うん。ソレ、絶対無くさないようにね。万が一の事態になったら僕が責任を取って破産するかもしれないからね。本当に無くさないでね」


◇◇◇


 事前確認を済ませた二人は二手に分かれてパトロールを始めた。団長は右から、エルは左から回って行くことに。

「悪人なんてこのエルが全員倒しちゃいますもんね~!」

 両手をブンブン振りながらご機嫌な様子で街中を歩くエル。オデュッセウスは日中はとても人が多いが、夜は――――――特に居住区の夜はとても穏やかで静かだ。たまにうるさい酒場があるぐらいで、それ以外はとても趣のある良い雰囲気を歩くだけで楽しめる。

悪を捌くのも良いが、エルにとってはこの雰囲気も嫌いでは無い。……トラブルなんて無い方が良いのだ。


 いっその事、この夜の街の雰囲気をもっと楽しもうとした次の瞬間――――――


「おい!!!! どうしてくれんだよこの服よォ!!??」


 近くの酒場からとてつもない怒号が聞こえてきた。あまりに突然だったのでエルはつい先ほどまでの元気な様子を潜めて、としてその酒場へと向かった。

 ドアを二回ノックしてから、開く。するとベロンベロンに酔った男と冒険者のような服装の白髪ポニーテールの女性が揉めていた。


「い、いやいや! アタシはただ良い宿屋の話を聞こうとしただけで、アンタの服にかかった酒はあんた自身がこぼしたんだって!! ……ねぇ、一旦水飲まない?」

「あぁん!? 自分で自分に酒をかける訳ないだろォ!?」

「だから、酔ってたら手元もおぼつかなくなっちゃうでしょ!!」

「俺は! 酔ってないでちゅよォ!!」

「お、お客様、どうか落ち着いて…………」


 エルの目から見ても男がひどく酔っぱらっているのが分かる。仮に本当にあの冒険者っぽい女性がお酒をかけたとしても、あの男の様子だと事態が悪化しかねない。


 酷く混沌としている現場だったが、少女エルには関係無い!! 彼女は果敢に乗り込んでいった!!


「失礼します!! 騎士団の者です!! 争うのを止めて下さい!!」

「んぁ? 騎士団だァ?」

「騎士……団?」

 女性は騎士団を知らない様子だったが男は知っているようで、エルに近寄っていく。


「だったらよォ!! あの女捕まえてくれよ!!」

「え、ハァ!? だからアタシは何もしてないって!!」


 男はあくまでも女性の罪を訴えるようだ。だが、エルは天才的発想を頭に思い浮かべていた!! それは…………!!!!





「…………ごめんなさい」


 ドン。鈍い音。エルの手刀が男のうなじに見事命中したのだ。つまり正解は、うるさい方を黙らせて酔いを醒ましてもらう……ということ。この男には少し可哀想だが、これが一番手っ取り早いのだ。恐らく。


「いやー、ありがとうございます騎士団のお方。やっぱりあなた方が居ると夜も安心して営業出来ますよ」

「い、いえいえそんな…………」

 店の人に褒められてまたしても顔が溶けそうになるのを必死に抑え、一人の騎士としてその称賛の言葉を受け取る。すると、肩をポンポンと叩かれたのでエルは後ろを振り返る。


「へぇ、お嬢ちゃんやるねぇ。良い音が、鳴ってた」


 巻き込まれていた冒険者っぽい女性も褒めてくれた。おまけにエルに親指を立ててグッドサインまで送ってくれた。


◇◇◇


 エルは酒場を後にしたが、噴水に向かう前に外部から訪れたであろう先ほどの女性の身柄などを確認する必要があった。『事件や騒動に巻き込まれた外部の人間らしき者には必ず身元を確認する』というのは騎士団の仕事の一環である。

 エルが身元の確認だけお願いすると、冒険者と思わしき白髪青目の女性は了承してくれた。酒場の外で二人は会話する。


「えーっと、お名前と職業は?」

「マリナ。冒険者だよ。ほら! 関所でも見せた書類だよ」

 エルはしっかりと書類を確認する。


 マリナ。冒険者協会所属の上級冒険者。…………上級。




 …………リベルティでは冒険者と呼ばれる存在があらゆる場面で活動している。端的に表現するならば『冒険者ギルド』を介して依頼を引き受ける何でも屋のようなモノ。人探しペット探し物探し、魔物などの敵対存在の排除、調査依頼を引き受ける事もあるという。

 そして数多くの冒険者を『下級』『中級』『上級』そして『特級』の四つに分けられている。理由は『適切な難度の依頼を適切な人員に割り振れるようにするため』…………らしい。実際には冒険者たちのモチベーションに大きく繋がっている。


 上級冒険者。全体の一割程しか在籍していない希少な存在。特級冒険者などという規格外のイカレ化け物を省くのであれば、彼らが普遍的な冒険者の中での頂点に当たるだろう。


「えぇ!?!? じょ、じょじょ、上級冒険者さんですか!?」

「うん。まぁ成りたてだけどね~」

 マリナは照れ臭そうに頭を掻いた。こういった反応をされるのは、彼女にとっては久しく感じたからだ。

「じゃあ、もしかして協会の秘密の依頼関係でこの島に来ていたりするんですか!?」

「いいや、まぁ、最近なったばかりなんだよね。だから上級になれた記念に観光でもしようかなって思って」

「あーなるほどです! オデュッセウス、良い街ですよーー!!」

 徐々にテンションが上がってきたエルだったがちゃんと書類に目を通し、問題ない事を確認した。上級冒険者はかなり希少な存在なので、エルとしてはもっとお話ししたいが今は勤務中だ。早く切り上げて噴水に向かわないといけない。

団長を待たせるのは、彼女の正義にも反するような気がするし、そもそも職場の先輩に迷惑をかける訳にはいかないのだ。


 そしてエルは身元確認作業の最後の工程に入る。


「じゃあ後は入島許可証を見せてもらえれば大丈夫ですね!!」




 ……………………。




「え?」

 マリナは何の事か全く分からない様子。旅をする際に目的地の下調べを怠りがちなのは、彼女の悪い癖と言って良いだろう。

 当然、エルは聞き返す。

「…………え、持ってますよね? 入島、許可証……」



「いや、そんなの持って無いけど」



 そのマリナの言葉を聞いた瞬間、エルの子犬のような明るい目つきが紛れもないとしての目つきに変わり、眼光も鋭くなる。マリナも何か危なげな雰囲気を感じ取り思わず後ずさるが……………………。



 次の瞬間、入島許可証を持っていない怪しさ満点なマリナの目の前にレイピアが突き出されていた。とてつもない速度で懐からエルは武器を取り出したのである。

咄嗟に後ろに下がれたのでマリナは無傷で済んだが、もし下がれていなかったら……想像は出来れば止めておこう。

少なくとも片目か眉間にレイピアが突き刺さる大怪我になっていたに違いない。



「ま、マリナさん…………ッ!! あなた!! 不法入島者ですね!! 最近増えてるって団長さんからも聞きました!!!!」

「え、え!? いやいやいや!!!! これは何かの間違――――――」


 次の瞬間、マリナの弁明も遮るような鋭い曲線をエルはレイピアで描き、マリナは見事な反応速度で回避してみせる。


「犯罪者!! 『悪』ってことですよねッ!!!! 問答無用ッ!!」

マリナは、もうただ事では無くなってきた事を悟る。非常に、めんどくさい事になってきた。


「……なんでこんな目ばっかり遭うの! クソッ」

「マリナさん、あなたを今! ここで! 一人の騎士があなたを裁きますッ!!!! 覚悟して下さい悪人ッ!!!!」


 エルは少し低く構え、レイピアの剣先はマリナの喉元に向けられている。さっきのエルの速さを見てからマリナの脳内に『逃げ』の二文字を思い描くのは無理があった。それに、ここで逃げたらそれこそ本当に犯罪者になってしまうだろう。


 だがエルもその思い込みが激しい性格が災いしてしまい、マリナの話を聞こうともしない。


「やるしか、無いみたいだね…………訳わかんないけど」


 入島許可証を貰えず、そしてエルと出会った時点でこのよく分からない決戦はいずれ起こる運命だったのだろう。

マリナは左腕に取り付けていた盾はそのままで、腰に付けている鞘から剣を抜き右手で構えた。


 そしてマリナが構えるのとほぼ同時にエルが前方――――マリナの方向へ突撃してくる!!!! そのレイピアの素早い突きの一撃をマリナは間一髪のところで剣で弾き返す。だが、すかさずエルは踏ん張り、態勢を整え、その武器で左腕を切りつける。

 しかし、この攻撃もマリナの腕に装着されている盾で防がれてしまう。


「ッ……まだまだです!!」


 エルは諦めない。彼女は次にマリナの肩を狙う…………が、それをエルの目の動きを見て察したマリナはすぐにしゃがみ自らの足でエルの足を横に薙ぎ払い、エルの態勢を崩す。


「うぐっ!?」

「……考えが透けて見えるね。目線でバレバレだよ」


 エルは尻もちをついてしまい、マリナに対して決定的な隙を見せてしまう。

レイピアも手から離れてしまい地面に落としてしまった。最悪だ。


「…………ま、負けちゃう……!!」


 このまま自分はあの剣で真っ二つにされるのだろうか、それとも腹に突き刺すのだろうか、どちらにせよ悪人であろう人間に戦いの最中に大きな隙を見せてしまったエルはどんな攻撃が来ても意識を保つ覚悟をした――――――







 …………しかし、全くマリナは攻撃する意思を見せない。

「……え?」

 これはチャンスだ。エルは瞬時に態勢を立て直す…………が、彼女の中には疑問が生じた。


「ど、どうして斬らなかったんですか。悪人なのに、正義を打ち倒そうとしないんですか」

「いや、いやいや!! だからアタシは悪人じゃないって!!」


 それもそうだ。別に悪人でもないマリナがここでエルを斬ってしまったら、それこそ本当にお尋ね者の悪人となってしまうのだから。

だが、エルはまだ納得出来ない。そもそもまだ彼女はマリナの事を『悪』だと思い込んでいるからだ。


「…………悪人がそんな戯言をッ!!!!」

 素早く武器を拾い手にしたエルが、立ち上がりながらもう一度レイピアの一撃を放とうとした瞬間――――――


「ハァッ!!」

 マリナの目に見えぬ鋭い斬撃がエルのレイピアの柄に命中。結果、またしてもエルは武器を手から放してしまった。

手が痛むのか、エルは自らの手を抑えながら今何をされたのか理解しようとしていた。


「な、何が…………」

「だから、考えてる事が丸分かりなんだってさ。戦いでの基本だよ、相手の仕草や癖とかから動きや考えを読むというのは、ね」

「…………ぁ」


 エルは諦めない。諦めないが、マリナとの決定的な差を思い知らされる。エル自身もかなり戦える方だと自認していたが、ここまで差を感じさせられたのは自分の保母として働くとのお手合わせ以来だった。


 こんなに強く、人がオデュッセウスの外には居るんだ…………エルは、言葉に出来ない高揚感が胸の中に芽生え始める。


 そんな『カッコ良い人』にどうしても、聞きたい。


「…………武器を手放してしまった私を前にしても、斬らない…………。マリナさん、あなたは本当に悪い人なんですか……?」






「だーかーら!!!! ずっと言ってるでしょうが!!!!!! 悪人じゃな――――」

 マリナが大声を上げて怒りの意志表明をし始めたその時、その大声すら掻き消されるような――――




「キャアアアァァァァァアアアア!!!!」




 そんな悲鳴が、夜の街に響き渡った。








 










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