第7話 歓迎されてるわけないだろ

 あれから二日。

 怪我が完治したことを告げられた俺は、天内に連れられて八籏の本部へやって来た。どうやら天内も特殊能力を持っていて八籏特殊部隊に所属しているらしい。まさか同じ能力持ちだとは思わなかった。


「……イヴァン、怖いか?」

「……うん……」


 本部の扉を前に怯えるイヴァン。きっとルギエヴィートでのことを思い出しているのだろう。

 俺は「大丈夫だ」と安心させるようにイヴァンの手を握った。


「ここにはイヴァンを危険な目に合わせる人間はいない。いたとしても俺が殺す。だから安心しろ」

「……うん」

「あ、あの……絶対にイヴァンくんには危害を加えないと約束するので殺すつもりで入るのはやめてください……」

「分かってる。君もちゃんと話を通してくれてるんだろ?」

「は、はい。ただ、八籏特殊部隊をまとめている乃木のぎ中佐はかなり忙しい方でして……対応してくださるのは部隊の中で一番偉い感田かんだ中尉という方になります。あっ……で、でも……!指示や処遇内容自体は中佐が決めているので理不尽な扱いは受けないはずです……!」

「別に天内が気を遣う必要はない。……イヴァンの安全とルギエ特殊部隊に対抗する為だ、できるだけ良い扱いを受けられるように自分で頼む」


 俺は何を言われようと別に構わない。「余所者のくせに」と嫌われるのは慣れているから。だが万が一イヴァンに何かしようものなら決して許さない。天内には悪いが、そんな奴がいれば速攻殺す。


 腰に差してある小銃に気を掛けつつ、天内の後ろをついて行った。


「天内希、戻りました……!」


 扉を開けてすぐ名を告げる天内。その瞬間、その場にいた全員の視線が俺達に注がれた。

 ……分かってはいたが、中々に居心地が悪い。それはイヴァンも思っているのか、サッと俺の後ろに隠れてぎゅっと軍服の裾を握っている。


 するとソファに座って小銃を磨いていた男が「おっ」と声を上げた。


「天内、お帰り~。何々?そいつが昨日言ってた奴?」

「は、はい。そうです」


 ……何故だろう。この男を見ていると何か既視感のようなものを感じる。どこかで見たことがあるような……。


「まあまあ、そんなとこに突っ立ってないでこっちに来いよ!せっかくだし自己紹介し合おうぜ?」

「ちょっと、誠一せいいちくん!まだ中尉も来てないのに話進めちゃっていいの?怒られちゃうよ?」

「え~?いいだろ、自己紹介くらい。それにあの人はそんなことで怒るような人じゃないし」

「それはそうだけど~……。ねえ、ふみちゃんはどう思う?」

「……別に構わないと思います。中尉が来るまで時間もありますし、先に彼の素性を聞いておくのは悪くないかと」

「うーん……文ちゃんがそう言うならいいけど……」

「ってことで、ほら!こっち来い!」


 男は眩しいほどの笑顔を俺達に向ける。好印象を抱きそうになる態度だが……腹の底では何を考えているか分からないものだ。油断はしないでおこう。

 警戒は解かないまま男達に近付く。俺達が立ち止まると、男は「お前、名前は?」と口を開いた。


「……俺は志葉大和。この子はイヴァンだ」

「へぇ……マジで八籏人だったんだな。俺は不動 誠一ふどう せいいち。これでも一応少尉だからよろしく」

「……不動?」


 男の名を聞いて、ずっと感じていた既視感が確信に変わる。


「……そうだ、どこかで見た顔だと思ったら……」

「おん?どうした?」

「あんた、兄弟はいるか?」

「……何でそれを?」


 男の視線が鋭くなり、一瞬で張り詰めた空気に。

 ……ああ、こうして目が細くなると余計に分かりやすいな。そっくりだ。


「天内から聞いているとは思うが、俺はルギエ特殊部隊に所属していた。そしてそこに一人だけ、俺と同じ八籏人がいた。そいつの名前は「不動誠二」だった」

「……!!」

「顔もそっくりだし名前も似てるし、もしかしたらと思ってな」

「…………そうかあ」


 不動誠一は頬杖をつき、小さくため息を吐いた。


「……あいつ、ルギエヴィートで軍人になってたんだな……」

「(……やっぱり兄弟だったのか)」


 しかし、あいつから兄弟の話なんて一度も聞いたことがない。そしてあいつが何故ルギエヴィートにいるのか、それも知らない。

 そう思えば、長い間あいつと一緒にいたのに何も知らないな……俺。


「あの……話をぶった切って申し訳ないですが、自己紹介の続きをしても?」


 暗い雰囲気になっている中、三つ編みの女が小さく手を挙げて口を開いた。

 髪を高くまとめている女が「全然いいよ~!誠一くんなんてほっといて大丈夫!」と許可すると三つ編みの女は表情を一切変えずに頭を下げた。


「私は来栖 文くるす ふみといいます。階級は上等兵です。よろしくお願いいたします」

「あ、ああ。よろしく」

「文ちゃん偉い!完璧!」

「……熊耳くまがみ少尉殿、自己紹介を」

「あ、そうだった。私は熊耳 千夜くまがみ ちよ!階級は少尉!よろしく~!」

「……よろしく」


 天内もそうだったが、三人の態度が柔らかいせいで何だか不思議な感覚がする。もう少し疎まれたり疑われたりするものだと思っていたんだが……。


「それでー……志葉くん、だっけ?君がルギエ特殊部隊を裏切ったって話は本当なの?」

「ああ。天内には言ったが、大佐のやり方について行けなくなったんだ。だから……」

「それだけ?」

「え?……そうだが」

「……ふうん。志葉くんってそんなくだらない理由で軍や国を裏切る人間なんだ?それともルギエヴィート人自体が甘っちょろいだけ?どっちにしろ、そんな人を受け入れるのは難しいかなあ」

「く、熊耳少尉……!!」

「天内、いい」


 慌てて俺を庇おうとした天内の前に手をやる。

 ……馬鹿だな。歓迎されてるわけないだろ。彼女らにとって俺は工作員かもしれないのに。天内がどこまで話したのかは知らないが、どんな事情があれど敵国の人間をそう簡単に受け入れるわけがない。


「彼女の言うことは間違っていない。軍人として一言一句正しい」

「し、志葉さん……でも……」

「何々?もしかして天内、そいつに惚れてんのか?」

「へっ!?」

「え、そうなの?うーん……希ちゃんの恋は応援してあげたいけど、相手が相手だし……」

「ち、違いますっ!そういうのじゃなくて!」


 楽しそうに揶揄からかう二人とそれを必死に否定する天内。さっきまでのやり取りは何だったんだと言いたくなるが、そのおかげで空気が少し柔らかくなった気がする。


 しかし天内の奴……何故俺を庇うんだ?ここまでの会話で彼女がお人好しだということは分かっているが、敵国の軍人である俺を必要以上に庇ったら天内まで疑われてしまうというのに。

 本当にこの子は軍人としてやっていけるのだろうか。


「おーおー、お前らは相変わらず元気だなぁ」


 廊下まで声が聞こえてたぞ、と突然扉から男の声が聞こえた。驚いてその方向に視線を移すと、そこには髭をたくわえた明るい茶髪の男が立っていた。なんというか……だらしなさそう、というのが初見の印象。


 しかし熊耳達はその男の姿を見た瞬間、天内を揶揄うのをやめて少しだけ姿勢を正した。


「おかえりなさい、ヒロ中尉!遅いから何かあったのかと思いましたよ~」

「あー、悪いな。ちょっと中佐と話し込んでて……」

「……ということは、彼の処遇が決まったのですか?」

「あん?彼?」


 来栖の言葉に不思議そうな顔をする男。だが俺と目が合うと「あーね」と納得したような表情を浮かべた。


「お前かあ。天内が保護したっていうルギエ特殊部隊の軍人は」

「……ああ」

「志葉大和……名前はよーく聞いてるぜ。俺は感田 博かんだ ひろし。既に聞いてるだろうが階級は中尉だ。ま、よろしく」

「……よろしく」

「それで、中佐との話し合いでお前らの処遇が決まったんだが……その前にそっちの意思を聞いといてやる。お前はどうしたい?」

「……正直に言うと、ルギエ特殊部隊に対抗する為に力を貸してほしいが……それが図々しい頼みだってことは分かってる。だから俺の処遇はあんた達に任せることにした。だがイヴァンはしばらくここで預かってほしい。この子には何の危害も及ばないよう守っていてほしいんだ」

「お兄さん……」

「なるほどねえ……」


 感田は「天内の言ってた通りだな」と笑った。


「安心しろ、その子はもちろん本部のほうで保護する。あのルギエ軍が命を狙うくらいだしやべー情報でも持ってんだろ?そんな子供放置できないって」

「……言っておくが、イヴァンに情報を吐かせようなんて思うなよ。少しでもイヴァンの嫌がることをすれば殺す」

「うへえ、怖い怖い。んなこと分かってるって。大体、俺達はルギエヴィートと違って子供を殺すほど冷酷じゃないんでね」

「……それならいい」


 イヴァンの安全を確保するために八籏を目指して逃げたのに、八籏に着いても酷い目に遭うなんて絶対にあってはならないからな。

 俺の勝手だと分かっているが、イヴァンには何の不安もなく平和に暮らしてほしいんだ。


「で、肝心のお前の処遇だが……。中佐との話し合いの結果、お前は一旦八籏特殊部隊に入れることになった」

「「…………は?」」


 感田の発言に、俺だけじゃなく熊耳も声を上げた。

 軟禁されて尋問だのなんだのやられるかもしれないと覚悟してたから拍子抜けだ。


「何故彼を部隊に?」

「あー、どこから話そうか……。本来ならそいつは縛り付けて尋問する予定だったんだが、ちょいと事情が変わった」

「事情?」

「……例の男が逃げたんだよ」

「「はあ!?」」


 今度は俺以外の全員が驚きの声を上げた。あんなに無表情を貫いていた来栖でさえ目を見開いて固まっている。

 話についていけなくて困惑しているのは俺とイヴァンだけだ。


「ちょっ、ちょっと!それって結構まずいんじゃないですか!?」

「結構っつーか本気でまずいな」

「何で逃げられちゃったんすか!?あんなに監視も徹底してたのに!!」

「看守が少し油断した隙を狙って逃亡したんだとよ。はあ~……本当面倒なことになったぜ……」

「……それと俺に何の関係が?」


 知らない男が逃げ出したことと俺がこの部隊に加わることに何の関係があるのか全く分からず首を傾げる。


「……ちょっと長くなるが、大事なことだから話しておかねぇとな。とりあえずその子供を部屋に連れて行け。子供には聞かせたくねぇ話だからさ」

「……分かった。行こう、イヴァン」

「う、うん……」

「……大丈夫。ここはルギエヴィートと違って安全だから。な?」


 俺は不安そうにするイヴァンを宥めながら部屋へと向かった。

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