第6話 誇りに思ってください

 ________お兄さん。

 

 ________ねえ、お兄さん。


 ________ねえってば。






「お兄さん!!」

「……あ……?」


 軽く身体を揺さぶられて目が覚める。さっきから聞こえていた声はイヴァンのものだったらしい。


「あのね、汽車が止まるみたい……」

「……そうか。起こしてくれてありがとうな。急いで降りよう」


 不安そうなイヴァンの頭を撫でて身体を起こす。

 まだ傷は痛むが……このまま留まっていたらいずれ見つかる。無銭で乗っていたことがバレればだいぶ面倒くさいことになるだろう。そうなる前にさっさと降りて離れなければ。


「お兄さん、大丈夫……?」

「大丈夫……心配するな……。それより、ここがどこか分かるか……?」

「分かんない……。さっき話し声とか聞こえたけど、どこの言葉か分からなくて……でも、オーディンじゃないのは確かだよ」

「そうか……」


 八籏であってほしいが……。とりあえずしばらく歩いて病院がある場所まで向かうか。そこで医者に診てもらって……イヴァンを預けられる場所を探して……そして……そして……。


「(その後はどうするつもりだ……?)」


 特殊部隊とやり合うって言ったって、俺一人でできるのか?今でさえこんなに傷を負っているのに。


「お兄さん……しんどいなら僕に寄りかかっていいよ」

「……馬鹿、それじゃあお前がしんどいだろ……。俺は大丈夫だから……」


 イヴァンの小さな手を引いて汽車から離れる。できるだけ目立たないように……。


「そこの二人、止まりなさい」


 ……早速見つかってしまった。

 よくよく考えれば、全身から血を流した男が子供を連れて歩いている光景なんて普通あり得ない。そりゃ目立つに決まってる。


「お、お兄さん……」

「……大丈夫、俺の後ろに隠れてろ」


 イヴァンを庇うように後ろへやる。駅員が俺達をいぶかしげに見ながらこっちへやって来た。


 今、この男は八籏語を喋った。ということはここは八籏。俺の望む行き先の汽車だったようでホッと胸を撫で下ろした。いずれはルギエ特殊部隊がやって来るだろうが、八籏なら多少は時間が稼げるだろう。


「すみませんが、色々お聞きしたいことがございまして。まず……その血は?もしかしてお怪我を?」

「…………Вы поймете это, когда увидите.(見りゃ分かんだろ)」


 まさかルギエ語で話すとは思っていなかったのか、駅員は目を丸くした。

 本当なら八籏語で話しても良かったんだが……追われているこの状況でゆっくり話してる暇はない。


 日露戦争時もそうだったが、ロシア語を話せる日本人はかなり限られていた。ロシア語が話せるってだけでだいぶ重宝されたもんだ。ここは別の世界だが、おそらくそういった価値観や常識などは元の世界と変わらないのだろう。

 ならロシア語……もといルギエ語が分かる八籏人はそうそういない。ならずっとルギエ語で喋っていれば対応できないからと解放されるかもしれない。


 ……まあ、ルギエヴィート人だからって理由で捕まる可能性も無きにしも非ずだが……。

 正直、そこは賭けだ。


「も、もしかしてルギエヴィート人か……?おいおい、ルギエ語が分かるやつなんてここにはいないぞ……!?」

「(よし……計画通りだ)」


 この調子で解放されることを願うばかりだが……。


「あー……八籏語は話せないですか?」

「Мне нужно в больницу, так что освободите меня поскорее.(病院に行きたいからさっさと解放してくれ)」

「……全く分からん……」


 ため息を吐く駅員を横目に、イヴァンの手を引いてそっとその場を離れようとした_______その時だった。


「どうされました?」


 見知らぬの少女がこちらに向かいながら駅員に声を掛けた。駅員が少女を見つけた途端目を輝かせて「天内上等兵!」と声を上げた。

 上等兵……ということは軍の人間か。


 暗めの茶髪に鼠色の瞳を持つ少女____というには少し大人びているような気もするが____は駅員から俺達のことを聞いている。俺達がルギエヴィート人だということを聞いたのか、少女が驚いたようにこちらを見つめた。

 まあ、イヴァンはともかく俺はどう見てもルギエヴィート人に見えないからな。


「Эй,Как долго вы собираетесь заставлять нас ждать?Мне нужно как можно скореепопасть в больницу.(おい、いつまで待たせる気だ?さっさと病院に行きたいんだが)」

「あのように八籏語が一切分からないようで……」

「なるほど……大丈夫です、私に任せてください」


 少女は俺の前に立つと、心配そうな顔をしながら口を開いた。


「Вы ранены……?(怪我を負っているのですか……?)」

「っ……!?」


 目の前の少女はルギエ語を話した。少しぎこちない発音だが、それでも充分意味は伝わる。

 まさかルギエ語を話せる八籏人とこんなに早く会うとは。しくじったな……。


「Ты ведь хочешь лечь в больницу?Я покажу вам все вокруг,Могу я узнать ваше имя, пожалуйста?(病院に行きたいんですよね?私が案内しますから、お名前を聞かせてもらってもいいですか?)」

「…………」


 ここで名前を明かせば、俺が八籏人だということがバレるだろう。そうなれば何故ルギエ語で話したのか問い詰められる。かといって適当な名前を名乗って調べられても困る。

 ……怪しまれるかもしれないが、しょうがない。


「Я не могу сказать здесь.(ここでは言えない)」

「え?……Почему?(それはどうして?)」

「……Если я скажу вам, что служил в армии, вы поймете?(……軍の関係者だと言えば、分かってもらえるか?)」

「……!!」


 少女は意味を理解したようで、神妙な顔つきで考え込んだ。少しして、俺の意図を汲んでくれたのか駅員に「この人を病院に連れて行きます」と説明し始めた。彼は私が責任を持って見ます、と。

 駅員は少し困惑した表情を見せながらも、軍の人間が言うのであれば……と納得したのだろう。やっと俺達を解放してくれた。


「Более подробную информацию вы услышите по пути.Давайте пока уйдем.(詳しいお話は道中で聞きます。とりあえず行きましょう)」

「……ах.(ああ)」


 イヴァンの手を優しく引いて少女の後ろをついて行く。

 人懐っこいはずのイヴァンが完全に少女を警戒している。だがそれもしょうがないことなのかもしれない。いろんな奴に殺されかけたんだから。


 さっきまでの光景を思い出して、まだ少し血が流れる腹を押さえた。




 ◆    ◆    ◆




 あれから病院に着いてすぐ医者に診てもらったが、手当てだけじゃ無理だと判断され入院することになった。イヴァンはかすり傷くらいで入院する必要は全くなかったのだが、俺から離れたがらなかったらしく隣の小さなベッドで寝ていた。


「Врачи сказали, что это ужасная травма.(お医者様が酷い怪我だと言っていましたよ)」


 少女はひどく心配そうな顔をして個室に入ってきた。

 さっきは上着を着ていたから分からなかったが、少女は軍服を着ていたようだ。……本当に軍人だったんだな。


「Простите, что беспокою вас в такой момент, но нам нужно с вами поговорить.(こんな時にすみませんが、お話を聞かなくてはいけないので……)」

「…………」

「Итак…… как вас зовут?(その……お名前は?)」

「……八籏語でいい。俺も八籏人だから」

「…………えっ!?」


 俺が八籏語で話すと少女はこれでもかというくらい目を見開いて固まった。その表情に思わず笑いそうになってしまう。


「でっ、でもルギエ語喋ってたじゃないですか!?」

「ルギエヴィートで育ったからな。そういう君だってルギエ語喋れてただろ」

「そ、それは……」

「まあいい……それより名前だったな。俺は志葉大和。ルギエ特殊部隊所属の軍人だ」

「……!!」


 特殊部隊の名前を聞いた途端、目を見開く少女。


「ただ……今はもう違う」

「……違う?」

「俺はボスを……大佐を裏切って逃げてきたんだ。この怪我も逃げる途中で負わされたものだ」

「!!…………どうして裏切りなんて……」

「……俺が信じた大佐じゃなくなったから」


 ただのいち軍人が、上官の命令や思考に口を出すなんて普通はあり得ない。例え自分の望むものじゃなかったとしてもそれを黙って受け入れて遂行するのが軍人としてあるべき姿だ。

 だが命を懸けてもいいと思えるほどの信念を持っていた大佐は死んでしまった。俺はどうしてもそれが許せなかったんだ。


 ……きっと誰にも理解されないだろうが。


「罪のない子供を殺そうとする人について行きたいと思えなくなった。……だからこの子を連れてここまで逃げてきたんだ」

「子供を……。……そう、ですか……」


 しかしそんな俺の予想とは裏腹に、少女は悲しそうな表情を浮かべてながらイヴァンに視線を移した。

 ……まあ、見るからに優しそうというか……子供が好きそうな顔をしているしな。イヴァンのことを思って同情したのかもしれない。


「……でも、それなら納得がいきました」

「納得?」

「その子、志葉さんから離れようとしなかったんです。病院の部屋も、志葉さんと一緒じゃないと絶対に嫌だってずっと泣いてて」

「……イヴァン……」

「命懸けで守ってくれた志葉さんのことが大好きなんですね、イヴァンくんは」

「…………俺のせいなのに」


 イヴァンが殺されかけたのも、怪我をしてしまったのも、両親のもとへ戻れなくなってしまったのも、俺がキリル大佐の元へ連れて行ってしまったからだ。俺が家の前で話を全部聞いておけば。大佐の元へ連れて行かず、家の前で別れていれば。


 そうしていたらきっとイヴァンは怖い思いをせずに済んだはずだ。


「……志葉さん」


 少女は俺の名前を優しく呼びながら手をそっと握った。


「あまり自分を責めないでください。原因は志葉さんかもしれないけど、元はと言えばイヴァンくんを殺そうとした軍が悪いんですから」

「それは……」

「それに……私は、志葉さんのやったことが間違いだなんて思いません。私も、もし上官がそんな人だったと知ったら同じことをすると思いますし。だから自分がしたことを誇りに思ってください。純粋な子供であるイヴァンくんが志葉さんを慕っているのがその証拠でしょう?」

「…………」

「……偉そうなこと言っちゃいますけど、後悔ばかりして過去を見すぎてもしょうがないと思います。イヴァンくんの為にも前を向かなきゃ」

「……そう、だな……」


 庇っている間も、汽車に乗ってからもずっと、イヴァンを巻き込んでしまったことを後悔していた。俺が声を掛けなければと……たらればばかり考えていた。

 だがこの子の言う通り、後悔ばかりしていてもしょうがない。既に起こったことにあれこれ考えていたってどうしようもないのだから。それなら前を向いて先のことを考えるほうがずっといいかもしれない。


「……君、名前は?」

「えっ?わ、私ですか?えっと……私は天内あまない のぞみといいます」

「天内か……。天内、ありがとう。君のおかげで少し心が軽くなった」


 感謝の気持ちを込めて天内の手を握り返す。


「そっ、そんな……別に…………」


 しかし何故か天内は顔を赤くして俯いてしまった。

 女性の手を急に握るのは少し失礼だったか。軽く握り返すくらいなら大丈夫だと思ったんだが……。


「あっ、あの!」


 少し反省していると天内がバッと顔を上げた。


「それで、ですね……その……あなたが軍人、しかもルギエ特殊部隊所属となると放っておけないというか……一般人と同じ扱いはできなくて……」

「……まあ、そうだよな」

「なので申し訳ないんですが……怪我が完治したのち、こちらの本部に来ていただきたくことになります。ですが決して酷い扱いを受けることはないと約束しますから……!」

「分かった。……イヴァンを安全な場所に預けたいと思っていたし、ちょうどいい」


 俺自身行く所なんてないし、大人しく本部について行ったほうが身の為だろう。それに……彼女の言葉は真っ直ぐで信じられる。きっと俺もイヴァンも痛い目には合わないはずだ。


「それじゃあ……よろしく頼む、天内」

「は……はい……!」

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