第8話 シヴァに触れるな

「それで、大事な話って?」


 イヴァンを部屋に連れて行って落ち着かせた俺はすぐに居間へ戻った。

 感田は俺に椅子へ座るよう促しながら口を開いた。


「お前、ルギエ特殊部隊にいたんだろ?だったら知ってるよな?「兵器」の話」

「……!!……ああ、八籏が持ってるっていう噂の……」

「そう。だがそれは噂じゃなく本当のことだ」


 ……俺に兵器のことを話すのか。だがそれはおそらく信用しているからなんて前向きな理由ではなく、兵器と俺に何らかの関係があるからなのだろう。実際、キリル大佐も俺と兵器に何かしら関わりがあることを疑っていたしな。


「俺達八籏特殊部隊は、兵器を持ってる男を保護……もとい監禁することにしたんだ。ああ、軽蔑しないでくれよ?兵器の内容聞いたら誰だって他国には渡したくなくなるもんだろうし」

「別に……ルギエヴィートだって同じことをしようとしていたんだ、軽蔑なんてしない。それで、兵器の内容っていうのは?」

「詳細は聞けなかったが……大まかに言うと、『シヴァ』っつー「どんなものも滅ぼすことができる呪いの宝石」なんだとよ」

「……宝石……」


 確かキリル大佐は、イヴァンの話を聞いて「やっぱり宝石だったのか」と言っていたな。

 ……待てよ?イヴァンの話と感田の話、そして大佐の反応を見るに……。


「……もしかして、この男と兵器を持ってる男は同一人物なのか?」


 懐から写真を取り出して感田に見せると「そうそう、その男」と笑って頷いた。

 ……要するに、キリル大佐はこの男が兵器そのものを持っているということを知っていたわけだ。しかしいくら探しても見つからないから捜索に時間を割ける俺達に任せたのだ。


 八籏が監禁して隠していたのなら見つかるわけがない。あれは無駄な捜索だったわけだ。


「俺や中佐も、ただの石ころが滅びの力を宿してるなんてあるわけがないって思ったんだがなあ……。そのオーディン人、本当にやりやがったんだよ」

「……やりやがった?」

「男は俺達に「何があってもシヴァに触れるな」と忠告していた。触れたら不幸が訪れるとかなんとか言ってな。けど、全員ただの戯言だと思っていたんだ。だから看守は忠告を無視して男からシヴァを取り上げた。だが……その瞬間、看守は突然狂って自殺した」

「…………!!」

「本当に突然のことだったんだよ。石ころに触れただけで現場は話すこともはばかられるほどのとんでもない惨状になっちまった。そうなったら男の話を信じざるを得ないだろ?」


 ため息を吐きながら話す感田。俺は思わず固唾かたずを呑んだ。

 イヴァンの話では、男はあの子に対しても「宝石に触れるな」と怒鳴っていた。不幸を呼ぶ宝石だという情報も一致している。

 しかし、男は何故そんな恐ろしいものを持っているんだ……?


「中佐や政府は男が持ってる宝石の効果が本物だと知って、それを戦争に使うことにした。その為に監禁していたわけだ。だがなぁ……俺達がどれだけ情報を吐かせようとしても、男は一切喋らなかったんだ。拷問しようとすれば「シヴァを粉々に砕いてから死んでやる」ってさ。兵器を失いたくない俺達からすればそれだけは避けたい。どうしたもんかと悩んでいたら、男は気になる言葉を吐いたんだ。______「シヴァのことは同じ人間にしか話さない」ってな」

「……同じ人間……?」

「同じ人間っていうからてっきりオーディン人のことだと思ったんだが、オーディン出身の兵士を連れてきても男は喋らなかった。ということは「同じ人間」の解釈が違ったってことだ。まあ、未だに「同じ人間」の意味は分からないが……お前の見た目を天内から聞いてピンと来た」


 感田は目を細めて俺を指差した。


「黒い髪に赤い瞳。同じ見た目をしているお前が、あの男の言う「同じ人間」なんじゃないかってな」

「……俺が……?」


 ……確かに、イヴァンから男の話を聞いた時から疑問に思っていた。黒い髪はともかく、赤い瞳を持った人間はそういない。というより俺しか見たことがない。同じ瞳を持つ人間がいるなんてあり得ないと……そう思っていた。

 _______だが。


「……悪いが俺はその男を知らない。見たこともないし、オーディンに行ったことすらない。見た目が似ているのは認めるが……宝石のことを話してもらえるような、いわゆる「同じ人間」ではないと思う」


 そう、俺と男には面識がない。もし一度でも会ったことがあれば覚えているだろう。だが記憶にないということはそもそも会ったことすらないということ。


「本当かぁ?言っとくが、嘘ついても特殊部隊には入れるし男の捜索に参加させるぞ」

「本当のことだ。大体、男のことを知っているのなら真っ先にキリル大佐に伝えてるだろ」

「……ま、それもそうか」


 感田はふう、と一息つくとさっきとは違って明るい笑顔を浮かべた。


「んじゃ堅苦しいのは終わり!今からは男の捜索を開始するぞ~」

「……は?」

「ん?どうした?新入り」

「……なんかさっきと雰囲気が違うぞ」

「そりゃあ、真面目な話してたからな。けど俺、堅苦しいのが苦手っていうかさあ~……威厳を見せる?っていうのが苦手でなあ。それに一時的とはいえお前はもう敵じゃなく味方だ。味方に素を見せるのは普通のことだろ?」

「……そ、そうか」


 疲れた~!と背伸びをする感田を見て、最初に抱いた「だらしなさそう」という印象は間違っていなかったことを実感した。熊耳も不動も「いつもの中尉だ~」と和んでいる。

 ……天内がここで軍人をやれている理由がなんとなく分かった気がした。ルギエ特殊部隊と違って温かい場所だな、ここは。


「ってことでお前ら、志葉と仲良くしろよ~?おじさんとの約束な」

「もっちろん!俺と志葉はもう仲良しだぜ!な?」

「仲良くはない……というより距離が近すぎるだろ、お前」

「特に熊耳!ちゃんと志葉と仲良くするようにな?」

「ええ!?」


 名指しされたことが心外だったのか、これでもかと目を見開いて驚く熊耳。


「何で私!?」

「名指しされる理由は自分でも分かってるだろ。普段から色々やらかしてるんだから気を付けろよ~?」

「……はあい」


 感田の言葉に不満そうにしていたが熊耳だったが、くるっと俺のほうを向くと満面の笑みで名前を呼んだ。


「志葉くん、これからよろしくね!」

「あ、ああ……よろしく」

「……あ、そういえば志葉くんの階級聞いてなかったかも。ルギエヴィートでの階級でいいよ」

「ああ、そういえば……。俺はルギエ特殊部隊じゃ軍曹だった」

「なるほど?じゃあ私の部下ってことになるね!」


 _____よろしく、志葉軍曹。


 そう囁かれて少し後ずさる。

 この子……さっきも思ったが、軍人としてかなり優秀な性格をしているな。良いことなんだが……圧が凄い。


「……よろしくお願いします、熊耳少尉殿」

「あ、俺のことは別に少尉って呼ばなくてもいいぜ?つーか敬語も要らないし!」

「それはまずいでしょう!所属するからにはちゃんとお呼びしますよ」

「え~?真面目なやつだなあ」


 ……むしろ不動少尉達が緩すぎるのでは。


「それで、男を捜索するとのことですが……捜索範囲は決まっているのですか?」

「ああ。とりあえずまだ八籏からは出ていないだろうから近くから捜索していく。全員準備ができたら本部の前に集合でよろしく」


 全員が短く返事をして自分の部屋へと向かった。身支度を済ませようと扉へ視線を移すと、心配そうな顔をした天内が駆け寄ってきた。


「あの、志葉さん……!」

「天内。どうした?」

「その……困ったことがあれば何でも言ってくださいね。いつでも手伝いますから!」

「……ありがとう。ただ、一つ気になるんだが……どうして俺を庇うんだ?」

「えっ?」


 俺はずっと気になっていたことを聞くことにした。

 病院でもそうだったが、天内は敵に対して優しすぎるところがある。深手を負っていたからか?それとも同じ八籏人なら大丈夫だと高を括っているのか?どっちにしろ警戒心が無さすぎる。

 それになにより…………。


「あまり俺に優しくしていると中尉達にも疑われるぞ。もちろん、迷惑とかそういうことではないが……」


 そう言うと天内は一瞬驚いたが、すぐに柔らかな笑みを浮かべた。


「やっぱり志葉さんはお優しいんですね……。その……私だって誰でも庇ったり優しくしてるわけではないんですよ?ただ、志葉さんは優しくて信用できる人だから……」

「俺が……優しい?」

「だってさっきもイヴァンくんのことを第一に考えてたじゃないですか。あの時のイヴァンくん、凄く嬉しそうでしたよ」

「……優しいなんて、別にそんなこと……。……俺はただ、子供に弱いだけだ」


 優しいんじゃない、ただ子供を見ていると妹達のことを思い出して勝手に胸を痛めているだけだ。特にイヴァンのような無邪気な子供を見ていると脳裏に浮かんでしまう。

 だからこそ子供を殺さない信念を持つ大佐のことを尊敬していたのに。


「……部屋に戻る。また後でな」

「え……あ、はっ、はい!」


 ……なんとなく、天内を見ていて妹を思い出す。純粋で疑うことを知らない性格だからだろうか。




 ◆    ◆    ◆




「お兄さん、行っちゃうの……?」


 部屋に入った途端、イヴァンからそんなことを聞かれた。

 ……起きていたのか。イヴァンが寝ている間に出て行く予定だったんだが……。仕方ない、話すか。


「ああ、兵器に関わる男を探しにな。多分しばらく帰ってこれないだろうが……本部の人間にはちゃんとイヴァンを守ってくれるよう頼んでるから大丈夫だ」


 出掛ける用意をしつつイヴァンを安心させる為に事情を話す。するとイヴァンは少しの間俯いて「僕も行く」と言い出した。


「……は?」

「だって……僕、ずっとお兄さんに助けられっぱなしで……。僕もお兄さんを助けたい!オーディン人のお兄さんとはいっぱい喋ったから、何か役に立てるかも……!」

「イヴァン……ありがとな。でも君はここで留守番しておいてくれ」


 泣きそうな顔をしているイヴァンの頭を撫でる。

 怖い思いをした子供を一人ぼっちにして置いて行くのは心苦しいが……今回の争いにこの子を巻き込みたくない。俺の我が儘でも、この子には戦争と無縁の人生を送ってほしいんだ。


「役に立たないとか子供だからとか、そういうことじゃない。ただ、俺が君に傷付いてほしくないんだ。君に安全な場所で平和に過ごしてほしいっていう俺の我が儘。……だからここで俺の帰りを待っていてほしい」


 そっとイヴァンの手を握って見つめ合う。イヴァンは少し悲しそうな顔をしていたが、俺の気持ちが伝わったのか「分かった……」と小さく頷いた。

 イヴァンは良い子だな。やっぱり、こんな良い子が戦争なんかに巻きこまれていいわけがない。


「……お兄さん」

「ん?どうした?」

「あのね……お兄さんに言っておかなくちゃいけないことがあって……」

「言わなきゃいけないこと?」

「オーディン人のお兄さん、時々様子がおかしくて……ブツブツ何か言ってた時があったんだけどね……」


 イヴァンは俺に屈むよう言うと、耳元でこそっと囁いた。


「そのお兄さん_____「転生者を探さなきゃ」って言ってたんだ」

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