第5話 僕の手を掴んで

 少しして発砲の音が響いた。後ろを見てみると、銃を構えて走りながらやって来る特殊部隊の面々がいた。大佐の言う通り、不動以外の全員が待機していたようだ。


「イヴァン!俺にしがみつけ!振り落とされるなよ!!」


 このままだと追い付かれる、と小銃を取り出して後ろに向かって何発か撃つ。当たらなくてもいい。とにかく時間を稼げればそれで良かった。

 俺の威嚇射撃が効いているのか、全員の走る速度が少し遅くなる。だがここで油断したら一気に距離を詰められる。そう判断した俺は弾を再装填して威嚇射撃を続けた。このままもっと距離が離れれば……!!


 そう願って最後の一発を撃った、その時だった。


「……!!お兄さんっ!!」


 イヴァンの悲鳴と共に、俺の肩から血が流れ出した。一瞬止めかけた足をなんとか動かしつつ俺の身に起きたことを考察する。

 追いかけてきてる4人が撃ったものではないだろう。それなら気付くはず。だが今の射撃は俺の死角からのものだった。


 ……ということは。


「ミラ少尉か……!!」


 誰にも気付かれず遠くから射撃するやつなんてミラ少尉くらいだ。

 くそ……相変わらず厄介な人だな。散々敵に回したくないと思っていたがまさかこうして敵として狙われる日が来るなんて。


「お兄さっ……ち、血が……!」

「大丈夫、痛くないから気にするな……!」


 できるだけ痛みが表情に出ないよう気を付けながらとにかく威嚇射撃を続けた。ミラ少尉はもうどうにもできないが、他の隊員達を足止めすることはできる。それだけでも逃げる時間を稼げるだろう。


 心配して声を掛けてくるイヴァンを宥めながら走り続けた。だが段々足が疲れてきてもつれそうになる。このままだと追い付かれるのも時間の問題だろう。せめてイヴァンだけでも逃がさないと……!


「(だがキリル大佐はイヴァンを必ず殺せと命令していた……。このまま送り届けてもすぐに家を特定されて殺されるだけだ。それならいっそのこと八籏に連れて行ったほうがいいかもしれない)」


 他国の人間は審査しないと八籏に入れなかったはずだ。俺も一応ルギエヴィートの人間だが、見た目は八籏人だし八籏語も普通に話せる。おそらく俺は怪しまれず通れるだろう。

 彼らもいずれはやって来るだろうが……八籏に入ってしまえば、かなり時間が稼げるはず。そうしたらイヴァンを安全な所に預けて、それから特殊部隊とやり合えばいい。


 とにかく今はイヴァンの安全が第一だ。


「絶対に顔を出すなよ!撃たれるぞ!」

「でっ、でも……お兄さんが、」


 イヴァンがぎゅっと服を握った瞬間、脇腹に激痛が走った。口から血が滲んでイヴァンの頬にかかってしまう。


「お兄さん!!」

「ぐっ……!」


 またミラ少尉に撃たれてしまったようだ。しかも今度は脇腹。

 やっぱりこのままルギエヴィート内を走り回っていたところで逃げきることはできない。いずれミラ少尉か他の隊員に捕まる。だからといって今能力を使ったら確実にイヴァンのことも傷付けてしまう。それは避けたい。


 ……できれば頼みたくなかったが……そんなこと言ってる場合じゃないか。


「……イヴァン、悪いが頼まれてくれるか……?」

「な、何?」

「俺のズボンに手榴弾が入ってる……。取り出したら、丸い輪っかを引っ張れ……。引っ張ったら……すぐに後ろに向かって投げろ……。いいな……?」

「しゅ、手榴弾……?何それ……?」

「いいから探せ……!!」


 イヴァンが焦りながら俺のズボンを漁る。

 何かあった時の為にとズボンに入れていたのだが、まさかこんなところで使う羽目になるとは……。


「あっ!あった!!」


 イヴァンがようやく取り出したものは間違いなく手榴弾だった。


「それだ……!いいか……?輪っかを引っ張ったらすぐに投げるんだぞ……!」

「う、うん……!!」


 イヴァンは緊張した面持ちで輪っかに手を掛ける。

 ________それと同時に俺の足に痛みが走った。雪が血で染まっていく様子に、足を撃たれてしまったのだと瞬時に察した。発砲音の距離からして、今度はミラ少尉ではなく他の隊員の誰かだろう。


「あ、足が……!!」

「引け!イヴァン!!」


 思いっきり叫ぶと、イヴァンは肩を揺らしながらも勢いよく輪っかを引っ張り______そのまま俺の後ろに向かってぶん投げた。

 そして手榴弾が地面と接した瞬間。


「がっ……!!」

「うわあっ!?」


 すぐ後ろで大きな爆発が起こった。その衝動で軽く身体が吹っ飛ぶ。

 しかし痛みはあるものの、さっきよりずっと距離は空いている。それに煙やら地面の崩れやらであっちも俺達をすぐに追うのは無理だろう。今の内に大きく移動するしかない。どうしようかと周囲を見渡す。


 するとすぐ近くで汽笛が聞こえた。この音は……発車の合図の音だ。俺は深く考えずイヴァンを抱えて音のするほうへ向かって必死に足を動かした。

 ここで逃げる機会を逃すわけにはいかない!


「っ……!やっぱり汽車だ……!!」


 ゆっくり動き出す汽車。俺はその真後ろにしがみつき、一旦イヴァンを乗せた。自分も、と乗り込もうとするが腹の傷と肩の傷が痛んで上手く登れない。痛みで頭がぼうっとする。


「お、お兄さん……!!僕の手を掴んで!」

「あ、ああ……」


 イヴァンの手を掴んで何とか登りきる。あまりの痛みにドアにもたれかかるとイヴァンが泣きそうな顔で俺の手を握った。その顔が妹達に似ていて思わず胸が痛む。

 ……そういえば、あいつらも俺が風邪引いた時にこんな風に泣きそうになってたな……。


「大丈夫だ……イヴァン。向こうに着いたら……ちゃんと医者に診てもらうから……」


 そう言って安心させるように頭を撫でる。


 ……とは言ったものの、この汽車がどこに向かっているのか知らないんだよな……。八籏じゃなかったらどうしよう。全く行ったこともない国だったら……。

 ……いや、そんなことは後で考えればいいか。出血も酷いし、今は身体を休めよう。


 俺はイヴァンに「この汽車が止まったらすぐに起こしてくれ」と頼んでから目を瞑った。万が一の事態に備えてイヴァンは俺の足の間に座らせて。


「(はあ……これからどうなるんだろうか……)」


 この汽車が向かう先を思って頭を悩ませる。

 俺が行きつく先は天国か、それとも……変わらない地獄か。




 ◆    ◆    ◆




「申し訳ありません。志葉大和を逃がしてしまいました」


 エリザベータ含む全員がキリルに向かって深々と頭を下げた。ミラとイリヤは特に悔しそうな表情を浮かべている。

 しかしキリルは意外にも怒ってはいなかった。


「そう謝らなくてもいいよ。顔を上げなさい」

「キリル大佐殿……」

「確かに逃がしてしまったのは痛いが……君達が束になっても止まらなかったのだからしょうがない。それよりも大和を殺すなという命令に背かなかった。それだけで充分だ」

「まあ、流石はキリル様。慈悲深いお方ですわ」


 しかし、とサシャは首を傾げた。


「何故彼を殺すなと命じられたのですか?キリル様に銃口を向けた裏切り者なのでしょう?」


 その疑問は、その場にいた全員が抱いていたものだった。

 自分を殺そうとした大和を生かし、情報を持っているだけの子供を殺せなどと。普段のキリルならば言わないであろう言葉に全員が違和感を抱いていたのだ。


 サシャからの問いに、キリルは「簡単なことさ」と小さく笑った。


「大和はおそらく「兵器」の情報を持っている。僕でさえ持っていない情報をね。そんな貴重な人間を殺すわけにはいかない。殺すなら全部吐かせてからだ」

「情報を?ですがそんな素振りは一度も……」

「大和は例の男と同じ見た目をしている」

「……!!」


 キリルの一言に、サシャは肩を揺らした。彼の右腕として働いている彼女にはその言葉だけで全ての意味が分かったのだ。


「そういう理由で志葉を生かすなら、あの子供も殺さないほうがいいんじゃないですかねぇ。元々、大佐も子供殺すの嫌がってたでしょう」


 レオニードが煙草を吹かしながら問う。

 ……ほんの少しだけキリルの表情が暗くなった。それに気付いたのはミラとエリザベータだけだが。


「僕もあまり子供の命を奪いたくはないんだけどね……あれくらいの歳の子供は周囲にあれこれ話回ってしまうものだろう?兵器のことをベラベラと他人に喋られてしまっては困る。仕方ないがあの子供は殺すしかない」

「へぇ」


 まあいいっすけど、とレオニードはいつものようにヘラヘラと笑った。


「俺ら軍人は上官殿の命令を聞くだけの生き物ですからねぇ。殺せっていうならいたいけな子供でも容赦なく殺してやりますよ」

「レオニード中尉、そういう嫌味な言い方はやめてください。キリル大佐だって胸を痛めているんですから」

「そうですよ!!」

「はは、怒るなよ。悪かったって」


 ミラとイリヤの鋭い視線にも臆することなく笑みを浮かべるレオニード。キリルは「構わないよ」と二人をなだめた。


「それで、これからどうするのですか?今すぐ追いかけるのか、不動が戻って来るのを待つのか」

「そうだね……まあ、そう焦ることはない。慎重に動こうじゃないか」


 キリルは足を組み、エリザベータに微笑みかけた。

 本来ならば大和とイヴァンを追いかけなければならない。しかし、そうしないのにはちゃんと理由があった。


「今の大和は深手を負っている状態。そして大和の性格上、あの子供から離れることはしない。好きに動くことはできないだろう。そう遠くへは行かないさ」

「しかしあの汽車の行き先は……」

「大丈夫。もしエリザベータの心配しているようなことが起こったとしても、だ。大和達と接触する機会はいくらでもある。そう焦らずともチャンスは必ずやって来るさ」


 キリルは立ち上がり、割れた窓の外を見つめた。


「さて……不動から連絡がきたら作戦会議といこう。じっくりと、ね」

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