第4話 俺はもう……貴方に従わない

「______は?処分……?」


 耳を疑った。きっと俺の聞き間違いだと信じたかった。しかし大佐の表情がそれを否定している。

 この人は確かに「処分しなければならない」と言った。


「その子は「兵器」に関わってしまった。そして……兵器の正体を知ってしまった。一般人がそんな重要な情報を持っていること自体問題なのに、幼い子供となればきっと周囲に言いふらしてしまうだろう。そうしたら戦争に関係のない人間までもが兵器のことを知ってしまう。それがどれだけ恐ろしいことか……聡明な君なら分かるだろう?」

「お……仰っていることは最もです。一般市民が兵器の内容を知るなんてあってはならないですから。ですが……この子には言って聞かせますし、なんなら今日からしばらく監視についても構いません。そこまですれば問題は……」

「たかが子供一人の為に、特殊部隊から人員を割けと?大和……君の特殊能力は使える。戦争において役に立つものなんだ。子供の監視ごときで君が離脱するのは痛い」

「キリル大佐…………」

「大丈夫。いち市民の死因なんていくらでも捏造できるし、大和の責任にはならない。ああ、なんならその子の両親もまとめて殺したほうが早いかな」

「大佐!!」


 大佐の言い分が分からないわけじゃない。子供だから情報を漏らす危険があるだろうと心配するのも当然のこと。

 だけどそもそもキリル大佐はここまで冷酷な人間じゃなかったはずだ。もっと優しくて……慈悲に溢れていて……。


 少なくとも、子供を殺そうとする人ではなかった。


「罪のない人間や子供は殺さないって……そう言ってたじゃないですか!!この子は何の罪もない子供です!殺す必要なんてどこにもない!!」

「軍人しか知り得ないはずの情報を知っている……それだけで充分罪になるよ」

「それはこの子のせいじゃないでしょう!?」


 咄嗟にイヴァンを後ろに隠す。イヴァンはすっかり怯えて震え上がってしまっていた。そんな姿を見ても大佐は何も思わないのか?


「どうしたんですか、大佐殿……!貴方は昔からずっと「罪のない人間や幼い子供は殺さない」という信念を抱えていたはずだ!俺は貴方のその考えに心を打たれて……だから、ずっと傍で戦い続けるって誓ったのに……!!」


 俺の叫びに、大佐は「ああ、そんなことも言ってたね」と小さく息を吐いた。


「だけどそんなもの、本当にできるわけがないだろう?」

「…………は……?」

「僕だってむやみやたらと殺したいわけじゃない。殺さなくていい人間は生かしておくべきだと思ってるよ。でも……「兵器」を巡る戦争となれば話は別だ。我々の為に、ルギエヴィートの幸せの為に、いろんな人間を殺していく。それこそ自国の人間でさえも犠牲になるだろう。そんな綺麗事は無意味なんだよ」

「……この子にも……その犠牲になれと……?」

「ルギエヴィートの未来の為に死ねるなら、その子もその子の両親も幸せだろう?」

「………………」


 キリル大佐はいつも綺麗な理想を語っていた。「ルギエヴィートを楽園にしたい」「幸せだけが存在する世界にしたい」と。

 何も知らない他人が聞けば鼻で笑われてしまうような、綺麗事で固められた理想。だけど俺はその理想が好きだった。ルギエヴィートを心から愛する大佐を尊敬していた。いつだって、その理想を叶える手伝いをしたいと思っていた。

 ______本気で慕っていたんだ。


 なのに今の大佐はあの時の大佐と全然違う。俺が尊敬していた大佐じゃない。

 そりゃ、戦争になれば市民も無関係じゃなくなる。市民を巻き込んで傷付けてしまう可能性だってある。そんなことは俺だって分かってる。だがその犠牲をどうも思わないのは違うだろ。俺も大佐も、そういった犠牲を悔やむ人間だったじゃないか。

 そんな風に……犠牲にすると平気で口に出すような人じゃなかっただろ。


「……どうして……」


 ……いや、どうしてなんて考えてもしょうがないな。この様子じゃ、きっと何を言ってもどんどん失望していくだけだ。

 はは……こんなに嫌な部分を見たのに、それでもまだ綺麗な思い出でいてほしいなんて……。俺にもこんな女々しい一面があったとは。


「……分かりました。ですが……」


 俺は咄嗟に腰に差してあった小銃を手にし、銃口を大佐に向けた。


「この子は何があっても殺させない」


 ______それが何を意味するかはちゃんと分かっている。俺はとんでもないことをしている。だがイヴァンを殺してまで大佐に従うつもりは毛頭ない。今まで掲げていた信念を簡単に捨てるような人間について行くわけがない。

 いや、それ以上に……これ以上失望して大佐を嫌いたくない。綺麗な思い出を汚されたくないんだ。


「……大和。何をしているのか分かっているのか?」

「もちろん分かっています。ですが俺はもう……貴方に従わない。兵器なんかの為に俺が信じた信念を捨てるような人について行くつもりはない」

「大和……君は何も分かっていない」


 キリル大佐はため息を吐いて首を横に振った。


「兵器じゃない。兵器は世界を大きく変える代物なんだ。僕にとって……いや、僕達にとってなくてはならないものなんだよ。それが他国に渡ってしまったら?そのせいでルギエヴィートを滅ぼしてしまったら?そうならない為にも僕は兵器に全ての兵力と労力を注いでいるんだ」

「兵器の為ならどんな犠牲を生んでも構わないと?戦争なんて、所詮自分達の勝手な都合でやってるだけだ!その自分勝手に関係ない人間を巻き込むことがどれだけ愚かなことか分からないんですか!?」

「自分達の都合?違うな。戦争は国の繁栄と未来の為にするものだ。自分の死によって国が栄えるのなら誰にとっても喜ばしいことだろう?」

「っ……!…………どの世界でもそうなんだな」


 国の為に死ぬことは幸福で光栄なことだと、元の世界でも散々聞かされた。俺達はそれを信じて命懸けで戦っていた。

 だけど死んでから気付いたんだ。国の為に命を捧げるなんて馬鹿らしいことだって。自分の命は自分や愛する人の為だけに使う。俺のことをないがしろにする人間の為に死ぬ必要なんてない。


「……では聞かせてください」


 俺は小銃を構えたまま後ろに一歩ずつ下がる。


「貴方は……キリル大佐殿は国の為に戦争をしているんですか?ルギエヴィートを想って戦争をしているんですか?」


 戦争は自分勝手だという俺の言葉を否定するなら。戦争に犠牲は付き物だとのたまうのなら。


「決して自分の為に戦争をしているわけではないと言い切れますか!」


 最後に貴方の真意が聞きたい。


「………………」


 キリル大佐は頬杖をついて……目線を下にやりながら考え込んだ。しばらく静かな時間が続く。

 _______その態度を見て俺の気持ちは固まってしまった。


「……即答しないということは、国の為ではないんですね」


 まだどこか、彼を信じている自分がいた。国の為に戦争を続けるのだと言ってくれたら、何とか大佐を説得してからついて行こうと思っていた。

 だが大佐は答えてくれなかった。嘘でも「国の為だ」と即答しなかった。それが答えなのだろう。


 ……よく分かった。俺が信じた大佐はもういないってことが。


「イヴァン、絶対に手を離すなよ。いいな?」

「う、うん……!」

「……逃げられるとでも?忘れているのか知らないが、本部には調査に向かっている不動以外の隊員達が控えている。僕が合図を出せば全員が君の命を狙うだろうね」

「っ……」

「今その子供を差し出せば少しの謹慎で許してあげよう。痛い思いも苦しい思いもしなくて済むんだ。良い提案だろう?」

「…………お言葉ですが」


 俺はイヴァンの手を引いて窓に向かって走り出した。それと同時に窓に弾を打ち込んでヒビを入れる。


「_______何を言われたって、俺はもう貴方について行く気はない!!」


 ヒビが入っている場所に思いっきり蹴りを入れると、ガラスはいとも簡単に割れた。そのままイヴァンを庇うように抱きしめて飛び降りる。下は幸運にも雪が積もっていた為、身体をぶつけてもさほど痛くなかった。


「_____ルギエ特殊部隊!」


 二階からキリル大佐の声が響いた。それと同時に一階が少し騒がしくなる。


「志葉大和が裏切者として逃げ出した。必ず殺さず、生きたまま捕まえるように。彼が連れている子供は兵器の情報を持っている為、何があっても殺しなさい」


 キリル大佐の言葉にゾッとしながらもイヴァンの顔を隠すように抱きしめながら必死に走る。

 俺を殺すなと命じたのは特殊能力を持っている人間だからなのか、多少は情を感じているのか。……分からないが、とにかくイヴァンの為にも捕まるわけにはいかない。

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