第3話 ダメだ、やっぱりおかしい

 少年の言葉に、俺は思わず写真の男をじっと見つめた。

 俺達が探している男が、少年の言っている男?そんな偶然があるか?


「本当だな?本当にこの男を見たんだな?」

「うん!眼鏡掛けてたし」

「……急で悪いが、この男について詳しく聞きたいんだ。本部……いや、家に来て話してくれないか?」

「え、家?」


 困惑している様子の少年に目線を合わせるように膝をつく。

 本当はここで全部聞きたかったが、元々の目的はキリル大佐の前に連れて行くこと。仕事はやりきらなければならない。


「俺達はこのお兄さんを探しているんだ。だから俺の上官……あー……お友達にお兄さんのことを話してほしい」

「でも……」

「大丈夫、暗くなる前には絶対に家に送り届ける。それに俺の友達は優しいから、何を言っても怒ったりしないさ」


 これは本当のことだ。

 キリル大佐は子供が好きなのかどんな子に対しても優しい。何があっても子供は殺さないと決めているくらいだから、この子がきちんと男について話せば普通に解放するだろう。もし話せなかったとしても、なら後日にと譲歩してくれるはず。


「そうだ、ちゃんと話せたら好きな物を奢ってやろう。肉でも甘いものでも何でもいいぞ」

「ほんと!?じゃあ行く!」

「よし、良い子だな」


 少年の頭を撫でながらホッと安堵の息を吐く。これで無駄に歩かずに済むな……。




 ◆    ◆    ◆




 あれから少年の両親に許可を取り、汽車に乗って本部へと向かうことにした。


 汽車の中で美味しそうに弁当を頬張る少年に少し心が温かくなる。それと同時に妹達のことを思い出した。あの子達も御馳走が出た時はこうして頬張って美味しそうに食べていたな。

 ……俺がいなくなった後、家族はどうなったのだろう。知る由もないから気にするだけ無駄なのだろうが……。


「……君、名前は?」

「僕?僕はイヴァン!」

「イヴァンか、良い名前だな」

「…………」


 イヴァンは俺の目をじっと見て……何かに気付いたようにハッとした。


「お兄さんが喋ってるのってルギエ語だ!」

「え?まあ、そうだが……それはイヴァンもだろ」

「あのね、僕が言ってたお兄さんはね、ルギエ語じゃなかったんだ」


 なのに全然気付かなかった、としょんぼりするイヴァン。

 ……ルギエ語じゃなかった?ということは俺と同じ八籏人か?だが、この子が八籏語を話せるようには見えない。


「そのお兄さんは何語を話していたんだ?」

「えっとね……オーディン語だった!」

「オーディン語……」


 オーディンは確かアメリカのことだったな。ということは男が使っていたのは……英語か。


「イヴァンはオーディン語を話せるんだな」

「うん!お父さんから教えてもらったんだ~」

「……そうか」


 俺は何となくイヴァンの頭を撫でて窓の外を見つめた。




 ◆    ◆    ◆




「志葉大和、戻りました」

「……ああ、志葉軍曹か」


 本部に戻ると、何冊か本を抱えたエリザベータ少尉が迎えてくれた。

 おそらく隙間時間に八籏の兵器について調べていたのだろう。エリザベータ少尉はルギエ特殊部隊の中でもかなり真面目で勤勉な方だから。


「その子供はどうした?」


 少尉は俺の後ろに隠れているイヴァンを見つけて口を開いた。


「我々が探している男について知っているらしいので、キリル大佐殿の元へ連れて行って話を聞こうかと」

「……なに?そんな子供が?」

「俺も詳しいことは知りませんが……どうやら前に男と接触していたようで」

「……そうか」


 少尉は相変わらず何を考えているのかよく分からない顔でじっと子供を見つめていた。虚言かもしれないと疑っているのだろうか?こんな小さい子供が嘘を吐けるとは到底思えないが。


「それで、今から大佐の所に?」

「ええ」

「……気を付けるんだぞ」

「はッ」


 敬礼をすると少尉はこちらに一瞬だけ目を向けて、さっさと居間を出て行ってしまった。

 ミラ少尉同様、エリザベータ少尉にも良く思われていないことは分かっているが……それにしても今更振る舞いを気を付けるよう注意されるとは。いちいち言わないと無礼な振る舞いをするような人間だと思われているのか?


「お兄さん?」

「……いや、何でもない。あまり遅くなってもよくないし、早く行こう」

「うん!」


 まあいいか。もうとっくに慣れたことだ。











「キリル大佐殿、志葉です」


 ノックして声を掛けると、大佐は「どうぞ」といつものように声を上げた。

 失礼します、と一言断ってから扉を開ける。イヴァンも俺の真似をして同じ言葉を口にした。


「お帰り、大和。戻ってきたということは何か収穫があったのかな?」

「はい。聞き込みをしていたところ、この子供が例の男について知っている様子を見せまして」

「ほう?」


 大佐は興味深そうにイヴァンを見つめた。その視線が少し怖いのか、それとも緊張しているのか。イヴァンは俺の服の裾を掴んで縮こまっている。


「ほら、話せるか?」


 イヴァンの背中を擦りながら前へ出るよう促す。するとイヴァンはおずおずといった様子で顔を出して大佐の顔を見た。そして視線は俺に移った。瞳が不安そうに揺れている。

 このままではいけない、と俺はイヴァンの小さな手を優しく握った。子供はこうすると安心すると聞いたことがある。


「…………ん」


 イヴァンは俺の手をぎゅっと握りながら顔を上げた。

 やっと話す気になったようだ。


「君はこの人に会ったことがあるのかい?」


 大佐は例の写真をイヴァンに見せて問う。イヴァンは小さく頷いた。


「うん、会ったよ」

「いつ?」

「だいぶ前……多分、二年くらい前」

「会ったのはルギエヴィートで?」

「うん。家の近くで遊んでたら石が転がってきて……見たことない綺麗な石だから拾おうとしたら、お兄さんが「それに触るな」ってすごく怒りながら走ってきたんだ」

「ほう、それで?」

「僕、びっくりして泣いちゃったんだ。そうしたらお兄さんが「お詫びに楽しいお話を聞かせてあげる」って、僕の知らない御伽噺おとぎばなしをいっぱい聞かせてくれたんだ。すごく面白かった!」

「御伽噺……ね」


 大佐は少し考え込んで……再び口を開いた。


「ちなみにその石はどんな色だった?」

「えっとね……真っ赤だった」


 色なんて、そんなもの聞いてどうするんだと首を傾げる。石なんてただのガラクタ。そんなものの情報を得る必要はないだろう。

 _______だが。


「そういえばお兄さんがね、その石のことちょっとだけ話してくれたんだ。その真っ赤な石は「不幸を呼ぶ宝石」なんだって」


 イヴァンの言葉を聞いた瞬間、キリル大佐は目を細めて笑った。まるで「確証を得た」とでも言いたげに。


「……宝石か、興味深いね。宝石について他に何か言っていなかったかい?」

「えっと……触っちゃダメだって怒ったのは、その宝石がすごく危険だからだって言ってた。触っただけで不幸になっちゃうんだって。大袈裟だって笑ったら怒られちゃった」

「ふ……ふふ……」

「?大佐殿、どうされました?」

「あははははは!!」

「……キリル大佐……?」


 突然笑い出した大佐に、イヴァンだけじゃなく俺も動揺してしまう。


「はは、ははは!そうか、そうだったのか!やっぱりあれは宝石だったのか!」

「……た、いさ……?」

「ふふ……答え合わせをするのに10年もかかってしまったな。こんなに時間がかかるのならあの時拷問しておくべきだったか」

「………………」


 少し様子が変だとは思っていた。イヴァンを見た時から、その瞳に狂気が見え隠れしていた気がする。だが、きっと俺の気のせいだと。そう信じていた。

 しかし大佐は明らかに様子がおかしい。それこそ______宝石の話を聞いた瞬間から、俺の瞳には全く知らない大佐が映っている。


「……お兄さん……」


 イヴァンはすっかり大佐に怯えきって、俺の後ろに隠れてしまった。

 無理もない。あんな様子のおかしい大人を見れば誰だって怖がるだろう。


「今でも覚えているよ……黒い髪、赤い瞳。どこかこの世の人間とは思えない見た目をしていた。____そう、君と同じような見た目だったよ」

「……え……?」


 キリル大佐の薄暗い瞳が俺の姿をはっきりと捉える。


「大和、本当に記憶は戻っていないのか?本当は全て思い出しているんじゃないのか?あの男のように、僕を欺く為に嘘を吐いているんじゃないのか?」

「な……何を言ってるんですか!俺が恩人であるあなたに嘘を吐くわけないでしょう!?思い出したのなら真っ先に言っています!」

「ふうん……まあいい、記憶については後でゆっくり話そう」


 _____ダメだ、やっぱりおかしい。


 大佐が俺の話を全然信じていないことは明白だ。何故今更疑われているのだろう。例の男と俺の見た目が似ているから怪しい、という言い分はもちろん分かる。だがそれにしたって急すぎる。今まで疑う素振りなんて少しも見せていなかったのに。

 一体大佐はどうしてしまったというんだ。


「それよりもその子供の処遇についてだが」

「……処遇?」

「何か問題が?」

「いえ……その……この子はこの後、家まで送り届けます。もちろん男や宝石についてあれこれ話さないよう釘は刺しておきますが……」

「何を言ってるんだ」


 大佐は冷めた表情で俺を見下ろした。初めて見る彼の顔に思わず戸惑う。


「何故帰す必要がある。処分しなければならないだろう?」

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