第2話 重要な任務を任せたくてね

「では______お願いいたします、キリル様」


 次の瞬間、扉が開かれては姿を現した。


 腰まである血のような真っ赤な髪に、吸い込まれそうなねずみ色の瞳。その薄い唇には真っ赤な紅がさされている。まるで天女だ。

 誰が見ても女性だと勘違いするような美しい見た目をしている。こんな人、俺がいた世界では全くいなかった。


「集まってくれてありがとう、みんな」


 ______キリル・ワシリエフ大佐。

 ルギエ特殊部隊のボスであり、俺を拾って育ててくれた恩人だ。しかし慕っているのは俺だけではない。あのミラ少尉も心酔しているし、どんな大人に対しても態度が悪いイリヤでさえキリル大佐にだけは従順だ。


「君達ももう察しているとは思うけど……みんなを集めたのは、重要な任務を任せたくてね」

「重要な任務……ですか」


 キリル大佐の言葉にエリザベータ少尉が反応する。

 重要な任務、か。前からキリル大佐が何かしていることは知っていた。だが直接命令されたわけではないからとそれについて聞くこともなかった。

 しかし今日やっと、正式な任務として命令が出るようだ。


「例の八籏国のことだが……君達も知っている通り、八籏は「兵器」を隠し持っている」


 俺も詳しいことは知らないが、八籏国が恐ろしい兵器を持っているという話は一度だけキリル大佐から聞いたことがある。内容は不明だが、その「兵器」を使われたら相当まずいことになってしまうと。


「その兵器は本当に恐ろしい。それこそ、世界そのものが狂うかもしれないほどに」

「世界が狂う……?」

「兵器を巡る殺し合いが始まるのさ。しかし我々ルギエヴィート以外の国はまだ兵器の存在を知らない。だから今ならルギエヴィートと八籏の間だけで済む」

「それはつまり……八籏から兵器を奪うということですか?」


 ミラ少尉の問いに、キリル大佐は小さく笑って頷いた。

 キリル大佐は八籏と戦争するつもりなのだ。……まるで日露戦争だな。


「君達にはその兵器について調べてもらう。そして情報が揃い次第、八籏への攻撃を開始する。これが重要な任務の内容だ」

「調べるって……大佐殿は兵器の内容を知らないんですか?」


 レオニード中尉の疑問は最もだろう。あの口ぶりからして兵器の内容を知っているとばかり思っていた。

 しかし俺達に調べろとわざわざ命令するということは噂程度にしか聞いていないのだろうか。そもそもその兵器が世界を狂わせるほどのものだとどこで知ったのだろう。

 疑問は尽きないが……まあ、兵である俺達が知る必要はないか。


「大佐殿でも知らないことくらいあるでしょう。それより……そんなとんでもない兵器の内容なんて、調べて分かるものなんですか?」


 隅で聞いていたらしい不動の言葉に、大佐は「もちろんさ」と笑った。


「しかしキリル様。部隊全員が調べる為に外出してしまっては、何かあった時手薄になってしまうのでは?」

「ああ、サシャの言う通りだね。八籏軍がやって来ないとも限らないし……なら誰か二人に頼もうかな」

「では私が行きます!」

「いやっ!僕が行きます!!」


 大佐の提案にミラ少尉とイリヤが真っ先に手を挙げた。他の4人はどちらでも構わない、という顔をしている。

 すると大佐は何かを思い付いたように手を叩くと俺と不動を見た。


「大和、不動。君達は確か八籏語が話せるんだったね?」

「え?ま、まあ……話せますが……」

「なら君と不動に任せよう。今から八籏に向かってくれ」

「今から!?」

「八籏に向かったところで兵器の内容が分かるとは思えませんが」

「もちろんそうだろう。厳密に言うと、兵器の情報を持って帰ってくる必要はないんだ」


 大佐の言葉に思わず首を傾げる。

 兵器の内容を調べろと言ったのに、情報を持って帰ってくる必要がないとは。


「僕が求めているのは「兵器について詳しく知っている人間」なんだ。君達の仕事は、その人間を見つけて僕の元まで連れてくることだ」

「人探し、ということですか」

「その通り。まあ、最悪本人が見つからなくても構わない。彼を知っている人間から情報を得るだけでも充分だ」


 大佐はそう言って俺と不動に紙を渡した。その紙には見知らぬ男の写真が貼られている。おそらくこの男が大佐の言う「兵器について詳しく知っている人間」なのだろう。

 俺と同じ八籏人か……?当然ながら白黒だから分かりづらいな。


「本人が見つかれば苦労はしないが……あまり期待はしていない。八籏に向かう途中でも聞き込みしなさい。その男を見たことがある、もしくは知っている人間がいればすぐに連れてくること。いいね?」

「はッ」

「……はい」


 それじゃあ解散だ、というキリル大佐の合図で緊迫していた空気が一気に解ける。


「大和」


 キリル大佐が俺の瞳をじっと見つめる。


「記憶はまだ戻りそうにないか?」

「……はい。すみません」

「いや、構わない。無理せずゆっくり思い出せばいい」


 それだけ言うと大佐はサシャ中尉と共に居間から去っていた。

 不動は紙を見つめながら面倒くさそうにため息を吐いた。その様子を、ミラ少尉とイリヤの二人が鋭く睨んでいる。キリル大佐から直々に指名された俺達に嫉妬しているのだろう。八籏語を喋れない自分を恨んでくれ。


「馬鹿馬鹿しい……。兵器を手に入れたところで何になるんだ」

「おい、不動」


 突然八籏語で馬鹿にしたような言い方をする不動。

 いくらみんなが聞いても分からないからといってその言い方はいただけない。そう思って注意すると、不動は「だってそうでしょう?」と無表情で紙をポケットに仕舞った。


「世界を狂わせるほどの兵器……そんなものを使って戦争に勝って、その後には何があるんですか?いろんな国をルギエヴィートの植民地にでもするつもりですか?全く……くだらない」

「……そんなもの、俺に言われたって知るわけないだろ。大体、植民地を増やそうとするのは当然のことだ。じゃなきゃ何の為に戦争をしてるんだよ」

「……そうですね。でも、だからこそですよ」


 不動の視線は遠くを見つめている。


「愛のない殺人に、幸せな未来があるとは思えない」

「…………何を言ってるんだ?」

「いえ、お気になさらず。軍曹殿にとっては聞く価値のない、いち兵士の戯言たわごとですから」


 では、と変わらず無表情で居間を出て行く不動。俺はその背中を見つめることしかできなかった。


 ……愛のない殺人……か。いや、そもそも愛のある殺人なんて存在しないだろう。戦争なんてそんなものだ。相手や誰かのことを考えて殺すやつなんていない。ただ死にたくないから。ただ勝ちたいから。だから闘うのだ。

 大体、軍人である俺達が上官の命令に違和感や不満を持つべきじゃない。軍人として生きる以上、俺達はただがむしゃらに走るしかないんだ。


「志葉軍曹」


 ふと、エリザベータ少尉が声を掛けてきた。


「あれは八籏語だな?不動上等兵と何を話していた」

「……この後の予定を」

「……そうか。それならいいが……余計なことなどするんじゃないぞ」


 スッとその黄金の瞳が鋭く細められる。……相変わらず圧が強い。視線だけで殺されそうだ。


「ええ、もちろんです」


 俺はそれだけ言って居間を出た。

 ミラ少尉に限ったことじゃないが、やはり八籏人だというだけで疑われてしまうものなんだな。もう慣れたものだが……。まあ、仕方がない。もし日本軍にロシア人がいたら同じことを思うだろうし。


「しかし……八籏までそう遠くないとはいえ、汽車を使ってもそこそこ時間がかかるんじゃないか?」


 不動はさっさと行ってしまったし、聞き込みは俺一人でということになる。しかも八籏に向かう途中でも聞き込みをしろだなんて……キリル大佐も無茶を言う。


「はあ……しょうがない、地道にやるか」


 八籏軍に見つかって銃撃戦、なんてことにならないと良いが。




 ◆    ◆    ◆




 あれから二日が経った。


 キリル大佐の言う通り、汽車には乗らずできるだけ徒歩で聞き込みを続けた。しかし誰に聞いても「見たことない」とだけ。そりゃ大きいため息も出る。

 こうなったら八籏に着いてから聞き込みをしようか。これ以上ルギエヴィートで無駄に時間を食うのも面倒だ。


 そんなことを考えながら近くの少年に声を掛けた。


「そこの君、ちょっといいか」

「ん~?……あれ、お兄さん!?」

「は?」


 少年は振り向いて俺の顔を見た瞬間、ぱあっと顔を輝かせた。満面の笑みを浮かべながら駆け寄ってくる姿に戸惑うしかない。


「お兄さん、また会ったね!あれ、でも前と雰囲気違うね。眼鏡はどうしたの?」

「ちょ、ちょっと待ってくれ。何の話だ?」

「え~!?忘れちゃったの!?宝石の話してくれたじゃん!」

「宝石……?何のことだ?全く分からないんだが……」


 何の話をしているのか全く分からない。しかし少年の様子を見る限り、俺と誰かを間違えているらしい。

 俺と同じ見た目の男なんてルギエヴィートじゃそうそう見かけないと思うが……。


「誰かと間違えていないか?俺がこの辺に来たのは今日が初めてだし、君を見たのも今が初めてだ」

「え、そうなの?でも……その黒い髪と赤い目、前に会った時と同じだよ?」

「……赤い目?」

「うん!お兄さんも言ってたでしょ。「赤い目を持っているのは自分くらいだ」って」


 少年の言葉に思考が一瞬停止する。


 俺の目は生まれつき赤色だ。血のような、真っ赤な瞳。まず日本人ではあり得ない色。ならロシア……もといルギエヴィート人なのかと思ったがそうでもなく、赤い瞳を持ったルギエヴィート人は存在しなかった。

 大佐によれば、そもそも赤い瞳を持つ人間は存在するはずがないと。だから俺は「別の世界からやって来た人間だからかもしれない」と勝手に解釈して納得していた。


 だが、この少年の言っていることが本当ならば……俺以外にも赤い瞳を持つ人間がいるということになる。それはつまり……。


「(……いや、所詮俺の勝手な解釈だ。もしかしたらごく稀に赤い瞳を持つ人間がいるのかもしれない)」


 しかし、どうしても少年の言葉が引っかかる。俺と同じ髪の色に同じ瞳の色。その情報を無視することはできない。


「……いや、その前に仕事をするべきだな」

「?どうしたの、お兄さん」

「悪いが、やはり人違いみたいだ。そのお兄さんの話は後で聞かせてくれ。それより、人探しをしているんだが……この男を見たことはないか?」


 俺は手に持っていた紙を少年に見せる。すると少年は「あっ」と声を上げた。


「どうした?」

「この人だ!」

「……この人?」

「僕の言ってるお兄さん!この人そっくりだったよ!」

「…………え?」

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