血濡れのシヴァ
景
序章
第1話 いつの間にか知らない世界にいた
「戦争はいつ終わるんだろうか……」
そんな不安そうな呟きが隣から聞こえてきた。
かれこれ日露戦争は半年を迎える。この半年間____多くの戦友を亡くした。共に飯を食らい、生きて帰ろうと誓った仲間でさえ冷たい土に還ってしまった。あまりにも非情な現実に弱音を吐きたくなる人間もいるだろう。隣で震えているこいつのように。
しかし。それでも俺達は戦わなければならないのだ。国の為に、家族の為に。
「……死にたくないなら俺の後ろで走ってろ」
痛む身体を動かして銃を構える。
俺だって死にたくはないし、死ぬことを考えると少し怖い。痛いのも、苦しいのも、全部味わわなくていいのならそうしたいくらいだ。
だが現実は無常で、痛みも恐怖も乗り越えて闘わなければならない。
だから俺は闘う。それだけだ。
「進めえええええぇぇ!!」
旗手の叫び声と共に雄叫びを上げながら走り出す。喉も足も痛くて立ち止まりそうになる。だがここで立ち止まるなんてあってはならない。
俺は力を振り絞り______今の俺は痛みを感じない、と自分に暗示をかけて全力で走り続けた。
戦争は気合だ。負けるなんて思っていたらすぐに死ぬし、恐怖や痛みで震えていたらまともに闘えない。だからこそこうして、気休めだとしても自分を
肩に銃弾が当たって痛くないわけがない。だが今の俺は痛くない身体をしてる。そう思い込めば少しは気が紛れる。
「(我ながら正気じゃないな)」
だが、正気のまま戦争がやれるか?まともな人間が同じ人間を殺せるか?
勝つ為なら俺は____人間を辞めたっていい。
「斎藤、もうよせ!そのままだと頭に当たるぞ!!」
「うるさい!!弾に当たるのが怖くて戦争なんかやってられるか!」
そう叫んで銃を構えた_______その時だった。
「斎藤!!」
遠くで銃声が鳴り響き____同時に目の前で血
まずい、早く拾って走らないと。でも腕が動かないな……呼吸も浅くなってきた。目が血で
こんなこと今まで無かったのに……。
「斎藤!……くそっ……!!」
隣で震えていたあいつが今にも泣きだしそうな顔で俺を通り過ぎていった。
ああ、それでいい。戦場で傷付いたやつにいちいち構う必要はない。もう震えて誰かの後ろに隠れたりするなよ。
「(……痛い、な……)」
さっきまで何ともなかったはずなのに、段々痛みがぶり返してきた。意識も
_____頭を撃たれたのか。
道理であいつがあんな顔をするはずだ。きっとあいつは俺が死ぬことを察したのだろう。助からないと知って先に行ったのだ。
そうか……俺、死ぬのか……。即死じゃないだけ奇跡的だな。
……でも……嫌だな……死にたくない……。
もっと生きていたかった。両親には「立派に国の為に死ぬ」と言ったが、本心ではそんなこと思っていなかった。
もっと家族と過ごしたかった。幸せな日々を送りたかった。こんな血みどろの戦場で横たわって終わりを迎えたくはなかった。できることなら_____生きて帰るという仲間とのかつての誓いを守りたかった。
「……みん……な…………」
最後に脳裏に浮かんだのは家族の姿だった。
本当は送り出したくない気持ちを殺して、涙を浮かべながら俺を見送った母さん。行かないでと泣いて縋ってくれた妹と弟。そして_____英雄になれと苦しそうな顔で俺の肩を叩いた父さん。
俺……みんなの元へ帰りたかったよ。
「…………ごめ、ん…………」
そこで意識は完全に途切れ、斎藤茂の一生は終わりを告げたのだった_____。
「Эй, проснись.(おい、起きろ)」
凛とした声の主に軽く頭を叩かれ、ゆっくり目を覚ます。
俺の顔を覗き込んでいたらしい彼女は俺が目を覚ますのを確認すると「いつまで寝ているつもりだ」とだけ言って部屋を出て行った。
「相変わらず表情一切変わらないな……」
そんなことを呟きながら重い身体を起き上がらせた。
____俺の、
……訳の分からないことを言っている自覚はある。俺だってそんなことを言われたら間違いなく「頭でもおかしいのだろう」と判断する。しかしそうとしか言えないのだ。
例えば俺が今いる国の名前は「ルギエヴィート」という。もちろん聞いたこともない名前だ。しかしルギエヴィート国の人間はロシア語を喋る。料理や文化もロシアそのもの。だが何度聞いても名前は「ルギエヴィート」で、ロシアなんて名前は知らないと言われてしまう。
そんなルギエヴィートが敵対している国の名前は「
これだけでも訳が分からないだろう。しかし更に頭を悩ませたのが「超能力」というものの存在。
稀に「超能力」という、人ならざる力を持っている人間が生まれるという。その種類や効果は様々だが、その「超能力」を持っている人間は必ず「特殊部隊」という超能力者ばかりを集めた軍に入れられるのだそうで、それは俺も例外ではなかった。
______そう、俺もその「超能力」とやらを持っていた。
こうして気付けば訳の分からない環境に放り出されていたわけだが、よくよく調べてみるとここは俺が生きていた世界とは全く別の世界だということを知った。国の名前もあり得ない力も全部非現実のようで現実なのだ。
そして俺は……斎藤茂ではなく、「
俺は幼少期、教会の前に捨てられていたらしく。それを拾って育ててくれたのがルギエヴィートが誇る最強部隊、ルギエ特殊部隊の大佐だった。しかし俺には幼少期の記憶がない。両親の顔も……いや、そもそもどうやってこの世界に来たのかも覚えていない。
「一体いつになったら思い出せるんだか……」
かれこれ拾われてから10年は経つ。だが一向に思い出す気配はない。
まあ、もしかしたら思い出す必要もないかもしれないが……。どうせ一度死んだ身だ、どんな人生を歩んでいたって今生きていればそれでいい。それに、思い出せないということはさほど大事な思い出でもないのだろう。
そうして俺はもう一度軍人として生きることを決めた。特殊能力がどうとか特殊部隊がどうとか、そういったことはよく分からないしもう死ぬのはごめんだが……ルギエ特殊部隊の隊長である大佐の「罪のない人間や幼い子供は殺さない」という信念に心を惹かれてついて行きたいと思った。
なにより、拾って育ててくれた大佐へ恩を返したい。その気持ちが強い。
「______やっと来たか」
身支度をしてから居間に向かうと、先程俺を起こしに来た白髪の女がコーヒーを飲みながらそう呟いた。居間には既に俺以外の全員が揃っていたようで、いくつか鋭い視線を感じる。
「お待たせしてすみません。少し寝坊して……」
「はあ……あの方が招集をかけたっていうのにのんびり寝てる場合ですか?」
「チッ。これだから猿は」
「……申し訳ありません」
金髪の少年、イリヤ・ペトロフ上等兵と金髪の女、ミラ・コーネヴァ少尉が俺を睨みながら文句を言う。
先程も言った通りここは日本ではない。当然、言葉も日本語ではなくロシア語……もといルギエ語だ。ただ10年も過ごしていれば自然に覚える。ここにいる全員ルギエ語を喋るが問題なく対応できていた。
しかしルギエ特殊部隊に日本人……もとい八籏人がいるのが気に入らないのかそこまで歓迎されていないが。
「まあまあ、二人ともそうカッカしなさんな。まだボスも来てねぇし、ちょっとくらい大丈夫だろ」
サングラスの男、レオニード・ベルスキー中尉が煙草を吹かしながら俺を庇った。その言葉にイリヤは頬を膨らませ、ミラ少尉はそっぽを向いた。相手が中尉だからそれ以上文句が言えないのだろう。
「しかし待ったのは事実です。軍人であるのなら時間厳守くらい当然のことでは?」
「うへぇ、相変わらずリーゼちゃんは厳しいねぇ」
レオニード中尉にいつものように冷たく言い放つエリザベータ・スミルノフ少尉。彼女は常に無表情で厳格な人だ。さっき俺を呼びに来たのも彼女だった。世話を焼いてくれるし優しい人だとは思うが……。
「…………」
少し遠くに座っている男は
彼も俺と同じ八籏人らしい。ただ、どうして俺のようにルギエヴィートにいるのかは知らない。
「それより……いつも言っているが猿呼びはよせ、ミラ少尉。耳障りだ」
「八籏人が猿なのは本当のことだろ」
「口に出すなと言っている」
「……はいはい」
ミラ少尉はどうやら八籏や八籏人が嫌いらしく、俺や不動を「猿」と冷たく呼ぶ。それも今や慣れたものになってしまったが。
イリヤが俺達に厳しいのは……まあ、単純に大人という存在が嫌いなのだろう。少尉達や中尉達にも同じような態度取るくらいだし。それくらいしか思い当たらない。
「お嬢さん方さぁ、ギスギスすんのはやめようよ。そんなんじゃボスも困るぜ?」
「ええ、ベルスキー中尉殿の言う通りですわ」
_____突然聞こえた声に全員がそちらへ視線を向ける。
そこにはボスの右腕である、サシャ・ガガリーナ中尉が立っていた。一体いつの間に来ていたんだ?それとも最初からいたのか?
「喧嘩ばかりだとキリル様が悲しんでしまいます。仲良くいたしましょう?」
「ってことは……キリル様来てるの!?」
「ええ。つい先程」
サシャ少尉はイリヤの言葉に笑顔で答えると後ろをチラリと見、頭を下げてその名を呼んだ。
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