裁判の終わり
「だ、誰か!誰か法の公正さのために出すだろう!」
ベルヌーイは自分ですら信じていない戯言を臨時法廷で騒ぎ始めた。傍聴人の答えは沈黙と失笑であったが。
「あれが国家の経済を民間で動かしていたものの一人であるなんて滑稽ですわね」
リリーナの小声での感想にカトリノーは軽く頷いていた。
「そんなものです。下々の者は上を見ないで済むから偉大に見えるのです。等身大で見ればアレほど哀れな男はおりませんとも。おかげで稼がせていただきましたが。私が子供の頃は領主とは屑であると思っており、これを野放しにする帝国は腐っていると思いましたがそのとおりでした。そんなものが国を動かしていたのです、経済くらい動かすでしょう」
カトリノーは平然とつぶやき。リリーナを一瞥もしなかった。
「あれは帝都に来た頃を思い出します。貴族排斥派の連中は皆あんな感じでしたな」
「あらまぁ、話には聞いていましたが本当にあの程度の……」
「他人の犠牲は厭わないが自分が傷つくことは何より嫌いな連中です。仲間を売るし、このような場でも見苦しい。ルイーズ姉が面倒だから全員殺して考えようと言っていたことに皆が同意したのは同意に足る理由があるからですとも。もっともウェラー公爵が一番乗り気でしたが」
「でしょうね、名家でない貴族ということはそれだけ大変なことです」
知名度はあれども名家ではないシュツッテンファンベルク公爵家の令嬢はどこか他人事のようにそういていた。
「シュツッテンファンベルク公爵家も名家ではありませんがそこまで苦労してるようには思えませんがね」
「
「さぁ?なんでしたかな?」
話のタイトルだけ聞いてもカトリノーはわからないため首をかしげていた。
「異世界のはるか昔の政権の宰相が諸国を漫遊している際に領地を奪われ落ちぶれた騎士に会う話ですわ。財産を奪われた騎士はほそぼそと暮らしているのです。雪の夜身分を隠した宰相が宿泊を願うのですがもてなせないと断ります」
「はぁ」
「ですが雪の外でいるその宰相をみてせめて精一杯のもてなしをしようと雑穀と米を出すのです」
「財産を奪わわれた割に良いもの食べてますね」
「あちらのその時代の雑穀は最下層の食べ物でしてよ、米は食べられる程度ではあるとは思いますが……。落ちぶれた騎士は囲炉裏の火が消えかかった際に薪がないので大切にしていた松・梅・桜の見事な盆栽を折って薪にしたのです。せめてこれくらいのもてなしをすると言って。鎧と武器さえあれば危機に馳せ参じ戦うので問題ないと」
「なるほど、いい話ではありますが……」
「それから春になり参陣命令が届いた男は馬に乗り帝都に……」
「あ、馬は維持できてたんですね」
「そういえばそうですわね、借りたのかも知れませんけど……。まぁそれは置いておいて召集したのがその身分を隠した宰相でしたの、それで危機に馳せ参じる約束を守ったとして奪われた領地と松・梅・桜の名がついた領地に帝都近くの城を与えたという話ですわ」
「あの……」
カトリノーは非常に気まずそうにリリーナに尋ねるように声を出した。
「それは召集を命じられて来た褒美なのですか?戦いではなく。あと……大切にした盆栽を薪にするとか、そこまでした時点で相手が高名な誰かと思ってませんかね?」
「うーん、でも異世界の価値観ですしね。その思いやりがないわけではない範囲だたのではないかしら、初代宰相閣下に話では一部地域では教科書になってるような話だとか」
「うーん、そういうものですか……。それでその話が?」
「異世界でもこの話を知るものは多いのですがその落ちぶれた騎士の名前は地元以外ではあまり知られてないみたいですわね。シュツッテンファンベルク公爵家はその名前が知られている版というわけですわ。まぁ落ちぶれた理由が自業自得だったりするのは御愛嬌ですけどね。まぁ鉱山奴隷から解放されたのが褒美かどうかはわかりませんが、臣民はそれが当然と思うほど貴族らしくなかったのでべつにいいでしょう。当家ではそのような経緯がバレているから名家でなくても人々はまだ優しくしてくれますけど、そのような話のない家がどのように扱われているかもまた非名家として知っている。それだけの話しです」
9歳にして貴族という嫌な世界を生きて泳いできたリリーナは少しばかりまわりの数人を見て同情的な視線を向けていた。
リリーナ派閥は非名家のほうが多い。キャサリン・エルビー侯爵のような名家のほうが少数だ。
だからこそ、今騒いでいるベルヌーイのようなものが非名家を真っ先にやり玉に挙げて処断していたという貴族排斥派の全盛期を知らないが、戻してもいけないと思っている。
「貴族たるにふさわしくない貴族は死んでもいいとは思いますけどねかといってそのために無関係な平民やら優秀な貴族を巻き込んでいいとは私は思いませんけどね」
「それが普通ですよ」
騒いでいる被告人を冷めた目で見ながら会話をやめた2人はあとどれくらいで終わるかの計算を始めていた。
しかしその計算が答えをはじき出す前に事が決する。
「被害商会の一つであるルブラン商会が神聖帝国を支援した事実が確かであれば被告のベッサへの護送を請け負うとのことです。裁判も証拠を送ってくれればベッサでやればいいだろうと」
実際にアルセーヌがこの裁判をベッサに持ち込んだら義母と妻から余計な仕事持ってくるんじゃないわよ!と詰められること間違いなしである。だが彼も醜態を晒すことを読んで、もしもの時のためにルイーズ大公との関係を匂わせる手紙を送っておいたのだ。
これでもごねる用であれば彼にもベルヌーイにも救いはないが。
「ル、ルイーズ大公の裁判……」
「なるべく苦しまない死刑だといいですな」
「死刑でいい!死刑でいい!いやだいやだいやだ!」
幼き頃、まるでナイフを刺したら飛び出る海賊のおもちゃのようにルイーズ自ら処刑した罪人を見たベルヌーイはその名前と、彼女自らに殺される可能性に震えていた。
「あの人本当に怖がられてるな」
かつての弟分の薄い感想にリリーナは諦めてため息を吐いた。
処刑が実行されたのはそれから10分後、先程までの醜態が嘘のような速さであった。
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