08
「衣子ちゃんを返してほしいの」
起きたときには既に部屋の中にいた井辻さんにそう言われてしゃっきりとした。
一応葵さんのことを聞いてみるとそれについては答えてくれなかった。
「とりあえず衣子のところに――」
「名前で呼ばないでほしい」
「宝理さんのところにいこっか」
名字呼びに戻したことで多少はマシになったけど暗い顔のままだ。
ここはまだ舞のところにいるからまた変な力が働いたわけではない、ただ本当に気にしていたのは彼女だということになる。
「はい――ああ……もう動いたんですね」
「うん、衣子ちゃんを取られたくないからね」
「上がってください」
この様子だとまずは衣子にぶつかったのはいいもののいい結果ではなかったというところか。
だから私のところにやって来たと、間違っているとまでは言わないけどそれも効果がない気がする。
結局私は踏み込もうとしていないからだ。
学校のときと同じで来てくれたら相手をさせてもらっているだけでしかない。
このまま衣子が私のところに何回も来続けるなら優先させてもらうだけだから。
「急ですね」
「ううん、急じゃないよ」
前に私もこことこんなやり取りをした。
急だと言う側にとっては本当にそうでも言われる側からすれば違うのかもしれない。
アピールの仕方も人によって違うから少しのそれだけでわかれと言う方が微妙なのかもしれない。
「夏美さんと多く時間を重ねたことはどう答えるんですか?」
「お友達として仲良くさせてもらっていただけだよ、衣子ちゃんみたいに抱きしめたりちゅーをしたりはしていないもん」
「そ、それをどこから……」
「舞ちゃんと一緒にいたここちゃんが教えてくれたんだ」
やっぱりもっと仲良くなってからここを見せるべきだったか。
「言うことを聞かないで私がとこさんと仲良くしたらどうするんですか?」
「別に意地悪をしたりはしないよ、だけど私は衣子ちゃんを諦めないよ」
「ふふ、そういうところは晴らしいですね」
「当たり前だよ、江連さんに意地悪をしても衣子ちゃんは遠くにいっちゃうだけだからね」
ああ、こういうタイプが実は一番怖いのだ。
何度も言ってきたように一日も一緒にいられなかった身だけど色々な子を見てきたからわかっている。
だから五人でいつも一緒にいて崩れないみんながすごいと思っていた。
でも、その内の一人がただただ我慢をしていただけでしかないのなら、これから変わっていく可能性は普通にある。
「とこさんはどうですか?」
「衣子が動きたいように動いて、私は合わせるよ」
「私は……」
流石に時間の長さ的に即答はできないか。
「江連さん、ここちゃんに会いたい」
「萬場さんに連絡をするしかないね」
「え、ここちゃんって江連さんが呼べば急に現れたりしないの?」
「はは、現れないよ。ここ、ほら――あれ?」
まあ、外から貫通して中までやって来られる存在だから別におかしなことではないのかもしれない。
突然現れたここの顔は物凄く怖かった、あと何故か同じような顔をしている舞が見えてしまった。
「とこの馬鹿!」「江連の馬鹿!」
何故こちらが罵倒されているのかはわからないけどこんなこともできたのかと驚いていた。
あ、だけど知ることができたのはここも最近になってからなのかもしれない、だからこそいちいち付いていかずに舞のときは家で待っていたのだと思う。
そのときのご主人様が呼べばいつでもよくわからない空間から姿を見せることができるからだ。
「え? ここちゃんだけじゃなくて舞ちゃんもなの?」
驚いているような顔に見えても井辻さんは凄く冷静だった、それに対して「いえ……舞さんは顔だけですね」と衣子はなんとも言えない顔で返している。
「舞は大きいから流石に通ることができないみたいだね」
「そっか、だけど丁度いいや」
そういえば最初にここを見せたときも羨ましいとか言っていただけだったか。
色々見てきて知ることができたけどこの人はこうだと見極める能力は大して育てられていないのかもしれない。
「舞ちゃん、私は衣子ちゃんが好きなんだよ」
「え、夏美ではなかったの?」
「夏美ちゃんのことは好きだよ、だけど本当に好きなのは衣子ちゃんだから。それを言うために朝早くから江連さんのお家にいっていたの、いまはこうして衣子ちゃんのお家まで移動してきているけどね」
「でも、それはあくまで晴からしたらの話だよね? 気持ちをぶつけても変わらないことだよね」
そういうつもりはなくてもアピールを続けていけば変わることもある。
私は別に自分が恋をするべきではないとか見ていられるだけでいいとか現在はそういうつもりでいるわけではないから変わらなくてもよかった。
衣子の静かなところが好きだ、だからって制限を設けたいわけでもないけど。
「とこさん……」
「うん?」
「あなたに対する気持ちは決して嘘ではありません、ですが……」
「もしかして最初に好きになったのは井辻さんとか?」
「はい……」
葵さんと積極的に過ごすようになって抑え込んでしまっていただけだったということか。
つまり衣子は隠してしまうタイプだったということ、なにもかもが終わってしまう前にちゃんと知ることができたのは大きい。
「私は言ったよ、衣子が動きたいように動いてくれればいいって」
「晴、私はとこさんとその――」
「そんなのいいよ、これからも小さいときみたいに一緒にいてくれれば十分だよ」
あ、見つめ合い始めて雰囲気がそれっぽい感じになってきてしまった。
今日は去ったところで影響力はなにもないから帰ることにする。
「こら」
「あれ、偶然ではなさそうだね?」
「当たり前でしょ、あとここはもう江連の家に帰すからね」
「うん」
髪の毛を引っ張られているから地味に痛い。
でも、優しく掴んで顔の目の前まで移動させたら悲しそうな顔をしていたから謝っておいた。
ここのためだったけど本人のためにはなっていなかったみたいだ。
「衣子が晴を選ぶことが予想外だったんだけどこれからどうするの?」
「どうするのと言われてもこれまで通りやっていくだけだよ」
「つまり自分からいく気はないということね。ま、仕方がないか、やっと信じて動こうとしたところであれなんだからね」
確かに普通の子なら気になるところかもしれない。
私は衣子が本当に好きな子といてくれればいいと思っているからいまみたいなことしか言えない。
「つまりここが悪い」
「ご、ごめんとこ」
「気にしなくていいよ、萬場さんももうやめてあげて」
やっぱり私が悪かったで終わらせておけばいい話だ。
「とこがそう言うならやめるよ」
「あ、舞はいまさらっと名前で呼んだね?」
「別にもういいでしょ、ということでとこも私のこと舞って呼んで」
「わかった。あといまだから言うけど、実は内では既に舞って何度も呼んでいたんだよ」
「ま、とこは気にせずに名前で呼んできたぐらいなんだからおかしくはないんじゃない?」
名前で呼ばれただけでむせて名前で呼ぶだけで止まってしまう彼女はもういないみたいだ。
ただここまでくれば私も名前で呼びたいからありがたかった。
「ぷふ、ということでとこもってとこの名前が好きみたい」
「いまここは三回言ったからね、ここの方がとこを好きでしょ」
「好きだよ?」
「な、なんだこの子は……」
大きな声で「ここだよ!」と強さを見せていくだけだった。
いまのだけが影響しているわけではないだろうけど舞の顔は引きつっていたのだった。
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