内見したらセックスしなければ出られない部屋だった

うぃんこさん

セックスしなければ出られない部屋

3月1日。俺は高校を卒業し、家を出る事になった。来月から都内の大学へ通うためだ。


大学は推薦で決まっている。新生活のための家具や服は事前に購入してある。運転免許を取る気はない。友人達は後期試験に向けて奮戦しているし、俺に彼女はいない。


要するに非常に暇だ。家に居てもやることがないので、とっとと賃貸物件を見つけて引っ越して新居での生活に慣れておこうという腹積もりだ。早速現地へと赴き、不動産屋と話をして、いくつかの物件を内見することとなった。








そうして、問題が起きたのは内見1件目からである。


アパートの中に入ると、すぐ右手には1口IHコンロ、左手にはトイレ付きのバスルームへの入り口といった感じであった。何の変哲もない普通のアパートであった。


部屋だ。部屋が異質であった。壁も天井も床も、全てが白一色だった。窓もない。というか部屋に入るためのドアが白い自動ドアだった。透過しないタイプの。


「これが都会の部屋かよ、都会怖いな……」


そう言いながら壁や床を触っていく。感触としては石膏や壁紙というよりは、コンクリートをそのまま白く塗ったという感じだろう。もっと硬いのかもしれないが、素手では判断がつかない。


恐らく天井もそんな感じなんだろう。照明は無いように見えるが、よく見たら天井にびっしりとLEDらしきものがついている。


まあ、ハッキリ言ってこの物件は無しだ。正直、俺は普通に住むことが出来ればそれでいいのだ。こんな奇抜な部屋を望んでいるわけではない。例えば友人を呼ぶには奇抜さがウケるのかもしれないが、ゆくゆくは彼女を作ってウチに泊めるとかいった時にこの部屋は最適ではない。


なのでとっとと帰らせてもらおう。そう思って後ろを振り返ると、この部屋唯一の白くない、それでいてバカみたいにデカく横に長い電子モニターにはこう書かれていた。



┌――――――――――――――――┐

│セックスしなければ出られない部屋│

└――――――――――――――――┘



と。


……うん、ここ、彼女との同棲必須の部屋だね。





いやいやいやいや?セックスしなければ出られない部屋!?実在したのか!?じゃない!どうするんだ!俺はどうやって出ればいいんだ!一人でどうやってセックスをしろと言うのだ!


落ち着け、落ち着いてこの部屋の用途を考えるのだ。セックスしなければ出られない部屋、別にセックスの部分はなんだって良いのだが、こんな部屋をわざわざ作る理由はただ一つ。


という非常にくだらない理由の元に建造されている。


だからどこかでこの部屋を作った主が見ているはずだ。推しカプならぬ冴えない10代男性が入って来たのなら当初の目的にはそぐわないはず。ならば、頼めば出してくれる!


「すみませーーーーーん!この部屋を作った方にお伺いしたいんですが、間違ってこの部屋に入っちゃって、出られなくなっちゃったんで出してくださいませんかねえーーーー!?」


……反応なし。


「あのーーーーー!」


反応なし。


「もしもーーーーーし!」


反応なし。


「聞こえていますかーーーーー!?」


反応なし。


何度か叫んでみて思ったが、そもそも部屋の主が部屋を見るのはこの部屋を本来の用途で使う時であって、普段から監視しているわけではないのではないか。当たり前だ、俺だって微動だにしないダイオウグソクムシを72時間連続で見るような趣味はない。


そもそもだ。セックスをしなければ出られないという条件はなんなのか。どうやったらそれを自動で検知してくれるのだろうか。無理だろう。セックスしたら開く扉なんて開発出来るならセンサーとか開発していた方がよっぽど歴史に名を残せるだろう。


セックスした、と判定するのは監視している部屋の主だ。セックスだと主が感じた時に、あるいは部屋主の意向に逆らって推しが餓死した時に手動で開閉しているのだろう。だったら外側からは普通に入れるようにしないで欲しい。


これはアレだ。もう不動産屋さんに電話するしかない。こういう部屋って大抵通信とかも遮断されるけど、普通にワンコールで繋がった。


「デスアクメ不動産です。本日はどのようなご用件でしょうか?」


「すみません。先程住宅の内見に伺った者ですが、物件がセックスしないと出られない部屋でして、閉じ込められてしまったのですが」


「セッ……?あー、はい。申し訳ございません。事情のご説明とご救出に向かわせていただきます。10分ほどお時間を頂きますが、よろしいでしょうか?」


「はい、よろしくお願いします」


よし。これでいい。セックスしなければ出られない部屋に閉じ込められても荷物を奪われていなければこうして脱出は叶う。というか現代にこんな部屋が存在するのがいけない。


賠償を請求する事も考えたが、現実にこんな部屋が存在する事が分かってテンションが高いのでそんな事はしない。面倒だし、やり方分からないし。


そういうわけで、何をするわけでもなく10分待ったところで自動ドアが開いた。スーツ姿の冴えない40代ぐらいのおじさんがそこにいた。


「大変申し訳ありませんお客様。ご案内するお部屋の鍵を間違えてしまいました」


「あ、そうなんですか……にしても、こんな部屋実在するんですね」


「社長の趣味でして」


社長の仕業かよ。屋号をデスアクメ不動産なんて名前にするような人だから不思議ではないが、それにしたって何で俺はこんな怪しげな不動産屋で契約しようと思ったのか。


「立ち話もなんですから、どうぞお座りください。お茶も持ってきましたので」


「あっ、はい……じゃない!入って来たら意味ないだろ!」


「それでは失礼して……あっ」


自動ドアが閉じられ、視界は白一色とアクセントのおじさんだけになった。


「……あの」


「……セックス、します?」


「しません!」


ズボンを下ろそうとしたおっさんを止める。せめて女性だったらアリだったが、童貞を捨てるのがおじさんなのは御免被る。それにセックスしたところで監視者がいない事には意味がない。


「どうしましょう……社長は午前がゴルフで、午後がエロトラップダンジョンの視察となっておりますので、夜にならないと連絡がつかないんですよね……」


「エロトラップ……何……?」


「いえ、ここと同じように社長自らが安く買い叩いた一軒家をそのように改造されるとかで、既存のエロトラップダンジョンを見に行くと……」


「どうなってんだよデスアクメ不動産社長……そして実在するのかよエロトラップダンジョンも……」


現代社会をエロ同人みたいな世界に変える気なのだろうか。大きくなってもそんな大人にはなりたくないものだ。


「お客様には大変申し訳ないのですが、このまま夜になるまでお待ち頂かなければならなく……謝礼金の方もお出しします……」


「それはいいんですけど、他の社員さんっていらっしゃらないんですか?」


「他の社員もエロトラップダンジョン視察に同行するので、今日は私一人ですね」


「どれだけエロトラップダンジョンに興味深々なんですか御社は!」


「あ、社屋には鍵をかけてまいりましたのでご安心下さい」


「そっちの心配はしてねえー!」


俺は暇な上に、謝礼金が出る以上は待っていてもいいが、このままこのおっさんと話していると正気が削れていく。というか不動産屋変えたい。


位置は割れている。ならば社員じゃなくとも第三者が来てくれればなんとか出られるはずだ。


と言っても、友人達は受験勉強中だから邪魔したくないし、両親は息子が内見行ってる隙に旅行へ行ってる。頼れる人は誰もいない。


「……あの、誰かを呼んで自動ドアの前に立ってもらえばいいんじゃないですかね?俺は生憎、呼べる人が居なくて……」


「その手がありましたね!でも、宅配業者は基本的に玄関先で待つのでその手法は取れなくて……」


「友達とか家族とかいないんですか!?」


「家内は働きに出ていて、子供も小学校に行ってますし、友人は全員勤務中ですね。それに私を助けるためだけに呼ぶのも悪いですから……」


「閉じ込めた客を助けるためでもあるんですけど!?」


それよりもこの冴えないおっさんに妻子がいた事に敗北感を感じてしまう。でも子供が「やーい!お前の父ちゃんデスアクメ不動産勤務~!」とか言われてイジメられていないか心配でならない。


「どうしましょう……家の中にズカズカ入って来そうなサービス思いつきません?」


「学生にそんなこと言われてもなあ……あっ、公共サービスならありますよ!こないだじいちゃんがヤバかった時に救急車呼んだら救急隊の人達ズカズカ入り込んできましたよ!」


「えー、でも健康体の冷やかしが呼んだらこっぴどく怒られますよ?救急車はタクシーじゃないってこないだ社長怒られてましたよ?」


「社長何やってんですか!じゃあもうシンプルに警察呼びましょう!」


「それはダメです!この部屋、法律に真っ向から反していますから!」


「でしょうね!!!」


正直法律に詳しくないから知らないが、こんな監禁するための部屋なんか見られたら法が良くても倫理的にアウトだ。よく考えたら密閉されているのに換気とかどうしているのだろう。


「……よくよく考えたら警察や消防にセックスしなければ出られない部屋に閉じ込められたんですけど~とか言うの嫌だな。もういいです。時間潰しましょう」


「そうですね……あ、でしたら他の物件の説明を致しましょうか。まずは本来行くべきだったお部屋なんですが……」


「ああ、それは覚えているんで大丈夫です。確か、この部屋に窓とまともなドアをつけた感じの6畳間ですよね」


「はい。この部屋の隣となっております」


「やけに安いなと思ったらセックスしなければ出られない部屋の隣だからかよ!」


「防音性はバッチリですから、むしろ隣人トラブルに悩まされませんよ!」


「隣室でトラブルが起こっているかもしれないじゃないか!」


「あと風呂の椅子は中央に回転するブラシを備え付けているので、陰部を洗うのが楽ですよ」


「それエロトラップダンジョンで見るやつーーー!」


良かった。ちゃんと説明は受けておくべきだった。内見もちゃんとしないとこういう目に遭う。内見したからこういう目に遭ったんだが。


「で、次の物件は強制くすぐり装置が配置された廊下だけの物件なんですけど」


「だからエロトラップダンジョンじゃねえか!」


「最後にご案内するはずだったのは凄いですよ。なんと、マジックミラーで出来ているのです!」


「ほーん、窓がマジックミラーねえ。確かにプライバシー確保にはいいかも」


「いえ、部屋全体がマジックミラーになっておりまして、隣室や外から見られ放題なんですよ」


「誰が住みたがるんだよそんな部屋!」


「露出狂の方とかに人気らしいですよ?」


「俺が露出狂に見えるってのかよ!エーッ!?」


ブーーーーーッ!


と、俺の怒りに呼応したかのようにブザーが鳴り、自動ドアが開いて玄関が見える。


「な、なんだ……?」


「あ、あれを見てください!」


「あん……?」


おっさんが指すのはバカデカい電子モニターである。そこにはもうセックスしなければ出られない部屋とは書いておらず、何やら右から左に向かって文字が流れていく。


『君たちの事はずっと見ていた』


ええ……じゃあとっとと出せよ……


『君たちはセックスを達成した。よってこの部屋から出そう』


いや、セックスしてないし。


『セックスとは直接的な行為にあらず。魂と魂のぶつかり合いなのだ』


訳が分からない。というか考えたくもない。なんかこのままセックスについての持論がどんどん流されていくが、俺には関係ない。


「行こう、次の物件も見なきゃいけないんでしょう?」


こうなりゃヤケだ。この頭のおかしい不動産屋に付き合って、今日はとことんアホみたいな物件を回りまくろう。


セックスとは魂と魂のぶつかり合い、か。なら俺と物件の相性が合うかどうか確かめるのも実質セックスなのかもしれない。もしかしたら強制くすぐり装置部屋とか、逆マジックミラー部屋とかが俺にとっての最良の部屋なのかもしれない。


内見セックスだ。実際に見てみないと、真に合う部屋は分からないのだ。







4月1日。デスアクメ不動産の物件は全部常軌を逸していたので、別の不動産屋で契約した普通の6畳間に住むことになった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

内見したらセックスしなければ出られない部屋だった うぃんこさん @winkosan

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ