第34話 女神エンジン⑫



 第十二話 【選択】




 

 きっと気づくに違いないと信じたい。

 だが気づいたとして、俺のようには行かないからやっぱり不安だ。

 盤次郎はいま玄関先だ。

 彼の動向を探りたいのだが。


 駒次郎に何かあったら、そちらは探しようがない。

 俺の知らない町だからな。


 命までは取られないとしても、また鉱山に幽閉されたら時間的に面倒だ。


 盤次郎か、駒次郎か。

 どちらを選ぶ。


 駒次郎が正解かな。

 盤次郎は宿からそう遠くへは行かないだろうし。


 夕飯が済むまで客も店も賑わっているから、滅多なことは起こさない。



「よし。芝居小屋までの道のりをなぞってみるか」



 俺は宿を後にしようと思った。


 ついでに町を広く見回って、通行人に鉱山への道や周辺のことを聞くのもいい。

 旅人が結構いるようだったから、周辺の情報も入手できるかもしれない。

 この身体能力で俺の居た街を移動できたら最高だったのにな。


 さて屋根伝いに行き過ぎると、泥棒だと誤解を招くので道を行こうかと。

 十手持ちの見回り同心が先ほどの帰り道にも見えたからな。


 

 俺は少しでも稼ぎになるかと思い、薬箱を担いで外に出る。

 ついでに忍者の任命書はどこか別の場所に移して置こうと思う。



 役人の見回りは暇なイメージがある。

 何も起こらない日常で、手柄欲しさに無実の人をなんだかんだと疑ってかかるかもしれないから、絡まれたとき、荷物を調べられるのは厄介だからだ。


 時代劇だと隠密は、よく神社の灯篭やお堂に何かを隠すよな。

 とりあえずあの書簡は隠しに行かねば、やばいだろう。




 ◇




 一応、玄関先の様子も見に行った。

 ゴロツキどもがまだいやがる。


 数人だが、見かけない顔ぶれも居るぞ。

 人員を補給したようだ。


 俺が痛めつけた連中は、ご大層にも顔などに包帯を巻いている。

 これ見よがしに怪我をしていますと言うアピールはしないのがヤクザの筈だけど。通行人がクスクス笑いをしていく。


 周囲にヤクザの怒号が轟く。



「てめえら、笑うんじゃねぇ! 見せもんじゃねぇぞ!!」



 コテンパンにやられて敗北しました。

 負けて泣き帰ってきました。

 と顔に書いてるわけだから、仕方ないじゃない。


 それ、まさか駒次郎にやられたとか言わないよね。

 ヤクザらが声を荒げて盤次郎に問いかける。



「おい、盤次郎っ! 駒次郎のやつがここへ帰って来ただろ?」



 え、やっぱり。

 まだ駒次郎を追いかけてるの? 全く蛇のようにしつこい性格だな。

 しかし、盤次郎はとぼけた返答をした。



「な、何を言ってるんですか、親分さん。

 あいつが、駒次郎が鉱山から逃げ出したとでも言うんですか?」


「ああ、その通りだ! 隠し立てすると痛い目、見てもらうことになるぜ!」



 盤次郎が賢明にハッタリをかましている所かな。

 そしていま話をつけようと来ているのが親分なんだな。街道には居なかったな。

 出て行って、倒すのは簡単そうなのだが。

 死なせるわけにはいかないからな。


 息がある限り何度でも懲りずに向かってくる。


 その堂々巡りがヤクザ者の怖いところだ。

 盤次郎を助けるという名分で、ポイントは稼げるかもしれないが。

 駒次郎が戻る前に、俺が戻っていることを駒次郎に知られる恐れがある。

 

 それがどうにも駒次郎を騙したみたいな罪悪感で、後ろ暗い気持ちになるのだ。

 事実、騙したんだけど。


 ヤクザ者と駒次郎に見つかったら、ここの宿には居られなくなってしまう。

 駒次郎と俺は、あいつらに見つかってはダメなんだ。

 盤次郎の悩みの種を増やさないことは、金蔵破りへの助長になるが。

 かえってそれで何かが見えて来るかもしれないからな。



「よし、行こう」



 駒次郎を探しに。


 それと、任命書の隠し場所はどこであろうと不安だから。

 女神の祠までひとっ走りして、そばに隠して来よう。

 内容はもう覚えたから、いっそのこと、火に入れてもいいんだけど。


 綱の印が気になってしまって。

 百両は見送るとしても、あわよくばの欲望を捨てきれないんだ。


 思いついたことを思う存分やって行けばいい。

 楽しみがなければ、旅人も忍者もつまんなくなるからな。



 芝居小屋の道をまず辿るか。

 駒次郎を先に見つけても合流せず、見届けようと思う。

 危機に陥ったら、姿を見せずに援護して逃がせばいいのだ。


 風車の人みたいにカッコ良くな。





 ◇




 

 

「いやぁ、困ったことになったな……」



 と言いつつ、あんまり困ってもいなかったりするのか。

 どっちだよ、俺。

 久しぶりに俺は、俺に説明を求めていた。


 困ったというのは、駒次郎が一向に見つからないってわけだ。



「あいつ、もしかして方向音痴とかじゃないよなぁ?」


 

 宿屋から駒次郎に案内された芝居小屋は、一本道だった。

 通りの裏は、道が細くて人通りが少ないと言っていた。

 だけどけっこう荷車が通るから、それで人が嫌がって避けがちなだけだと。


 そういうことなら、駒次郎、お前も通らないよな。

 そういや、地元の人間というのは、よそ者に本当に普段から使用している道を教えたりしないらしいんだ。


 俺だって、たまには新聞ぐらい読んでいたさ。

 なんかの事件の記事だったと思う。

 それはさておき。



 死ぬと肝心なときに記憶をなくすのかな、3秒後の俺?

 死んで間もねぇから分かんないよ、3秒前の俺!


 

「どこをほっつき歩いているんだよ、まったくもう」



 道を行き交う人間は数知れずだ。

 芝居小屋までの道を駒次郎に付き添われて、教わったんだ。

 つーか、東に真っすぐ一本道なんだけど。

 表参道みたいな道ですこし裏通りより、道幅が広いんだよ。



 それなのに、行き交う人に聞くんか、3秒後の俺?

 知っていることをわざわざ聞いてどうする、3秒前の俺ぇ!

 結果、芝居小屋までの道が分かるだけだ。


 分かっていることを尋ねても、情報の更新はないとわかる。

 空しくなるから誰にも尋ねなかった。

 生前となんら変わりない日常だな。



 だから俺に尋ねたのか、死後の俺?

 未だに駒次郎と宿屋の人間ぐらいしか口利いてないんだよ、…生前の俺。

 ヤクザは畜生だから数にいれない。

 


 道はわかっているんだ、駒次郎の居場所が分かんねぇんだわ。

 それを聞いて歩くにはリスクがあるかと思い、踏みとどまっている。

 宿を出る際にすれ違いで帰ったんなら、この耳が聞き逃すはずはない。


 つまりその線はない。

 帰り道も一本道だし。


 考えられることはひとつだけだ。


 道中、身を隠さねばならない事態が彼を待っていた。

 すでにさらわれた可能性も無きにしも非ずだが。


 宿屋の玄関先にいたゴロツキたちは駒次郎を血眼になり探していた。

 増員していたのが何よりの証拠だ。

 手分けして探していたやつらが居たとするなら先に連れて行かれたか。

 あるいはその遭遇で危険を察知して、身を隠したのかもな。


 どっちにしても、めんどくせぇな。


 

「連れて行かれたんなら…」



 もう一度、屋根の上から裏通りも見渡していこうや、死後の俺?

 見回り同心がいるから昼間はやめておこうぜ、生前の俺。


 こんなとき二手に分かれられたら便利なのにって昔の俺は思っていた。

 せっかく忍者なんだから、分身とかできたら超便利なのに。

 そう思わないか、今の俺?



「分身できたら、上下に分かれようぜ?」



 は?

 何喋ってんだ、どういう分身なんだよ!

 ぜったいカッコ悪いやつやろ、それェ!

 ちなみにこっちの俺は、ブサ顔の上半身引き受けてやるから、な。


 二手になったら、屋根の上と下の道に分かれて探すんだよ、そこの俺?


 そっちかい、ワレェ!




 ◇




 まじめにどうするのか。

 闇雲に動き回らないほうがいいだろう。


 それなら、ひとまず女神といた祠へ行くとするか。

 この任命書だって今後、暴れたりしていたら紛失して、流出したらやばいから。

 たしか出て来たとき、扉のチェックをするのに振り返った。


 その折に祠の下に隙間があるのが見えたんだ。

 その辺りなら女神の力が働いていると思うから、これほどの安全地帯はない。


 指が一本はいる程度の隙間だが、すこし奥へ突っ込んでおこう。

 取り出す時は、細い針金でも突っ込んで引っ掛ければ、大丈夫だ。



「引き返し、芝居小屋へ行って見よう!」



 駒次郎がふたたび追われの身になった、そのように仮定するなら。

 俺の居場所へ来るのが一番安全と悟れるはずだ。


 芝居小屋なら人の目も多い。

 彼が宿に案内してくれる時も、そうした方が安全だと提案してくれたんだ。

 わかっているよな、駒次郎なら。




 ◇




 

 芝居小屋にたどり着いた。

 なんだかんだと30分は巡り、戻ってきた。

 

 小屋の中は、ほぼ満席だった。

 きっと名のある一座なのだろう。

 芝居小屋といっても、寄席のような小さな舞台だ。

 座布団が板の間に置かれていて、皆そこに座していた。



「えっと、名奉行が町民に扮して悪事を暴く……って、なんか知ってるし」



 入り口で手渡された演目案内の絵草紙に目を通してみた。

 面白そうだが、途中からなのでよくわからない。


 芝居をじっくり見ている場合じゃない。

 ここに来れば駒次郎と再会できると思っていたのだけど。

 50人ぐらいの観客でひしめいているが、客に紛れている様子はない。


 あいつの顔は小顔で爽やかな感じだから、居ればすぐにわかる。

 けど大人ばかりしかいない。


 見回りながら、小さく名を呼んでみたが見つけられなかった。


 見当違いだったかな。

 人だかりのある所なんて、ゴロツキたちも隈なく探しにくるか。

 奴らには証文という名分があるから、人目をはばかる必要もないわけだし。

 ここが安全だと考えたのは、少し安直だったかな。


 芝居が大詰めを迎えてきて、役者が舞台の上にぞろりと並んだ。



「あれは……御白洲おしらすか」


 

 奉行が裁判を行う場面だな。

 舞台が狭いから簡略化されているが、町民役が平伏している。




 ◇




 奉行役が「おもてを上げーい!」と逞しい声を張った。



「すごい迫力だな。奉行なら肩を晒すんだろうけど、んなワケないよな」



 奉行役の一声のあと、町人役たちが顔を見せた。

 数人いた町人役のなかに一人の若者の声があった。


 奉行に泣きついて、弁明をしながら無実を訴えていく。

 よくある場面だ。

 さては、その周囲の者たちが悪者なんだな。



「ああ、やっぱり。──寄ってたかって若者を追いやっているぞ…」



 うん?

 なんの話だ、こりゃ。



『お奉行さま、わたしは……連れて行かれたお里を連れ戻したい一心で、お宿の蔵などを破ってしまったんです……うぐっ』



 どこかで聞いたような内容だが!?



「……っていうか。コマさんの声じゃねえのか?」



 あ、駒次郎だ!


 あいつあんな所で何やってんだよ。

 それより今……なんて言った?


 お里と蔵破りは、芝居の筋書きじゃないだろ。

 それをお前が口にしているということは。



「ははーん。うまいこと身を隠したものだな」



 そういうことか。

 面白そうな話のネタを持ち込んだんだな。

 それが採用されて役者として舞台に上げてもらったのか。


 おい、それはリアルネタじゃねえのかよ!

 駒次郎のやつ、自分たちの計画を堂々と暴露してやがる。


 やはり、ゴロツキに追われて逃げ込んでいたのか。



「いや、そうした方が返っていいのかも……」



 芝居の中のことにしてしまえば、その話題を今後兄と話したとしても、ここの客の証言があるから何とでも誤魔化せるしな。


 一石二鳥を投じたわけか。

 しかし、あいつの事情を知る者がここに居ないことを願うばかりだ。



「どうやら、一件落着というのでもないみたいだ……」



 幕は下りたのだが、舞台上の説明を聞けば2部完結のようだ。

 つまり、この続きが明日に上演されるというのだ。


 駒次郎、拍手喝采だったぞ。

 大入りの観客は満足げに帰って行く。

 次の日の舞台も必ず見に来ようと、笑顔で賑わっているぞ。


 お前、いい隠れ家みつけたな。

 給金も弾んでもらっているのかな。


 だが。



「悪者はどこにいる? 奉行は町人に身をやつしたんだろ?」



 待てよ。芝居の内容はともかく。

 それより駒次郎がとっさに逃げ込んだ芝居小屋のはずだ。

 それなら、ついさっきの出来事のはず。


 おかしいな。なんか引っ掛かるぞ。


 そんな短時間に皆が演技に移れるか?

 いや、それはない。

 2部完結という長編だぜ。


 この芝居はかねてより話し合って組まれているだろうな。


 

「あれれれ。益々おかしいな……?」



 どうなっているのか?

 すこし頭の中を整理しておくか。



 駒次郎は今日、俺と街道で出会ったときに鉱山から脱走してきたんだろ。

 それを俺の意思で助けて。

 旅の宿を探す俺に礼がしたいからと。

 その足で宿の案内をしてくれて、俺はあの旅籠に泊まることにした。


 ともに飯を食って、風呂に入って。

 そして休憩のかたわら今後のことを思案した。


 ポイント稼ぎの為にお前との進展を望んだ。

 結果、兄の盤次郎を紹介してもらう。

 状況の把握のために。


 兄の盤次郎は、駒次郎が自ら契約を踏んだのに逃げてきたから、このままでは済まないだろうと俺に言ったんだ。


 俺は、手立てがないなら、役人の力を借りればどうかと意見した。

 役人にはすでに訴えていたが、結局お金が物を言う結果に。

 そう、役人の弱みにより、踏んだ契約証文を3両で買い取ることが決まっていた。

 

 そして兄が宿の主人に呼ばれたと離席するが、妙な会話を口にした。

 お里の身請け金も含めて、宿の蔵に忍び込むと言っていた。

 常人には聞き分けられないような距離で隠れるように話したのだ。


 その兄の帰りが遅いので、俺は蔵の下見に行きたかった。

 だが計画を知っているだろう弟の駒次郎が俺の傍にいるので、撒こうと思った。

 

 そうして芝居見物を要望し、案内を任せ、先に宿に帰らせたのだ。


 芝居見物はあくまでも俺の指示だ。

 この兄弟が大胆な行動を起こそうとしているので、ある程度は用心している。

 腹の底にあるものを探ろうとした。



 駒次郎とお里のことは、駒次郎に聞かされた。


 いや待て。


 兄のことも、宿のことも、駒次郎からだ。

 芝居小屋も駒次郎に任せた。

 俺が自分の意思で動いたのは、その場での選択だけか。


 案内はすべて駒次郎だ。

 そうだ。実質、移動先は駒次郎が決めている。


 行く所、行く所で、兄弟の言動に振り回されている感がある。



「気のせい……なのか。それとも──」



 ここまで乗り掛かって、後戻りもないだろう。

 だがこの先も胸がつっかえて、どうしようもないなら。


 俺も2人を見習って。

 直接、駒次郎にでも聞いてみる必要がある。



「宿の蔵を破って、3人で夜逃げをするのか」と。



 大胆不敵な言動をな。

 

 


 

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