第33話 女神エンジン⑪



 第十一話 【任命書】




 

 駒次郎は、あっさりと切り離すことができた。

 芝居見物の終了が約一時間で、帰路の時間も含めればもうしばらく姿を消していられる。


 だが、ここで深夜まで見張っている訳にはいかない。

 そうだな……。

 盤次郎を探して、しばらく様子を見てみるしかない。

 彼の動向さえ押さえておけば、犯罪を未然に防げるはずだ。


 もしお里が周囲で身を隠しているなら、また接触を試みるに違いないし。

 そうじゃないのなら、金蔵を破るための準備に取り掛かるはずだ。


 まだ昼下がりの明るい時間帯だ。

 探しに行かずとも、薪割りのあの場所に戻ってくる可能性は大きい。


 下働きの身で、あちこちうろついてばかりでは怪しまれる。

 本当に宿の主人に呼ばれたのかは不明であるし。


 俺もあいつらに探りを入れようと言うのだから、何かしらをまだ疑ってはいる。


 金が必要だという理由はすでに明白だが、貧乏人の町人にしては行動が大胆すぎると思っているのだ。芝居小屋の道すがら、盤次郎はもう20歳だと聞いた。若さゆえの突発的な行動にしては蔵破りは無謀で難易度が高すぎるだろ。


 身請け金を盗んだ金で……となれば計画的な匂いもするが。

 そこまで彼らを駆り立てるものが何かを知らなければ、こちらの身も危うくなるからな。手を引くのか、このまま加担して良いのかの見極めのためでもある。


 親がいても不思議じゃない年齢だ。

 擦れたり、グレたりしているようには思えない。

 仮にチンピラを経験しているとしても、まともな職につくには相応の仲介人が必要ではないかと思うのだ。それが悪人だろうと善人だろうとな。



 何かしらの疑い。



 宿をざっくりと見て回ってきたが、部屋の数は三十はあった。

 結構、大店おおだなになるのではないか。

 このような所に読み書きもできぬ者が、つてもなしに奉公できるものだろうか。

 読み書きが出来ぬかどうかを確認したわけでもないけど。


 蔵が狙いで勤めているなら余計に宿側に知り合いがいるのは合点がいかない。

 その場合、親しき良き相談者がいることになり、その者への迷惑も考慮すれば恩を仇で返す行為はやはりあり得ない。


 その可能性を否定できる要因はある。

 出会ったときから気になっていた二人のあの堅苦しい名前がそれだ。

 訳ありの町人は案外、武家の出という江戸時代のあるあるも疑っている。

 それなら仲介人などなくてもある程度の信頼にはなるからな。


 あれこれ思案してても仕方ない。


 まあ事を起こすなら、夜になってからだろう。

 それが今夜とは限らないけど。


 


 ◇




 盤次郎の持ち場の裏庭へ来てみたが。

 もちろん、宿の屋根伝いにだが。

 誰かに姿を見られるわけにはいかないからな。


 

「まだ戻っていないようだ……」



 どこに行ったんだ。

 聞き込みをしたいのは山々なのだが。

 俺はいま宿の連中にむやみに接触はできない。

 それでは駒次郎をいた意味がない。

 あいつも基本的に宿側の人間だからな。


 一人に知れたら伝わる可能性がある。

 俺を完全に信用してくれているかもわからないし。

 だって今日、出会ったばかりだもんな。



「いまから別口の人助けを探しておくか?」


 乗り掛かった船だが、なんだか危険な匂いがする。


 だけど、それだと忍者になった甲斐がなくなるじゃねぇか。

 ──と考えたとき、ふと思い出したことがある。


「そういや、俺が里から受けた任務ってどんな内容だったんだ?」



 その件は女神が処理を済ませていたし、終わらせる必要がなかったからな。

 一応、忍者として請け負ったわけだろ。

 どこかへ行く予定だったりしたのかな。この界隈のはずだよな。


 俺はそっと自分の部屋に戻り、荷物の中をまさぐってみた。

 荷物といえば、後から授かった薬売りの箱だけだった。


 すると、一通の封書が紛れているのに気が付いた。


 開封し、目を通してみると。




 ピピピッ!


『こちらをご覧ください』




 うん?

 女神エンジンが反応して、ゴーグルの窓越しに書簡を見ることに。

 そうか。

 現代語で見せてくれるためにか。

 一瞬だが、大昔のうねうねした文字だったのが見えたよ。

 あれじゃ、わけが分からんしな。



 なになに……。





 おぬしは、ツナセ街道の先の宿場町にて、情報を収集せよ。

 収穫があれば良し。

 その手で奴らから奪い返せば、なお良し。


 決して無理を通すでない。いのちは大事にせよ。

 情報だけでも良い、団子と饅頭を五十食分褒美に取らせよう。


 例の奴らが持ち逃げした頭領の形見を持ち帰れば、報酬百両を取ってつかわす。


 期限は十日以内。

 少年忍者サスケは一旦、報告と身の安全のため里に帰還せよ。



 追伸。

 もしもの時に備えて、我らの伝家の宝刀をおぬしにも授ける。

 綱の印をもって解き放ち、その身に開眼せよ。



 綱隠つながくれの里、里長 綱賀天内つながてんない






「え……っと、支度金はもともと使い切っても問題なさげじゃんか。この任務おいしいんじゃないか? 食いもんじゃなくて、クリア報酬百両だろ!」


 

 女神さん?

 伏せていたのは、たぶん期日からしてやり遂げるのが無理だからか。

 それともネタバレできない方なのか。


 いやこれ、後者じゃねぇか?

 前者であるなら、この書簡おいて置く必要ないだろ。

 俺が見つけたら絶対興味をそそると知っているだろが。


 忍者サスケってだれ?

 俺のことだろ!


 伝家の宝刀ってなに?

 ぜってぇ、超スキルだろ!


 綱の印ってどうすりゃいい?

 たぶん、サスケの俺は知っている前提なんだろうな。

 里に戻れば分かるかも知れないけど、、、


 綱隠れの里……どこにあるんだよっ!



「っていうか。どんな強敵なんだよ! ……忍者か侍しか居ねぇよな」



 時間的にはやっぱり無理なのかも。

 素直に盤次郎を見張るとしますか。






 ◇




 

 

 百両とか、伝家の宝刀とか色々興味をそそられたけど。

 結局、忍びの里へ戻ったときの報酬のようだし。

 そうなれば任務は打ち切られて、外へは出られなくなってしまう。


 里忍にはそういう縛りがあったっけ。

 女神の配慮で任務を受注状態にしてもらっていたんだ。

 その支度金の三両だけ有難く使わせてもらおう。


 猫糞ねこばばじゃなかったのは何よりだ。

 ちょっと後ろめたい気持ちがあったからな。



 しかし凄いことが判明した。



 忍者の俺は、綱隠れの里出身のサスケ。

 仮初の薬売りがグン。ここは何とでも名乗れるということだ。


 つまり、ジョブチェンジというのは、この江戸世界の住人の誰かにチェンジするってことらしい。


 俺の脳裏に素朴な疑問が浮かびあがる。


 厳密には誰かにチェンジ、ではなく。

 誰かとチェンジしているのだろう。

 それが練習での転生という経験なのかもしれない。


 それなら、その誰かは今どこにいて、何をしているんだ。

 いやもちろん忍者のサスケはここに居て、俺がその役を務めている。



 そういや、そんな説明だったな。役を演じるという意味も含むと。



 仮に俺が町の子供とかを選んでいたら、サスケは別人で存在していて、もしかしたら出くわしていたんだろうか。

 そのサスケは子供の俺の味方になってくれたりは……そんなはずないよな。


 出会っていようと、出会っていまいと、サスケはこの任務を遂行するために里の外にいるわけだから。いまの俺はちがう目的だけどな。

 

 俺は次も、その次も忍者で行くつもりだ。

 ほかの役なんかやりたくない。


 駒次郎たちを見ていれば分かるじゃないか。

 財も地位もない町人なんか、みじめなものだ。

 貧困層になるのはもう、うんざりだ。


 でも次の忍者もこのサスケなんだろうか。

 俺が初心者だから抜け忍は無理だといって、こうしてくれたんだ。

 次が経験者という認定なら、同じ条件では開始しないのかも。



 どの道、忍びの里なんかに寄っていたら、ポイントは稼げないしな。



 3日間の滞在対象となるのは宿場町とその周辺だった筈だ。

 町の傍に忍びの里なんてないだろうし。行って出してもらえなかったら詰むし。

 どんな忍者でもべつに良いんだけど。


 名乗る名前が変わらないのに、人だけ変わるのってややこしい。


 まあ祠に戻ったら、女神に訊いて見るか……教えてくれるかな、あいつ。

 そのときは同じ忍者でなければ混乱すると、駄々でもこねて見るか。


 とにかく今は、盤次郎たちの企みをどうするかだ。




 ◇



 

 部屋で少しの間、物思いに更けていると声が聴こえて来た。

 俺の部屋は宿の入り口から割と近い。

 だが騒動でも起きない限り、人の声が気になるということはなかった。


 俺は、天井裏にいつでも飛び上がる態勢を整えて。


 その上で耳の奥に神経を注いだ。

 それは部屋のすぐ外の廊下や、庭先からの声ではなかった。


「どうも玄関先が賑わいでいるようだ。この声は…まさかあいつらか」


 複数人の聞き覚えのある声が届いていた。


 街道で駒次郎に絡んできたあのヤクザ者たちだ。

 店に難癖なんくせをつけているようだが。

 おっと、それに応対する店番たちに紛れて、盤次郎の声が聴こえる。



『親分さん、店先で大声を出されたら困ります。証文の代金のことは奉行所で取り行う決まりでしたよね、お忘れですか?』



 落ち着いた口調で諭しているぞ。


 そうか。

 

 盤次郎とあいつらは役所で話し合ったと言っていたな。

 初対面じゃないから会話が遠まわしじゃないんだな。

 これって店の人たちは周知しているってことになるのか。

 いや、もっとも駒次郎とお里の件だけだろうけど。


 それじゃあ、もともと駒次郎が宿にいる可能性は知られているってわけだ。

 兄の居場所は役所にも届けでているはずだからな。


 気づくのが遅いけど、そういうことね。

 俺をこの宿に誘導したのは。

 まんまと宿の用心棒にでも据えられたってところかな。


 だけど幸いにも駒次郎は今、宿を留守にしている。

 もうすぐ戻って来るのかもしれない。

 証文の代金を支払うことで駒次郎が解放される?



「うん? コマさんと出会ったときは鉱山から逃げて来たときでしょ。つまり脱走。で、ゴロツキたちは今ここにコマさんがいないかと押し寄せてきた…」



 だけど今の会話からも、もう少し前に役人に訴えていて、契約を踏んだ証文を買い取るだけで良いという話になっているんだよな。

 その時点で駒次郎が解放されていないことも不自然だが、盤次郎は駒次郎を引き取りにも来ていないよな。



 俺達がここに着いたときも、奥で薪を割っていたんだろ。



 役人が鉱山まで向かい、駒次郎の保護に当たっていても良いはずなのに。

 役人の姿なんてなかったぞ。

 それどころか駒次郎は痛い目に遭っていた。


 なにか腑に落ちない。

 どこかにズレがあるように思うのだが。

 この時代を生きてこなかった俺の思い過ごしだろうか。


 盤次郎は、俺に駒次郎の逃亡の手助けをしたことを感謝した。

 それは戻って来た駒次郎に聞いたのだろうけど。

 感謝感激だったかと言えば、それほどでもない気がする。


 俺と駒次郎が訪ねたときも、気配か足音で人が来るのを知っていたように、先に物静かな会釈を見せてくれた。

 盤次郎は武人かもしれない。気を付けねばならない。

 冷静すぎるっていうか……心配じゃないのか。



「その間も、おそらく金蔵破りの調査をしていたんだな」



 余程、お里さんの救済に固執しているようだな。

 恋人じゃないけど大切な存在なんだな。


 ゴロツキたちも証文が有効な以上は、駒次郎をこき使う権利を持っているから。

 弟の駒次郎が殺されることは、まず無いという観点が生じる。

 野生の証明みたいな人生を送っているんだな、この人たち。


 そのうえ、役人はヤクザ金融の言いなりな部分があるから。

 対応がずさんで、ひでぇな。

 おっと、こうしちゃ居られない。


   

「そろそろ、コマさんが戻って来る頃合いだ」



 駒次郎が店先でゴロツキと鉢合わせることはないよな。

 あいつらは遠めに見えてもド派手でガラの悪い連中だ。

 誰の視界にも入りやすい、目の毒みたいな奴らだ。


 道行く人々の顔色も曇っていくからきっと気づいてくれるさ。


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