第35話 女神エンジン⑬



 第十三話 【芝居裏】



 

 舞台の幕は下りた。

 観客は早々に小屋を出て行く。


 俺も観客だが、外に出て行くわけにはいかないのだ。

 駒次郎の保護があるからな。


 だが、2部構成となると、駒次郎も急きょ潜り込んだわけではないよな。


 俺が駒次郎に芝居見物を持ち掛けたとき、確かに妙な顔をしていたっけ。

 ほかに芝居小屋があるわけでもなさそうだから。

 案内するしかなかったのかも知れないが。


 芝居を一人で見る。「兄のことが心配だろうから戻っていい」というと。

 え?

 といいながらも、帰っていった。

 その後、出番がきて舞台に上がったとするなら、帰っていったのはなぜだ?


 駒次郎はもともと芝居の役者だったんだろうか。


 運良く町に帰って来れたから、仲間の所に顔を出したら、出演しろ。

 ここの仲間は駒次郎が鉱山に行ったことを知らないのかもしれない。

 素性と過去はまだわからない。


 どうにも腑に落ちないけど。

 さらに舞台の裾から、俺が姿を消していることも確認している可能性もある。

 駒次郎から見た俺は、どう映っているのだろう。

 案外相手も謎を抱えていたりするかもな。


 どんどん、めんどくさいことが起きているようで少し怖い。

 でもやってやる。

 やるしか道はないのだ。



 早速、裏方に回って見るとしよう。



「やあ、コマさん。いい演技だったね…」



 楽屋に入って行き、声を掛けると。



「お客さん、困りますよ。さしずめ、明日の芝居の話を聞きに来られたんでしょうが、お教えできないので引き取ってくんな。ここは子供の来るところじゃないよ」



 はあ?



「だ、だれが芝居のネタなんか聞きにきますか。俺は、グン。ここに飛び入りではいった駒次郎さんの知り合いなので挨拶に来ただけですよ」



 居るんだよな、警備みたいなおじさんが。

 俺は芝居なんてそもそも見に来てないし。

 きっぱり言うと、奥にいた駒次郎に連れであると確認が取れたようで。



「それじゃあ、お芝居の内容にはくれぐれも触れないでくださいね」



 心配そうに、念を押して来た。

 それ、ネタばれ注意ってやつだろ。こっちは経験済みだよ。


 一応の信頼を得て、楽屋に通してもらえた。


 芝居小屋の楽屋は一部屋しかなかった。駒次郎を含めて12人か。

 中で挨拶を交わすと、座長らしき人が駒次郎に客を大事にするようにと。

 話をすることを許してくれた。

 そこに関係者がほぼ全員いるようだった。


 早速、駒次郎に声を掛けた。



「コマさん、探したよ。宿に返したと思っていたのに、ここの役者だったの? 今日の出番はあらかじめ決まっていたの? 鉱山行きは打ち明けていないの?」


「ああ。ごめんよ。グンこそ姿が見えなくて迷子になったかと心配したよ」



 俺がグイグイと質問するからか、質問で返して来た。

 やっぱり、俺の姿がないのを確認済みか。



「それが……お腹の具合が悪くなって、かわやへ行っていました」


「宿のお昼ごはんに嫌いなものでもあったの?」


「いやいや、そうじゃないけど……ツナセ街道に入る前からなんだ、それは大丈夫だから気にしないでくれ」


「それならいいけど…。おれね、役者になりたくて。まだ駆け出しだけどな」



 この展開を想定していなかった俺は、咄嗟に口から出まかせを吹いた。

 すこし焦ってはいたが、辻褄は大体だが合っているだろうと思う。


 駒次郎の方も、宿に帰ったふりをして戻ってくる意味が不明だ。

 それを不問にしてもあの話が芝居になっているのは、さらに謎だ。


 まあ、「便所も見に行った」とまで言わず、「ふーん」といって納得した感じだったから、それは助かったけど。


 なぜそんなに目配りが鋭いんだ。

 役を演じる勉強がそうさせているのかな。


 鉱山でひと月も重労働を強いられて、怖い思いをしてきた少年が。

 命からがら逃げて来た貧乏長屋の町人の緊張感などどこ吹く風だな。


 借金の形に取られた幼馴染のお里は心配じゃないのか。


 兄の盤次郎は今夜にでも、蔵を破るかもしれないというのに。

 のんびり役者の見習いなんかしている場合か?

 ここで世間話をして別れたら、またはぐれてしまいそうな予感がしてきた。


 ああもう、めんどくせぇな。

 色々と勘ぐってばかりじゃ、ちっとも見えてこない。

 俺にも時間の都合があるからな。


 ええい、突破して見るか!



「コマさん、お里ちゃんのために宿屋の蔵をやぶるつもりなの?」



 そりゃそうだろ。

 聞くよ。

 聞けば良いだけのことだ。


 一瞬だが、瞳孔が開いた。

 驚きを隠そうとするが、俺は鎌をかけるために言ったんだ。

 見逃すもんか。



「あはは。もう破っちゃたところなんだけど。ちょうどおれの出番を見てくれたんだな、グン。うれしいよ」



 それ、まじで言ってんの?

 役者を楽しんでいるのは、嘘とは思えないんだよな。

 

 だが誤魔化されてたまるか。



「俺はさ、リア……現実のことを言ってるんだよ。

 コマさん? 遊郭への身請け金のためにバンさんは蔵へ押し入るために計画を練っているのは、知っているんでしょ?」



 もはや単刀直入に聞いていく。

 助けたいだけなんだ。

 どうなって行くのが理想か、話し合って決めたいだけだ。

 

 頼む、正直に答えてくれ。

 俺は彼の目をじっと見据えて、それを訊ねた。





 ◇




 

 ついに駒次郎に対して、ぶっちゃけトークをしてやった。

 実際のところ、ついついやらかしてしまっただけなのだが。


 ここに来るまでの道中で彼を見つけられたら、陰からそっと見守るつもりでいたのに。


 だけど、あいつは小屋の中にいて、まさかの舞台上だ。

 いったい、どうなっている。とても声を掛けずにはいられなかった。



 どういう神経で芝居に打ち込んでいるんだよ。



 兄の盤次郎ばんじろうは、下手をすれば咎人とがにんになってしまうかもしれない。

 そんなときに。


 もっとも、俺が2人のうちのどちらかに逢いに来た場合を想定して、犯行に及びやすい行動を取って居るのかもしれないという疑いも、心に芽生めばえてくるが。

 

 どちらかがおとりで俺を何かしらのアリバイに使おうとしていないか。

 この兄弟は絶対……何かを隠している。


 だれにも言えない何かを背負いながら、ふと出会った俺にも当然その秘め事を抱えたまま、何かに利用しようと企んでいる可能性を否定しきれていない。


 俺の誘導は駒次郎の意向だし。

 宿と芝居小屋へ案内したのも事実だし。

 偶然や思い過ごしもあるかもしれないが。でも疑いたくなる要素は確認しているから。


 バレたくないのなら、誘わないだろうし。

 疑えば切りのないことではあるが。


 今回の芝居の内容に、例の蔵破りの全容が盛り込まれているなら明日の公演を見ればいいだけだ。


 ただ、そんな無謀なことをするメリットが全くわからない。

 世の中には手柄欲しさの暇を持て余しただけの岡っ引きもいるし、金になりそうなネタを探している後ろ暗い輩も目を光らせているかもしれない。

 

 俺に心を許せる相棒でもいれば、こんな心配しなくて済むのかもしれないな。

 俺は時折、俺に説明を求めてきたが、相談者がいればそんな俺はうまれなかった。


 この芝居を見た後で、この筋書きを読み解くことで、なにか進展があったりしないかも気になってきたところでもある。


 そして俺は気づく。いや、すでに気づいている。


 2人同時には張り付いてはいられないことに。

 兄弟の居場所が別々にある場合、その心配が起こる。

 現代人であろうと、忍者であろうと、俺は単独だ。


 いま駒次郎から目が離せないなら、盤次郎の方にはこの目は行き届かない。


 宿に案内された折、兄が勤めていることを知った。

 兄とは関わりが薄い可能性を問うなら、さぞ弟に無関心という結論になる。

 そういう家庭もあるだろうが。

 この兄弟はそうじゃなさそうだ。


 どちらも、お里という幼馴染を救い出したいという強い願いがあった。

 共通の目的が明確にあるのだから、2人は一致団結するだろう。


 盤次郎の動向も気になって仕方がない。

 だから俺なりに、少しだけ手を打っておいた。


 それが蔵の下見だ。

 錠前の形状もばっちりと見て来た。


 宿の蔵の周辺も、使用人の部屋も寝転んでまで見て来た。


 そうして置けば、あとで俺自身が見落としている事柄にアクセスできると考えたんだ。そこで試しておいたことがある。



 そう。この世界で俺だけが使える女神の魔法【女神エンジン】でな。



 忘れていないぞ。

 女神エンジンは俺が見聞きしたものは、詳細を覚えていなくとも検索して情報を得ることができる代物だ。

 その検索にはおそらく、時間の経過も含まれているはずなのだ。


 さっき、蔵の前に行った。


 あの場面で俺は錠前のことを調べたかった。


 俺は昭和生まれの未来人だ。

 番号式とかダイヤル式とかの鍵の情報もでてきても不思議じゃない。

 古い情報よりも、より昭和に近い情報が俺の中には濃い記憶としてあるからだ。


 欲しい情報は文言プラス、【女神エンジン】だったな。



 だが俺は、「江戸時代主流の蔵の鍵」などとは一言も言っていない。



 蔵の前にいるだけで、鍵穴に鍵を挿入して回して開ける形式の情報が見えた。

 このとき透過画像もでたのだ。

 画像なら現代の絵図から抜粋されてなければ不自然なのだ。

 あれは昭和時代のものだった。


 女神エンジンは俺の見たい知りたいに呼応して出現し、即結果をくれた。

 自然とエンジンの画面越しに錠前を見ていた。

 そこに内部の構造が透けた状態の、図解が映し出されたのだ。

 昭和の時代劇からの知識に江戸の錠前の情報が当てはまらない可能性もあるはずだ。


 なにせ、時代劇だからな。


 つまり目の前のものに対して情報が欲しいと思うだけで、エンジンできることに気づかされ、実質女神エンジンで、ものをある程度スキャンできることを知ってしまったのだ。

 人の心は検索できず調べられない。


 そして自分が居る時代の情報に、自動的に絞り込まれていた。

 これは女神も言っていた。

 『情報が絞り込まれる』と。


 江戸時代のものは江戸時代のものだけに絞られたのだ。

 俺の記憶だけから検索されたなら、いくつか出て来るはずだから。

 だって俺は、この時代の錠前の種類はもっと複数あると思い込んでいたのだから。


 女神は「簡単で楽しいだろ?」と言っていた。

 まったくその通りだな。


 そして、盤次郎の言ったお里へ向けての発言も、俺が見聞きしたワンシーンなのだ。だがおそらく、その時点で検索しても情報を取得できない可能性があった。

 もっともその時は、うっかりしていて検索などしなかったんだが。


 盤次郎から離れて時間を置き、彼には次の行動に移ってもらうことにした。

 しばらくしたら、彼の行動に進展があるはずだ。

 俺の行動に進展がなければ、情報更新しないのと同じ理屈だな。


 たとえ全てが分からなくても、盤次郎から俺が聞いたセリフなどは限られているから、それ以外の情報が盤次郎と会わずして飛び込んできたなら、これからも女神エンジンで人物の更新情報を取得して楽ができると考えている。


 駒次郎と話して、白を切るようなら2人ともエンジンにかけて調べてやる。 

 俺が言う、検索における時間の経過とは、これのことだ。


 検索結果は、女神の記憶から抜粋されているはずだが、江戸時代のことは俺の記憶からだから、一度俺の記憶物として俺の中に納まる必要があるのだと勘ぐっていたのだ。


 盤次郎が「蔵に忍び込む」といったことは俺が知らなければ、その後偶然ここに辿り着いても芝居の筋書きとしか認識できなかったはずだ。


 それを知る要因は空耳ではなく、忍者の聴力によるものだ。

 忍者の能力は俺のものだ。裏切りはない。

 これについての信ぴょう性は、駒次郎と接触する前に経験したことだからな。


 女神エンジンも俺を裏切らない。


 笑ってごまかした駒次郎に対し、盤次郎の蔵破り計画を真剣に切り出した。

 駒次郎が神妙な面持ちで、顔を近づけてきた。



「グン。出会ったばかりの兄さんの動向をどうして探るんだ?」


「え……」



 肩を抱きかかえるように近づき、耳元で囁くのだ。

 そりゃ聞いたなら、そう聞き返すんだろうけど。びっくりしてしまった。

 今さら、冗談で済まされる状況ではなくなった。



「あんたの強さがずっと引っ掛かっていたんだ。十四だと言うのに。ヤクザ者を十人も石っころでなぎ倒すなんて……」


「コマさん? 急にどうしたの……うぐっ」



 駒次郎は低い声を出して、俺に詰め寄って来た。

 それに。

 街道での弱々しさは微塵も感じられない。

 強い握力で肩を掴まれているのが分かるから、少し焦っている。



「軽業師のように身をひるがえして、力強くおれに手を差し伸べてくれた。グン……あんた、ほんとはどこぞの隠密なんじゃねえかい?」



 隠密の存在を軽く口にして。

 なにこの異常な握力は!?

 こいつ、只者じゃないな。どうする俺。


 やっぱり強盗を計画していて俺に詰められたものだから、本性を現したのか。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

名もなき草原に咲くⅡ ゼルダのりょーご @basuke-29

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ