第30話 女神エンジン⑧



 第八話 【はじめての出会い】



 

 

 ゲーム開始早々。事件のようなものに遭遇した。

 だが広い世の中だ、どこにでもありそうな出来事だろう。


 より良いスキルの獲得には、クリア条件となる『人助け』が必要。

 駒次郎を窮地から救ったことで、とりあえずの感謝の言葉を受けた。

 これだけでもひとつの、「チャレンジクリア」と見なされているのか。

 そんな時は、確認するのだったな。



 駒次郎救済進行度+STオープン──【女神エンジン】。



 ピピッ!

 STステータス……更新あり。




 ☆ツナセ街道 ゴロツキと駒次郎


  アクシデントにより、イベント発生。

  『人助け』を意識下にクエスト受注を決定。


  ①クエスト受注:+005pt  ②傷の手当:+020pt

  ③対象者の保護:+020pt  ④敵の討伐:+100pt (ゴロツキ10人撃退)


  ①請け負う勇気に貢献 ②回復に貢献

  ③救助に貢献     ④戦闘に貢献


  貢献度に応じてpt獲得


  つぎのレベルまで:1000pt

  現在取得ポイント:0145pt のこり:0855pt

  

 

  対象者からの感謝の気持ちにより、集計結果更新。



  フィールド:ツナセ街道~宿場町


  主人公:グン  旅のお供:駒次郎


 ☆



「これは人助けの内訳か。貢献度が四種あって受注は俺の決意か。つぎのレベルはよくわからんけど、いま145ptで1000までにあと855が必要……たぶんスキルの獲得にじゃないかな。……あいつら一人10ptかよ。そんじゃ、コマさんとここで別れる手はないな。引き続き、pt稼ぎのために付き合うのがセオリーだろうな」


 うん?

 エンジンから状況確認をしていると駒次郎が後ろから声を発した。


「グンっ! ちょっと……待って、足が速すぎるよ」

「あ、ごめん。気付かなくて」


 振り返ると彼が息を切らせながら、そう呟いていた。

 俺の移動速度は人の三倍だった。

 意識しないと常人は追い付けなくなる。


 おかげでエンジン閲覧中の独り言を聞かれることはなかった。

 歩行速度を彼にあわせて歩き出す。


「ところで、さっきの奴らはヤクザ者のようだったけど?」

「そうなんだ。おれの住んでる長屋に度々やって来る連中さ」


 駒次郎は長屋暮しか。

 貧困層のあるあるで借金でもしているのか。

 込み入ったことは本人に聞ける範囲に留めなくては、ここで嫌われるわけにはいかない。貧乏人は家庭の事情を格好悪がって話したがらないからな。


「あんな奴らが、何しに来るの?」

「年貢が厳しくてな。長屋の仲間もみんな、借金があるんだけど、若い娘がいる家は借金の形に取られてしまうんだ」


 陰惨な話題をわりと軽快に打ち明けて来た。

 この時代、そのケースは身売りと呼ばれ、行き先は女郎屋と相場は決まっている。

 まあ、俺が聞いたんだけど。


「それで、コマさんの所も家族を差し出したの?」

「いや、おれの家に女はおっ母だけだよ」

「そっか。じゃあ借金返済のために無理やり働かされていて、逃げてきたとか」

「そのほうがずっと気持ちが楽だったかもしれないよ」


 彼からは悲壮感が漂う。

 あんな連中を相手に何かしらの交渉を試みていたのは知っているし。


「心に想うだいじな人でも、取られましたか」

「……ッ!」


 駒次郎の顔色をうかがいながら、ドラマに出てきそうなシーンをチョイスしてみると。

 彼の瞳孔が開いた。

 どうやら図星のようだ。


「おや、これは余計なこといってしまったかな」


 俺が案ずると。

 彼は首を軽く横にふって、そんなことはないと優しく口を開いてくれた。


「ただの幼馴染だと思っていた。けど連れて行かれる前夜になって、涙を溜めたお里から「ほかの男に抱かれる前に駒ちゃんに抱きしめて欲しい」といわれて」


 あらら。

 告られたのだろうか。

 

「恋に落ちたのですか」

「若い娘はお里が最後でした」

「おさとちゃんはよっぽど美人だったんですね」

 彼は一瞬目を泳がせて、

「働き者でもないおれなんかにすがるようにして、一夜を過ごしたもので。どこに連れて行かれたのかと、探し倒してようやくあいつらの所だとわかったんだ」

  

 掛け合ったのか、女郎屋に。

 見請け金がとんでもない額だったことだろう。

 しかし、なぜ追われる身になったんだ?


 全額返済しても、遊郭からの離脱にも大きなお金がいる。

 彼は貧乏なのでとてもじゃないが借金の返済すらできないはず。 

 ならば門前払いで、相手にされないのが普通だろ。


 何か、やらかしてしまったのか。

 で、なければ遊郭はヤクザ者など抱えないだろう。さっきの連中は雇われ者か。

 昔から、恋は盲目というからな。

 




 ◇




 

 駒次郎と街道で出会わなければ、10分ほどで宿場町に着いていた。

 それが何処だともわからずにだ。

 彼との接触で、ゴロツキを相手に10分ほど消費してしまった。

 ここは江戸ではなく、ツナセという宿場へ通じるツナセ街道だと知った。


 そこへ向かう道中だ。

 彼に道すがら事情を聞くことで、さらに20分が経過した。

 祠を出て、程なく街道へ出たので少なくとも、合わせて30分が経過した。


 街道を東へ歩き出すと、すぐ彼らの存在を忍びの聴覚で感知した。

 その時も数分が経過したはずだ。

 これで、40分弱。

 こちらの計算上ではあと10分ほどで宿場へ着くだろう。到着までの時間は約50分となる。

 そこまで行ければ、この世界で50分間を生きたということだ。


 いきなり戦闘なんかすれば、命を落として失敗だった可能性もある。

 だが、すんなりと人の助けとなれた。

 すがすがしい体験に心が躍った。

 一時しのぎだが。その勝因は先手必勝にあった。

 俺は、ぐだぐだとした相手の事情を聞いているうちに、相手のペースに持ち込まれると判断したのだ。


 人に意地悪をする連中には、嫌というほど心当たりがあるからだ。

 理屈で勝っていても道理に反する行いをするからヤクザなのだ。

 部外者の正論など通らない。ならば物理でいくだけだ。俺としても、相手に手を出させて様子を見ていられるほど、立ち回りに自信はない。


 それなら忍者の特技で素早く打ちのめすのが、有効だ。

 特技にイシツブテがあり、その命中率が30とあった。あくまで確率だから、どこを狙うかが重要だと考えたのだ。


 悪人といっても、出会い頭に人様に石をぶつけるには勇気がいる。

 それも大人より威力が大きいことは表示で確認済みだし。


 最初は、足を狙った。


 それが少し外れて顔に着弾したようだ。上下にずれるとその範囲だとわかった。左右に外れてもその範囲なら、ゴロツキたちが逃げ場を塞ぐ対策として俺たちの周囲を囲ったことは、返って好都合となった。


 奴らの立ち位置がばらついているよりも、どこを向いても均等な間隔でいてくれたことだ。これで左右にも外れる確率は下がる。

 下がるというより、狙った者から外れた所に他の者がいただけなのだ。

 連投すれば、下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる。という結果がでる。

 ここに無関係な者がいなかったことが幸いした。そこは今後気をつけねば。


 俺は生前、学友と草野球を経験した。投げるのも、打つのも下手で結局、仲間外れになった。

 どちらも命中率が関係していた。ボールを打つのもこの確率とわかっているなら三振ばかりはしなかったのにな。



 ◇



「グン、宿場に着いたら、おれがいい宿を案内するよ」

「いい宿? 雨露をしのげればそれで良いんだよ。目立つ所は控えたい」

「もちろん、上等って意味じゃないよ。旦那様と働き手の人の良さだよ、心配しないで期待しててよ」


 なんだか駒次郎が張り切っているように思える。

 案内は嬉しく思う。あるに越したことはない。

 これで宿の確保に手間取らなくて済むわけだし。

 

「料理が美味しくて、湯も評判で、部屋もたくさんあるんだ。安くて客足も多いからかえって目立つことがないと思うよ」

「なるほど、一理あるな。大きな宿で人の出入りが多い所か。よし、宿の方はコマさんに任せるよ」


 彼は彼で大変な事情を抱え込んでいるというのに、助けた礼だといい、道案内と宿の紹介までしてくれるというのだ。


 宿場にたどり着いた。

 多くの人が行き交っていた。

 宿までの道のりも案内があるので、すんなりと到着した。


「ここがコマさんのオススメか?」

「はい。アヒルノ宿屋さんです。おれの兄ちゃんが奉公させてもらっているんだ」


 どおりで強く推してくるわけだ。


「お兄さんがね。下働きですかな?」

「風呂の薪を割って、風呂釜の火加減を任されています」

「ほう、では早速部屋を取るとしようかな」


 駒次郎が客引きをして来たかのように、俺を案内した。

 空いていた小部屋をひとつ借りてくれた。

 早速、風呂に案内してくれようとしたのだが、俺は断った。

 なぜなら女神と別れて一時間も経っていないからだ。

 走って汗をかいたわけでもない。ゴロツキたちは軽くひねった程度だし。


 それより水飴せんべいを食べ損ねたせいか、腹が鳴っているようだ。


「風呂は食事のあとでいい。2人前、自慢の料理を頼む」

「そんなに食べるんですか?」

「なにをいってるんだ。コマさんの分に決まってるだろ」

「おれも食べていいの?」


 兄がここで働いていたのは意外だったが、追われの身だぞ。

 このまま長屋に帰っても、連中に捕まるのは時間の問題だ。


「コマさんも一緒に泊まるんだよ。このまま家に帰ってもヤクザが諦めると思うか?」

「……いや」

「そもそも、俺が隠れる理由はないだろ。俺強えし。コマさんをかくまうための宿だ」

「……ッ! う……かたじけない」


 町民がいう台詞だったか。

 俺のための宿だが、君にいなくなられては俺が困るんだよ。

 スキル獲得のためのポイントが欲しいんだ。問題児じゃなければ人助けの難易度が下がるからだよ。

 

「泣くなよ、うまいもんでも食べて元気をだして」

「うん」


 番頭を呼びつけて二人分の宿泊に切り替えてもらった。

 二泊三日。

 三両で足りるかと尋ねると、番頭は一両で釣りがくると答えた。





 ◇




 

 

 腰を落ち着ける宿がきまった。

 ツナセ宿場のアヒルノとうい旅籠である。


 日本は広い。

 ましてや江戸時代ともなれば、俺が知らない地名などいくらでもある。

 江戸はここよりまだずっと東になるらしい。

 でもいいや。女神は黄門様がいる時代へ行こうといった。

 だから江戸というよりは、水戸の周辺に来ているのだと喜べばいい。

 時代劇が良かっただけで、べつに会って話したいわけでもない。


 それにたった3日間しか滞在できないんだ。

 目的は、あくまでも能力向上のスキルの獲得。

 そのために、俺が成すべきことがある。


 スキルポイントを貯めること。

 人助けに貢献すれば、それらに応じたものが稼げる。


 すでに、145ptを獲得した。1000ptを目指している。

 この点数に満たなければ、スキル獲得がかなわないのだと判断した。

 1000ptに関しては、『つぎのレベル』という文言が指し示すとおり、これはスキルの格付けではないかと考えている。


 つまり、点数に応じてより良いスキルを付与する、と女神が最初にこういった。

 それならば、このptの獲得に応じてという意味になり、スキルの質を示しているのだろうという結論に至っている。

 質の高いスキルが能力として大きい。

 それはわかる。

 獲得できるスキルの種類が今回のチャレンジで1種なら、このポイント表示は、レベルの高いものを狙うための目安ということだろう。


 1000ptで確実に1種のスキルがもらえる。

 しょぼい例にあった、『うんこを踏まなくなる』も1000ptが最低レベルではないかと。

 とにかく取得すればわかるのだ。

 取得できなければ、振り出しに戻される。失敗は避けたい。



「コマさんを3日の間にヤクザ者から解放する手立てをみつけなくちゃ。このポイントは大きいはずだ。ほかの誰かにおいそれとできはしないから。お里という娘の身請け金をどうやって稼ぐのか」


 駒次郎の苦悩はそれに尽きる。

 身請け金さえあれば、すべて丸く収まるのだ。

 奴らも納得し、手を引くことを前提に話を進めるのが肝心だ。


 街道のときは咄嗟の行動だったから、こうなったが。

 おかげでゲームの仕様みたいなものが少しずつ見えてきた。


 いつまでも、悪人といえども倒し続けるわけにはいかない。

 奴らも商売と借金の形という名分がある以上は、役人に訴えるだろう。

 役人のお出ましは、要注意だ。


 問題は、お金なのだ。

 手元の3両では、とても足りない。

 借金も10両ぐらいにならなきゃ、身売りまで持ち込めない。

 遊郭からの卒業もそれ以上と考えれば、30両ぐらいは準備しなければ。



 ◇




「……」

「グン……。ご飯、口に合わなかったのか?」


 俺は、スキルの獲得に向けて脳裏に考えを張り巡らせていた。

 部屋には、温かい食事を乗のせた膳が運ばれていた。

「頂きます」と一言、手を合わせてから黙り込んでいたようだ。


 先ほどから、向かいで駒次郎の呼びかける声があった。

 飯の味はどうかと。


「ううん、とても美味しいよ」


 白いご飯。鮎の塩焼き。芋やゴボウを柔らかく煮込んだ惣菜。

 椎茸のお吸い物。ほうれん草を胡麻であえたお浸し。大根の漬物。

 デザートの串団子まである。


「それなら良かった。でも……旅の疲れをとるのには湯が一番だよ」


 適度に返答をかえして相槌を打っていたのが、返って心配をかけたみたいだ。

 旅の疲れが出ているのではないかと、風呂に入ることをすすめてくれる。

 食事はほぼ終わっていた。

 ご馳走さまをいうと、大の字になり、畳の上に寝転んだ。


 俺は、駒次郎をみて、


「一休みしたら湯につかるとしようか?」

「そ、それがいいです。早速伝えてきます」


 駒次郎は嬉しそうに、兄に伝えにいった。

 

 程なくして、戻ってきた駒次郎に俺は告げる。


「コマさんも一緒に入るか、あいつらに追い回されて汗かいただろ」

「い、一緒にはいるの?」


 なんか驚いた表情を見せたが。

 この時代、そういう感覚ってまだないのかな。

 俺はさらに言葉を加えた。


「俺に礼をしたいんじゃなかったの? 背中ぐらい流してよ」

「あ、そういうことっすね。えっへへ。もちろんお背中流しますとも」


 そういうことの他に何があるのだ。

 やたらと入浴を口にしながら。サービスしてくれるのではないんかい。

 浴場に入ると、掛け湯をして湯船にドポンと浸かる。

 駒次郎の手を引っ張って、なかば強引に湯に入れる。

 

 湯船に仲良く並んで浸かる。


「コマさん、こういうの初めて?」

「は、初めて……です」

「なんで? お里ちゃんと初夜を過ごしたんでしょ?」

「うちに風呂なんてあるわけないし、一緒にはいるわけないでしょ」


 べつにからかう訳じゃないが。

 女子に迫られて一夜を共にするって、そういうことじゃないの。


「ただ単に抱きしめ合って、別れを惜しんだってこと?」

「……グンは積極的なんだな」

「そうじゃないけど。もう会えないかもしれないんなら、口づけぐらいはするかなって。そんで気持ちが入って、がばっと……」

「が、がばっと?」

「お布団の上に押し倒して!」

「うわ、ちがうちがう! お里とはただの幼馴染だから。バカバカ……グンのバカ!」


 なんで俺のせいなんだよ。

 勇気が出せなかったのは駒次郎さんだろ。

 それだけ純粋だということか。


 なんにせよ、問題は、お金だが。


 駒次郎をともに入浴させて、いい気持ちも味わえたことだろう。

 そして赤裸々な話題で心のケアも一緒にして、人間としての距離は縮まったのではないか。


 さてステータスの更新はどうなったかな。


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