第26話 女神エンジン④



 第四話 【転生】



 

 突然すぎることの連続で少々戸惑っている俺だが。


 死を告知する女神が現れて、俺は自分が死んでいたことを知った。

 じわじわと実感が湧いて来たのか。


 いや違う。


 最初は生活の中での出来事と感じていた。

 それが死の宣告へと変わり、無理やりな自覚に至ったのだ。

 怖いくらいの自覚にな。


 これから異世界に向けて、転生を受けるのだが、その前に修行があるようだ。


 死んでしまったけど、俺は14歳の中学二年だ。

 どっかの地球の日本人。

 昭和の時代に生まれ、死んだ。


 名は、抜汐バツシオ グン。クラス内でのあだ名はショーグンだった。

 それだけはとても気に入っていた。



 まだ、はっきりと覚えているが、それも次第に消えていくのかな。



 ショーグンで生きてきた俺は、江戸時代に興味を持っていた。

 いま女神が、俺に行きたい時代はないのかと訊ねている。


 女神が付いて来て、強くなるための簡単なゲームをしに行く舞台なら、即答で江戸時代がいいと答えた所だった。





 ◇





『江戸時代とな。──して、どれぐらい過去になるのだ?』



 江戸時代を知らないようだ、この女神。

 う~ん。どれぐらい過去の話だったかな。

 行きたいのは、中期かな。時代劇を見てただけの知識しかねぇよ。


 それで、思わず口が開いてしまって。



「俺が知るかよそんなもん!」


『なんだ、知らぬのか。それは前途多難だな』



 え、以外と怒らないんだな、そこ。

 というか、2人とも知らないんじゃ行けなさそうだな。



「女神さんも知らないんじゃ、行くことは叶いませんよね」


『お前は、そうとう頭がわるいのだな。気の毒になる』



 はあ? 


 俺は、頭にカチンと来るものがあった。

 いま、ちょっぴり薄笑みを浮かべてみせたぞ、こいつ。



「だって、いつなのか分からないと行けないんでしょ? 



 とても作り笑顔で答える気分ではなく、女神とも呼ばなかった。

『空耳でも聞いたのか? それとも木の精霊が囁いたか?』



 さっき自分が聞いたんじゃないか、俺に。

 なのになんで、そこまで言われにゃならんのだ。

 頭が悪いのはお互い様だろ。江戸時代を知らないくせに。


 だけど、こうして女神もキレて来ないのだから、その理由を聞いて見るか。



「江戸時代しらないんでしょ。んで、時代もわかんないんでしょ。俺も良く知らんからお手上げじゃないのって思っただけですが」


『まあ知らぬから聞いたが、頭の悪さのことだな。私はお前の知識の話はしていない。行きたい場所なら知っておるかもと思っただけだ。知らぬならそれで構わぬ。まずお前は死んだから確実に未来を知れぬな? となれば、過去の話をしておるのだということになる。そこに行きたいのはお前で、私ではない。江戸時代の詳細は知らぬが、それならば調べれば良いだけのことだ。ここまでは大丈夫か?』








 え、調べられるの。マジで!?

 あ、そうか。

 図書館とか資料館とかあるな。

 くそっ。すっかり忘れてたわ。悔しくて腹立つな。



「マジっすか。調べてもらえるんだ、女神様すごい!」


『お前は、まじでアホだの──』



 なっ。

 なんだよ、こいつ。

 ほめてやれば、すぐこれだ。まったく、女ってやつは。

 上から目線でよ。優等生の女子がこんな感じでいつも虐待感を抱えているから。

 冷めた視線がたまらなく女狐のようだ。


 プンスカプン。


 こっちが興奮すれば、またキレられるかもしれない。

 ここは落ち着いて返すのだ。



「言いたいことは分かるよ、うん。でも俺、貧乏だから本を買う金はないよ。それにだな──」



 女神の方がどこかの図書館から歴史本か文献を引っ張って来いよ。

 俺も文字は読めるから。さっきアンタがいったじゃん。

 金の勘定と文字が読めれば十分だって。


 だいたいアホはそっちだろ。

 俺は死んだから、図書館なんかに行けないだろ。

 なんのための神様なんだよ。



『──それに。死人だから現世には戻れないはずだ、とか──私がそれを念頭に置いていないとでも言いたげだな。申し訳ないの、お前に死を告げたのは誰だったか教えてはくれぬか?』



 あ、あなた様でございます。

 これは一本取られましたな。



「あっはっは……」



 ここは笑って誤魔化すのだ。



『さらに言わせてもらえば──私がお前の時代の神なら、なにもお前に訊く必要はないだろ。私は異世界から来たと伝えたはずだ。つまり本屋の場所も知らなければ、この世界の金も持っておらぬ』



 は?



「場所なら俺がいくつか知ってるよ。聞いとく?」


『私は生きている人間には接触できぬ。それに盗み見などという愚行ぐこうもできぬな』



 愚行……っていわれても。


 じゃあ、どうやって調べるんだよ。

 俺も行けない、アンタも行けない。


 結局、お手上げじゃないか。

 意味不明だわ。

 俺が怪訝そうに眉根を寄せていることだけは、顔に書いておこう。



『なぜそのような顔をするのだ。そのための【女神エンジン】なのだ。お前の頭の中に入れただろ? 先手を打っておいた私の聡明さに感謝しろ』


 うん?


 そういえば、なんか得体の知れないもん頂いたな。

 あ、女神の知識が全部詰まっているという……あれか。

 何だよもう、それならそうと優しく教えてくれればいいのに。


 教師には向いてないな、こいつは。

 向いてる必要もないか。

 それは単なるこっちの願望だが。



「なあんだ、そこに江戸時代の情報が入ってんのね。早く言ってくれれば良いだけじゃないっすか」


『ほう……どのタイミングで言えば良かったのだ。非常に興味深いな。ぜひとも教えてはくれぬか?」


「え、タイミングって。それ、どういう意味なの?」


『だから。私がお前に【女神エンジン】を入れた。そのあとすぐに教えるのか? 膨大な神の知識を? 言うからには?』



 なんだよ、後半の所、めちゃくちゃ語気を強めたぞ。

 斜に構えて、凄んでやがる。


 こういう時のこいつは嫌いだ。意地悪女め。

 どういう意味なんだよ。覚えれるわけないだろ。


 あんたの世界の全部なんて。




 ◇




 

 お?


 女神が右手でちょっと待ったの合図を出した。



『膨大な知識をその脳みそは飲み込めないな。だから行きたい場所を聞いた。お前から初めて江戸時代というワードが出てきた。つまり知識の引き出しが江戸の事柄だけに絞られたのだ。これならわかるな?』



 あ、なるほど。

 俺は、コクリと肯く。



『続けてどのぐらい過去かと。そのとき、お前にその詳しい知識があるなら調べずとも良いだろ。私は急いでいるとも告げている。決して遠回しな言い方でお前をもてあそんでは居ないのだ、勘違いするな』



 物言いが端的すぎて、俺にはかえって分かりづらいんだよ。

 もうすこし平たく言ってくれ。


 思いながら、再び肯く。



『よく聞け。私はどこへでも行ける。そしてゲームにかかる所要時間も3日であると告げた。──だが、お前のいう江戸時代は3、4日で滅びたのか? 


 行きたがるのだから、少なくとも百年以上続いたのではないか。そのうちのどの3日間にお前が滞在したいのか、私は訊かずに知る術はない。あるなら訊かぬわ。お前はきっと神をなんでも見透かす超越した存在と勝手に決めておるのだな。下界の民たちに比べれば、優れている所があるかもしれぬが』



 最後のほうの所、なんだか謙虚さが窺えてグッとくる。

 言われてみれば、その通りだな。

 先入観による決めつけは良くない。

 女神はどこでも自由に行くことができるから、ここにも来た。

 屍人しびととも、こうして話せるし。


 いまはマジで凄いと思う。

 でも、だからこその疑問もある。

 こちらも挙手をした。



『なんだ? 言ってみろ』


「女神であるあなたは江戸時代を知らない。なら、【女神エンジン】にその知識は入ってないんじゃないかなって。それじゃ調べても分からないのでは?」



 女神は俺に江戸のことを訊いてきた。それについては知らないからとのことだ。

 それなら女神のくれたものが魔法の道具でも、もともとそこに江戸の知識が詰まっていないことになる。



 俺はその疑問点に気づき、質問をしたのだ。



『先手を打ったと伝えたはずだ。それは私の中に置いたままだったらの話だ。お前の知識はお前の記憶の中にあるだろ。文章的な情報だけを調べられる訳では無い。ビジョンでも構わないのだ。その時代に飛べないお前が興味を持っているのは、おそらく映像を見たからだろう。


 好きで本を手に取れるなら、知らぬとは答えぬだろう。繰り返し目を通して熟知しておるはずだ。だがお前は貧乏で買えないのだから、学校や人の家に再現映像を再生する装置があるのだと察しがつく』


 

 うわお!


 マジかよ。俺が見聞きしてきた記憶の中をのぞいて調べることが出来るのか。

 テレビぐらいはうちにもあるけど。

 それって、もしかして。



「あの、それってもしかして……俺が見聞きしていたら、べつに覚えていなくても良いってことですか?」


『やっと理解出来たようだな。だが私が調べられないのだ。

 

 今はお前の脳が命令権を持っておる。


【女神エンジン】は私の知力のコピーでもあるのだ。お前に預けておるから、お前が調べてみろ。使い方は知りたいことを想いながら、その名を呼ぶだけだ。つまり、【女神エンジン】と。──ただし、私のプライベートには鍵が掛けてある。コホン! では知っている人物の名を【女神エンジン】に調べさせよ』




 ◇




 

 これには使い方があったんだな。

 しかも、たったそれだけで使いこなせるなんて。


 では、早速取り掛かってみようか。


 江戸時代の徳川光圀──【女神エンジン】。




 ピピッ!

 検索完了。





「お、目の前に薄っすらしたテレビみたいなのが映し出された。なになに……情報はこれだけ」




 水戸光圀のいた時代は1628年7月~1701年1月。

 江戸時代前期の大名。

 常陸ひたち水戸藩の第2代藩主。

 1690年10月14日に幕府より隠居の許可がおり、翌15日、権中納言に任じられた。



「え、前期だったのか。つまり黄門様としての物語は1690年以降か……」



 黄門はフィクションだけど。

 いらっしゃるのかな、そこに行くと。


 などと考えていると、女神が目の前でまた右手をかざしていた。

 この道具を俺が使うと、具現化してゴーグルとして目の前に飛び出でくるんだな。


 そのゴーグルに女神の手が最初のときのように向けられていた。

 それ、何しているんだろう。



『私もいま、大体のことが分かった。そうして【女神エンジン】に入ってしまえば、私も閲覧できるのだ。お前に預けたのはコピーで、本家の本体は私自身だからな。


 江戸に関する資料にしても膨大だった。きっと一度には読み込めないから、お前の目の前には、知りたいことの部分しか表示されてないはず──どうだ、簡単で楽しいだろ』



 簡単で楽しいだろ、と女神の手が出会って初めて俺の身体に触れた。

 なんだか気軽で彼女のほうが楽しそうだ。


 美少女の澄んだ微笑みを浮かべている。透き通るような白い肌だ。

 髪も腰までありそうな長さで、風になびいていた。

 亜麻色の髪がきらきらと光って見えた。毛先から細かい太陽の光を発するかのように。


 光の泡がまとわりついて、胸に太陽が昇るようだった。


 女神はこの【女神エンジン】の使い方を教えてくれるために、質問をしてくれたんだと思い、それを訪ねたい。そして、ありがとうと言いたい。


 こんなものが生まれつきあったら、勉強も苦にならなかった。

 とても感動している。


 【女神エンジン】のことだけじゃない。


 お、俺なんかの身体に可愛いが気軽に触れていて、そして温かいってことに。



『使い方のことも勿論あるが、お前は息絶えた時代……つまり生まれてからの14年間のこの時代の者たちとはもう交流ができない身だ。だから、それ以外の時間軸に飛ばなければ修行のゲームができないのだ』


 え、それじゃ。

 本当にこことは、サヨナラなのか。


『さあ、もうこれ以上もたもたしていられない。飛ぶぞ。その水戸の殿様の時代へ』


「は、はい。お願いします」


『向こうへ着いたら、神社の祠から出ることになる。いくつか注意点があるので行ってから説明をしてやるから、そう案ずることはない』



 俺が頷くと、光の泡がさらに増えていく。

 女神と俺を包んでいく。光の柱が上は、大気圏まで届いている。

 下は、地上に穴を空けたように地下へと伸びていた。


 あっという間に見慣れた街並みの方へと2人の身体ごと沈んでいく。

 紙芝居のおじさん、子供たち、俺の生まれ育った都。


 さようなら!


 どうやら過去へのトンネルは地下に向かって落ちていくようだ。

 けっこうなスピードで降下していくが、恐怖心はまったくなかった。

 女神にしっかりと抱きしめられていたからだ。


 実体があるんだな。

 柔らかくて、温かい。

 園児の頃を思い出した。

 その頃、母親に抱かれて以来だった。


 俺のことなど愛してくれる者などもういない。

 俺は死んでしまったのだから。

 母は悲しんでくれているかも知れないが、会うことは叶わない。


 だから、さよならといわせて貰った。

 そして、ありがとう。お世話になりました。

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