第25話 女神エンジン③
第三話 【死亡告知】
ついに俺は例の白いやつと対面することに。
信じがたいことだが、雲の上に来ている。
いつも見上げていたあの空の上にある、あの雲だ。
今日は日本晴れ。
とても青々とした空だが、遥か上空には雲があったんだな。
まっしろな雲だったんだ……目を覆い始めたあの白いモヤは。
いつもは地上から何気なく見ているから綿あめとでも思っていた。
雲は確かガスなんだよな。
軽いから浮いているのか、それとも無重力によるものか……それすら知らん。
ヒュウウウウ。
止まっていた風がそよぎ出す。
足元に少しだけ足場のように雲の切れ端が残る。地上の風景が
それ以外は、サアァっと蜘蛛の子散らすように消えていった。
やつが言ったとおり、眼下を見下ろす。
さっきまで俺の居た場所が、豆粒のように小さく見えている。
こんな高い所、登ったことがないよ。
山よりも高い。流れる雲以外はなにも目に映らない。
◇
『落ち着きを取り戻したか? そのまま黙って聞くがいい──』
やつは女神。
そう名乗った。
だけど未だに姿を見せないでいる。
落ち着きを取り戻しただって? 精一杯、恐怖に抵抗しているだけだ。
身体は固定されたように宙で安定していた。
何かに縛られている感触は一切ないけど。
もう俺には何もできやしない。
説明を求めたことだし、聞いてやるさ。
どこに視線を置けばいいのか?
眼下を見ると背筋が凍りそうだから、前を見ていようか。
ちょうど木の枝に腰掛けていた時の感じになった。
すると、ぬうっと女神ってやつの半身が俺の顔に近づくのを感じた。
「うおっ! し、白い……。霊じゃないのか。あんたナニモンだよ」
『お前は頭が悪い方か? 説明を繰り返したくはないが。私は神の一族で、神々の住む世界からやって来た』
う~ん。確かにそれは聞いたな。──にしても、頭の良し悪しは関係ないだろ。
驚愕してるんだよこっちは。
そりゃあ良い方かと聞かれれば、悪い方だと即答できるぐらいだ。
俺はやつを睨むでもなく、見た。そしてコクンと肯いた。
『私の世界は、人間が死んだ後に辿り着く天国のようなものだ。神や天国という世界観が嫌いなら、単なる「異世界」と思えばいい』
「嫌いとは言ってないけど。なんで急に優しくなったの?」
『や、優しくした覚えなどない──っ!!!』
うん? なぜか声がうわずったぞ。
「そうなのか、お、怒んなくてもいいじゃん」
『ただ下界を見渡せば、寺社仏閣が多い街並みだから。お前が好まぬイメージなら行きたがらない。そう考えただけだ、勘違いするな』
咳ばらいをした後、すこし語気を強める。
物言いは厳しい感じだけど。
それを人は気遣いと言うのですよ、女神様。
◇
「俺、死んだから。そこへ行かなきゃならないの?」
『まあ、最終的にはな──』
嫌だと駄々をこねたら慰めてくれそうな、柔らかい声に変わった。
どういうことだろう?最終的って。
すぐには行かない感じ。なにか問題があるのか。
『私は──お前を
「鍛える……おつむをですか?」
『異世界には敵がおるのだ。私の敵対者がな』
確か……この方は太陽の女神って言ったっけ。
敵となれば、肉体の方を鍛えるのかな。
「太陽の敵ってこと? 金星とか木星とかの子供の神がいるの?」
『ふっ。そういう発想になるのか……。この時代の子らは』
声がいっそう和らいだ気がする。
そして表情は笑みを湛えているようでもある。
『まあ、今はそんな所でいい。それで異世界に入るまでに、お前には強くなってもらいたいのだ』
「身体を鍛えるの? そんなんで神様のしもべとかをどうにかできるの?」
『ふっ。しもべか。──あいつらは、まさにそれだな』
うん?
女神の視線がどこか遠くを見つめたような。
敵対者に対しての位置づけのことだろうか。
故郷で何か大事があった感じだが。
そんな所へ俺なんかを連れて行って戦力になるのかな。
そうは言っても行く当てがないわけだ、俺は。
一体どうして、こんなことになったんだ。
俺も家に帰りたいな。
もう地上に降ろしてもらえないのかな。眼下をちらりと見た。
もと居た公園の脇に目をやる。すぐ傍だからな自宅は。
『家が恋しいか? 残念ながらお前の帰る場所はもうここにはない。お前は私と共に進むのだ。急ぎの案件なのでな。よし、余談はこのぐらいにして本題に移ろうか。まず、お前に手渡すモノがある』
急ぎの案件……。
その言葉には何だか焦りの色が
すこし口調が早くなっているのを感じたのだ。
俺を鍛えるという話だから、鉄アレイか縄跳びでも出してくるのか。
となれば……。
そんな急激に体力アップはできないから、時間的に、まだこちらの世界に居られるのかも。
筋力トレーニングをまさかこの空の上でさせないよな。
俺の中のイメージは重力に逆らい過ぎた、こんな場所ではないからな。
これはもしかすると、頼めば地上には戻れるのかもしれない。
『ハイ、これ』
え、なに。
両腕を綺麗に揃えて、こちらに向けている。
手のひらの上に見たことのない造形物がある。
メタリックっていうのか。それはUFOみたいな外見で神秘的だった。
なんか想像してたものとかけ離れた物を差し出されたが。
全く、この女神と来たら優しい時は、声も顔も美しいのに。
いまの、「ハイ、これ」は、同級生みたいな感じだったぞ。
そこからは少しはしゃいでいる感がにじみ出ていた。
屈託のない笑顔を見せてきて、まるで少女じゃないか。
ちょっと可愛かった。いや、かなりかな。
◇
おっと、ぼけっとしていたら、また怒るかも。
これを受け取ればいいのかな。
「あ、ありがとう。なんか知らんけど……。これはまた、けったいな道具だな」
『それはな頭の上からこう……。ここを前にして被って見よ。重さはないからな苦にはならない筈だ』
重さがないって──。
あれ、本当だ。なにも付けてないような感覚で不思議だ。
装着して見て分かったんだが。これ、アレじゃないかな。
スキーヤーが顔に付けてる、ゴーグルってやつ。それに似てる。
こっち側からはゴーグルの窓越しに外が見える。
外からは窓なんて見えなかったのに。
「ふつうに女神さんのお顔が見えますが。どうなるんです、これ?」
すると女神が「それなら良い」と言い、右手をゴーグルの前にかざした。
ブワ~ンって音なのか、それと同時に頭部への振動を感じた。
ゴーグルの起動音のようだ。いったい何が始まるんだ。胸が高鳴った。
やがて音は静かになり、完全に消えた。
それが終わると女神の右手が、そのまま俺のまぶたの上に押し付けられてくる。
軽くではあったが。
「え、ちょっと? なにが起きたんだ!? ゴーグルが……消えた??」
音か衝撃かわからないうちに振動へと変わり、女神の手が目の前を覆った。
そのまま手のひらを顔にぐぐっと押し当てられたんだ。
俺の顔、装着したゴーグル、女神の手。
つまり、俺の顔と女神の手の間にはゴーグルがあるわけだから。
そんなことされたら目が潰れるだろって思ってたら、頭部からベルトで装着していたゴーグルがすっーと消えたんだ。
俺の見間違いでないのなら、ゴーグルは女神の手によって、俺の顔面の中に押し込まれて行ったことになる。
神様……それってどういうことよ!?
この胸の問いに応じる様に、女神が口を開いた。
『女神エンジン……セットアップ完了しました!』
何が完了した? どこへの報告だ。
お、俺に言ったのかな。
「なに言ってるの? あれはどこに行ったんだよ? 見間違いじゃなければ──」
『そうよ。お前の脳内にセットさせてもらった。それは、【女神エンジン】。頭部装備物だが、人の知るヘルメットのような代物とは違う。太陽神の末裔である私がこれまで知り得た情報がすべてそれに格納されておる。それを今、お前の体内に挿入した。それが正しい解釈になる』
なんだって!? ゾッとするようなことをしれっと言っておるぞ。
いや……やめておこう。
もう、何をされても信じていく他はないんだろう。
べつに痛みがあるわけでもないし。
◇
「俺の体内に女神の知識ぜんぶあるの……か。って、どうやって理解できるの中二の俺が」
『案ずるな、逆だ……』
「え、ギャグですか?」
カチンと来たかな? 宝石の様な瞳に、ギラっと力が
『逆だと言った。私と比べるまでも無いが、お前はものを知らなさすぎる。つまり無知である。それではお前を強化できないからな。そのシステムは魔法だ。お前の中に私がいるようなものだが、お前自身に異世界の知識がなければ、スキルが解放されないのでな』
女神も時々感情的になり、質問に答え切ってくれないな。
魔法とか、スキルってなんだよ。また別のワードを出してきた。
俺の頭の悪さを問いながら、話のペースが速いんだよ。
まったく好き勝手かよ!
なんの痛みも感じないと言っても、頭にあんなデカイものを入れられたら受け止められない。一旦すかして恐怖ごと否定したが、女神の声のトーンがすこし低くなった。
そっちも怖いので、もう神経を逆撫でするのをやめようかと。
だけど逆の意味は知っておきたい。
「それで逆というのは?」
『良い質問だ。私の膨大な知識を一度には読み込めないだろうから、少しずつ小出しにして、分け与える装置だと考えろ。分かったな』
単なる疑問ですが……。
そこは素直に頷いておこう。
『今から説明をするが、私の知識もスキルの一種だ。お前は自動的に進化していく』
「うん……」
おお!
自動的に進化するんだ。だから埋め込んだのか。
小難しい勉強で苦しまなくて済むように配慮されている。
ただのガキをさらってスパルタでは、あまりに地獄で無慈悲だからな。
『では、スキル取得について触れて置くか。まず、お前は死んでも非力な人間のお前だ。だが身体を鍛える必要はない。なぜかと言えば、特化された能力がすでにある。それはスキルと呼ばれる。これからゲームに挑戦してもらい、成績に応じてスキルをボーナスとして取らせる。ここまでは大丈夫か?』
ゲームか、……なるほど。
それで神様の力でもって俺の身体能力を大幅に強化して行けるのか。
身体を鍛えなくても強くなれるのは、すごくてありがたいです。
どんなゲームかにもよるけど。
「だから神様の持つ知識が、そのゲームに必要になるのですか?」
『いや。ゲームに関しては心配はいらぬ。お金の勘定と文字が読める程度でいい。下界の店で飴を買い、紙芝居を見ていたな……それだけで十分だ』
え、そうなんだ。
それならそのゲームは俺の知識で理解できる範囲ってことだから。
難しく捉えなくていいかな。
俺の身体には様々なスキルが内包されている。おそらく知識として。
ゲームでスキルをもらうって所が、たぶん試練なんだ。
女神が認めてくれた時、この身に特別な何かが湧現してくる感じかな。
ゲームの挑戦者としての条件は整っているようだ。
でも、これって他のやつらでも良かったわけだよな。
女神は条件を持つ人間を求めてこの町にやって来た。
そこに偶然、俺が死んでいたので鍛えて連れて行こうと。
そうなると、スキルの中身が気になる所だ。
俺はすでに死人。
もう死ぬこともないんだろうな。勝手にそう思っていたいんだ。
◇
女神は説明すると言っているんだが、どんなパワーをもらえるのか気になる。
貰えるんならなんでもいいけど、いくつ貰えるのかわかんないし。
やっぱりなんでもいいって訳じゃ無くなってくるよな。
強くて便利で簡単で。
肉体を鍛える必要なしってことだから、なにが出来るのかを知ってすぐに使いこなせるかが不安なのだ。特化された能力。
早く知りたいからこっちから訊く。
「スキルの種類というか、内容はどんなのがあるの?」
女神が眉根を寄せる。
いたずらがバレて呼び出し喰らったときの担任がよくそんな顔をする。
なんだか、イラついているようにも見えるんだ。
俺もハッピーな気分にはならないし。
なんでそんな顔すんの?
『お前、先程から聞いていれば少々馴れ馴れしいぞ! 神である私に向かって。これだから中二という輩は虫唾が走るのう。まあガキだし、そこは見逃してやるが。……せっかちは
ひいい、怒った。
スケ番みたいに怖いよ。
それに中坊が何したって言うんだよ。
「神である……」って、まあそれはそうでしょうけど。
学校の先生なら、原因が自分にあるからわかるんだけど。
質問しただけじゃん。マウントってやつだよな、これ。
ヒステリック女、俺は嫌いだ。
見逃してくれる気があるのなら、ずっと優しくしてよ。
クスン。
『お前……。なに、めそめそしておるのだ。男の出来損ないみたいな奴だの。早々に鍛えなければならぬようだな。スキルの内容は、ゲームを開始するまで知る権利はない。ネタバらしはルール違反だ。そしてゲームの所要時間は3日だ。早速だがお前、どこか行きたい時代はあるか?』
そうそれだよ、説明してくれればいいのさ。
やってみてのお楽しみってか。
え、行きたい時代ですか?
今泣いたカラスがもう笑った。
べつの時代に行けるのか。じつに興味深い話だな。
時空を越えられるなんて超かっこいいな。
やっぱ神さまだわ。
タイムマシンはどこかに止めてあるのかな。
辺り一帯を見渡しても見当たらないけどね。
それとも能力なのかなぁ。
できればマシンを出して乗せてほしいな。
SF映画みたいに光の空間飛んでいきたいし。パワーロマン感じるう。
ていうかさ、女神さん。
何もかもが、突然すぎるだろっ!
俺、今日死んだんだぜ。
怖い女神に付きまとわれて、天高くさらわれて。
そんで異世界に来い。
そのために強くなれ。
神の知識、謎の異物を脳内に挿入された。
身体強化のスキルは内緒。
ゲームで取得。
成績によっては出るボーナスが変わるみたいだ。気にして何が悪い。
紙芝居のなぞなぞだって見送ったんだぞ、こっちは。
謎だらけなのはあんまりだ。
そしてゲームの舞台、どの時代が良いかって?
選ばせてくれるのは正直、嬉しいです。
3日間、修学旅行気分で遊びに行けるのかな。
その回答なら、もうこの胸にあるよ。
それにしても──。
「なんもかんもが、突然すぎるだろぉぉおおおおおっ!!!」
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