第24話 女神エンジン②



 第二話 【最後の夏】



 

 『悪いが、それは叶わぬ願いだ……』



 またも姿なき声がした。俺は、ぶるっと顔を左右に振った。

 肯定できない。幽霊なんか肯定できないよっ。

 俺の夏買いを邪魔するんじゃねえ!



「なんで得体の知れないやつに、そんなこと言われなアカンのやっ!? どあほっ」



 ぶるぶるっと小刻みに顔を、ほっぺを左右に振った。

 そいつは夢であってくれ。こいつは幻であってくれと強く願ってのことだ。

 

 俺の夏買いを邪魔すんじゃねえよっ!


 れ、れ、霊界からのいじめっ子が現れたのか!?

 勝手に話しかけてくんなっ! どあほっ! どあほっ! 男どあほっ!


 必死に振り払おうと、抵抗してみるが。



『今は買い物はできないぞ。そして良く聞くのだ──』


「嫌だ、嫌だ、嫌だぁああああ! 耳の鼓膜破ってでも聞くもんかぁあッ!!!」


 

 こんなに必死に大声を張り上げた経験などない。

 人らしき者に対し、こんなにも。

 両耳に手を当て、一気に塞ぐ。耳は貸さない、譲らない。


 しかし見たくないものが目に入ってくるぅ。まぶたも閉じればいいのか迷う。

 何者かが居るのだ。好きにされたくはない。

 得体の知れないやつに、この身の自由を無条件で明け渡せない。


 こ、これは……。


 いったい何の祟りなの? おじさん助けてぇ──っ!!!

 それとも呪いなのか。皆に呪われた木を讃えたための、呪いなのかよ!?


「イッツァ、アンデッド?」


 呪いの木の精霊じゃないって言った……のか。


「エペクス、レジェンド?」


 BANG! BANG!

 撃ち合い怖いよう。




 うああ。




 今──なんかヤバイ知識か、景色だかが脳内に刷り込まれてきたんだが。

 そして意味不明の発言をしてしまった。

 これは洗脳っていうやつじゃないのか……。


 まじで怖いよう。


 天下無敵のやんちゃ坊主の俺ショーグンの耳に余計なものを入れさせない。

 無抵抗だと思うなよ。木のくせに人を呪うなんて許せない……怖いよう。



「変人なめんなよぉ!

 あんたも水飴舐めろよ、そして甘い夢を見なよ。そして一夜に燃え落ちろよ!」



 口では必死の抵抗をしている。

 内心は見えない恐怖に覆われていた。


 おごってやるから……な、そうしろよ。

 に、二十円ぐらいなら出してあげるから。

 水飴……いや、カタヌキがいいかな。頭の体操できるぞ。

 いやいや、マシュマロ唐揚げ? ぱちぱちドーナツ? チョコまんソーダ?

 は、八十円じゃ足りないかな。どれか一つにしてくれ。



「そ、そうしてください! それで手を打とうよ」



 俺は。

 俺はいま……とてつもない焦りの中で。


 嫌な予感に包まれている。孤独な悲しみに心を揉まれている。

 吹きさらしの風に晒されていて、身体がすっごく冷たいんだ。




 ◇




 

「ぽかぽか草どこなの?」なにを口走っているんだ、俺は。なんの記憶だ?


 涙目になっているのは分かるんだ。

 みっともなく鼻水も垂らしているだろう。

 味気のなくなった割りばしを噛みしめながら。

 背筋がゾクゾクとして、凍り付いていくようだ。


 呪いか祟り……。

 周囲一帯が白いモヤに包まれて行く。


 言いたくない台詞が脳裏をかけ巡る。

「……生まれてごめん」さっきまで胸に輝いていた太陽がみるみる沈んでいく。



 誰にも気づかれたくないよ。──涙目になる俺なんかを。

 自分でも大嫌いなんだソイツは。

 鏡なんか大嫌いなんだ俺は。

 センチメンタルなんか大嫌いなんだよ。

 俺は、けっして孤独なんかじゃない。淋しんぼなんかじゃない……。


 ──だけど。確かに、日々、悶々としていたよ。


 生まれて此の方、一度も嬉しいことなかったもん。

 水飴せんべいなんか、の下の駄菓子で真実のスイーツじゃないもん。

 楽しいことプレゼントされてないもん。

 意地悪しかプレゼントされてないもん。


 風邪引かないもん。

 仲間外れしか引かないもん。

 人当たりは良くないもん。

 挨拶ほとんどしないもん。


 お風呂に入ってないもん。

 頭、洗ってないもん。

 顔、洗わないもん。

 歯、磨かないもん。



「忍者とUFOは買いだもんっ」



 もう、英語の授業中に世界地図のことを「便所と寝床」って訳さないから許して。

 ただ人前で涙を堪え続けただけなのに、涙腺キレ男とか言われ続けたもん。


 蹴られても、なじられても、言い返せないことが罪?

 服を全部取られて、女子便に閉じ込められても泣くもんか。

 そんなやつらに聞かせてやる声などない。


 俺の内側のなにも知る権利を与えてやらないだけだ。

 俺の声は俺だけのものだ。

 俺の気持ちも、本音も、思考のすべてが俺だけのものだ。


 分けてやるもんか。

 話すもんか。

 聞かせてやるもんか。


 俺の声は俺だけのもんだ。

 俺は、俺とだけ話すんだ、悪いかっ!

 自分の機嫌ぐらい、自分でとれるんだよ。


 だからお前らの何かも、一切、受け取るつもりはねぇんだよ!


 罪なんて犯してないよ。

 前科ひとつもないもん。


 子供が駄々をこねるように、後ろ暗い気持ちを抱えて。

 普段の行いが悪かったのだろうか、と反省しながらも否定をする。

 内向的な性格が浮き彫りになってくる。


 夏に水飴せんべいに、たった二十円使っただけでしょ。

 食う権利も奪うのかよ?

 

 自分は何も悪くはない。

 悪行を重ねてきたつもりなどないと首を横にふり、断固否定する。

 だが、ほとんど声にはならない。


 


 ◇




 

 この胸の内の悲痛な叫びへの返答だろうか。

 姿なき輩のうす気味悪い声が、再度俺の身を襲ってきた。



『聞く以外の選択肢が今のお前にはないのだ、眼下を見れば分かるだろ!』



 その声は、ズバリと現状を指摘する。

 夢であって欲しい。どうか……悪い夢であって欲しかった。

 自分の足元なら、とっくに目に入っている。


 そこに受け入れがたい現実があるから、泣きわめいているんだよ。

 

「うわああああぁぁぁぁあん。枝から降りたら、ギュイーンって雲の上まで──なんで、なんで空飛んでんの? 俺……説明しろ、なんで落ちねえんだよ!」


 俺は、俺に説明を求める。誰にも頼らねぇんだ。


『お前は、もう死んでいるからだよ』


 状況説明を頼んだおぼえはないぞ。

 なんだよ、それ。


「いったい何の話をしてるんだよぉぉぉおおおおっっ!!!」


 もしかしたら、もしかする。

 だけど体には痛みもないし、それなら風のいたずらだと信じたい。

 これから天に召される所だなんて、誰が喜んで静観できるねん。


 それは地上にどれだけの未練が残っていたのかを知る瞬間でもあった。

 自分は他者に無関心だと言い聞かせてきたのに。

 天邪鬼って俺自身のことかよ。


 そりゃ誰もいない街には興味がないさ。

 親にも周囲にも認められたい気持ちがあるんだ。

 まだあそこでやり残したことが沢山あるんだよ。死ぬなんて嫌だよ。


 

 ていうか、



「あんたは、どこのどなた様ですかぁぁぁあああああ!!?」


『私は神だ。神の住む世界から来た、太陽の女神だ』



 た、太陽の……なに?

 はへ……?

 いったい何のお話しでしょうか? 


 女神さま?

 死神さまの間違いじゃないのかい!! 

 ひどすぎる、なんで死んだんだよ俺は!? 家に帰してくれよっ!


 姿なき声が、返事をした。

 あの白いやつ……なのか?

 ほんとに神さまと話をしちまったのか。

 いまの不安や恐怖の原因は決してこの相手ではない。

 この相手がいなくなれば、もう状況を知る手段はなくなる。


「死」が事実だとするなら、そのお迎えであるのかも問いたい。

 いや問わねばならない。


「ていうか、やっぱり説明プリーズッ! 説明ガイダァ──ンスッ!」


 おい、テメェ! とことん訊かせろやあ!


「おはようからおやすみまで、全て訊かせろやあぁぁあああああっ!

 涙と鼻水が、止まだねぇええから……よおぉぉおおおおおっ!!!」






 ◇俺の知る状況。



 腰掛けていた枝から、ひょいと飛び降りた所からだった。

 この全身は螺旋の風に巻かれて、ぐいぐいと空へと上昇していった。

 夢か幻だと、そう思いたかった。


 女神ってやつが声明を上げた。

 空耳じゃないことなど、とうに気づいていたさ。

 途中、ほっぺだって何度もつねったさ。


 空を飛ぶというより、強風に持ちあげられ、上空に向かうという感じだった。

 抗えない状況に焦るも、独り言を繰り返した。

 否定し続ける理由は若さの故だ。

 人生経験の浅い俺に、これを悟れというのは無理があるだろ。

 90歳過ぎのお爺じゃないんだから。


 全身を持ちあげている風が止まったらと思うと、恐怖しか無かった。

 地上に真っ逆さまに落ちて、即死じゃないかという恐怖しか、


 無かったからだよおぉぉおおおおおっ!!!

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