第23話 女神エンジン


作品名:俺の異世界転生に必要なスキルを体験版ゲームで取にいく


◇主人公の抜汐群ばつしおぐん14歳が夏休みに死に女神と出会う。女神は群に【女神エンジン】という魔道具を授ける。女神は異世界から優秀な冒険者を探して群のいる昭和時代の日本にたどり着いた。女神は異世界で窮地に立っており、味方を得るために神々の目を盗み異世界から逃亡してきた──




 第一話 【群の夏】




 公園で紙芝居を見ていたはずだった。


 それは真夏のいつも通りの日常。俺は人との関わりが大の苦手。


 他者との距離は十分にとっていた。


 俺の心の中のつぶやきに対し、語りかける声……なのか。


 それは不思議とこの耳にだけ届くんだ。



 下半身は薄っすらとしていて身長はよく分からないが、若い顔だった。

 不意に見慣れぬ顔が、ぬっと目の前に突き出されたという印象をうけた。


 この目に映った限りの情報から、全身をまっしろなシーツで包んでいるようにも思えた。その状況を憶測で無理に整理するなら、心霊現象と解釈するしかない。


 内心では、ゾッとしている。





 ◇




 よその町の見物客か。べつにどうでもいい。

 公園は同じ学区内の小中学生で賑わっている。

 夏になると、行商人のおじさんが紙芝居をだしに駄菓子を売りにやって来るのだ。


「俺の好物は水飴せんべいだよ」


 あいよ、と小気味の良い返事で、それを目の前で作ってくれている。

 割りばしの先に水飴をたっぷりと絡めると、麩菓子のような薄くて丸いせんべいで挟むのだ。


 そこに泥ソースとイチゴジャムをせんべいの両面にたっぷりと塗って出来上がり。

 甘辛い駄菓子の間から、柔らかな水飴がむにっと口の中に広がる。


 通常の菓子屋には売っていない。おじさんの発明品らしい。

 おじさんは町の人気者。周囲はいつも子供らで埋め尽くされる。


 二十円で買った水飴せんべいを片手に木陰にはいる。

 なーに、ちょいと木に登って枝に腰掛けるだけさ。


 さっきの白いやつはというと。

 薄っすらとしている部分で霊的なものを連想させてくる。

 見てはいけないものを見てしまったのか。


 わーわーと歓声が上がり、蝉がシャンシャンと鳴きしぐれている。

 周囲は下町の夏のありきたりの日常に包まれていた。


 おじさんは話が上手で、子供好きという印象。人懐っこくて聞き上手。

 おじさんの前には、あっという間に長蛇の列が出来上がっていく。


 子供らは、紙芝居のおじさんに甘えながら、次々と商品を注文していく。


 甘いおやつが口の中でゆっくりと溶けていく……夢の時間ひとときだ。

 この視線の先は、多くの手の中でたわむれる駄菓子スイーツと紙芝居だけさ。



 麦わら帽子を被ったおじさんが、ランニングシャツの上に薄手のポロシャツを羽織っているのが見える。

 気取った花柄の派手なアロハシャツなんかじゃない。

 無地でブラウンの落ち着いた大人の雰囲気だ。


 それに俺は、他人には一切興味が湧かない。

 だからいつも他人からはこうして距離を置くのさ。

 そんな俺は名もなき民。



 俺は名もなき民だ!



 べつにそれを声に出して、誰に宣告する訳でもない。

 単なる心のつぶやきだ。

 誰に縛られるわけでもない一匹狼だと言いたいのだ。

 一度も誰にも言えていないが。


 だが飲食をするついでに息が漏れる程度に無意識につぶやいてしまった。


「誰だよ、あんた? 目の前に立たれちゃ、紙芝居が見れないでしょ?」


 



 ◇




 ──もうすぐ夏休みに入ろうかという、7月の中旬。


 ちょいとバスに揺られて都市の中心へ向かえば、ギ園祭ってのが見れる。

 そっちは大人向けのイベントさ。


 いくつもの大通りは都市を上げての歩行者天国で。

 露店がズラリと軒を連ねている。

 実を言うと、そこの商品は百円玉一個じゃ釣りが出ないのさ。

 地元の人間がさ、浴衣も着ないで出て行けば、都の恥さらしって訳さ。


 俺みたいな貧困層の居場所は大体決まっているのさ。


 しかし口には出さないが、京の都は死ぬほど蒸し暑い。

 なぜ口に出さないのか……それを俺に問う者も、もう居ないが。


 居ない理由。

 実の親から付けられたあだ名が、「おし」。




『やだ、なにそれ?』




 何って、うんともすんとも言わない動物がいてよ、それの名が「おし」だよ。


 他人と一切交流を持てず、ちっとも喋らないから「お前は、おしか!」って親に言われたせいで、下級生が平気で体重をかけて手を踏んづけてきたりして「痛いよ、踏んでるよ!」そう返すと「なんだ、声出るじゃん」って。


 そのくらい出るわ、失語症じゃねえ……え、誰!?……いまの声。

 う、後ろ? 

 木の下か?……おかしいな、誰も居ない。



「いまのは……空耳か?」



 思わず周囲を見渡すが、誰も居ない……。やばい、幻聴か……俺。

 暑さのせいかも。


 でも、あんまりキョロキョロすると、下級生から言われんだよなぁ。

「また昆虫に話しかけてたの?」って。誰が虫なんかと話すかボケ。


 いやそれより、なんか今……背中にゾクッと来たんだが。

 まさか夏風邪じゃないだろうな。



 ──にしても。こうもクッソ暑くては空耳も聞こえちゃうかぁ。



 待て。

 空耳ってことは──空から聞こえたのか。


 俺よりやんちゃ坊主は沢山いる。

 木の上方に登った先客かな? 腰掛けていた木の枝が少し揺れる。

 上体を反らして真上を見たせいだ。


 俺は無口だが、木登りをしたり、川遊びをしたり、人ん家の屋根の上を渡り歩いたり。


 時には公衆便所の屋根に登ったりと、いつも一人遊びだが、わりとワイルドライフを送っているのだ。決してちびっ子の手本にはならないし、ちびっ子からダメ出しされる側ではあるが。


 それに自分の頭の中では、周囲の人間が凍てつくほど絶え間なく、喋っているよ。


 こうして回想しながら、あの時はうまく切り返せずに悔しい思いをしてきた事とかに後出しではあるが、こう言ってやれば良かっただけだと──

 繰り返し、繰り返し回想の中で酔いしれるのが唯一の趣味。




 ◇



 

『おい坊や、気は確かか?』



 はあ!?

 しゃべったな、今確実にしゃべったな!

 それでも怖くて耳を疑いたくなったが、やっぱり聞こえてしまう。


 こっ……この……場所だったか。

 ふうっと、溜め息を吐きながら。



「この木だよな……ぜったい??」



 俺は腰掛けている木に思いをはせる。


 水飴を食べ終わったあとの割りばしを口にくわえながら、そっと掌を幹に当てる。

 木は生きているって言うもんな。あれ?……水だったっけか。


 とにかく精霊が宿っている……んだよな。(きっと…)

 周りの子らとはうまく話せない代わりに、人間じゃない生物とはいつか意思の疎通が叶うと実は信じていて。


 この公園の便所のそばの日陰った所に子供たちから忌み嫌われている、見た目がすこぶる気持ち悪い木があり、「呪いの木」と名付けられている。


 その姿はまるで西洋のホラー映画に登場するような、不気味な形容を成している。

 体のどこかに耳や口があって薄気味悪い声で、しゃべり出すんじゃないかと。

 姿かたちが醜いからと、呪われていると決めつけられて物やボールをぶつけられていた。ときには親の仇と言わんばかりに蹴とばされることも見受けられた。


 公園内には他にもたくさんの木が植樹されているが、その一本だけはどの季節にも葉が茂ることはなく、いつも枯れているように見えていたからだ。


 勿論思いやりの心を持った優しい子供はその限りではないし、俺もそこまで酷いことはしたことがない。姿が気味悪くて、気持ち悪いと思うことはあるけど。だれも居ない時にこっそりと、


 彼に優しく、「俺は……おまえを悪く言わないし、ボールをぶつけたりしないからな。呪わないでくれよな」って。


 環境に恩を売っておけば、しっかり報いを受けて、大自然を味方に変えられる。


 いつか、お年玉を貰いに行ったとき、祖母ばあちゃんが言っていたっけ。

 お年寄りって……なんでこうも恩返しの話ばかり、孫にしたがるんだろうな。


 まあ、いっこうに返事なんて返って来やしないんだが。


 大人たちだって、ペットや花壇に向かって話しかけるじゃないか。

 言葉を知らない彼らにさ。

 俺のとった行動は異常でも何でもないはず。

 偏屈でもなければ、変人でもない。


 なのにどうして……俺ばかり異質扱いされんだよ。


 いつもここら辺で顔をぶるっと震わせて現実に戻ろうとする。

 感傷に浸ると遊び時間がなくなるから、深く考えないようにな。



 だけど……。



 寿命は儚いが──いっそのことトンボにでも生まれてよ。

 すいすいと地上のやつらを見下ろして。

 生涯、畑のミステリーサークルでも眺めて暮らせりゃ幸せだったのになって。



『……そう声を掛けてやったのか? 一見、優しそうに思えるがエグイ言葉を向けておることに気づいておらぬな』



 うわっ! この木が怒ったんだろうか。



「だから誰だよ、あんたは!? さっき目の前をわざとらしく遮ったやつだろ?」



 確かに周囲からは疎いと囁かれているさ。だが──。

 その実、そこまで鈍くは無いんだよっ!




 ──先程からずっとだ──




 何者かが俺にまとわりついている。

 木の精か。それとも気のせいか。

 そんな神秘的な現象への憧れが、これまでに無かったと言えば嘘になるが。


 ていうか、なに熱くなってんだろうな俺は。

 きっと何かの聞き違いさ。蝉たちが沢山鳴いてるもんな。


 たぶんだけど……近所の役員の人が肝試しの準備でもされているのではないかと、思う次第だ。それで悪戯心が出て、からかっているに違いない。


 ゆ、幽霊なんか信じないぞ。

 フレンド申請したおぼえもないぞ。あっち行けよ。




 ◇




 

 それは夏休み目前の週末。

 確か、午後だった。学校は休校だった気がする。


 暑さのせいかな。

 頭がぼんやりとしていた。


 今年初めての水飴せんべいを食べ終えた。

 所持金は百円で、二十円使ったから残金八十円。あと四回、食えるな。


 甘い物は虫歯の原因になるから家ではあまり、ありつけない。

 紙芝居のおじさんの売り出し物を親たちは詳しく知らない。


 小学生の頃は一日の小遣いが五十円だったが。

 中学生になって百円もらえるようになった。

 このまま八十円を残し、次の日まで残金を持ちこしても、さらに百円貰えるわけじゃない。

 二十円補充されて、これで百円ねってなるだけなのさ。



 だからここで使い切らない手はない。



 一度に二本も買うと、誰かに告げ口されそうで嫌だ。

 それに「食い意地が汚いな貧乏人は」とか悪口も言われそうだし。

 金持ちは何も言われない。それが当たり前。

 金持ちで世界は成り立っているからな。


 もしも忽然と金持ちたちが消えてしまったら。

 会社も店も何の利益も上がらなくなる。

 税も搾り取ることができない。長く続いた江戸時代ですら簡単に滅びそうだ。




 ◇




 一本目の水飴を口の中で溶かし切って、割りばしだけを口にくわえている。



 紙芝居がもう始まっている。

 一度読み終わると物語の中から、おじさんがなぞなぞを出題し始めるのだ。

 俺はそれを楽しみにしていたのだ。


 それまでは適当に聞き流して、子供世界のスイーツでトリップしていればいい。

 そんな週末の昼下がりだった。


 俺には親しい友人も兄弟もいない。嫌味で意地悪な金持ちの下級生がいるだけだ。

 同級生も意地悪な時があるが、教室の中だけだ。


 冬は正月の料理と年玉争奪の親戚巡り。


 夏はここでこうして小遣いが尽きるまでとどまり、あとは昆虫採集という名分で色んなお宅への忍者訪問の旅を楽しむのだ。


 無口の「おし」で通っている俺が、家人に丁寧に挨拶などする訳もない。


 蝉が止まって鳴くのは木だけではない。民家の壁にも止まる。

 虫網が届かなければ、樋を伝って塀を越えるのだ。

 無論、家人に見つかればアウト。説教という名の牢へ入れられるが。


 これまでもそうして来たし、これからも少年時代が終わるまでそうして行く。

 その平凡な暮らしの繰り返しをするのが世界の片隅に生まれた俺なのだ。




 ◇



 

 だが中学生活に入って二年目のこの夏はいつもと違う。


 なにかが違うのだ。

 小学の間は大目に見てくれたが、中学にもなれば110番通報でもされたか。

 

 そうじゃない。

 町の大人たちは、俺のことを可哀そうな子だと噂していた。

 何をしでかしていても大抵のことは目をつむる。

 やんちゃ、いたずらの方ではないのだ。


 気づけば、生まれて初めての奇特な体験に見舞われているではないか。



 ああ──そうなのだ。



 白いやつが、長文で話しかけて来たんだった。


 人の空想と回想の世界に、いきなり割り込み運転で侵入してきやがったんだ。

 すこし怖かったが、ほんとに夏祭りの役員という線もある。

 空想は俺の勝手で、タイミング悪く話しかけて来ただけかも知れないし。


 呪いの木のことは町の者は皆、周知していることだ。

 大人は子供が知りもしない所で、子供のことを観察しているものだ。

 変わり者の俺と話をしてみたいだけかも知れない。


 思い切って訊ねてみた。



「──肝試しの準備役員さんですか?」



 おい、30秒は経過したぞ。

 まるで誰も居ないかのようだ。

 では先ほどの声は何だったのだ。


 空耳だったのなら、それでもいい。

 目の前を白い身体で、色白の顔で一瞬だったが遮ったんだ。


 声が空耳なら、姿は空目かな?

 気のせいなら俺は紙芝居のなぞなぞに備えて、糖の補給をしなければな。


 本日、2つ目の水飴せんべい。



「頂きにいきまーす!」



 そう思い、腰掛けていた木の枝から、ひょいと飛び降りた。

 その高さは2メートル弱だった。

 我ながら、身軽だな。

 木のてっぺんまで5メートル。それだってお茶の子さいさいだぜ。


 ただ行商人の人は、よその町から来ているから「危ないマネをしている子には物を売らないよ」と昔に先輩方が注意を受けていたのを知っているから、ひかえめに登っていた。


 枝が2メートルの高さだから、腰掛けていたにせよ、身長150の俺の目線はさらに高い所にあったのだ。

 その目線を不意に塞げるとしたら、大人しか居ないじゃないか。


 紙芝居のおじさんは、ちびっ子を前に、中学のおっきい子は後ろに行ってと。

 中学でも背の低い子は前が良く見えないから、「怪我のないようにしてね」とすこし高い場所にいることを承認してくれているのだ。


 この日、木の上に登ったのは俺だけだったんだ。

 まったく、目の錯覚なんて体験は生まれて初めてだよ。

 あるんだな、そういうことって。幻聴と幻覚が同時に起こるとか……。



『木の精霊でなくて悪いな。だが、やんちゃ坊主という割にはマナーに理解があるんだな。安心したぞ……』



 うわわわわわわー。

 来たよ──っ!!? なんか来たよ──っ!!?


 ただいま光化学スモッグ発令中……。

 とかのアナウンスじゃないよねえ!!?


 やっぱりなんか……おるわ!

 この木はもう登らないでおこうか。


 そして足早におじさんとこまで行って、水飴せんべいを注文しに行くぞ。

 俺の夏を買いに行くんだ。



「夏と駄菓っしんぐ! ガッシングー、ガッシングー、昭和の夏! 俺ショーグン」


 

 俺のテーマとともに俺を止められるやつなど、居て堪るかボケ。

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