第5話 「誰か」

 Hさんの高校では、冬にマラソン大会を開催する。大きな公園で男女別に八キロのコースを走る大会は、大半の生徒には不評だが、陸上部に所属するHさんにとっては毎年の楽しみだった。Hさんは体育の長距離走では常に一番で、大会当日も、先頭を走っていた。

 いつもより早いペースだが、息はそれほどあがっていない。この調子で走り切ろう――そんなことを考えていた時、Hさんの横を、ものすごいスピードで誰かが走り抜けていった。

 後ろ姿に見覚えはない。少なくとも、陸上部の部員ではなかった。その生徒は、あっという間にHさんから離れていき、見えなくなった。もうかなりの距離を過ぎているのに、こんなに速く走れるなんて。Hさんは唖然とした。途中まで体力を温存しておく作戦だったのだろうが、それにしても速かった。

 その後もHさんは同じペースで走り続け、ゴールした。自己ベストは出せたものの、途中で自分を抜かしていった「誰か」には追い付けなかった。Hさんは悔しかったが、それ以上に、「誰か」が誰なのか――どこの部活に所属するなんという生徒なのか、気になって仕方なかった。やがてすべての生徒が走り終え、表彰式の時間になった。一着として発表されたのは、「誰か」ではなく、Hさんの名前だった。

 Hさんは驚いた。自分が一着のはずはない。キツネにつままれたような感じで友達にそう話すと、友達も、

「確かにすごく速いやつがいた」

 という。聞いてみると、クラスメイトのほとんどが、その「誰か」を見ていた。「異様なくらい足が速かった」とみんないう。しかし顔を見た人はひとりもおらず、誰なのかは分からない。

 Hさんは来年のマラソン大会で、その「誰か」に勝つつもりでいる。

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