第一話 招隊状…後編 前線へ

「皆さん! 着いた順でお並び下さい! 召集令状と持ち物の確認を行います!」


 係りの軍人達が軍用貨物駅の前に無秩序に屯する大勢の哀れな対象者を忙しそうに誘導する。更に群衆を囲うように暴徒鎮圧用装備を身に着けた軍人達が数人のグループを複数作って何れ出るであろう脱走者や暴れる者を取り押さえるべく、展開している。


 予定していた三〇分よりも一〇分ほど早く陸軍基地に着いたけれど、人でごった返しているから、いつ順番が回って来るか予想も付かない。話によれば帝都とその付近の町や村などからもここに集まっているらしく、帝都だけでもかなりの数が居るだろうに、周辺からも来ればこうもなるだろう。しかし、それにしても先日の区役所員の話からして学生ばかりかと思ったが年齢層も幅広く、予想に反して皆、活気に満ちていた。もちろん浮かない顔をしている者もいるが、そのほとんどが徴兵されたことを悔やむ素振りを見せていない。


「いや俺さ志願しようと丁度思ってたところだったんだ。だから良いタイミングだったよ」

「あ、あぁ僕も仕事が一段落したところだったんだ……良いタイミングだったよ」

「俺は愛国者だからな! 今日志願しようと思ってたが、先に国からお呼びが掛かるとは願ったり叶ったりだぜ!」


 アーデルハイトは心の中で嘆く。

 四方八方から会話が聞こえて来る。みんな愛国を語っているが、どうせ表だけだ。心の底から国を愛しているのはそう居ないだろう。戦争が始まって直ぐに志願するからと言ってそれが心の底から国を愛しているのかは知らないが、私も含めて少なくともここに並んでるような連中よりはこの国を愛しているだろう。


 すると、ざわめく群衆の後方から一際大きな声が聞こえる。


「ヴァルトハイム出身! シャーフ・ケナー! この戦争で英雄になるのは俺だぁぁ!! 彗星の厄災なんぞ恐るるに足らず! 真の愛国者達よ! 侵略者どもを蹴散らすぞ! 帝国万歳! 皇帝陛下万歳! 帝剣に集いし七諸邦に栄光を!」


 多くの群衆を前に高らかに宣言し、愛国を叫ぶ青年に周りの群衆も呼応する。


「「「「「「「帝国万歳! 皇帝陛下万歳! 帝剣に集いし七諸邦に栄光を!」」」」」」」

「「「「「「「帝国万歳! 皇帝陛下万歳! 帝剣に集いし七諸邦に栄光を!」」」」」」」

「「「「「「「帝国万歳! 皇帝陛下万歳! 帝剣に集いし七諸邦に栄光を!」」」」」」」


 愛国者達の讃美歌にアーデルハイトは腕を組み、頬杖をついて考え込む素振りをする。


 愛国——これが悪いものとは思わないが、特段良いものとも思わない。愛せない国の為に民は尽くそうと想わないのと一緒で、愛してくれない民の為に国は尽くそうと想わないから愛国心を持つのは良いと思う。しかし、行き過ぎた愛国心は時に悲劇を生んでしまう。他者へ対する優越感から始まり、やがては差別や迫害、虐殺や戦争と、その悲劇の規模を大きくする。だから、一概に愛国を賛美する事は出来ない。


 愛国者達が熱狂している中、イルゼが怪訝な面持ちで話しを掛けて来る。


「何で皆これから死ぬかもしれないのに、こんな元気なんだろう?」

「この国は熱狂的な愛国者が多いからね。それに新聞とかラジオでは戦況は常に帝国軍が優勢らしいし、死傷者もそんなに出てないらしいから。まぁー何て言うか、帝国西方厄災絶対防衛要塞群レーヴァテイン様様ね」


「それでも私は戦場なんて御免被りたいよー。ご飯満足に食べれなさそうだしさー」

「私だっていくら優勢って言われても嫌よ。てか、あなたはいつも食べ物の事しか考えて無いわよね」

「そりゃー人間の三大欲求の一つだよ? これが普通だよ。ふ・つ・う」


「あなたの食欲が普通な訳ないでしょ!」


 イルゼの食欲が普通だったら恐らく世界中畑や農園、牧場になってることだろう。それに今でさえ何を食べだすか分からないのに、世界中イルゼと一緒だったら何を食べだすか分かったものじゃない。


 ふと、イルゼの手元を見ると、いつ袋を突き破ってくるか分からないぐらいに詰め込まれたパンは既に見る影も無く、ただ折り畳まれた紙袋がイルゼの手に握られていた。


「え? イルゼ、あなたもう全部食べちゃったの?!」


 イルゼが私、また何かやっちゃいましたかと言いたげな顔をする。


「いやー美味しかったから全部食べちゃったよ! あっ、やっぱりハイジの分も残して置くべきだったね……。列車乗ってるときにお腹いっぱいって言ってたから、もう食べないのかと思っちゃってさ」

「食べたかったのもあるけど、それだけじゃないわよ! 朝から一体何個食べたのよ!」


 イルゼが両手を広げて指を折って数え終わると含羞んだ笑顔を見せる。


「あはは……指が足りないや」

「全くもう……」


 気付くといつもこれなのだから本当に困ったものだ。だが、イルゼの腹の容量と、腹を満たすために必要な食費をどうやって調達しているのだろうか。


 するとイルゼが不意に問を投げつけて来る。


「ねぇハイジ。私達これから何処行くんだっけ?」

「ん? え、あーあそこよ。あのー、ほら西方軍管区州よ。令状にも書いてあるはずよ」

「いやそれは分かるけどさ、その西方軍管区州のどこかなって思ってさ。だって、このまま戦場に直通な訳じゃないでしょ?」

「たしか、ハイデルト候領のガウスブルクよ」


 納得したのか、イルゼがぽんと手を合わせる。


「ガウスブルクってあそこだね! あのブルストで有名なところ!」

「それは知らないけど、そこに軍管区州の司令部と大規模な訓練施設があるとかなんとか。まっ行けばわかるわよ」

「そうは言うけどさー、これ今日中に行けるかな?」

「どうでしょうね~」


 どれほど進んでいるのか背伸びをして駅舎の方を見ると、案内を行っていた一人の軍人と目が合う。


「げっ…やばっ!」


 突然しゃがむアーデルハイトにイルゼの頭の上に見えないハテナマークが立つ。


「どうしたのハイジ? エロオヤジと目でも合った?」

「い、いや違う…兄さんが居た……」

「え、喧嘩でもしてたの? 何番目のお兄さん?」

「喧嘩はしてないけど二番目のヨハンお兄様よ……最悪、目が合ったし、こっち見てた……」


 私の家、ネルトリン家には父と母の他に四人の兄と一人の姉、そして妹と弟が一人ずつと、十一人家族の大所帯なのだが、今回の徴兵された件を誰にも言っていないから絶対何か言われる。特に母思いのヨハンお兄様だから一体どうなるのか分かったものじゃない。

 座り込んで今後を憂いていると早速、一人の聴きなれた声が耳を唐突に殴る。


「そこの二人、話がある。こっちに来い」


 イルゼが「えっ、私も?」と言いたげな感じの素振りをする。

 戸惑っているイルゼを壁にして覗き込むと案の定、しかめっ面をした如何にも私怒ってますよ感を漂わせる軍人が立っていて、苦笑いするしかなかった。


「あはは……な、何の御用でしょうか……」

「全く、やっぱりお前か……良いから早く来い!」


 しかめっ面の軍人——いや兄は無理やり腕を掴んで私達を駅舎に隣接する詰め所に押し込む。


「何ですかネルトリン少尉殿~勤務中にナンパとは大胆ですね~!」


 近くの兵士が揶揄う様に兄へ向かって言う。


「こいつらの事情聴取だ! お前はさっさと手荷物検査手伝って来い!」

「はいはーい。分かってますよ~」


 揶揄って来た軍人はつまらなさそうに手荷物検査を行っている駅舎の方に向かう。


「ったく、あの野郎、余計なことばっか言いやがって……」


 悪態をつきながら兄が詰め所の椅子に座るように指示する。

 詰め所の中はパイプ椅子が幾つかと所々錆び付いた金属製の机が部屋の真ん中にあるだけで、昔友人たちと冒険ごっこをしたボロ屋敷にあった離れを思い出す。

 椅子へ座ると兄は机に両肘を付いて寄りかかり、両手を口元に持って来て高圧的な態度をする。


「ハイジ、お前何で母さんに召集された事黙ってた? 親父とか母さんじゃなくても兄妹の誰かに言えただろう」


 言ってることはごもっともだが、ショックで突っ伏して泣いてたなんて言うのも恥ずかしいし、何て言おうか……。


「——てた」

「え? 聞こえないぞ。それに俺は別に怒ってる訳じゃないから。なんて言ったんだ」

「寝てた! 疲れて寝ちゃったし午前中は準備とかで忙しかったの! ご・め・ん!」


 ヨハンは呆気に取られた表情をして詰まらせながら少しずつ言葉を吐き出す。


「あー、そうか……分かった。まぁーなんだ。もう一つ話があってな」

「またお母さんのこと?」


 食い気味にヨハンは否定する。


「違う! 今日はだいぶ混んでるからな。多分今日中に全員運ぶのは無理だから、余りは天幕で寝てもらうことになったんだが、嫌だろ?」


 返してはくれないのかと二人の少女は肩を落とす。


「なぁ?嫌だろ だから俺が話を通して置くからさ乗らないか?」

「え!! 良いの?!」

「え!! 良いんですか?!」


 二人の少女は齧り付くように椅子を立ち上がる。


「まぁまぁ落ち着いて。さっさと乗りたいなら、この封筒を持って行くと良い」


 ヨハンは二人を宥めて白い封筒を二人に手渡す。

 中に紙が数枚入っているようだが、中身は良く分からない。

 疑問に思っているとイルゼが兄に直接尋ねる。


「何ですかこれ?」

「西方軍管区州へのフリーパスだ。返却はお断りだから精々頑張れってくれよ二人とも!」


 面白そうだから少し揶揄ってやろうとアーデルハイトの脳裏に考えが浮かぶ。

 久しぶりにお兄様に優しくされると何故かわからないけど、少し揶揄ってみたくなるわね。さっきは恥もかかされたし丁度良いわ。


「ありがとうございますヨハンお兄様! 私、ヨハンお兄様のこと大好きです!」


 席から立ち上がったアーデルハイトは、ヨハンに正面からハグをして上目遣いで猫を被った甘々な言葉を垂れ流した。


「お、おぉぉぉっおぉ俺はお前の兄貴だkらな…とととっ当然のこtだ……。しゃ、しゃっしゃと行け!」

「ハイジのお兄さん! ありがとうございました!」

「バイバイ! ヨハンお兄様!」


 たじたじになったヨハンにとどめの投げキッスをアーデルハイトが撃ち込み、詰め所を後にする。

 ヨハンの眠る詰め所を背にイルゼがふと呟く。


「このフリーパスとやらは結局は駅の係りの人に見せれば良いのかな?」

「フリーパスって言ってたし、それで良いんじゃないかしら」

「じゃあ行こうか。だけど、ハイジは罪な女だねぇ~」


 ニヤニヤした顔でイルゼがアーデルハイトを見つめる。


「だって久しぶりに会う親族って揶揄いたくならない?」

「まぁ~分からなくは無くもないけどね~」


 恐らく、基地の外まで続くであろう長蛇の列の横を二人の可憐な少女が歩いて追い越して行く。


「すみません。手荷物検査をお願いします」


検査を行っている係員に白い封筒を見せると係員は感心した顔で述べる。


「帝国の為に自ら志願なさったのですね、それもまだ二〇にも満たない年齢で。あなた達の祖国を思う愛国心に私、感服致しました。取り敢えず、手荷物を検査させて頂きますので少々お待ちください」


 係員の言葉にアーデルハイトが引き攣らせながら、イルゼの方を向くとまさに彼女は開いた口が塞がらないと言った状況であった。

 アーデルハイトは強く、心の中でヨハンを恨む。あのクソ兄貴め生き残って次会った時は絶対に潰してやる、と。



「検査は終わりましたので、書類に書かれた番号の志願者専用車両の席の方にお向かい下さい。分からない場合は、お近くの係員に聞いて下さい。それではご武運を」


 最後にそう言い、係員は二人へ向けて敬礼する。

 二人は愛想笑いをして手荷物検査を後にする。


 駅のホームには何両もの客車を引き連れて真っ黒い蒸気機関車が待機していた。

 普段は蒸気機関車を見ても何とも思わないが、今は色も行く場所も含めてさながら地獄からの使者にしか見えない。


「ねーハイジ?」


 いつもの如くイルゼがアーデルハイトに疑問を投げつける。


「なーにイルゼ」

「家族の人の前で言うのもあれだけど、ハイジのお兄さんってもしかしてヤバイ人?」

「そうよ、マザコンの上に公職に就いていながら、こういう慈善と評した迷惑活動を昔からやってるクソよ。今回の事は流石に一線超えてるでしょ。お父さんにチクってやろうかしら。あんなのクビになれば良いのよ」

「ハ、ハイジさん! せっかくのちょっと良い所のお嬢様っぽいキャラが崩れちゃうよ!」

「もう頭来たしさっさと乗って一睡したいわね」

「うん、そうだね……」




「ねぇハイジ、この車両で合ってるよね?」

「その筈だけど、個室分けされてる客車は初めて乗るわね……」


 二人が車両に入ると席は全て壁と扉で完全に区切られていて、三等客車にしか乗った事の無い二人には初めての二等客車だった。因みに帝国では客車が三等級に分類されており、この壁と扉で区切られているだけの仕様の客車は二等客車に分類されており、主に一部の中流階級と上流階級がメインに乗車する客車で、街中でも良く見かけられるタイプである。


「意外だね、ハイジの家ならこういう客車で旅行とかしてると思ってたけど」


 家庭の事情にアーデルハイトは溜め息を吐く。


「うちは兄妹が多いし、お父さんが全然長期休暇取れないからね」

「何て言うか、大変だね……うん」


 初めての二等客車に感心している内に直ぐ指定の席の前へとたどり着く。


「なんか声聞こえない?」

「確かになんか聞こえるわね」


 席のある個室からは喚き散らかす二人の男女の声が漏れ出して来ており、アーデルハイトとイルゼの入室する気力をじわじわと奪っていく。


「どうするのこれ?」

「私達が入れば流石に落ち着くでしょ」

「なんか嫌だな~」


 二人が恐る恐る扉を開けると……


「僕と結婚して下さい!!」

「あんたいい加減にしなさいよ?! マジでしつこいんだけど!!」

「良いじゃないか! 僕も君もいつ戦場で死ぬか分からないんだぞ?! 僕を受け入れてくれたって良いじゃないか!」

「あんたね! 私の死ぬ場所勝手に決めないでよ! それにあんたみたいなな人の気持ちもわからない人間モドキなんてこっちから願い下げよ! 大体初対面でプロポーズとか頭いかれてるの? 何なの? この個室をあんたの人生のエピローグの舞台にしてやっても良いんだけど!」

「こんな所で人生終わってたまるもんか! 君が人の心を理解できない奴だとは思わなかったよ!」

「あんたに言われてたまるもんですか! もう話し掛けないでね!」

「願ったり叶ったりだよ!」


 個室にはプロポーズをする黒髪の少年と、それをこっ酷く振る金髪の少女が居た。

 状況が読めないと思いつつアーデルハイトは金髪の少女に話を掛けてみる。


「あ、あのー何て言うか……よろしくね……」


 話を掛けられて初めてアーデルハイトとイルゼの存在に気づいたのか、金髪の少女は驚く素振りをして、さっきとは全く違うトーンで恥ずかしそうに声を出す。


「あ、あの……もしかして見られちゃいましたか?」


 こくりと小さく頷くと金髪の少女は赤面してそっぽを向く。

割り込む様に先程の少年がアーデルハイトに威勢良く声を掛ける。


「そこの銀髪のキミ!」

「はい…何でしょうか」


 絶対面倒な事になると思いつつ顔を見ると見覚えのある顔である事に気が付いた。


「ところで貴方の名前は?」

「僕の名前はアルノルト、アルノルト・ハイネマンだ!」


 アーデルハイトは頭が痛くなる感覚に襲われる。

 まさかとは思ったけど本当にアルだったなんて…数少ない幼馴染の一人がこんな帝都まで来て態々恥をさらしてるなんて、イルゼも絶句してるし。少なくとも数か月前はこんな変人じゃなかったのに。

 アーデルハイトが自分の数少ない幼馴染がどうしてこんなになってしまったのか悩んでいる中もアルノルトがしつこく話を掛ける。


「君達の名前は? 何歳? 体重は? 学生? 社会人?」


 さっきから思ってたけど私達のこと気づいてないじゃない…それになによりもウザイ。アルはこっちに気付いて無いみたいだし少し揶揄っちゃおうかな。

 アーデルハイトはイルゼに目を合わせて合図を送る。


「私の名前はレベッカ、レベッカ・シュタインバッハよ。こっちはヒルデガルドよ。よろしくね」

「レベッカにヒルデガルドだね、よろしく。君達って学生?」

「私達、本当は今日から大学だった筈なんだけど、召集されちゃって……」

「そうなんだね、僕は就職で帝都に来たんだけど所在地をこっちに移した次の日には召集されちゃったんだ。だからさレベッカ」


 突然名前を言われてアーデルハイトは驚く。


「え、私?」

「それなら、僕と結婚してくれないかな?」

「あぁ……えぇと」


 話に脈絡が無さ過ぎる…どんだけ結婚したいのよ。てか今日こんな事ずっとやってたのかしら。頭でも打ったのかとでも思うレベルね。


「頼むよ! 頼むから! 何ならヒルデガルドでも良いからさ!」

「ちょっ! 何で私もなの?!」


 突然の振りにイルゼが慌てふためく。

 もう滅茶苦茶ね。話すのも辛くなって来たしそろそろ正体を明かそう。

 再び、アーデルハイトがイルゼに目を合わせて合図を送る。


「アルノルト、あなた私の名前間違ってるわよ」

「ごめんごめん、君がヒルデガルドだったんだね」

「いいえ」


 アルノルトは首を傾げる。


「うん? もう一回名前を聞かせて貰っていいかな?」


 まさか、ここまで気付かないなんて思わなかったな。どんな反応するか楽しみね。


「ちゃんと聞いてね? 私の名前はアーデルハイト、アーデルハイト・ネルトリンよ。改めてよろしくね? イルティス出身のアルノルト・ハイネマンさん」


アルノルトは動揺を隠せず、たじたじに喋る。


「や、やぁ…ハイジ。隣に居るのはイルゼかな? 二人とも…ひ、久しぶりだね……」


 イルゼも少々引き気味でアルノルトに言葉を返す。


「やっほーアル。流石に私もビックリしたよ…」

「帝都まで来て何をしてるのやら…まぁ元気そうで何よりね」


 ここで知らない振りで通していた金髪の少女が口を開く。


「皆さんお知り合いだったんですか?」

「えぇ、そうよ。私達三人とも同郷よ」

「そうなんですね。私は……」


 アルノルトが息を吹き返して会話に割り込んでくる。


「てめぇ! なに今頃になって猫被ってんだよ! お前の本性はもうバレてんだぞ!」


 金髪の少女は反撃する訳では無く、正面からアーデルハイトに抱き着く。


「アーデルハイトさん、助けて下さい! この人ずっと私に纏わり付いて来て、もう——」


 アルが一番悪いとして、それでもこの子も大分凄い事言ってたな。普通にアルの事倒せそうな気がしなくも無いし。だけどまた口論になられても困るし止めておこう。


「アルも女の子に乱暴なこと言っちゃダメよ。あんまり酷いと貴方のお母さんに言っちゃうからね」

「それは勘弁してくれよ…何されるか分かったもんじゃない」

「ハイジはモテモテだね~」

「もう、そういうのはいいから」


 抱き着いていた金髪の少女がアーデルハイトから離れ、アーデルハイトが座るであろう席の隣に先に腰を降ろした後、アーデルハイトとイルゼにも座るよう促してアーデルハイトが自分の隣に座った事を確認すると満足げな顔をして自己紹介を始める。


「私はレギーナ・ヴァイツェンです。よろしくお願いします」


 アーデルハイトの脳裏に一人の男の顔が浮かぶ。

 レギーナ・ヴァイツェン、もしかしてオーナーの娘さんかしら?金髪に緑色の瞳、イルゼと同じくいの身長だし。だけど、そうだとしたらアルとオーナーの娘さん、私とイルゼが全員同じ席だなんて偶然にしては出来過ぎよね。多分兄さんの仕業かしら……。


「もしかして、あなたのお父さんパン屋さんとかやってない?」

「知ってるんですか?!」

「ハイジと二人で言って来たんだよー」

「えぇ、今日ここに来る前に挨拶して来たの」


 やっぱりオーナーの娘さんで合ってた。違かったらどうしようかと思った。

 安心してアーデルハイトがほっと一息付いたところでレギーナが口を開く。


「出発まで時間はありますしお父さんの事聞こうと思いましたが、その前に皆さん変な軍人さんに話掛けられませんでした?」

「あー僕も、封筒渡されたよ「西方軍管区州へのフリーパスだ」って。列を追い抜かして行けたから良かったけどさ」

「そうそう私も貰った。まだ見てなかったけど何なのかなこれ?」

「フリーパスっては言ってたけどな」

「あはは…何だろうね」

「……」


 アーデルハイトは思わず頭痛が痛いと言ってしまいたくるような頭痛に襲われる。

 ほんと最悪、本当に善意でやってる分、質が悪すぎる。今度会ったらこの手でとっちめてお父さんにさしだしてやる。


「その軍人、私の兄さんよ…」


 アルノルトとレギーナが目を見開いてアーデルハイトを見つめる一方、イルゼは苦笑いをしていた。


「確かに、言われてみれば髪とか目の色も一緒ですしね」

「ハイジの兄さんかよ、そもそもあんな事してて大丈夫なのか?」

「それと、そのフリーパスはただのフリーパスじゃなくて、行先は地獄よ」


 疑問に思った二人は封筒の中の書類に目を通す。


『私、アルノルト・ハイネマンはノイエモント帝国陸軍へ入隊することを志願します』

『私、レギーナ・ヴァイツェンはノイエモント帝国陸軍へ入隊することを志願します』

「「は?」」


 二人は情報処理が追い付かず一瞬固まり、復活したとたんに説明を求め始める。


「ちょちょちょっと待て、ハイジこれは何だ?」

「これのどこがフリーパスですか?!」

「何って、入隊志願書よ? 志願するような連中の大半はもうとっくに前線で、列車の志願者席がすっ空かんだから、志願書をフリーパスに見立てたんじゃない? ほんと最悪よね、今度アレを見かけたら殴って良いわよ。私も殴りたいし」


 怒りに満ちた声でアーデルハイトが混乱する二人に返答をした。


「ここまで来ちゃったし、しょうがないよー」

「戦争が始まった今、志願で先に行こうが招集で後に行こうが一緒よ」


 そう戦争が始まってしまった今、志願で行こうが招集されて行こうが、先か後かの違いしかない。結局、戦場で地獄を見るのは変わらない。

 レギーナとアルノルトは肩を落とし、大きな溜め息をする。すると、聞き慣れたアナウンスが個室内に流れる。


『一番線リュストゥブルク陸軍基地発、ガウスブルク陸軍基地行きが発車します。ドアが閉まります。ご注意下さい』

「もうここまで来ちゃったんだし、みんなで生き残れるように頑張りましょう」


 アーデルハイトがそう言うと三人もそれに応呼する。


「やるじゃんハイジ~」

「はい、生き残れるように頑張りましょう」

「そうだな、ここまで来たら英雄になる事を決意するしかねぇな」


 そして列車は運ぶ、我々を。まだ知らぬ地獄へと。


 ◆◇◆◇


 ヨハンは一人、詰め所の灰色の空を見て独り言を呟く。


「みんな上手くやってると良いなぁ~。しっかし、アルノルトくんとイルゼちゃんのは最初から用意してたけど、直前になって急に増えるんだから大変だったな。みんなには少しでも早く行って訓練をちゃんと受けれる内に受けて欲しいからね」


 倒れた体とパイプ椅子を起こして、ヨハンは詰め所を出る。


「さぁて、人助けに戻るとしますか~」


 この日、ヨハンによって志願兵へと仕立てられて前線に向かった者は百名を超えた。



 大陸暦二一年四月一日 《西部戦線・左翼》

 今日も帝国と共和国の対峙する西部戦線では両者の血肉が飛び交う激しい戦闘が行われていた。



 深夜、見張りの兵士が双眼鏡越しに月光に照らされた不自然な土埃を見つける。

 舞い上がる土埃の先端には紅いマントを身に着けた装甲歩兵が複数の小隊に別れてジェットエンジンで大量の土埃を舞い上がらせて帝国軍の陣地へ向けて高速移動をしていた。


「おい、見ろ! 紅いマントの装甲歩兵が物凄い速さで近づいてくるぞ! 暗くて良く分からんが、数も多そうだ! 急いで中隊長に!」


 兵士が中隊の指揮所に走ろうとすると、同じく隣で見ていた兵士が小銃を下ろして塹壕の中に身を隠す。


「なんで……あいつらが、こんなところに……?」

「おい、速く中隊長に……てか知ってんのか?」

「奴らは西部戦線右翼の第二装甲軍団を壊滅寸前まで追い込んだ魔女どもだ……勝てるわけがない……近衛騎士団で連中にやっと互角だったんだ。俺たち歩兵なんて、赤子も同然だ……」


 兵士は疑問に思う。その様な情報は聞いた事も無ければ、帝国軍の強さを心の底から信じていたからだ。


「あれっぽちの装甲歩兵で装甲軍団が壊滅? それに魔女?」

「ここに来る前は、俺はその第二装甲軍団で装甲擲弾兵だったんだ……奴らは人間じゃない、人の形をした何かだ……」


 諦め口調で語る同僚が上を向いたまま顔をこわばらせる。


「何だよ、そんなに上を見て、顔馴染みのでも落ち……」


 その言葉が終わる前に、兵士が振り向くと、月光に照らされ、鈍く光る銀色の装甲歩兵が血のように紅いマントを風に靡かせ、二人の兵士を見下ろしていた。その姿はまるで鎧を纏った魔女のようで、その存在だけで空気が重く感じられた。


「なっ……」

血讐クロヴナ・メストの魔女達のお出ましだ……はっははは。この軍団も、終わりだよ」

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 彗星の落ちる場所 土下無月 @tutisita1116

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