二十八話 冥土

 食堂の扉を押し開けて入ってきたのは、一人のメイドだった。

 秋葉原にいるようななんちゃってメイドではなく、ヴィクトリアン式のいわゆるちゃんとしたメイドだ。


「あなたは……?」


「失礼しました、わたくしはサドー男爵に仕えております、ハウスメイドのノエルと申します」


 そう言って軽くお辞儀をするノエル。あっ、カーテシーではないのね。そういうものなのかな。


「はじめまして、ハンターのセルウスです。こっちは同じくハンターのローラ。今日は買い出しの依頼で伺いました。それで、あなたは何を教えてくれるんですか?」


「ええ、では立ち話もなんなので、——座らせていただきますね」


 言うや否や、ささっと椅子に座るノエル。……なんというか、自由だな。こいつも変人枠か? まぁ立っていても仕方ないので俺たちもノエルの正面に座る。


 椅子に座りあらためてノエルを見る。簡潔に言うととても美人だった。メイドらしく黒髪をビシッとまとめ、何を考えているか分からない無表情だが、キリッと系の美人だ。歳の頃は同じくらいだろうか、十歳かそこらに見える。それなのにこの雰囲気、威圧感。只者ではないな……! とか言ってみる。


「何を見てらっしゃるのですか? そんなにわたくしの美しい顔が気になりますか? それよりもその間の抜けたお顔を気にされた方がよろしいかと思います」


 空気が凍った。主に俺の周りだけの。

 ローラは最初こそ唖然としていたが、その意味を理解した先から笑いを堪えて俺の事を見ている。


「の、ノエルさん。初対面の相手に失礼じゃないですかね」


「それは大変失礼しました。貴方様のような間の抜けた顔で見つめられる事に不慣れなもので。ついつい本音を漏らしてしまいました、メイドとして失格ですね。ダメなメイドで申し訳ありません」


 謝った。素直に謝った。だがそれは誤っている。俺に対する非礼への謝罪じゃなく、自分がメイドとして至らない事への謝罪だ。

 ノエルの言葉に遂にローラが吹き出した。


「ぷっ、ふふっ、あっ、あんた見どころあるじゃないっ! ふふっ。そうね、コイツはちょっと間の抜けた顔をしているわ! ……でもね、それを言っていいのはアタシだけなの。さぁ今すぐ撤回しなさい、じゃないと非道いわよ!」


 えっ?

 予想外なんだが。いや、ローラが言うことも大概だが、そこで俺を庇ってくれるのか。ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ感動したぞ?


 そんなローラの視線を受けて、相変わらず無表情なままのノエルが再び口を開く。


「そうですか、これはまたしても失礼しました。この方は貴方のつがいだったのですね。つがいおとしめられれば怒るのは道理。でも問題ございません、わたくしは番の片方だけを貶めたりいたしません。貴方もこの方と同じです。見た目は可愛くまとまっていらっしゃいますが、中身はどうやら全く入っていないようですので。大丈夫です、お似合いかと思います」


「あ、あんたねぇっ!!」


 ノエルから暴言を浴びせられたローラは椅子から立ち上がり、音もなく一瞬でノエルに近付きその胸ぐらを掴み上げる。それは狩りの時に見せる野生的な動きで、本気のローラの動きは俺も見失うほどだ。


 だがそれよりも驚いたのはノエルの対応だった。本気のローラの動きに反応して、机にあったフォークをその喉元に突きつけている。


「ハンターのローラ様、わたくしは自身を守るために攻撃行動に移らなくてはなりません。五秒以内にこの手をお離し頂けないのであれば、応戦致します」


「くっ……!」


「お二人とも、おやめくださいっ!」


 まさに今、火を噴きそうな二人にアンネが険しい声で止めに入る。


「ノエルさん、今回はあなたが悪いと思いますよ。どうしてわざわざ来てくださった二人にそんな事を言うんですか。普段のあなたからは信じられ……なくはないですが、それでも非礼を詫びるべきです。しいては男爵様の名を汚しますよ」


 男爵の名が出た瞬間、ノエルがピクッと反応したのが見えた。そしてゆっくりとフォークを置くと、その手を前で合わせ静かに目を閉じる。というか院長までノエルをそういう目で見ているのか……。


「お越し頂いたお客様に無礼を働き、誠に申し訳ございません。決して許されるものではないかと思いますが、どうかご容赦ください。わたくしは後程どんな罰でもお受けしますので、どうかギルドへの依頼だけは遂行していただけますよう、伏してお願い申し上げます」


 先程までとは打って変わって、ノエルは悲しげな顔で俺たちに謝罪した。本心からの謝罪かは分からないが、それでもそのしおらしい態度にローラもある程度溜飲が下がったのか、ふんすっと鼻息を吐きながら頷いていた。


「まぁいいわ、納得出来ないけど。依頼は依頼、プロとしてそれだけはこなすつもりよ。……でもアンタは許さないわ、終わったらちょっとツラ貸しなさい」


 どこかのスケ番みたいな事を言いながらローラがノエルを睨みつける。まぁ今回に関してはローラ何も悪くないしな。俺への罵倒はローラで慣れてるけど、他の人から言われるのは少し衝撃的だったな。


「ノエルさん、あなたへの対応は後で考えるとして、この依頼の事を教えてください。どうして孤児院の子供達では買い出しに行かないのですか?」


「ええ、わたくしの事はそれでお願い致します。それで、子供たちで買い出しに行かないのは、簡単に言えば人手不足です。人数的な意味ではなく、能力的な部分において。この孤児院にいる子供達は皆何かしらの怪我や病気などをしており、本当に必要最低限の自身の身の廻りの事しか出来ない状況でございます。この孤児院は救護院、特に恵まれない子供への保護施設でもあるのです」


 なるほど、分かりやすい。


「でも、それであればもう少し職員を増やして対応されるなどの方法もあるのでは?」


「……それが出来ていればわざわざギルドへ依頼をしないかと」


 おっしゃる通りで。

 なるほど、まぁ事情は分かった。自分達では出来ないから人に頼む、当たり前のことだな。でも、それなら何故。


「ノエルさんは領主様に仕えるメイドという事で。それなら何故あなたがこちらにいるんですか? もしこちらのお手伝いが仕事であれば、あなたが買い出しに行けばいいのでは?」


わたくしは領主様……、男爵様に仕えるメイドで間違いございません。こちらへは罪滅ぼ……、恩返しで仕事の合間に顔を出してお手伝いをしております。わたくしはこの孤児院出身なものですので。それに、わたくしのこの細腕でそれだけの大荷物を抱えられるとお思いで? 見た目通り想像力が欠如されてらっしゃるのですね」


 想像力が足りない見た目ってなんだよっ!

 やっぱりさっきの謝罪は演技で、これがノエルの素なんだろう。丁寧な口調とは裏腹にとんだ腹黒メイドだよ!

 だが俺も負けてばかりはいられない。話の主導権を握らないといつまでも話がすすまない。


「そ、そうですね。あなたの様な美しく、可憐な方にそんな大荷物を持たせる訳にはいかないですよね。買い出しは任せてください、俺とローラできっちり済ませてみせましょう!」


 まずはノエルの言葉に逆らわず乗っておくことにしよう。ノエルは可憐、ノエルは美しい……。


 ギュウウゥッ!!


 いってぇ!! 自分にそう言い聞かせていたら、突然脇腹に激痛が走る。その方向を見ると、ローラが俺の脇腹をつねりながら笑顔で怒っていた。


「アンタねぇ、ちょっと可愛い女がいればすぐそうやってホイホイおべっか使うのやめなさい! アンタみたいのは絞れるだけ絞ったら、お茶っ葉みたいに捨てられるのがオチなのよ! もう少し危機感を持って分をわきまえなさい!」


 そうだった、ここで力技で主導権を握るのがローラ式でした。だが俺に当たるのは間違っている、俺はあくまでもフリをしただけだ。決して心からノエルを褒め称えた訳ではない、だからその手を離すんだ!


「アンタも、コイツの事をからかってるのか知らないけど、変なちょっかいをかけないで! アタシ達はプロよ!? やる事やるからさっさと要点をまとめなさい!」


わたくしは何もしておりませんが……。ええ、でも承知いたしました。これ以上言葉を交わしていてもあまり得になるとは思えませんですし。今買い出しのリストをまとめますので少々お待ちくださいませ」


 やはり無表情でそれだけ言うと、ノエルは食堂を出ていった。残ったのは気まずい空気と、怒ってるローラと、申し訳なさそうな顔をしたアンネだけだった。……俺もいるけど。


「本当、ノエルさんがすいません。普段はあんな事を言う子では……なくはないですが、あそこまで露骨に嫌味を言うことはないんです。お二人は歳も近そうなので、もしかしたらお近づきになりたかったのかも……」


 もし本当にそうなのであれば、どれだけコミュ障なんだノエル。好きな女の子にだけ意地悪してしまう小学生男子よりもひどい。このままでは絶対にお近づきになれないと思うぞ?


「そんな事はどうでもいいのよ。アイツがアタシたちにどんな感情を持っていようが、アタシたちはアタシたちの仕事をやるだけ。仕事の邪魔になるなら容赦しないわ」


「いえ、決してそんな事は考えていません」


 うわっ。

 またしても音もなく俺達の前に現れたノエル。気配の消し方といい……こいつ、クノイチか?


「ま、まぁ邪魔をしたら買い出しが遅れて、ここの子供達が困っちゃいますもんね……」


「あ、いえ、そちらではなく。わたくしはあなた方とお近づきになろうなんて、これっぽっちも思っておりません。ええ、全くもって、そんな可能性は皆無です」


 あ、そっちですか。


「そう、それなら良かったわ。アタシたちもアンタと仲良くしようなんてぜんっぜん思ってないんだから! まぁここの子供達が可哀想だから、仕事だけは完璧に、一分の隙もなくこなしてあげる。感謝なさい!」


「ええ、感謝いたします。では、これが買い出しのリストと、こちらが購入資金になります。わたくしが三日前に事前調査した際の最安値にて計算された金額となっております。こちらを上回った分につきましてはあなた方の持ち出しとなりますのでご注意くださいませ。逆にこれよりも安く仕入れられれば余剰金については報酬に上乗せとして受け取っていただけます」


「えっ!? 何それ、そんな事聞いてないわよ!」


「……ローラ、それはこの依頼を受ける時の説明事項に書いてあったよ……。それを俺が説明したよ……」


「ぐぬぬっ」


「買い出しの方法はお任せ致します。但し、安いからといって粗悪な品を買われてきては困ります。もし一定以下の品質の場合返却、最悪は破棄することもございます。その際には責任を持って代替品のご用意をお願いいたします」


「ちょっ……、そんなのアンタの匙加減一つじゃない!」


 たまらずにローラが口を挟むが、ノエルはどこ吹く風だ。


「あら、先程一分の隙もなく完璧に、とおっしゃっていたかと記憶しておりましたが……。わたくしの聞き間違いでしたでしょうか。それとも依頼を前に既に敗北宣言ということでしょうか。それであればわたくしは寛大な心で受け止めて、条件を緩和することもやぶさかではございませんが……」


「敗北宣言なんてする訳ないでしょ! 勝手に決めるんじゃないわよっ! 見てなさい、アンタなんか見たこともない最高級の食材を揃えてあげる! せいぜい腕のいいシェフを大量に集めておくことね! ふんっ!」


「あらあら……」


 アンネにはもう止める事もできない。ただの買い出しのはずが、ローラとノエルのプライドのぶつかり合いになってしまった。

 ローラよ。見たこともない最高級の食材とやらは、果たして俺たちに分かるのか?

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そうだ、悪人になろう しゃみせん @shamisen90

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