二十七話 依頼
無事にハンター登録を済ませた翌日、俺とローラはイザベルのおすすめ、薬草採取の依頼を受けていた。
孤児プレイ継続中なので、自分達が確実にこなせる依頼で日銭を稼がなくてはならない。
この潜入任務がどれだけの期間に渡って行われるか分からないから、ある程度しっかり地歩を固めておきたい。
俺達は孤児、だから毎日小銭を稼いで生き繋ぐ、そしてたまに大物狙いの依頼を受ける。うん、この線だな。そして俺には実は別の狙いがある。
というのは、俺が受け継いだ呪いに関係しているものだ。
端的に言うと、上級ハンターと合同で依頼を受けてみたいのだ。そうすればそのハンターが持っている
だがこれはローラにも言えない事だから、なんとか自然に進めて行かなくては……!!
「もう終わった?」
「へ? 何が?」
「あんたの妄想」
えっ? 何なにナニなに、どういうこと!? 俺の妄想がダダ漏れだったの?
「あんたにいくら話しかけても返事がない時は、あんたが頭の中で色々妄想してる時でしょ。……妄想の中でアタシにエッチな事しないでよねっ!」
してねーしっ! そういうのはもっとムチムチのプリンになってから言え。
「ああ、悪かったよ。それで目当ての薬草は見つかった?」
「なんか似たようなのばっかりで案外難しいわね。一つ実物を見つけたら、後は匂いで探せるのに」
「流石犬獣人」
どがっ!
……グーで殴られた。
「次は手加減しないわ。それで、本命の依頼はいつ受けるのよ。そもそもその依頼はあったの?」
「痛い……。あぁ、依頼はあったよ。聞いたらその依頼はほぼいつでも無制限で受付してるみたいだから、慌てる必要はなさそうだ。だったらあれこれ細かい依頼を受けて、受けるものがなくなったから仕方なく、という感じで受けたいかな」
ふーん、とあまり興味なく聞くローラ。こいつは何のために聞いてきたのか。
「まぁ、タイミングはアンタに任せるわ。とにかく、今はあれやこれや依頼を受ける必要があるって事ね。じゃあさ、アタシ受けてみたい依頼があるのよ!」
「へぇ、そうなんだ。どんな依頼?」
「護衛依頼よ!」
ずっこけそうになった。……この表情を見る限りマジだな。
「ちなみに聞くけど、なんで護衛をしたいの……?」
「だって楽しそうじゃない! それに、魔物や盗賊から依頼主を守ればアタシたちの評価はうなぎ登りよ! 昇りきってそのまま竜になるわ!」
龍になるのは鯉だろ、鯉。この世界にいるか知らないが。いや、問題はそこではない。
「色々思うところはあるけど、大きく二つ心配がある」
「二つもあるの? あんたも心配性ね。で、何よ」
せめて俺の半分くらいお前も心配してくれ。
「まず、俺たちみたいな子供を護衛として雇いたいという依頼主はいないだろう。頼むならベテランの強そうなハンターに頼むさ」
むぅと頬を膨らませるローラ。それでも言い返さないのは、自分にもその自覚があるからだろう。と信じたい。
「そしてもう一つ。盗賊が襲ってきた時、ローラはどうする?」
「そりゃもちろん、メッタンメッタンのギッタンギッタンよ! アタシの究極魔術で一網打尽だわ!」
「それが、俺たちの団でもか?」
うっ……と言葉に詰まる。そうだよね、考えてなかったよね。もし仮にその状況が現実になった時、俺たちは果たしてどちらの味方をすればいいのか。ハンターか、盗賊か。もちろん気持ちはハンターなのだが、仮にも今現在は盗賊一味な訳だ。中途半端な立ち振る舞いをしてはどちらの立場もなくしてしまうだろう。まぁ盗賊については、いつかは辞めるつもりだけどね。
「そ、そうね。護衛依頼は今は受けるべき時ではなさそうね! 今はそれよりもアタシ達を必要としている依頼があるわ! 護衛依頼は他の下っ端ハンターに譲ってあげる事にするわ!」
「そうそう、今はそれがいい。まぁ俺たちよりも下っ端はいないだろうけどね。それで、明日は町のドブさらいか買い出しの依頼を受けるつもりだ」
「なんか本当におつかいみたいな仕事ばかりね。そんなの受ける方もどうかと思うけど、依頼する方もどうかしてるわ」
まぁそう思うのも仕方ないだろう。俺だってそう思う。だが清掃業務を請け負う会社がなかったり、頼れる人がいなくて買い出しにいけない人もいるのだろう。俺たちのような子供で下っ端にはちょうどいい仕事だ。供給があるからには需要もあるのだ。
結局その日は最初の薬草を俺が見つけ、後はローラの鼻を頼りに大量採取出来た。お小遣いゲットだぜ!
※ ※ ※ ※
翌日、結局俺たちが受けたのは買い出しの依頼だった。ドブさらいの方が実入りは良かったが、ローラが断固拒否したのだ。
「あんな所に入るくらいなら、アンタの前で三遍廻ってワンって言った方がマシよ!」
と、言うことなので実際にやってもらった。やる義務はなかったがローラが言い出した事なので強く迫ったら、三遍廻りはしなかったが小声で「ワン……」とだけ言っていた。やばい、キュンとした。その後本気で殴られて俺が三回まわって倒れた。
「さぁ、行くわよ! 今日は何を買い出しに行けばいいのかしら?」
行く前に確認しようぜ……。腫れた顔でそう思ったが、半分自業自得なのでそれこそ強く言えない。
「えー、まずは依頼主のところに買い出しのリストを貰いに行くぞ。今回の依頼主はこの町の孤児院だな。簡単な地図を貰ってるから、とりあえず出発しようか」
そう言って宿屋を発つ。サドーの町は大きくはないが小さくもない。孤児院は俺たちの宿から歩いて三十分程離れた場所にあった。うん、町のほぼ反対側だな。中心街から離れ、スラムを抜けた先にあるようだ。買い出し場所になる商店街からは離れているように感じる。これは孤児やスラム住人からの盗難や窃盗防止とかも考えられた配置なんだろうか?
孤児院までの道すがら、買い出し依頼に違和感を感じる。
いくつくらいの子がいるのか分からないが、この世界では五歳を過ぎれば立派な人足だ。あまりに重たいものでなければ子供でも充分買い出しくらい出来るだろう。何人かでいけば量だって買える。財政が分からないが、普通に考えれば裕福ではないだろう。なのにギルドに金を払ってまで依頼をする意味はなんだろうか。
その疑問は、孤児院についた瞬間により深まってしまった。
「これが孤児院なの? なんか予想よりボロいわね……」
そう、ローラの言った通り予想よりだいぶボロかった。なんとなくの想像はしていたが、この孤児院は予想の斜め上を行く。知らない人がみたら廃墟じゃないか? スラムを越えた先にある立地も相まって、これじゃスラムのボスの住処だな。……いや、ボスならもっと立派な建物に住むか。
ここで見ててもしょうがないので、入り口に立ち声をかける。
「すみませーん。ギルドから依頼を受けてやってまいりました。どなたかいますか?」
果たして声は届いただろうか。隙間だらけの家だからきっと届いただろう。
しばらくすると、扉の向こうから人の歩いてくる音がする。ゆっくりと扉が開き。
「まぁまぁ、よくお越しくださいました。ギルドのハンターの方ですよね? こんな依頼を受けていただきありがとうございます」
孤児院から出てきたのは、白髪の老婆だった。シスターらしき格好はしているが、それも至る所がほつれてツギハギだらけだ。
「あ、はい、ハンターギルドからやってきました。セルウスとローラです。宜しくお願いします」
二人でぺこりとお辞儀をする。その様子に老婆はにこりと微笑んだ。
「はい、宜しくお願いします。私は孤児院の院長をしていますアンネと申します。まずは買い物のご説明をしましょうね、ささっ、入ってくださいな」
人の良い微笑みを浮かべ、アンネと名乗った院長は俺達を招き入れてくれた。
孤児院は見た目通り中もボロボロではあったが、思ったよりも広さはある。玄関から続く廊下を歩くと、左右にいくつも部屋があった。
その突き当たり、食堂のようなところに案内され、俺とローラは席につく。
「今お茶を淹れますからね、ちょっと待っててくださいな」
アンネは着くや否や、早々に姿を消した。
「なんか良い人そうね。それにアタシたちにお茶を淹れてくれるって……。こんなボロボロそうな孤児院なんだからお茶なんて無理に淹れてくれなくてもいいのに……」
ローラが小声で染み染み言う。俺もまったく同意見だ。どんなお茶か知らないが、基本的にこの世界のお茶と言えば紅茶だ。収穫した後にも乾燥や焙煎など非常に手間がかかり、その分価格ももちろん高価だ。そんなものを淹れてくれるというのだろうか……。
そんな事を話していると、トレーにカップを乗せてアンネが戻ってくる。湯気が立っているからお茶を本当に淹れてきてくれたのだろう。
「はいはい、お待たせしてすいませんね。良かったらどうぞ」
縁の欠けたティーカップに注がれていたのは、紅茶ではない緑色の液体だった。その匂いにローラが顔を顰める。うん、そうだよね、そうなるよね。俺も初めて飲んだ時同じ気持ちになったよ。小さい頃に婆ちゃんが良く作ってくれた、どくだみ茶。こっちでの名前は知らないけど。
「あら、ちょっと匂いはキツいけど慣れると美味しいんですよ。体にも良いんです。毒ではないから安心してね」
そう言ってアンナは自分のところにも置いていたお茶に口をつける。あぁ、なんか久しぶりだなこの匂い。決していい匂いとは言えないが、昔を思い出してホッとする。俺もカップを手に取りゆっくりと口をつけた。
「ちょっ、あんた……。それ飲めるの?」
「うん、昔ね、ちょっと飲んだ事があるんだ」
「そ、そう……」
そう言って意を決したように同じくカップに口をつけるローラ。……一口飲んだところでギブアップみたいだ。
「あら、ごめんなさいね。馴染みがないと中々飲みにくいわよね」
「あのっ、その……、ごめんなさい」
「謝らないで、無理に飲まなくて大丈夫よ。なんか逆にごめんなさいね、気を使わせてしまって」
なんだ、ローラも素直に謝れるし人に気を使えるじゃないか。普段から俺にもそれくらいの態度で接してくれればいいのに……。
その後ローラもアンネも、ごめんなさいといえいえを繰り返して話が進まなかったので、俺が話を切り出す。
「お気遣いありがとうございました。お茶、美味しかったです。それで、私たちはギルドの依頼を受けてこちらに参りました。依頼内容は買い出しと聞きましたが、一体何を買いに行けば良いですか?」
「あらそうね、その話をしましょう。買い出しは普通の買い出しよ。この孤児院に住んでいる子供達や職員の分の食材を買ってきて欲しいの。それなりの人数がいるから、結構量があるわ。一回では終わらないかも知らないけどいいかしら?」
「勿論です。その為にきたので。……でも、一つ気になることがあるんですけど」
「ええ、何かしら?」
「何人子供がいるか知りませんけど、その子供達に買い出しに行ってもらうことは出来ないんですか? それか行きつけのお店に届けてもらうとか……」
俺がそういうと、アンネは悲しそうな顔をして黙ってしまった。俺はそんな悪い事を聞いたのだろうか……。
「それはね——」
「アンネ院長、それは
突然の第三者の声。警戒していた訳ではないが、だが俺とローラすらその気配を全く感じる事ができなかった。
そう言いながら、一人のメイドが食堂の扉を開いて入ってきた。
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