二十三話 出発

 色々準備をしていたら、あっという間に一週間が経ってしまった。明日はシエラが手配した現役ハンターが迎えに来て、遂に町へ出発するのだ!


 もちろんこの一週間、準備だけをしていた訳ではない。いつも通り狩りにも行ったし、保存食も多めに作った。狩猟第二班が獲物を獲れない可能性だってあるからな。


 そして今日は出発前の休日だ。休日ではあるが、シエラから頼まれて魔物狩りに出かけている。「どうせ森で訓練するんだろ?」と言われればまさにその通りなので、ついでだからと引き受けた。


「なんで魔物狩りなんて引き受けたの? たまにはゆっくりしたって罰はあたらないわ!」


 ローラはそう言うが、実は俺はローラを連れて森に出たかったのだ。何故かって?

 そりゃあ出来上がったからですよ! 日本男児の憧れの的、日本刀って奴がよ……!!


「ローラ、ちょっとこっちに来てくれる?」


 静かに隣に座るローラ。ローラはこの間リュックをプレゼントした時から、やけに素直になった。仕事をする上では非常に助かる反面、ぶっ飛んだローラ理論があまり聞けなくなってしまい一抹の寂しさを感じている。


 ローラは俺のリュックから飛び出ている棒が気になっているだろう。そうだろうそうだろう、二つあるんだから俺とローラのお揃いの可能性が高いもんな。

 リュックを背からおろし、ゆっくりと棒を取り出す。棒は一つ一つ布に包まれていて、まだこの段階では何か分からないだろう。


「はい、これ。ローラの分。開けてみて」


 もう尻尾がばっさばさですよ、ばっさばさ! 辺りの落ち葉は風圧で全て飛んでいったよ!

 キラッキラの目をしながら、俺から棒を受け取る。そして包んでいる布をゆっくりと捲り……


「? 何これ? 剣なの? なんか変な形ね……。剣よりも杖が良かったわ!」


 な、な、何ですとーーーっ!!

 いや、そりゃ確かにあまり見かけない形だろうけども! でもその凝った装飾くらいは分かるでしょ!? 凄いよ、凄い手間かかってるんだよ? 一週間の半分はその装飾でとんだんだよ??


 まぁでもそうか、ローラは基本魔術師だ。そりゃそうだよな、杖が欲しいよな。これは完全に俺の選択ミスだ。すまぬ、ローラ。次はちゃんと杖を用意するよ。


「まぁ、なんだ。悪いが今回は剣を用意したんだ。杖はまた次の機会にな。とりあえずさ、鞘から抜いて見てくれよ」


 あまり乗り気ではなさそうだが、それでも素直に鞘から刀身を抜き出す。その瞬間に、ローラの目に改めて炎が宿ったのを感じた。俺でなくちゃ見逃しちゃうね。


「何、これ……。こんなの見たことないわ」


 そう、刀である。現代日本では観賞用としてしか所持を許されていない。つまり、鑑賞に耐えうる美術品という事だ。俺の技術が本職の刀工や研師に匹敵するとは思えないが、それでも時間をかければそれなりになる。その美しき刀身がローラの心を掴んで離さないのだ!


 今回作ったのは脇差。まぁ短い刀だな。十歳前後の俺たちではまともな刀は使えないので、脇差サイズにした。装飾はまるっきり日本刀にしてしまうとこの世界では違和感バリバリなので、サーベル風にして少し洋剣のようにした。

 それを二振り。俺のとローラので装飾は若干異なるが、刀身はほぼ同じだ。


「どう? 気に入ってくれた?」


「そりゃ……、これだけ凄い剣は初めて見たけど。こんなのアタシに使えるかしら」


「出来れば使えるようになって欲しいところだな。この刀は見た目も綺麗だけど、その切れ味の方が凄いんだぞ? あ、刀というのはこの剣の事ね。こういう片刃で刀身の反った剣の事をそういうんだ」


 俺はしばらく刀について語った。その製造方法の特殊さや、切れ味の鋭さ、手入れの大切さや、刃文の素晴らしさを。歴史を語ると出自を話さなくてはならないので端折ったが、そりゃあもう熱く熱く語った。


「ふーん、そうなんだ。カタナ、ねぇ。わかったわ、じゃあ早速これで狩りに行くわよ!」


「よしきた! 危なくなったら俺も弓を使うしローラも魔術を使ってくれ。それまではできるだけこの刀でやってみよう」


「ええ、いいわよ。それよりさ」


「ん? どうした?」


「アンタ、こういう時だけやたら饒舌に喋るのね。シエラが言ってたわ、普段はおどおどしてるのに、自分の得意な事だけやたら話したがる男は気をつけろって。そういう男に碌な奴はいないって。ふふ、アンタの事だったのね」


 …………。

 もう、ショック過ぎて何も言えない。

 危うく森に入るローラをそのまま見送るところだった。



 ※ ※ ※ ※



 じゃかじゃかじゃかじゃかじゃーん!! 日本刀結果発表!!


 その成果は……!!

 残念ながら不本意なものとなってしまいましたとさ。

 いやね、魔物も出たし獲物もいたんだよ。でも、弱かった。角兎に刀はオーバースペックだった。ゴブリン(本物)も、多分刀なんていらない。

 みんな刀を振るたびスッパスッパと斬れてしまい、あまり手応えがなかった。


 それと、やはり長さが足りないな。脇差が届く距離といったらせいぜい一メートルだ。この間合いに敵性生物を入れるって結構怖いよ? 狩りの基本は、まず自分が怪我をしない事だ。それなのに怪我を負う可能性のある距離に相手を入れるって……。これもまた完璧に俺のミスだな。だったらクロスボウとか、より強力な飛び道具の方が扱いやすかっただろう。

 武器イコール剣イコール刀の方が凄い! みたいな安直な発想ではダメだという事を学びました。


 まぁでも剣も絶対に必要になる、決して無駄にはならないのだ! せっかくだからシエラにこの刀の使い方を教えてもらおう。剣とは違うだろうがシエラなら使えるだろう、多分。


 明日はリュックの使い心地、胸当の調整を済ませてシエラの元へ向かおう。服はまだそのままの丈夫なだけの服だ。多分、これは一般的な服ではないだろう。支給して貰えますように。




 ※ ※ ※ ※



「二人とも、準備は出来ているか?」


 翌日、早めに起きて準備を済ませシエラの元に向かった。


「はい。ただ、服とかお金とか、必要になりそうな物がまだないですね」


「そうだな、それはコイツと一緒に町の中へ行ったら買ってきてくれ。上限はあるが、ある程度予算は用意した。予備も含めて二、三着買うんだぞ?」


 よかった、流石にそこは考えていてくれたか。この服のままじゃ絶対おかしいもんな。果たして相場はいくらくらいなんだろうか。それをきっとこの人が教えてくれるんだろう。


「紹介しよう。こいつはステーマル。正式な団員ではないが、我々の仲間だ。これから行くサドーの町を拠点にしているハンターで、いわゆる間諜、その中でも定住して活動する『草』と言われる部類の人間だな」


「よろしく、ステーマルだ。見ての通り斥候タイプのハンターだ。戦闘能力はあまり高くない。オイラがお前達とこことの連絡役をやるから、町の中ではあまりオイラと接触しないでくれ」


 そう挨拶をしてきたのは、年齢は恐らく二十半ば、背が低くて体毛が全体的に濃いサル顔の男だった。


「どうして接触しちゃダメなのよ? 連絡が取れないじゃない」


「オイラがここのアジトと接触しているのがバレた時、お前達も仲間と思われるからな。何事も完璧はない。ならばせめてバレた時のリスクを分散するべきだ」


 なるほど、おっしゃる通り。脳筋タイプのハンターじゃなくて良かった。力こそパワーな奴ではリスクが高すぎるだろう。というかそういう奴はそもそも草にはならないか。


「連絡係はオイラ以外にも何人かいるからな。オイラがダメになったら他の奴がお前らの窓口になる。その時は自然と接触してくるだろうから、あらかじめ合言葉を決めておけ。どうする、今決めるか?」


 合言葉かぁ。簡単過ぎてもまずいし、難し過ぎて忘れてしまっては元も子もない。ローラと目を合わせると「アタシに決めさせて!」と顔に書いてあった。そんなに目をキラキラさせられてて断れるか。はいはい、どーぞ。


「じゃあ、合言葉は『最高で最強の魔術師ローラ』にするわ!」


 ローラの言葉に全員の動きが止まる。ステーマルは目を見開き、シエラはなんか変な顔をしてる。あれは多分笑いを堪えているな。はぁ、仕方ない。


「ローラ、それで対になる言葉はなんだ?」


「え? 何よそれ」


「だから、あっちが『最高で最強の魔術師ローラ』と言ったら、それに対してなんて答えれば正解なんだ? 合言葉なんだから、言葉を合わせなきゃならないだろ。まぁ今回は相手がこちらを把握してる以上、こちらだけ分かる合言葉でもいいんだけどな」


「何よ、じゃあ『最高で最強の魔術師ローラ』でいいじゃない!」


「その言葉には致命的な欠点がある」


「な、なによ」


「ローラが仮に、町で大活躍をしたとしよう。大勢の魔物が町へ攻めてきて、そこでローラの強力無比な絶大魔術だ。見事、町は壊滅を免れローラは一躍町の英雄だ」


 俺の仮定の話にローラは大喜びだ。おい尻尾、尻尾! もう少し感情を隠すんだ。


「その時、町のみんなはなんて言うと思う?」


「それはもう、最高で最強の魔術師ローラ様とか、天才魔術師ローラ様ね! 町の広場にアタシの銅像が建てられる日も遠くないわ!」


「そこまでは言ってないし聞いてない。だが、そう、そう呼ばれる事もあるかも知れない。だから、その言葉ではダメなんだ。誰が連絡役か分からなくなる」


 俺の言葉に耳をへにょりとさせるローラ。いつかそういう未来が来るといいな。


「お前さん達、話はまとまるのか?」


「ええ、大丈夫ですよ。ローラ、俺が決めるぞ?」


 ローラはコクンと小さく頷く。


「じゃあ、合言葉は?」


「『今日の晩飯は?』」


「その答えは?」


「『ゴブリンのステーキ』で」


「わかった」


 そう言って、ステーマルはニヤリと笑った。


「いい答えだな。シエラ姐さん、こいつオイラにくれませんか?」


「残念ながらボスからもう仕事を頼まれていてな。それは知ってるだろう?」


「勿論。それが終わってからでもいいんでどうですかね?」


「その後は私が予約済みだ。しばらくは空かないな。もちろん、ローラもだぞ」


「それは残念」


 きっと答えはわかっていたのだろう。本当に残念そうには見えなかったが、それでも何となく俺に向けてくる視線には熱が籠もっていたように感じる。


「私の用事まで全部終わった時には、そうだな、少しだけなら貸してやるぞ?」


「俺はモノじゃないですよ。それに、みんなの期待に応える自信がありません」


「アタシは自信があるわ! むしろ自信しかないわ! でも残念ね、アタシにも仕事を選ぶ権利があるの。アタシを雇いたかったら生涯賃金三回分から交渉に乗るわよ!」


 つまり絶対に雇われないという事だな。ローラの決意表明を苦笑いで受け止めて、俺たちは町へと出発した。

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