二十二話 準備

 あの後、ファンタスティックでスペクタクルという絵を無理矢理見せられた。

 意外と、いや、想像以上に上手くてひびった。なんであんなに上手いの? 多分字は書けないのに。


 そんな事よりも任務の準備だ。

 任務という言葉が盗賊として正しいか分からないが、今回の仕事をやる限りは盗賊稼業から離れられると思うとちょっとホッとする。……まぁ今もやってる事は狩人だけどな。


 いや、それよりも!

 町だ町! 村じゃない、ハンター協会のある規模の町だ! 転生してから苦節五年? 六年? まともな文化にすら触れてこれなかった俺が、ようやくこの世界の文明に触れる機会が!!


 その町一つで世界を知ったとは言わないが、今のところは経験値はゼロだ。ゼロとイチでは絶対に越えられない壁がある。これは大きい。なので、この任務は絶対に失敗できないのだ。潜入するところまでは。

 後は知らん。


 遠足前の小学生のように俺はワクワクしていた。さて、何が必要か。

 ハンターという建前上、武器は必要だろう。多分アジトにも在庫はあるだろうが、俺とローラに合うサイズがあるか不明だ。だったら最初から作ってしまった方が早いだろう。時間かかるし。

 という訳で、俺たちサイズの剣二本とナイフ二本。


 防具は? これは簡易的なものでいいか。盗賊団のやつらも胸当とか鉢金みたいのしかしてないし。胸当二つ。それとブーツ、これは今使ってるのでいいか。


 あ、リュックも必要だな。狩りの時はカゴだからな。アレじゃ目立ちすぎる。どこかのデーモン・スレイヤー鬼殺隊の人じゃないんだから、流石にカゴは持てない。潜入なんだから、目立たず使い易いものが良いだろう。これも製作決定。


 うーん、服とかはシエラが用意してくれるんだろうか。今度確認しておこう。それと金だな。町に入るのに入頭税とか取られるんだろうか。町中での活動資金も必要だ。流石にこれは奪って用意しろとか言われないだろ。言われたらアジトから奪っていこう。


 食糧は前日に用意をすればいいから、差し当たっては一番時間のかかる剣か。さっそく取り掛かろう。




 ※ ※ ※ ※



「マンケさん、こんにちは」


「……なんだ、小僧か。ここに来るのは随分久しぶりだな」


「ええ、あの時はお世話になりました。実は今度ボスの命令でしばらく町へ行くことになって。その時の為に剣を作りたいんですけど、作業場借りてもいいですか?」


「町に行くのか? その間、俺たちの飯はどうするんだ」


「狩りについては、もう一班狩猟チームがいるから大丈夫です。そっちの方が俺達より人数多いし」


「そうか。じゃあまぁいいだろう。お前が頑張って肉を獲ってきたのは知っている。その分だけここの物は使っていい」


「ありがとうございます! あの、革で鞄も作りたいんですけど、それもいいですか?」


「好きにしろ」


 やった! マンケから無事に許可を貰えた。というかマンケが俺に感謝をしてくれているなんて思ってもみなかった。頑張りが認められたみたいで嬉しい。


 さぁ、マンケの気が変わらないうちにまずは火を熾そう。ボロボロの炉に炭を入れ、木の皮をほぐした物に火をつける。ここでうっかり魔術なんて使わないぞ? あっという間に火がついたので、温度が高くなるまでに素材を吟味しよう。


 大したモノはない工房(失礼)だが、選りすぐれば何かしらはあるだろう。くず鉄の山からそれなりの物を選ぶ。

 さて、どんな剣を作ろうか。ローラはサイズさえ合っていれば剣を使えるような事を言っていた。だがこれから多少は成長するにしても、基本は魔術師なんだから後衛だろう。使う機会はそんなにないだろうから、やはりサイズは今の体に合わせてしまおう。

 まぁ実は作る剣は最初から決めていたけどね。サイズ感、性能、取り回しや美しさ、折れず曲がらず良くキレる……じゃなくて良く切れる。キレるのはローラだけで充分だ。


 俺が作ろうとしているのは、日本男児なら一度は憧れるアレだ。素材は違えど、製法を真似するだけでも丈夫な剣になるでしょう。


 じゃーいってみよー!



 ※ ※ ※ ※



「えらく変わった作り方してんな」


 俺は今、心金の折り返し鍛錬をしていた。熱して叩いて折り曲げて、を繰り返すやつである。


「あ、ええ、そうですね。ちょっと自分の中で、どうやったら強い剣が出来るか色々考えてみたんです。まぁ確証はないですけど」


「そうか……。自分で色々試行錯誤するのはいい。人から教わるだけじゃダメだ。ちゃんとそれは最後まで仕上げるんだ」 


 マンケはそう言って鍛冶場の隣に腰を下ろす。

 えっ? そこで見続けるんですかね。非常に気まずいです。だがこの工房はマンケのものだ。本人が部屋のどこにいようが文句は言えない。


 ならばなるべく早く仕上げてしまおう。トンテンカンテン、俺は槌を振り続けた。


 剣を大まかに作り、その後は防具を作る。これは元々あった胸当てのサイズを調整するだけだからすぐに終わった。ローラのサイズに合わせようと思ったが、本人がいなかったので暫定的に俺と同じサイズで仕上げる。ぺったんこだからこれで大丈夫だろう。本人の名誉の為にどこが、とは言わないでおく。


 そしてリュックを作る。背嚢か? 既になめしてある革を拝借し広げてみた。


 そういえば当たり前だが、リュックなんて作った事はない。ナップザックがせいぜいだ。ファスナーなんて気の利いたものはないし、簡単な作りの方が修理もしやすいから良いのか?

 という事でナップザックに決定! 少しだけ機能的になるように、外側にポケットもいくつか付ける。内側にも仕切りを用意し、紐で調節できるマチも付ければ荷物が入っていない時は嵩張らないように出来るだろう。


 ……よし、完成! 完璧の母! 自分で言うのもなんだが、物凄い手際の良さだ。合わせる・切る・縫うになんの迷いもなく進める事が出来た。それもこれも、ここにいるマンケの力だと思うと少しだけ気まずくなってしまうが……。


 ちらっとマンケに視線を向ければ、微動だにせず俺の事を見つめていた。


「おめぇよ、大したもんだな。どこで身に付けた、その力」


 えっ。マンケの言葉にドキッとする。もしかして俺の秘密、バレてる……?


「いや、マンケさんのところで手伝わせて貰った時に覚えました……。その後も色々自分で細かいもの作ったりしてたんで、少しは技術的に進歩したかも知れませんが……」


「ほぉん。お前、ここに来て何年だ? 一年も経ってねぇよな。その短い間の更に片手間で、俺も思い付かなかったような事をやってのけたんか」


 マンケが片方だけの目で凄みを効かせてくる。パンメガスとかとは違う、恐怖ではないが得体の知れない焦りを感じて、俺は一歩後ずさった。


「なぁ……、どうしてなんだよ」


「あ、いや、何がです、かね……? たまたま俺が、器用だった、とか……?」


「器用ねぇ。俺も村では一番器用と言われてたんだがなぁ。その後ここで何年も何年もモノづくりして腕を磨いたんだがなぁ」


 そう言いながら一歩、また一歩と近づいて来る。圧が凄い。マンケは間違いなく俺に不信感を抱いている。やばい、なんか知らないがやばい。

 気づけば俺は壁際まで追い詰められていた。


 顔がくっつきそうなくらいに近付き、マンケは俺を見る。そして両手を大きく上げて……


「頼むっ!! それを、その技術を俺にも教えてくれっ! 俺を、弟子にしてくれっ……!!」



 え? ええっ!? ええーーーーっ!!??

 大声を上げながら土下座された。


「えっ、ちょっと! やめてくださいよマンケさんっ! 俺はあなたを弟子にできる程の技術なんてないです!」


「いや、お前は凄い! 俺の人生でお前ほどのモノづくりの天才に会える事なんかもうないだろう! 頼む、人生を懸けて頼むうぅぅぅっ!!」


 どうすんのこれ。

 結局、いやだ、頼む、のやり取りをしばらく行い、汚いオッサンの涙とよだれ塗れの顔面に耐えきれず俺が根負けしてしまった。


 ただし、弟子ではなく共同製作者・共同研究者として一緒に物を作っていこうという事になった。

 当たり前だ、俺はマンケのノウハウをズルして身に付けたのだ。偽物が本家に勝てるはずもない。


 それに多分、マンケは単純な俺の技術というより発想に興味を持っているんだと思う。特に鍛造なんかは、多分まだ普及していないんだろう。マンケに基礎さえ伝えれば、その後の発展、例えば最適な加熱時間や冷却のタイミングなどはマンケがきっと研究してくれるだろう。


 これからの課題ではあるが、マンケとしっかり信頼関係が出来れば何をするにもメリットがある。だからこそ師弟関係ではなく人間として繋がっていたかった。


「取り乱して悪かったな、お前の作業を見てたらいても立ってもいられなくなっちまった……」


「いや、別にいいんです。俺だってマンケさんからはまだ色々教わりたい事がいっぱいありますし。これからもよろしくお願いします。差し当たってはこういうモノを作ってみて欲しいんですけど——」


「ほうほう——」


 マンケと二人の夜は更けていく。



 ※ ※ ※ ※



「おっそい! アンタ一体どこ行ってたのよ!」


 飯を食べにアジトの入り口に行くと、いつものポーズでローラが待ち構えていた。


「え? 何か約束とかしてたっけ……?」


「してないわ! でもアタシに何も言わずにいなくなっていいはずがないわ!」


 いやいや、俺はあなたのバディとかじゃないし。


「ローラだってたまに一人でいなくなるじゃんか」


「アタシはいいのよ、女なんだし! それで、何してたのよ」


 理屈が分からん! まぁいい、ローラ理論に真剣に向き合うとケンカになってしまう。それよりもローラにも今日の成果を見せてやろう。

 手に持っていた頭陀袋の中から、ローラ用のリュックを取り出す。


「じゃーん、これなーんだ?」


「え? 何かしらね、これ。カバン?」


「まぁカバンでも間違いではないな。ほれ、ちょっとこっちきてみ」


 首を傾げながら近づくローラ。こういう時は素直なのな! その背後に回り腕をあげさせる。


「ここをこうしてっと……。ほら、これは背負いカバンだ。体に触れるところはちゃんとクッションを付けて、重い物を入れても食い込まないようにした。角は補強して、肩紐同士も繋げられるようにしてみました」


 俺は自分用に作ったリュックを背負い、ローラにも見せる。こちらの方がイメージしやすいだろう。


「俺のと、ローラのとお揃いだ。これからハンターとして活動するからな、その為に今日作ってたんだ。他にも今色々作ってるから、そっちはもう少し待っててくれ」


 ボンッ


 と音が聞こえそうなくらい、ローラの尻尾が膨らんだ。耳もぴーんっと立ち、しまいには顔も真っ赤になってしまった。


「ど、どうした?」


「な、な、な、なんでもないわっ! あの、そのっ……」


「ん?」


「あ、ありが、とぅ……」


「どういたしまして」


 なんだ、たまには素直になれるじゃないか。

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